新生活スタート

第4話 ちょっとだけいい事があった

京極きょうごく、それは父さんたちの部屋」

「キョーゴ君、それはキッチン」

「兄さん、それはリビング」

 今、俺は超がつく程忙しい。それこそ「猫の手も借りたい」ような状況だ。

 今日は4月4日の土曜日、引っ越しの日だ。

 どうして忙しいのか?その理由は簡単、引っ越し業者を確保できないからだ。3月と4月は引っ越しのピークだから簡単に引っ越し業者を手配できない。それに、大きな荷物は無いに等しい。クローゼットは元々俺の家に備え付けられていた物があるし、冷蔵庫や洗濯機は千歳ちとせさんの家で使っていた物は昨日までにリサイクルショップの人が来て処分したから、残ったのはテレビとベッドくらいだ。そのベッドも組み立て式なのだから、父さんの車であるスポーツワゴンの後部座席を倒してしまえば十分に入る。後は段ボールやスーツケースなどを運べば終わり。

 でも、口で言うのは簡単だが実行に移すとなると相当大変だ。


 俺の家は2階が3部屋、1階に和室の客間とキッチン兼リビングの、いわゆる一戸建て4LDKだ。実際には築30年超なのだが、一度リフォーム、いや、今はリノベーションと呼ぶようだが、とにかくあちこち修繕したから築10年くらいの家に生まれ変わっている。俺は1週間かけて2階の1室にあった荷物を整理し空き部屋にした。

 俺の私物が大半だが父さんの物も結構あり、不要な物はリサイクルショップに持ち込んだり不燃物として次回の収集日に出せるよう屋外の物置小屋に入れたりしたけど、ついでに部屋の掃除だけでなくトイレや浴室、玄関もピッカピカに磨き上げた。

 俺の部屋は階段を上がってすぐ左だけど、階段正面の部屋が父さんたちの部屋、短い廊下を右に行ったところが空き部屋、つまり千歳さんの部屋になるのだが、最初に千歳さんの荷物を父さんが運転するスポーツワゴンと汐見しおみさん、いや、もうかかり汐見ではなく留辺蘂るべしべ汐見になっているから義母かあさんが正しいけど、父さんだって本当は義父とうさんなのだから俺は「母さん」と呼んでるけど、母さんが運転する軽自動車の後部座席を倒して運んだ荷物を千歳さんの部屋に運び入れ、千歳さんはその後は自分の荷物の整理、残った三人は再び荷物運びをしている。


 つまり、一家4人総出で引っ越しをやっているのだ。


 正直に言うが、俺は年齢の割に体力は無い。だから引っ越し作業をやらされるのは「正直勘弁して欲しいぞ」と言いたいのだが、さすがにこれを言ったら失礼なのは分かっているので素直に引っ越し作業をやっている。

 2往復目で千歳さんの荷物を全部運び込むのが終了し、3往復目が終わった段階で、取りあえず「お昼ご飯を食べよう」という事になって、全員で歩いて3分という場所にあるコンビニ、サコマに行って適当にお弁当を買って、適当な飲み物やお菓子を買って再び家に戻ってテーブルに座ってお弁当を食べている。 

 俺の右に父さん、正面には千歳さん、父さんの正面に母さんという並びでお弁当を食べているが、弁当以外に買ったのは3時のおやつ用としてスナック菓子、それと2リットルのペットボトルを数本だ。

 俺は弁当を食べながら半ばボヤキ気味に

「・・・父さーん、あと何回往復すれば終わりそうかなあ」

「うーん、少なくともあと3回、いや、4回かなあ」

「4回も!」

「京極、もしかして午前中でスタミナ切れかあ?」

「はーい、すみませーん」

「情けない奴だなあ。千歳ちゃんもそう思うだろ?」

 そう言うと父さんは千歳さんの方を見て「ニヤリ」としたけど、千歳さんは俺の方を向いてビシッとした表情をして、これまた右手の人差し指をビシッと俺に向かって突き出しながら

「お父さんの言う通りです!兄さんの辞書には『根性』という言葉が無いのですか!」

「そんな事は無いぞ。『根性』はあるけど『体力』という言葉が無いだけだ!」

「兄さん、屁理屈言ってると後で御仕置きよ!」

「御仕置きかあ。千歳さんの御仕置きなら受けていいかも・・・」

「兄さん、冗談も程々にしておかないと後で後悔しますよ」

「うわっ!目がマジだ・・・午後も頑張ります」

「はいはい、そういう訳だからお昼ご飯をしっかり食べて頑張って下さい」

「はーい」

 そう俺が言うと他の三人から笑いが起こった。どうやら留辺蘂家の船出は順調のようで何よりです、ハイ。

「・・・やれやれ、妹から説教されるくらいなら最初からお前の方が弟で良かったんじゃあないのかあ?」

「あー、それ、母さんそう思ったわよー。キョーゴ君、今からでも遅くないから弟宣言した方がいいと思わよー」

「勘弁して下さいよお。折角兄貴宣言したのに意味なくなっちゃいますよー」

「兄さん!それなら午後もしっかり引っ越しやって下さい!」

「はい、頑張ります!」

「そう、その意気です。ご褒美の前払いという事で私のザンギを1個差し上げますから午後も頑張って下さい」

「えっ、いいの?」

「その代わり、午後はビシッとやってもらいますよ。そうでなかったら本気で御仕置きしますからあ!」

「はい!この留辺蘂京極、留辺蘂千歳の言いつけ通り午後も全力で頑張ります!」

「うん、それでこそ男だ、それでこそ私の兄さんです」

 千歳さんはニコッとすると自分のお弁当からザンギを1個箸で掴み、それを俺のお弁当のご飯の上にヒョイと置いた。

 おいおい、俺にこのザンギを食えって事だよなあ、これって、まさにアレだけど、いのかあ?い、いや、義理とはいえ兄妹きょうだいなのだから、この程度の事で変な妄想をしてはいかーん!

 結局、この後10分くらいでお昼の休憩も終わり、父さんの見込み通り4回往復した時点で引っ越しは終了になった。でも、正直に言うが段ボールの持ち出し程度の作業で済んでホントに良かったと思っている。冷蔵庫や洗濯機などの大型家電製品やテーブルなどの運び出しをやらされずに済んだのだから。

 その後は段ボールから荷物を取り出したり、使い終わった段ボールやクッション材の整理などをやってたから、夕飯もまたコンビニ弁当。しかも昼はサコマだったから、夕飯は逆方向にあるセブンシックスで済ませ、それを食べた後は全員が日が変わるくらいまで頑張ったけど全部終わらなかった。

 さすがに全員ヘトヘトだから「今日は終わろう」と誰が言いだしたかは分からないけど終わりという事になって、俺だけでなく全員がシャワーだけ済ませると、あっと言う間に家中から物音がしなくなった。

 俺もベッドに横になった途端に疲れがドッと出て、これ以上起きてるのは無理だと思って目を瞑った。

 それにしても・・・俺の辞書には『体力』という言葉が無いというのを改めて思い知らされた1日でもあった。

 

 でも、ちょっとだけいい事があった。それは・・・

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