最大の疑問
第14話 千歳さんの額に手を当てたまま・・・
俺たちは家に帰ってお昼ご飯を食べた後は残っていた引っ越しの荷物の整理と後片づけだ。父さんと母さんの荷物の整理は半分くらいしか終わってないし、客間にも荷物が残っている状態では私事を優先する訳にいかないので俺も千歳さんも整理を手伝い、日が暮れる前に終わらせる事が出来て、段ボールやクッション材なども分別できて、ようやく一息つけるようになった。
ただ、誰も夕飯を作る気力がない事と入学式のお祝いを兼ねて、車で回転寿司トライトンに食べに行き、ささやかな入学祝いとなった。
それが終わったら、さすがに疲れたのでシャワーをする事にした。明日から高校生としての授業、あー、いや、明日はホームルームとオリエンテーション、部・同好会合同説明会しかないから授業というのは少々語弊があるけど。それにここ3日間は塾に行ってないから、明日からは真面目に塾にも行かないと。
実は昨日も一昨日も俺は一番先にシャワーをしている。さすがに浴室は1つしかないから、義理とはいえ女子高生の妹がシャワーをした後に自分がシャワーするのは申し訳ないと思って、わざと一番先にシャワーしているだが、今日も俺が一番先にシャワー、というより殆ど『
「おーい、出たよー」
「あれー?兄さん、思ったより早かったですね」
「ああ。俺は『烏の行水』だからな」
「それじゃあ、私もシャワーしてきまーす」
そう言うと千歳さんはパジャマを持って立ち上がり脱衣室のドアを開けたが、入ろうとした時に後ろを振り向き
「ぜーったいに覗かないでよ」
「誰が覗くかよ!」
「あれー、男子高校生は女子高生がシャワーを浴びるシーンを見たいと思わないのかなあ」
「あのなあ」
「まあ、冗談よ」
「それにペッタンコだからなあ」
「あー!それは暴言よ!こう見えても脱げば凄いんだからさあ」
「だからと言ってEとかFじゃあないんだろ?」
「兄さーん、もしかして巨乳好きですかあ!?」
「俺はどっちでもないぞ。ただ、誰かさんが有りもしない物をさも有るかのように言ってる事に対して突っ込んだだけだ」
「はーい、すみませんでしたあ」
「分かってるならさっさと入れよ。父さんと母さんが待ってるんだからさあ」
「はいはい、分かってますよ」
そう言うと千歳さんは脱衣室の扉を閉めたが、入る直前に俺に向かって『あっかんべえ』をやったけど、決して怒っている訳ではなさそうだ。その証拠に笑いながら『あっかんべえ』をやってたからなあ。
それから何分か経った。
俺はこの番組が終わったら寝ようかと思ってたけど、まだ終わるまで相当あるからコーヒーを自分で作って冷蔵庫から牛乳を取り出し、正真正銘のミルクコーヒーを作ると自分の椅子に座った。父さんも母さんも一緒にテレビを見ながら結構難問揃いのクイズ番組にも関わらず果敢に挑戦してるけど殆ど合ってないが、それなりに楽しんでいる。
俺もやってみようかと思って椅子に座ったのだが・・・
「きゃーーーーーーーーーーーー!」
突然、脱衣室の方から大声が聞こえた!
俺は一瞬だが母さんと顔を見わせる形になったけど、俺が一番先に立ち上がり脱衣室前へ走って行った。勿論、父さんも母さんも「何があったんだ?」と言わんばかりに俺の後ろに続いてる。
“バターン”
いきなり脱衣室の扉が開けられたかと思うと千歳さんが飛び出してきた。しかも服は着ておらず、バスタオル1枚を体に巻いただけだ!
“ドスン!”
