第13話 1たす1は に!

「えーっ!これって撮影待ちの列!?」

「それしか考えられないぞ」

「まだ相当待たされるよー」

「そんな事を言う暇があったら並びましょう」

 そう言って俺たち四人は最後尾にならんだけど、さすがに今は朝と違い『最後尾』という看板を持った先生はいない。

 入学式が無事(?)終わって各クラスに戻った俺たちは保護者同伴、つまり生徒の親御さんたちが教室の後ろや横にいる状態で短いホームルームだけをやって下校となったのだが、他のクラスが次々とホームルームを終えて廊下が騒々しくなっても続き、その廊下が一度静かになったが再び騒々しくなった後にもう1回廊下が静かになりつつあった頃にようやく終わったという表現がピッタリだった。

 なぜホームルームが長引いたのかというと・・・実は生徒会の大チョンボが始まりだった。

 各人の机の上に置かれていた大きな封筒、まあ分かるとは思うけど明日か明後日までに必要事項を記入して提出する書類が10枚以上入っているのだが、それ以外に20枚程度、重要事項が書かれた書類、生徒会からの明日のオリエンテーションに関する連絡を綴じた物が置かれていた。本来なら天北てんぽく先生の持っていたリストを読み上げ、それを俺たちが確認してアッサリ終わり、となる筈だったのが、生徒会の書類が2ページ分も全員入ってなかった。慌てて天北先生が1組に行って確認したが1組は問題なく、3組も問題なかった。すぐさま天北先生が生徒会室に連絡して4組以降を調べさせ、抜け落ちたページが届くまで俺たちは待ちぼうけを食らった形になった(待ち時間を利用した天北先生の臨時保護者懇談会になったけど)。

 結果的に2組だけが抜け落ちていたようだったが、不足分の2枚を届けに来たのが例の副会長二人だった。二人が印刷物を分けようとした時に、最前列に座っていた2組の女子が副会長の一方に何かを話し掛けた。俺は後方の席だったから何を話し掛けたのか聞こえなかったが、「そうですよ」と副会長の片割れが答えた声だけは聞こえた。それを聞いていた周囲の保護者、まあ殆どが母親だけど、今度はそちらが急に大騒ぎになって(どうやら超有名人らしいけど、俺は何の事かさっぱり分からなかった)、ホームルームはそれを最後に終了となったが二人の副会長に握手を求めたり一緒に写真を撮りたがる母親たちが続出して前側のドア付近を占拠する有様で、おまけに噂を聞きつけたのか他のクラスの保護者も2組に殺到して後ろ側のドアから次々と入ってくるので、静かだった廊下はあっという間に凄まじい状況に早変わりし、俺たちは教室に缶詰め状態にさせられ、騒ぎが一段落した時にようやく教室の外に出られたという訳だ。

  天北先生もこれはマズいと思って「すみません、ドアの前を開けてくださーい」と何度も言って母親たちを排除しようとしてたけど、母親、というよりもオバサンパワーは凄まじくて天北先生が言っても誰も聞く耳を持たず、天北先生も「駄目だこりゃあ」と腰に手を当ててため息をつくしかなく、誰もが騒ぎが収まるのを見ているしかなかったのだ。

「・・・母さーん、あの二人の副会長、ママさんたちの間で物凄い有名人だったみたいだけど、何の事か知ってる?」

 俺は母さんに話し掛けたけど、母さんはニコッとしながら

「勿論知ってるわよ。あの双子の姉妹のお姉さんは一昨年の、妹さんは去年のインターハイ女子剣道の個人戦優勝者よ」

「「マジ!?」」

「それに、高校剣道界の4大大会(全国選抜・玉竜旗大会・魁星旗大会・高校総体=インターハイ)で無敗、あー、いや、負けたのは個人戦でお互いが対戦した時だけだし、女子は個人も団体も一昨年は清風山高校はすべてのタイトルを総ナメして、去年は男女とも個人も団体も総ナメした程よ」

「そんなに凄い先輩だったのかよ! ( ゚Д゚)」

「しかも相当可愛いくて、それに双子だからテレビや週刊誌がこぞって取り上げてたくらいよ。まあ、母さんも最初は気付かなかったけど、言われてみて『あー、そういえばテレビで見た事がある』と思い出したけどね」

 あれ?・・・そう言えば今、母さんは「双子」って言ったけど、とういう事は間違いなく二人のうちのどちらかが入学式の受付をしていたけど、あれは営業スマイルだったという訳か。

「・・・まあ、たしかに受付でノホホンとしていたり絶叫していたりするのはマズいからなあ」

「兄さんの言う通りですね。でも、ホントにどちらが私たちの受付をしていたのかなあ。お父さんやお母さんは分かる?」

「うーん、父さんは全然分からないぞ。母さんは?」

「わたしもよー。こんな事になるならよーく観察しておくんだったなあ」

 はーーー・・・まあ、俺と千歳ちとせさんは明日以降、あの二人の先輩と会う機会が必ずある。その時に聞けばいいや。もしかしたら、お近づきになれるかも・・・い、いや、そんな邪な考えではいかーん!俺にはみなみ千歳ちとせがいる!それに千歳さんが知ったら、また俺に蹴りをいれてくるかもしれない。それよりも早く写真を撮って帰ろう!

