第7話 ラブコメ小説の読み過ぎです!

 結局、俺と千歳ちとせさんの会話はそれを最後に「そろそろ仕事に戻ろう」という話になって切り上げ、お互いの仕事に戻った。例のマトリョーシカ段ボールは千歳さんが一人で自分の部屋に運んだようだけど、俺もそれに拘っているほど暇ではなかった。

 父さんは俺たちの会話が終わった30分くらい後に、防虫剤とかなりの数の収納ケースを持って帰ってきたけど、その後は荷物の整理に追われ、お昼ご飯だって三人ともバラバラに食べたほどだ。途中から千歳さんが「部屋の方は片付いたよ」と言って俺の手伝いに入ってくれたから、キッチンとリビングの片づけは母さんが帰ってくる前に終わらせる事ができた。

 夕方遅くなってから母さんが買ってきて、夕飯は母さんが茹で上げた『引っ越し蕎麦』。スーパーで買った物ではあるがお揚げと掻き揚げ、刻み葱を乗せて麺つゆを掛けただけのシンプルな物ではあったが、それでも引っ越しは形の上では終了となった。


 時間は午後10時。

 千歳さんはパジャマの上にセーターを1枚羽織っているけど俺は冬物のトレーナーだ。さっきまでリビングでテレビを見ていたのだが、さすが昨日、今日と引っ越しで相当疲れているから、体が重くなってきた。

「おーい、そろそろ俺は寝るぞ」

「そうね、さすがに私も疲れたから寝る」

「今日は父さんも疲れたから寝るぞ」

「そうね、じゃあこの辺りでおしまい。キョーゴ君も千歳も明日は寝坊しないでよー」

「「分かってるよー」」

「おやすみー」

「「おやすみなさーい」」

 それを合図に俺と千歳さんは立ち上がって階段を上がっていった。

 俺は部屋の扉を開けたけど、入る前に後ろにいる千歳さんの方を振り向いて

「おやすみー」

「兄さん、おやすみなさい」

「また明日な」

「兄さん、寝坊しないでくださいよ」

「俺は幼稚園児かよ!?」

「まあ、その時は私が起こしてあげますから」

「優しく耳元で囁いてくれるなら寝坊しちゃおうかなー」

「兄さーん、ラブコメ小説の読み過ぎです!」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃあないぞ」

「その割に口元がニヤけてますよ」

「うっ・・・」

「はーー・・・起きて来なかったら保冷剤を首元に押し付けますよ」

「うわっ!ぜーったい寝坊しません!!」

「その言葉、しかと受け止めました」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

 その言葉を最後に千歳さんは右手を軽く振って短い廊下を進んで自分の部屋に入っていった。俺の部屋の前にシャンプーの香りを残して・・・

 そうか、俺は千歳さんと3年間、同じ学校に通うんだ・・・どんな高校生活が待ってるのだろうか・・・俺は期待半分、恐怖半分といった気分だ。何しろ「保冷剤を首に押し付けます」と言った時の千歳さんの顔はマジだったからなあ。そんな人と3年間も同じ学校に通うとなると、毎日毎日緊張しまくりだったりして。


「おやすみ、千歳」


 俺は写真立てに話しかけると静かに自分のベッドに入った。

 でも、相当疲れていたらしくて、自分でも気付かないうちに深い眠りについていた・・・。

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