第6話 兄さんの妹になれて1つ得しました

 俺は思わず家中に聞こえるような大声を出してしまったが、千歳ちとせさんは「はー」と軽くため息をついて「そういう事ですよ」とだけ答えたけど、決して怒っているようには見えない。むしろ『一緒の高校に行けて幸せー』というオーラを醸し出しているように感じるのは俺の思い過ごしか?

「いやー、マジで驚いた。清風山せいふうざん高校といえば相当ハイレベルでないと入れないし、トキコー、つまり札幌時計台高校と並んで進学校として知られてるから、まさか千歳さんも同じ高校だとは全然想像出来なかった」

「あー、それひっどーい。発言を取り消して下さーい、ぷんぷーん!」

「あー、スマンスマン、発言を取り消します」

「分かればよろしい」

 そう言うと千歳さんはニコッと微笑んだけど、俺は明日から千歳さんと同じ高校に通うとは想像してなかったから、正直、どう言えばいいのか分からない・・・。

「・・・というは学校まで歩いて行くって事だよなあ」

「そうよね。ここからなら歩いて15分、いや、実測してないから分からないけど20分、まあ30分は絶対にかからないから、バスを使うよりは徒歩よね」

「そりゃあそうだろ?この距離は自転車通学許可が下りる距離じゃあないぞ」

「それもそうよね」

「あのさあ、一つ聞いてもいいかなあ」

「ん?兄さん、何ですか?」

「まさかとは思うけど、一緒に行くとか・・・」

 それだけ言うと俺は千歳さんをチラッと見たが、千歳さんは再び「はー」と短いため息をついたけど、いつものスマイルに戻って

「兄さーん、もしかして変な妄想に憑りつかれていませんかあ?」

「へ?・・・どういう意味?」

「『義理の妹はお兄ちゃんラブだからお兄ちゃんと一緒に登校しないと不貞腐れる』とか『本当はお兄ちゃんラブだけど、どうしても素直になれないから「仕方ないから一緒に登校してあげるわよ」とか言いつつ、内心は嬉しくて小躍りしてる』とかの

「そ、そんな事は無い!」

「ホントかなあ?顔が赤いわよー」

「ぜーったいに違う!」

「まあ、ここは兄さんを信用しましょう」

「おーい、『ここは』は余分だぞ、発言を訂正してくれー」

「訂正しませーん」

「おいおい、勘弁してくれよお」

「ま、兄さんの超可愛い彼女さんとか、『わたしが起こさないと遅刻しちゃうでしょ?』などと言って押しかけてくる無頓着な幼馴染さんがいたら、って思ってるのは事実だから今は発言を訂正しませーん」

「はーー・・・俺にそんな可愛い彼女や幼馴染がいるように見えるかあ?」

「ぜーんぜん。99.99%いないと思ってるわよ」

「だろ?なら答えは簡単だ。訂正しろ」

「でも、0.01%いるかもしれないから、今は訂正しませーん」

「はいはい、それじゃあ暫く様子を見てて下さい。俺には彼女も幼馴染もいないというのが分かったら訂正してください」

「そうさせてもらいまーす」

 そう言いいつつも千歳さんはニコニコしているけど、冗談にしてはキツイぞ。マジで勘弁して欲しいぞ、はーーー・・・

「ま、ちょっと話がふざけた方向に行ったから真面目な話に戻すけど、私、小学校は江別えべつ市の私立森林フォレスト公園パーク小学校だけど中学が札幌ウィステリア女子中学だから、全然繋がりが無くて友達が少ないのよね」

「へ?・・・たしか森林フォレスト公園パーク小学校といえば『ダンス小学校』とまで言われるくらいにダンス部は有名だし、それに合唱部も全国的に有名だけど、普通は森林フォレスト公園パーク小学校を卒業したらエスカレーター式に森林フォレスト公園パーク中学に行く筈だから、たしかに変だよなあ・・・」

「兄さんには言っておきますけど、私も例外に漏れず1年生からずうっとダンス部でダンスをやってたんだけど、元々左膝と左足首に先天性の歪みがあったのを知らずにダンスをやってたから、5年生くらいからダンスのやり過ぎで左足に負担が掛かって足が悲鳴を上げるようになったから、結局、ダンスを諦めざるを得なくなったのよね」

「それってマジな話?」

「うん、マジな話。札幌糸魚沢いといざわ病院の先生からも、ダンスのような激しい運動は手術でもしない限り難しいだろうって言われた。実際、普段の生活とかジョギング程度なら問題ないけど、膝や足首に過度の負担をかけるようなスポーツをやると短時間なら大丈夫だけど1時間、2時間とやると左足が悲鳴を上げるのよねー。森林フォレスト公園パーク小学校は授業でもダンスを取り入れてるから6年生の時は正直辛かったなあ。森林フォレスト公園パーク中学でもダンスを取り入れてるから私にとっては地獄のような物だから、中学は札幌ウィステリア女子中学にしたんだよ」