 写真撮影待ちの列は徐々に進んでいて、今、正門の前にいるのは2組の女子生徒と母親が立っていて、母さんが代わりに二人の写真を撮っている。俺たちの後ろには誰もいないから、正真正銘、俺たちが最後だ。

 ようやく俺たちが写真を撮れるようになったのだが、正午を少し過ぎているから午後から始業式がある2年生、3年生が登校し始めている。相当遅くまで残っているという事だが最後だから何の気兼ねなく撮影できるのは嬉しいねえ。

 一番最初に父さんが持っていた一眼レフを三脚に取り付けてから四人全員の写真を撮った後は、俺だけ、千歳さんだけ、俺と父さん、俺と母さん、俺と父さん・母さん、千歳さんと父さん、千歳さんと母さん、千歳さんと父さん・母さんの写真を撮った。これで全部終了だよね、さあ、帰ろう!

「・・・兄さーん、ちょっと待って下さーい」

「へ?呼んだ?」

「まだ1枚撮ってないんですけど」

 そう言って千歳さんはニコッとしたけど、一体、何を撮ってないんだ?

「兄さん、早く看板の横に行って下さい」

「はへ?・・・まあ、いいけど」

 俺は千歳さんから催促される形で正門にある看板の左側に立ったけど、千歳さんが小走りで看板のところにやってきて、看板の右側に立った。

 そうだ、俺もすっかり忘れていたけど、俺と千歳さんの「きょうだいの写真」を撮ってなかったんだ。ゴメンゴメン。

 そう思って俺はキリッとした表情で写真を撮ろうとしたけど

「兄さーん、顔がちょっとキツイですよ、もっとリラックスリラックス」

「俺はこれでもリラックスしているつもりだぞ」

「ぜーんぜんダメ!もっと肩の力を抜いてください」

「うーん、こうかな?」

 俺は軽く息を吐いた後に肩を少し回してから身構えたけど、それでも千歳さんは「まだまだー」と言うから、ちょっと困ってしまった。

「仕方ないですねー。それじゃあ、右手でVサインを作ってニコッとして下さい」

「はあ?そんなポーズで撮れっていうのかあ?」

「クソ真面目な写真は一人の時だけで十分です。学生らしい写真があってもいいでしょ?」

「ま、まあ、たしかにそうだけど」

「じゃあ、決まりですね。兄さん、母さんが合図したら飛びっきりの笑顔でVサインを作って下さい」

「あいよー」

 それを合図に俺と千歳さんは正面にいる母さんの方を向いたけど、母さんはニコッとしたかと思うと

「1たす1は?」

「「に!」」

 母さんの合図と共に、俺も千歳さんも右手でVサインを作ってビシッと突き出し、同時に『これでどうだ!』と言わんばかりの笑顔を作った。これなら問題ないだろ!

 千歳さんもニコッとして俺の方を振り向いたけど、そのままもう1段上の笑顔を俺に見せながら

「それじゃあ、最後にもう1枚撮りましょう!」

 そう言ったかと思ったら千歳さんは看板の前を通って俺の左側に来た。そう、俺と千歳さんが並ぶ形で、しかも千歳さんは

「ちょ、ちょっと千歳さーん、くっつき過ぎじゃあないのー?」

「大丈夫大丈夫、『きょうだい』でしょ?」

「それはそうだけど・・・」

「それとも、幼馴染さんか彼女さんの方が良かったのかなあ?」

「あのなあ」

「はいはい、それは冗談ですけど私では役不足ですか?」

 そう言ったかと思うと千歳さんは俺の方を向いて、今日一番の笑顔を俺に見せた。さすがに俺もマジで『ドキッ』とさせられたけど、これだけの美少女にこれだけの笑顔をされたら俺も嫌とは言えない。

 だから俺は「千歳、すまない」と心の中で詫びた。

「じゃあ、撮ろうぜ」

 そう言って再び右手でVサインを作って右手を突き出した。千歳さんは左手でVサインを作って左手を突き出して、お互い、最高の笑顔で写真を撮ったところで俺たちの入学式は終わった。

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