第15話 俺の年表・・・

 その日の夜、俺はなかなか寝付けなかった。

 全ての原因は千歳ちとせさんの「額の傷」にあったのは間違いない。俺はあの位置に傷がある子を知っている・・・俺の実の妹、みなみ千歳ちとせだ。

 ただ、俺が知ってる千歳は傷跡がハッキリしていたけど、それは傷が出来たのが3歳の時だからだ。まあ、俺が千歳に最後に会ったのは10年くらい前だからハッキリしていたのだが、10年も経てば薄くなってくる。千歳さんの傷跡はうっすらと残る程度で、近づけば「あー、ここに傷跡があるねー」と認識できるくらいだ。実際、俺は今まで千歳さんが前髪を掻き上げるシーンに何度も出くわしているが、気付いたのは今日が最初だ。


 俺は養子だ。


 俺のお父さんは「南斜里しゃり」、お母さんは「南美深みゆき」だ。二人とも俺が3歳の時に亡くなっている。火事による火傷が原因だ。


 その日、俺は風邪をひいて、お爺ちゃん(俺のお母さんである南美深の父親)と一緒に病院へ行っている時に俺たちが当時住んでいた賃貸アパートで火事があった。後で分かった事だが火事の原因は俺の家の下の部屋で揚げ物をしていた時に飛び散った油でガスの火が鍋に移ったからだ。

 お母さんと千歳は部屋にいたから取り残された形になったが、二人とも現場から救出された。いや、正しくは知らせを聞いて駆け付けたお父さんが自身の危険を顧みずに建物に駆け込み、お父さんの後を追うようにして建物に駆け込んだ二人の消防士と共にお母さんと千歳を助け出したのだが、お母さんはその日の深夜、お父さんも翌々日に火傷が原因で亡くなっている。消防士二人も軽い火傷を負ったけど命に別状はなかったらしい。

 千歳が助かったのはお母さんが身を挺して千歳を庇ったからだ。逆に言えばお母さんは千歳を庇った故に大火傷を負った訳だ。

 千歳は逃げ場を失った室内でパニック状態になり、壁に突っ込んだ時に額を切ったのだが、その後はお母さんが必至になって千歳を抑え込んで火から千歳を守ったから千歳は額の傷だけで火傷をしないで済んだ。これはお父さんがお母さんから聞いた話として俺も知っている(正しくはお父さんの話として後日お爺ちゃんから聞いた)。

 俺と千歳は両親を失った事になった。この事で俺と千歳は養子として引き取られる事になったが、お父さん自身は一人っ子で両親も既に亡くなっていたし、お母さんの両親は二人ともいるけど既に70過ぎの高齢だから、一番近い身寄りはお母さんの姉、正しくは上の姉夫婦と下の姉夫婦しかいない。

 でも、ここで問題が起きた。簡単に言えば二組とも「さすがに二人は勘弁してくれ」と言ったのだ。無理もない、母さんの上の姉、下の姉の両方とも妊娠と同時に癌が判明し子供を諦めた上に現在も療養中で、経済的、精神的にゆとりがない。故にお爺ちゃんとお婆ちゃんが二組の間に入って話し合った結果、俺は上の姉夫婦、千歳は下の姉夫婦に引き取られる事になった。

 俺は『南京極きょうごく』から『留辺蘂るべしべ京極』に、千歳は『南千歳』から「松音知まつねしり千歳』となった訳だ。住んでいる場所は俺は札幌市内のままだが白石しろいし区から厚別あつべつ区になった。千歳は小樽おたる市になり会う機会は1か月に2、3回、それも週末だけになった。

 俺の父さん、留辺蘂峰延みねのぶは俺の産みの親である南美深の姉の夫、つまり俺から見れば伯父さんであり、俺と血の繋がりが全然ないのはこの為である。


 だが、ここからも不幸は続いた。


 俺の義理の母さんである留辺蘂弥生やよいの乳がんが分かり、しかもかなり進行していた。それとほぼ同時期に千歳の義理の母さん松音知早来さきも・・・

 不幸は続き、こんな時に千歳の義理の父さんが交通事故で亡くなった・・・。


 この後の話は、俺が中学1年の時、お婆ちゃんが亡くなる直前に俺に詫びるような形で教えてくれたのだが、千歳の義理の母さんが爺ちゃんと婆ちゃんに千歳を引き取ってくれるようお願いしたみたいなのだが、さすがに70歳を過ぎた夫婦が幼稚園児を引き取っても経済的にも体力的にも無理なのは分かりきっている。でも、姉夫婦にも伝える訳にもいかなかった。それを言うと先が長くないことを伝えるような物だったから。だから、お爺ちゃんとお婆ちゃんは千歳の義理の母さんを説得する形で千歳を施設に預ける事を提案し、千歳の義理の母さんも了承した。千歳の義理の母さんはその翌々月に亡くなった。