俺はいきなり千歳さんが飛び出してきたから千歳さんと正面衝突した形になり、後ろに吹き飛ばされた。そのまま千歳さんも俺の胸に飛び込んでくるような形で倒れ込んだけど、その勢いで俺の顎に千歳さんの頭が『ゴン』とぶつかったほどだ。俺は後ろにひっくり返りそうになったけど、それを父さんが受け止めた。
千歳さんは顔は俺の胸に伏せたまま、右手の人差し指を脱衣室の方へ向け
「で、出た・・・」
そう言ってワナワナと震えてるけど、俺には何の事を言ってるのかサッパリ分からない。
「千歳さん、落ち着いて下さい!」
「千歳!何があったの?幽霊でも出たの?」
「千歳ちゃん、もしかして覗きか?」
俺だけでなく父さんも母さんも何が起きたのか分からないから千歳さんに聞いてるけど、千歳さんは「出た、出た、出た」としか言わないから父さんが脱衣室に飛び込み、そのまま浴室のドアも勢いよく開けた。
「・・・おっかしいなあ。浴室の窓は内側からロックしてあるから覗きがあったとは思えないぞ」
それだけ言うと父さんは肩を窄めて両手を開き、母さんも脱衣室を覗いてるけど「幽霊が出たようには思えないけどねー」と首を傾げている。
千歳さんはまだ右手を脱衣室の方を向けながら震えてるけど
「出た・・・く、
「「蜘蛛?」」
俺と父さんは思わずハモってしまったけど、その一言を聞いて母さんが何かピンと来たらしく、ドライヤーや脱衣室の鏡の周辺をあちこち調べ出した。
そして・・・
「ちとせー、あんたさあ、こんな事で大騒ぎしないでよねー」
母さんはそれだけ言うと、呆れたように腰に左手を当て、右手で鏡の右端付近を指差して俺の方を振り向いたから、父さんが「何だ何だあ?」と言わんばかりの表情で母さんの右手が指差している付近を覗き込んだ。その父さんも母さんの言ってる意味が分かって呆れたような顔をしながら
「はーーーー・・・蜘蛛が嫌いな子は少なくないけど、これを見て驚かれたら父さんも立つ瀬がないぞお」
「父さーん、どういう意味?」
俺は意味が分からなかったし、千歳さんが未だに俺の胸元でガタガタ震えてるから自分の目で確かめられず、父さんに聞いたのだが、父さんは軽く「はー」とため息をついた後に
「3ミリくらいの蜘蛛が鏡を這っている」
「へ?・・・そうなの?」
「さすがに手術室とか、父さんのところの工場のような高度な清浄度を必要とする区域では大問題になるけど、一般家庭では綺麗に掃除をしたところで、完璧には防げないぞー」
「確かにそうだよねー」
そう言って俺は千歳さんに「おーい」と言いながら千歳さんの額に手を当て、千歳さんの顔を起こそうとしたのだが・・・
「!!!!!」
俺は千歳さんの額に手を当てたまま固まってしまった。
い、いや、正しくは千歳さんの額の上、前髪の生え際の部分にあった長さ3、4センチくらいの古傷に気付いて固まってしまった。古傷という表現はオーバーかもしれないけど、薄く残る傷跡に。近くで見ているから傷跡だと認識できる程度の薄い傷跡だけど・・・
俺の鼓動は信じられないくらいに高まっていて、今にも心臓が破裂しそうになっている。そう、俺はこの傷跡に見覚えがあるからだ。
「・・・ところで千歳、いつまでキョーゴ君に抱き着いてるつもりなの?」
「「はへ?」」
俺は母さんの一言で現実に引き戻された。それに千歳さんもその一言で現実に戻ったようで顔を上げたが、お互いの視線が合ってしまったから互いに顔が真っ赤になってしまった。
「・・・あんたたちにその気があるならお母さんは止める気はないけど、自分の年齢を考えることねー」
「そういう事だ」
父さんと母さんの両方からダメだしを食らう形になって、慌てて千歳さんは俺から離れて「すぐに着替えるから!」と言って父さんと母さんを無理矢理脱衣室から追い出した。
やれやれ、さすがにバスタオル1枚で同い年の男の子、義理とはいえ兄に抱き着けば母さんからツッコミが入るのも無理ないよなあ。
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