第10話 デレーッどころかゴロニャーンをやりたーい!

 列は徐々に進んで、俺の前に並んでいた男子生徒とその母親と見られる親子が受付をしている最中だ。その男子がテーブルにある2枚の名簿のうち1組の方を指差しているから、この男子は『スーパー特進科』だというのが分かる。受付をしているのは胸元には千歳ちとせさんと同じくリボンをつけているけど緑色だから、この女子生徒は3年生だ。

 やがてその男子生徒が大きな封筒を受け取って列の左側に離れたから、次は俺の番だ。

「おはようございます。清風山せいふうざん高校に御入学おめでとう御座います」

 受付の女子生徒はそう言ってニコッと微笑んだけど、その子の顔を見た瞬間、俺は思わず『ドキッ!』とさせられた。髪は千歳ちとせさんより短かく肩に届いてなくて左側で分けているけど、何よりも千歳さんに勝るとも劣らないくらいの可愛い女の子だったからだ。その女の子がニコッと微笑んだのだから、思わずドキッとして見惚れてしまったと自分でも認めざるを得ない!でも、その時に俺は気付いた。その3年生の左目の下には千歳さんとほぼ同じ位置に同じくらいの大きさのホクロがある事に。

 俺はその3年生に入学許可証とが入った封筒を渡そうとして鞄を開けたのだが


“バシッ! バシッ!”


 いきなり俺の右足の脹脛ふくらはぎに後ろから蹴りが入った!しかも1度ではなく連発だ!!俺は思わず後ろを振り向いたけど、そこには口を尖らせた千歳さんがいた。しかも何故か目が怖いし蹴りをやめようとしない。口では何も言ってないけど、明らかに怒っているのだけは俺にも分かるが、何を怒ってるんだあ?

 俺は千歳さんを無視する形でその3年生に向かって封筒を差し出した。それと同時に2枚ある名簿のうち2組の方を指差しながら

留辺蘂るべしべ京極きょうごくです」

 と短く言った。その3年生は封筒を開けて中に入っている入学許可証とを確認すると、左手に持ったピンクのカラーペンで名簿の「留辺蘂京極」という欄に印をつけ、入学許可証とを封筒ごと傍らにある箱の中に入れてから代わりに後方にあった4つの段ボールのうち『2組・タイプA』と書かれた方の段ボールから大きな封筒を取り出して俺に差し出した。その封筒の右上には小さく「留辺蘂京極」と個人名が記入してあった。

「1年生の教室は玄関の両側にある階段を上がった2階です。奥から2番目が2組になります」

 そう言ってもう1回ニコッと微笑んだから俺はまたまたドキッとさせられたが、それとほぼ同時に一度は止んでいた脹脛への蹴りが再開されたのはいうまでもなかった。

 俺と父さんは左に離れて千歳さんの受付が終わるのを待っていたけど、千歳さんは俺が受付していた時とは違い終始ニコニコ顔で接していて、受付の3年生も終始丁寧に、それに笑顔で対応していた。

 3年生の対応だって俺の時と全く同じだぞ!どうして千歳さんがさっき不機嫌になったのか全く想像できない!!

 だから俺は千歳さんが封筒を受け取って俺と一緒に歩き出した後に

「千歳さーん、あれはないでしょー」

「へ?・・・『あれ』って何?」

「俺の足を蹴らないでよー」

「さあて、何の事ですかあ?」

「勘弁してくれ!冗談も休み休み言ってくれ」

「分かってますよ、

「そっちの方が悪趣味だぞ!」

「当たり前です!兄さん、いくら受付をしていた3年生の先輩が可愛かったとはいえ、鼻の下を伸ばすなど論外です!少し反省して下さい!!」

「えーっ!俺は決してそんな事してないぞ。しかも俺の顔を見てないのに『鼻の下を伸ばしていた』と決めつけるなよー」

「そんなのは見なくても分かります!だいたい、背筋をピンと伸ばしていたのに、あの時間帯だけは肩をダラーッとして前屈みになって、どう見たって鼻の下を伸ばしていたとしか思えません!」

「俺はそんな事はしてないぞ!」

「兄さんは自分では意識してなかったかもしれませんけど、見る人が見れば分かります!いい加減に『あの先輩、素敵だったなあ』と思った事を認めなさい!」

「はいはい、わかりましたよ、認めればいいんですよね、認めれば」

「はーーー・・・ようやく素直になりましたね」

「いやいや、無理矢理言わせておいて、その台詞はないだろー」

「兄さん、何か言いましたか?」

「い、いや、別に・・・」

 はーー・・・千歳さーん、言ってる事とやってる事が目茶苦茶ですよお、勘弁してくれよなあ。ま、これを言ったところで変わるとは思えないし、自分でも意識していないところでデレーッとしていた可能性も無きにしも非ずだ。たしかにあの3年生、信じられないくらいに可愛いというか綺麗な人だったから・・・。

 俺と千歳さんが階段を上がって2階に行った時、既に廊下も各教室の後ろ側も沢山の保護者でごった返していてた。いや、正しくはママさん同士の会話で盛り上がっていて、周囲を憚ることなく喋っているから迷惑この上ないと思うんですけど、そう思ってるには俺だけではないですよねえ!?

