第5話 Матрёшка(マトリョーシカ)
次の日曜日も俺たちは荷物整理に追われた。ただ、母さんは住んでいた賃貸アパートの大掃除と引き渡しがあるから朝からいない。父さんもさっきまでいたけどホームセンターに買い物に行ったから、家の中には俺と
千歳さんは相変わらず自分の部屋の整理、俺はリビングの整理をしていたが、今、俺が開けようとして手に取ったのは結構大きい段ボールだった。縦・横・高さ共に7、80cm位ある割に軽い。いや、見た目より軽いというのが正しいけど、この段ボールだけには何を入れてあるのか書かれてない。書き忘れかあ?
俺はテープを剥がして段ボールを開封したのだが・・・
「はあ!?何だこりゃあ!?」
俺は本当に声に出して言ってしまった。そう、大きな段ボールを開封したら、その中には少しだけ小さい段ボールが入っていて、それもテープで封してあった。俺はそのテープも剥がして開封したのだが・・・その中に入っていたのも段ボールだった。しかも、再びテープが封がしてある。
マジで何だこりゃあ?まるでマトリョーシカではないかあ!
「兄さーん」
その時、階段から千歳さんの声がした。そう、自室の整理をしていた千歳さんが2階から降りてきた。
「兄さん、少し休憩しませんか?」
「そうだな、少しくらい休憩してもいいかな」
そう言って俺は立ち上がり、コーヒーカップを2つ取り出した。千歳さんは紅茶だが俺はコーヒーだ。俺はコーヒーに牛乳を入れる派だが千歳さんはストレートティーだ。
そのまま戸棚からビスケットを取り出して俺たちはテーブルに向い合せに座った。
千歳さんは軽く「はー」と息を吐いたかと思うと紅茶を飲み始めたが、その仕草も、その飲み方も、まさに「可愛い」の一言だ。
俺もコーヒーを飲み始めたが、千歳さんと比べたらガサツなのは否めないから少しだけ苦笑したけどね。
「・・・ところで兄さん、ついさっき物凄い大声を出してたけど、何かあったんですか?」
「あー、そこにある段ボールを開けようとしてたんだけど、まるでマトリョーシカのようになってたから、つい大声を出してしまったのさ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
千歳さんはそう言うと、ティーカップをテーブルの上に『ドン』と置いて段ボールのところへ走っていき、『バタン』と勢いよく両手で段ボールを閉じてしまった。
「兄さん!これは私がやりますから絶対に開けないでください!」
千歳さんはそう言って俺の方を振り向いたけど、明らかに様子がおかしい。というより、額から脂汗を出しているし、何となくだが鬼気迫るような表情にも見える。
でも、別の視点から見ると千歳さんがその段ボールを開けるのを自分から拒否しているように見えなくもない。
「・・・別に構わないけど、もしかして千歳さんの部屋に置いておく物がこっちに来てたのか?」
「う、うん・・・まあ、簡単に言えばそうなるわ。私もどこに置いてあるのか全然気付かなかったけど、まさかリビングで兄さんが開けようとしてたとは思わなかったのも事実よ」
「それなら自分の部屋に持っていくか?俺が運んでやるぞ」
「は、運ぶのも自分でやるから、とにかく触らないで」
俺には千歳さんの考えが正直分からなかったけど、絶対に俺には触れさせたくない、あるいは俺に見せたくない物が入っているのだろうと思って「分かった」とだけ答えた。それを聞いた千歳さんはテープで再び丁寧に段ボールを封してテーブルに戻ってきた。
脂汗をかく程の物を入れてある・・・何重もの段ボールで覆い隠す・・・そうまでして見られたくない物、あるいは決して見てはならない物が入っている・・・まるで『パンドラの箱』のようにも見えなくないけど・・・
「・・・と、とにかく少し休憩しましょう」
「あ、ああ」
それだけ言うと、お互いに飲みかけの紅茶とコーヒーを飲み始めた。シックリこないけど、まあいいや。
「・・・はーー、昨日、今日で引っ越しと荷物整理を終わらせて、明日は早くも入学式だろ?どうしてここまで忙しいんだあ?」
「まあ、それは仕方ないです。お父さんもお母さんも仕事を持っていますし、特にお父さんは管理職の宿命で平日は簡単に休めませんから、どうしても土日に頑張るしかありません」
「ただ、今回は月曜日も休んでるから、荷物の整理は明日までかかっても大丈夫という事か・・・」
「そういう事です。お互い、有給休暇は毎年腐るほど残してるようです」
「だよなー。父さんが言ってたけど、母さんだって相当ヤリ手の営業部課長補佐だろ?」
「それは事実です。私がいたから管理職になるのを拒否して課長補佐のままですけど、あそこの営業部は部長も課長も母さんに頼ってるのは事実ですから」
「そんな忙しい人たちが揃いも揃って有給休暇を使って入学式に・・・」
そこまで言って俺は思い出した。
そう言えば・・・義理とはいえ息子と娘の一生に一度しかない(二度あったらおかしいぞ!)高校の入学式に出るために有給休暇を使ったのは分かるけど、俺は千歳さんの・・・
「・・・ちょっといいかなあ」
「ん?兄さん、どうかしましたか?」
「実はさあ、俺、千歳さんの高校を知らない」
「えーーー!聞いてないんですかあ!?」
「うん・・・もしかしたら父さんが言ってたかもしれないけど、少なくとも俺の記憶にない」
「兄さーん、何でお父さんとお母さんが二人とも休みを取ったのか、分かりませんか?」
「うーん、普通に考えたら俺と千歳さんは別の高校だから、お互いの入学式に保護者として行く為に二人とも休んだ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、札幌ウィステリア女子中学校は札幌ウィステリア女子高校、あー、ゴメン、去年から共学になったから校名が札幌ウィステリア高校に変わってるけど、そこに進学する子が大半だろ?だから普通に考えたら千歳さんは札幌ウィステリア高校だと思うけど・・・」
「ぶっぶー!不正解です!!」
「えっ?違うの?」
「あっきれたあ、ホントに知らないんだあ」
「だから言っただろ!マジで知らない!」
「分かりました。私が両親に代わって答えます!」
そう言うと千歳さんはティーカップをテーブルに置き、背中をピシッと伸ばして
「息子と娘の晴れ舞台を一緒に見る為です!」
千歳さんはそれだけ言うとニコッと微笑んだけど、俺はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。
一緒に見る、という事は同じ場所に行くと解釈できる。それならば父さんと母さんが行く高校は一か所だけ・・・一か所だけ!?
「同じ高校かよ!? ( ゚Д゚) 」
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