第18話 体験入部だけでも歓迎するわよ

「あれ?もしかして・・・姫川ひめかわ先輩?」

「あー、やっぱり留辺蘂るべしべ君だ。そうです、姫川です。お久しぶりですね」

 そう言うと姫川先輩はニコッと俺に微笑んだ。

 俺がこの学校で唯一知っていて唯一接点がある人、それがこの姫川美園みその先輩だ。俺が通っていた新札幌しんさっぽろ中学の1年先輩で、俺が2年生の時に後期生徒会長をやっていた人だ。でも、俺が知っている中学時代の姫川先輩とは大きく違うところがある。それは髪の長さだ。今は束ねる事なくストレートにしているから分かるけど背中まである。あの頃の姫川先輩は・・・

 それと・・・い、いや、これはやめておこう。だろうから・・・それに、千歳さんを一言で表現するなら『可愛い!』『妹!』だろうけど、この先輩は・・・千歳さんとは対極だよね。

「いやー、本当に君が清風山せいふうざん高校に入るとは正直思ってなかったよー」

「せんぱーい、それは酷いですー。俺だって目茶苦茶頑張ったんですよ」

「たしかにそうかもね。君の2年生の夏休みの模試では合格する確率は普通科でも50%以下だったからねー」

「うっ・・・先輩、まだ覚えていたんですか?」

「当たり前です。何しろこの私が君を夏期講習に無理矢理連れて行って無理矢理模試を受けさせたも同然ですからね」

「せんぱーい、それよりここにいるって事は新入生の勧誘ですよね」

「そうよー。あー、そうだ、君もスイーツ研究会に入らない?」

 そう言ったかと思ったら、先輩は持っていたチラシを俺に渡した。そこには可愛い文字で『スイーツ研究会 部員募集中!君も将来のパティシエを目指そう!』と書かれていた。いかにも女の子らしい字だ。恐らく手作りしたチラシをスキャナーで取り込んで印刷したんだろう。

「先輩はスイーツ研究会の部員だったんだあ」

「そうよ。まあ、正しくは同好会員だけどね」

「先輩らしいですね」

「どこが?」

「だってー、先輩、『めでたい焼き』の『粒あん』には目が無かったですよねえ」

「うっ・・・覚えていたんだ (;^_^A 」

「それに、毎日大福餅を食べていても飽きないと豪語してたよねえ」

「あー、それは言い過ぎよ!そんな事を言うと風紀委員長が強権を発動させて無理矢理にでも君を入部させちゃうわよー。こう見えてもあの人はスイーツ研究会のメンバーだからね」

「せんぱーい、俺を脅さないで下さーい。あの風紀委員長は剣道のインターハイ優勝者でしょ?絶対にスイーツ研究会だなんて有り得ませーん」

「あー、言ったわねー。本当に風紀委員長に言ってスイーツ研究会に強制入部してもらいます!」

「いいですよー。その代わり、もし風紀委員長が俺を強制入部させなかったら先輩は何をしてくれますか?」

「うっ・・・ま、まあ、その時は私の事を『美園みその先輩』と呼ぶ事を許可します。おーほっほっほっほー」

「せんぱーい、顔が引きつってますよー。無理しなくてもいいですよー」

「ま、まあ、たしかに半分嘘で半分本当だけど、ちょっと強引だったのは認めるわ。でも、真面目な話、ホントにスイーツ研究会に入って欲しいなあ。最低でも一人いないと強制的に活動休止か廃部になっちゃうから」

「まあ、それはそれとして、俺は正直、どれにするか決めてないから候補の一つに上げておきますよー」

「『候補に上げておきます』ではなく『喜んで入部します』と言ってくれないかなあ」

「さすがに今すぐ答えられませんよ」

「・・・たしかにそうよね。気が向いたら火・木の放課後、調理実習室へいらっしゃい。体験入部だけでも歓迎するわよ」

「わかりましたよ。それはお約束します」

「約束よ」

「はいはい」

 それだけ言うと俺と姫川先輩はお互いに軽く右手を上げて別れた。先輩はその後も別の1年生に男女問わず次々と声を掛けまくっていたけど、先輩の頑張りに答えてくれる1年生は何人いるのかなあ・・・。

「・・・兄さーん、今の先輩、誰だったのー?」

 いきなり俺は後ろから声を掛けられたからビックリして振り向いたけど、そこには千歳ちとせさんが「疲れたー」という顔を隠す事なく立っていた。

「あれ?千歳さーん、ようやく解放された?」

「はーー・・・マジで疲れたわよ。生徒指導の先生が来なかったら、ホントにどうなっていたのか私も想像つかなかったわよ」

「でも、それだけ有名人だという事ですよねえ」

「勘弁してよー」

「いいじゃないか、俺なんかまともに相手してくれる奴はいないんだぜ」

「その割についさっきまで2年生の先輩と仲睦まじく話してたじゃあありませんか?」

「あー、あの人は俺の中学の先輩だよ」

「中学の先輩?」

「そう。俺が2年生の時に生徒会長をやっていた姫川美園先輩だよ」

「へえー。という事は兄さん、あの人がカノジョさんですかあ?」

「千歳さーん、そんな事を言ったら先輩が怒りますよー」

「まあ、それは冗談よ。それより早く教室へ行きましょう」

「それもそうね。こんなところにいると、どこから勧誘されるか分からないからね」

「そう言う事です」

 それだけ言うと俺も千歳さんも並んで靴箱へ向かって歩き出したけど・・・ちょ、ちょっと待ってくださーい!さっきまでは30センチくらいの距離を開けて歩いていたけど、今は殆どゼロ距離で歩いているのと同じじゃあないですかあ!?

 そんな俺と千歳さんは廊下を教室に向かって歩いていく間も殆どゼロ距離で歩いているから、他のクラスの連中とか入部勧誘中の先輩方の視線の痛いこと、この上ないんですけど。俺はその間に千歳さんをチラッ、チラッと見たけど、ずうっとニコニコしたまま歩いている!マジで何を考えてるんですかあ!?

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