「ふうん」

「でも、たしかに札幌ウィステリア女子中学の大半は札幌ウィステリア高校へ行くのは事実よ。でも、札幌ウィステリア女子中学も来年から男女共学の札幌ウィステリア中学になるし、札幌ウィステリア大学だって10年前までは札幌ウィステリア女子大学と女子短期大学だったのは事実だからね」

「俺もその話は知ってるよ」

「年々少子化が進むから、共学にしないと生徒が確保できないからねー。実際、私が入学した年度から札幌ウィステリア女子中学校は定員割れだったから、来年の4月から共学の札幌ウィステリア中学になるという事は、学校側も伝統に拘っていては経営が成り立たないと判断したって事よねー」

「だろうね」

「それに、札幌ウィステリア女子中学のトップレベルの子の中には、首都圏の高校やトキコーを受ける子が結構いるよ。札幌ウィステリア高校のレベルは、どうしてもトキコーと清風山高校の2強と比較するとその下のランク、下手をしたらもう1段下に成らざるを得ない」

「その通りだね」

「でも、トキコーは札幌の中心部にあるけど、清風山高校は変な言い方になるけど札幌の端っこ、実際、学生寮や野球部、サッカー部の練習グラウンドのある敷地は札幌市ではないというのは有名な話よね。だから、わざわざ札幌の中心部にあって通称『お嬢様中学校』の札幌ウィステリア女子中学校から清風山高校に進学する子は多くて3、4人ね。去年はゼロだったし、今年は私だけ」

「それじゃあ、なぜ札幌の端っこにある清風山高校にしたんだ?トキコーか札幌ウィステリア高校にしなかった理由はなんだ?」

「うーん、それはです!」

「嘘をつくな!」

「あー、バレた?」

「見え透いた嘘は言わないでくれー」

「ま、正直に言えばお金ね」

「お金?」

「うん。トキコーと札幌ウィステリア高校を単純に比較した場合、札幌ウィステリア高校の方が高いけど、札幌ウィステリア女子中学から進学した時には入学金と授業料の減免が適用されるから私の場合はトキコーにしたら高くなるのよ。でも、当然だけど公立と比較したら上なのは兄さんも分かるわよね」

「ああ」

「公立と清風山高校を比較しても同じ事が言えるんだけど、清風山高校の幾つかある制度を使うと、公立と同じか、あるいは清風山高校の方がお得になる方法があるのを知ってる?」

「はあ?そんな話、聞いた事がないぞ!?」

「まあ、無理ないわよね。でも、資料を取り寄せて見比べてみると分かるわよー。しかも清風山高校の場合、複数の制度を同時に使う事が出来ると入学資料の中にもちゃんと書いてあるからねー」

「ふうん」

「ま、とにかく私の場合、その条件が適用される環境が揃ったから、公立へ行った時と殆ど同じか清風山高校の方が得だったから清風山高校を選んだのよね」

「ふうん」

「成績上位にも関わらず札幌ウィステリア高校に進学する子も当然いるよ。公立やトキコーにはない海外へのショートステイがあるから、外国語を学びたい子はトキコーを選ばない傾向にあるわよ」

「へえー、それは知らなかった」

「そんな訳で私は清風山高校を選ぶ事にしたんだけど、実は兄さんのお陰で、もう1つの制度も適用される事になったけどねー」

「へ?」

「清風山高校は『きょうだい割引』という制度があるのよ。お兄さん、お姉さんが清風山高校の卒業生、まあ在学中でもいいけど、上の子はそのままだけど下の子の入学金と授業料を減額する制度があるわよ」

「うわー、それ、俺はマジで知らなかった」

「そんな訳で、私は兄さんの妹になれて1つ得しました!」

 そう言って千歳さんはニコッと微笑んだから、俺はドキッとした。今までで一番の笑顔を俺に見せたからだ。俺はドギマギしちゃって、逆に何を話すべきか迷ったくらいだ。

「・・・で、でもさあ、それなら最初から『ダンス小学校』とか『お嬢様中学校』に通わず公立の小・中学校に行って清風山高校に進学しても同じだったんじゃあないのか?」

「!!!!!」

 俺は別に悪意を持って言った訳ではなく、ほとんど無頓着に言ったに過ぎなかったのだが、この一言を言った瞬間、今まで笑みをたたえていた千歳さんの表情は見る見るうちに暗くなり、目に大粒の涙を溜めて黙り込んでしまった。しかも、明らかに泣き出したいのを我慢しているのが俺にも分かる。

「わ、悪かった!俺が無頓着だった、それは謝る!」

 そう言って俺は何度もペコペコ頭を下げて千歳さんに謝った。最初は千歳さんは泣き出す寸前だったけど、ようやく落ち着いてくれた。

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