 そんな中を俺と千歳さんが1年2組の教室に相次いで入ったけど、もう殆どの人が来ていて、中には数人集まって喋っている人もいたが大半は初対面同士だから大人しく座っている人ばかりだ。

 座席は出席番号順に窓際から座る事になっている。俺も千歳さんも『る』で始まるから窓際はあり得ない。廊下側の、それも後ろから2番目と一番後ろだ。つまり、留辺蘂京極の出席番号は35番で留辺蘂千歳は36番、1年2組36人のブービーとラストという訳だ。

 そんな俺と千歳さんは自分の席に座ると、先ほど受け取った封筒を自分の鞄に仕舞い、それを机の横に引っ掛けた後は俺はクラスの中を見渡したけど、俺が知っている人は男女ともに千歳さんだけだ。父さんと母さんは教室に入ってこなかったから、どうやら父さんと母さんは廊下で話しているか、既に入学式が行われる講堂の入場待ちの列に並んでるかのどちらかだ。沈黙してるのも辛いから、俺が後ろを振り向く形で千歳さんと喋り出した。千歳さんはいつもと変わらず少しニコッとした、俺が勝手に命名した『千歳スマイル』だ。

「・・・いやー、正直に言うけど、俺、出席番号でブービーになるのはこれで6年連続だぞ」

「6年連続?という事は小学校5年生の時からですかあ?」

「うん。鷲ノ巣わしのすさんか稚内わっかないさんという女子が俺の後ろだったけど、男子の一番最後だったのは事実だよ。4年生まではホントにクラスの一番最後だったからね」

「まあ、『る』は五十音順では『ん』『を』を除けば『わ』『ろ』『れ』しか後ろにないし、留辺蘂は『る』の中でも後半だから仕方ないね」

「俺さあ、実は出席番号1番に憧れてるんだよね」

「どうして?」

「だってさあ、一番最初に呼ばれるんだぜ。格好いいと思わないか?」

「べっつにー。1番でも2番でも、35番でも36番でも、同じクラスの仲間には違いないと思うけど、たまたま苗字の最初の文字が『あ』だったから1番になった、と考えれば別に格好いいとは思わないわよ」

「そんなモンなのかなあ」

「そこは考え方の違いという事なので、私の考えを押し付ける気はありませんよ」

「ふーん」

 まあ、たしかに千歳さんの言う事にも一理ある。それに、俺の考えを千歳さんに押し付けるのもおかしい。

 俺は千歳さんと続きを話そうとしたけど、ここで校内放送が入った。

『保護者の方々に連絡いたします。ただいまより講堂へご案内いたしますので、移動をお願いいたします。なお、1年生の生徒は入学式に合わせて講堂へ入る事になるので、そのまま教室で待機していて下さい。繰り返します・・・』

 どうやら講堂のドアが開いたようで、教室の後ろにいた保護者の面々が一斉に教室から出ていき、廊下の騒々しさも嘘のように小さくなっていき、やがて殆ど聞こえなくなった。その保護者の代わりと言っては何だが、教室の前側の入り口からクリーム色のジャケットを着て同じ色のズボン、いわゆるパンツスーツを着た若い女性が入ってきた。背は女性の割に高く、それでいて・・・信じられないくらいの超美形かつスタイル抜群の女性だ!

 今まで沈黙していた人、周りの子たちと喋っていた人も女性に注目した。特に男子の目が輝いているのが丸わかりだあ!


「やあ、みんな、おはよう」


 へ?・・・


 こんな超美形かつスタイル抜群、どう見ても20代だから甲高い声かと思ってたけど、声が低い・・・どちらかと言えばハスキーボイスと表現した方がいいかもしれない。だから全員が一瞬、沈黙してしまった・・・

 でも、スラリとして足が長く、某有名歌劇団の男役が登場したような雰囲気になって、その沈黙が一斉に大歓声に変わった。

「マジかよー」

「うわー、すっげー美人」

「はー、わたしもあんな風になりたいなー」

「げっ!どうみてもモデルの方が似合ってるわよ」

「おれ、先生の彼氏になりたいでーす!」

「マジで感激でーす!」

 おいおい、さっきの沈黙は一体何だったんだあ!?もう殆どお祭り騒ぎだぞ!かくいう俺も興奮しているけど。

 でも、先生は両手を腰に当てて「はーーー」とため息をついたかと思うと『ニヤリ』として

「おーい、挨拶は基本だぞ!おはよう!!」

「「「「「「「「「おはようございまーす」」」」」」」」

「おーし、それでこそ高校生だ。あーたしが1年2組担任の天北てんぽくさかえだ。これから入学式の注意事項をいくつか伝えるぞー」

 うわー、この人が俺たちの担任なのかあ。いやー、こんな先生が担任なら、俺、ぜーったいに遅刻なんかしません!何の教科を担当するのか分からないけど、俺、真面目に受けます!


“バシッ! バシッ!”


 いきなり、何の前触れもなく俺の腰の辺りに蹴りが入った。どう考えても千歳さんが俺に蹴りを入れてるのは間違いない!今度は一体、何だあ!?俺は決してデレーッとしてないぞ!!と言いたいけど・・・本当はデレーッどころかゴロニャーンをやりたーい!!

 俺はあえて無視してたけど、蹴りが段々強くなってくるから仕方なく後ろを振り向いたけど、千歳さんは明らかに拗ねたような顔をしていて、俺が振り向いた瞬間に『フンッ!』と言わんばかりに明後日の方に顔を向けてしまった。おいおい、人に蹴りを入れておいてその態度はないだろ!?

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