 でも、父さんと母さんが葬儀の時に千歳がいない事に気付いてお爺ちゃんとお婆ちゃんを問い詰めた事で千歳を施設に預けた事が分かり、葬儀が終わった次の日に施設へ出向いたら、園長が言うには「半月ほど前に千歳を養女として引き取りたいという申し出があり、その夫婦に引き取られた」との事で、千歳に会えなかった。その夫婦の奥さんというのが施設と取引のある業者の営業担当で、結婚して10年以上も子供が出来ず不妊治療も諦めていたけど、千歳の事を知っている人(簡単に言えば松音知早来の知人)で、たまたま園に仕事で来た際に千歳に気付いて、後日、千歳を引き取りたいと申し出があったので養子縁組の形で退所したとのことだった。

 さすがに父さんと母さんもそれ以上の事を園長に問うのは失礼だと思って諦めたけど、母さんはそれが精神的に堪えたのか間もなく亡くなった。


 今までの話を年表に表すと次のようになる。左端の年齢は俺の年齢だ。


 1歳 (千歳の最初の義母=松音知早来、妊娠するが癌が分かり子供を諦める)

 2歳 (京極の義母=留辺蘂弥生、妊娠するが癌が分かり子供を諦める)

 3歳 京極が風邪で祖父と一緒に病院に行ってる最中に住んでいた賃貸アパート

    の火災で両親が死去。千歳は助かる。

    京極 →母の姉(上の姉)夫婦に引き取られ留辺蘂京極と名乗る。

    千歳 →母の姉(下の姉)夫婦に引き取られ松音知千歳と名乗る。

 4歳 留辺蘂弥生、癌が再発。

    松音知早来、癌が再発。

 5歳 千歳の養父、交通事故死。

    松音知早来、祖父母に千歳を引き取るようお願いするが最終的に千歳を

    施設に預ける事になる。

    千歳、どこかの夫婦に養女として引き取られる。

    松音知早来、死去。

    留辺蘂弥生、死去。

    京極、祖父母(南美深の両親)と同居する事になる。

   (この時に祖父母宅を改築、バリアフリー化)

 9歳 祖父が高齢の為に死去。

13歳 祖母が高齢の為に死去。

15歳 京極の養父の留辺蘂峰延、掛澗かかりま汐見しおみと再婚。連れ子である掛澗千歳は留辺

    蘂千歳として義妹になる。



 だが、どうしても釈然としない点が多い。

 千歳さんは本当は千歳ではないのか?


 名前が同じ。雰囲気も似ている。誕生日も同じ。左目の下にホクロがある。さらに今回、額に傷がある事が分かった・・・


 い、いや、だとしたら母さんの言動はおかしい。

 さっき、千歳さんが俺に抱き着いてきた時に『ところで千歳、いつまでキョーゴ君に抱き着いてるつもりなの?』『あんたたちにその気があるならお母さんは止める気はないけど、自分の年齢を考えることねー』と言っていた。それに父さんも『そういう事だ』と母さんの発言を訂正することをしなかった。

 もし本当に千歳さんが千歳だという事を知ってるなら、絶対にこういう発言はあり得ない。義理のきょうだいだから言える発言であり、こう考えると、やっぱり千歳と千歳さんは別人なのか・・・。


 それに、千歳さん自身も初対面の時に明確に否定している・・・。


 あまり深く考えるのはやめよう、それに明日からは学校と塾の両方に行かなければならないから、睡眠は十分に取らないといけない。だから俺は早く寝ようとしたのだが

 そう、あの時の千歳さんの透き通るような肌と、千歳さんが俺のところに突っ込んできて、その後、俺の胸の中でワナワナと震えていた時に感じた・・・。

 「脱いだら凄いのよ」というのは大袈裟だけど、たしかに。たいした大きさではなくても、あったのは事実だから、あれは高校1年生の男子生徒にとっては毒以外の何物でもないぞ!

 だから俺は、千歳さんの傷跡と千歳さんのの両方に苛まされ寝付けない。おまけにようやく寝れたと思ったらで飛び起きた。それも1回だけでなく3回もだ。もしあんな事を現実世界で引き起こしたら、千歳に顔向けできない!い、いや、その前に父さんと母さんに何と言われることか・・・母さんの言葉ではないが「自分の年齢」に相応しくない事をやりかねない!


 結局、俺はロクに寝る事が出来ず、目覚まし時計の音に飛び起きた。

 俺は慌てて部屋の扉を開けたけど、その時には千歳さんが部屋に入ろうとしていた時だった。しかも、その右手にはいつぞやの予告通り保冷剤を持って。

「あらー、兄さん、起きてきたのー」

「あったり前だあ。いくら何でも目覚まし時計が鳴ったら俺でも起きるぞ!」

「残念だなあー。折角優しく起こしてあげるつもりだったのにー」

「口ではそう言ってるけど、右手に持っているのは何だ?」

「あらー、こーんなのを私は持ってたんだー。おーほっほっほー」

「ちとせさーん」

「はいはい、それじゃ、ホントにこれを使わなくてもいいように、ちゃんと目覚まし時計で毎日起きて下さいよ」

「分かってるよ」

「それじゃあ、朝ご飯を食べましょう!」

「らじゃあ」

 やれやれ、まさか本当に保冷剤を持って俺を起こしにくるとは思わなかったぞ。でも、保冷剤で良かった。もし夢の通りの事を俺がやっていたら、包丁を持って俺を起こしに来たかもしれないからなあ。


 ただ・・・悩んでも仕方ない。今は千歳と千歳さんは別人として考えるべきだ。

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