第22話 シンタ君

 ここで1時間目終了のチャイムが鳴った。

 当然の事だが千歳ちとせさんの周りには男女問わずクラスの連中が集まってきて、物凄い人だかりになっている。でも、俺の周りには誰も来ない・・・でもこの差は何だあ!?

 俺はなーんとなくだがアホらしくなって立ち上がり、トイレでも行っておこうと思って教室を出ようとしたのだが『トントン』と左肩を叩かれたのでそちらを振り向いた。

「や、やあ、僕の事を覚えているかなあ」

 そいつは俺よりも少し背は高いけど、申し訳ないが俺以上にヒョロヒョロした男子だった。色白で、言い方は悪いけど風が吹けば吹き飛んでいきそうな奴だった。

 でも、こいつが言った意味は分かる。だけど俺は正直見覚えがない。

「あのー・・・たしか豊頃天とよころてん君だったよねえ」

「そう、豊頃天とよころてんやすし、思い出してくれたかなあ?」

「うーん・・・ゴメン、マジで分からない」

 そう言って俺はそいつに頭を下げたけど、そいつは「まあ、仕方ないよね」と言って軽く笑ったあとに

新札幌しんさっぽろ小学校で1年生の時に同じクラスだったけど、1年生の冬休みに転校していった豊頃天とよころてんやすしだよ。思い出してくれた?」

「小学校1年の時?」

 俺は今から10年近くも前のことを記憶の中から必至に思い出そうと頑張った。豊頃天、豊頃天・・・そういえば、たしか小学校1年の時に、これと似たような名前の奴がいたなあ。それに背が低くて物凄く体の線が細い奴が・・・そう!たしかアイツのあだ名は・・・

「もしかして・・・シンタ君かあ!?」

「いやー、ようやく思い出してくれたね」

 そう言って豊頃天君は右手を差し出したので、俺も右手を差し出して握手した。

「いやー、ほぼ10年ぶりくらいだねえ。覚えていてくれて僕も嬉しいよ」

「俺も懐かしいよ。まさかシンタ君がこのクラスにいるとは思わなかったよ」

「シンタ君とは、また偉く懐かしい名前を憶えていてくれたねえ。逆に言えば、このあだ名のお陰で思い出してくれたのかもしれないけど」

「まあ、その通りだね。色白で体が細くてヒョロヒョロしていたから『とよころてん』をもじって『ところてん』と呼んでいたけど、『ところてん』は言い過ぎだと先生から注意されたから、みんなで『シンタ君』と呼んでたんだよね」

「ああ。僕も正直『シンタ君』の意味が最初は分からなかったけど、まさか『心太』を『ところてん』と読むとは知らなかったから、自分で『シンタ君』と言ってたからねえ」

「懐かしいねえ」

「ホントだね」

「という事は、札幌に戻ってきたのか?」

「いや、違う。道職員のお父さんの転勤に合わせて2回転校したけど、中学2年からは苫小牧とまこまいに住んでるから、苫小牧から電車で通ってる」

「うわっ、結構大変じゃあないのか?」

「ああ。電車だけでも50分くらい掛かるから、今日は7時ちょうどに発車する電車で登校したよ」

「大変だねー」

「まあ、仕方ないさ。元々苫小牧は父さんと母さんの出身地で、去年、爺ちゃんの家の敷地に二世帯住宅の形で新築したから、そこから電車で通ってるよ」

「そうなんだあ」

「もう1本遅い電車でも間に合うけど、何かあって電車が遅れたら遅刻確定だから余裕を見て7時ちょうどの電車に乗るように決めてるよ。もっとも、6時過ぎには家を出るけどね」

「おいおい、6時なら俺はまだ寝てるぞ」

「僕は君が羨ましいよ。それに、あーんな可愛い妹さんがいるなんて全然知らなかったよ」

 そう言うとシンタ君はニコッと笑ったけど、正直俺はドキッとした。俺は小学校でも中学校でも家の事を話すというのは殆どしなかった。俺自身が養子というのもあるけど、小学生の時に同居していた爺ちゃん、中学生の時に婆ちゃんが亡くなったから、それ以降は本当に父子家庭という事もあって家の事を話すというのをしなかったし、それに俺自身が友達付き合いを積極的にする奴ではなかった。学校の図書室や市立図書館で天体の本や宇宙の本、星座の話やそれに纏わる神話の本を読み漁っていて、一部の連中からは変態扱いされてたのも事実だったから、俺の家庭の事を知る奴など皆無に等しかった。

 でも、それが幸いして千歳さんの事を義理の妹だと思ってる奴がいないのも事実だから、これも『不幸中の幸い』と言うべきか『人間万事塞翁が馬』と言うべきか、とにかく、シンタ君にも千歳さんの存在を疑われずに済んでいる。

「あ、ああ・・・さすがに妹が私立で俺が公立だというのを言い出すのは恥ずかしかったから・・・」

「別にいいんじゃあないの?僕は小学校5年生から中学1年までは函館にいたけど、お姉さんは私立の女子中学校に行ったけど弟は公立の中学という人がいたよ。あー、逆にお兄さんは私立の男子中学だけど妹は公立という子もいたから、別におかしいとは思わないよ」

「そういう物なのかなあ」

「そういう物なんだよ」

 それを最後にシンタ君は右手を軽く上げて教室を出て行った。そうかあ、あいつも清風山せいふうざん高校に進学したのかあ。昔と同じで腰が低くて、それでいてヒョロヒョロしたところも全然変わってないや。でも、もしかしたら俺は『ぼっち』確定だけは免れたのかも!?

 結局、俺はシンタ君が廊下へ行った後も教室に残っていたけど、さすがに俺の机の周辺は千歳さんに『お近づきになりたい』という男女で溢れかえっていて座れそうもないから、教室の後ろ側で千歳さんを見ている事しか出来なかった。

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