第20話「カップルいろいろ その2」



 キーンコーンカーンコーン


「なぁ、綾葉」

「何?」


 六時間目の授業が終わり、生徒が次々と帰宅の準備をする中、裕介が綾葉に声をかける。


「一緒に帰ろうぜ」

「なんで?」

「なんでって……俺達は恋人同士だろ♪」


 裕介は綾葉の肩に手を回す。そう、裕介と綾葉は付き合っている。恋人の関係として。例の性転換薬で満が女体化し、裕介に襲われてしまいそうになった際に綾葉が突然の告白。とっさの勢いで二人は付き合ったのだ。


「恋人同士がいつも一緒にいるのは当たり前……だろ♪」


 裕介の気持ち悪いキメ顔。そしてさりげなく綾葉の胸へと首の後ろから手を伸ばす。綾葉は胸を触られる前に裕介の腕を掴み、間接をあらぬ方向にねじ曲げる。


「いだだだだだ! ギブギブ! 止めてくれ!」


 綾葉は裕介を背負い投げする。壁に打ち付けられ、裕介はのびる。突然暴れだした二人に、クラスメイトはなぜか見向きもせずに教室を出ていく。


「いでで……どうした綾葉、何怒ってんだ?」

「別に。怒ってない」

「怒ってんだろ。あれか? 生理か?」

「アンタね、女の子に堂々と生理かどうか聞くの失礼過ぎるわよ! 別にまだ生理来てないわよ」

「そうか、じゃあ何が原因でそんな不機嫌なんだ?」

「……」


 そっぽを向いて何も話さない綾葉。


「教えてくれよ。女は悩みを人に話して共感を得る。そうやって悩みを共有するんだろ?」


 それは前に綾葉が説いていたことだ。


「……」

「話してみろよ。少しは楽になるぞ」


 体勢を起こして再び綾葉に近寄る裕介。もうふざけた態度で接してくることはなかった。裕介のオンとオフの切り替えの速さに驚かされ、綾葉は落ち着きを取り戻した。自分の席に座ってボソッと呟く。


「……太った」

「は?」

「先週測った時から2キロも太ってたの」


 なかなかに女子にとってデリケートな悩みが打ち明けられ、なんと言えばいいかわからなくなる裕介。思い返せば、10月に入ってから綾葉は他の女子と昼休みによくお菓子パーティーを開いていた。

 彼女曰くハロウィンシーズンだからだとか。原因は恐らくそのお菓子の食べ過ぎであるが、今それを言うのはタイミングが悪いような気がして裕介は黙っていた。


「だからダイエットしなきゃ。でも、どうしたらいいかわからないの」


 女子にとって体重の悩みは本当にデリケートな話題だ。それを勇気を出して、しかも男子である自分に打ち明けたことに裕介は心を打たれた。目の前にいる恋人は自分のことを心から信頼しているのだとわかって嬉しくなる。


 だからこそ、裕介はあえて突き刺すような言い方をした。


「そうか。でも、確かにそうだな。お前最近腹が膨れ始めてるよな」

「は?」

「いつかおっぱいより腹の方が大きくなるんじゃねぇか?」


 ゴゴゴゴゴゴ……

 綾葉の背中で灼熱の炎が燃え盛る。


「アンタ! 相談に乗るんならちゃんと話聞きなさいよ! さっきからけなしてばっかじゃないの!」


 自慢の怪力で裕介の首を絞める綾葉。


「あばばばばば……」

「アンタに相談したのが間違いだったわ!」

「待て待て待て! いいから聞けって!」


 綾葉は裕介の首を絞める腕を離した。裕介は軽く咳き込みながら口を開いた。


「はぁ……悪ぃ、ちょっと言い過ぎたな」

「何のつもりよ……」


 綾葉は鋭い眼光で裕介を睨み付ける。それに臆することなく裕介は続ける。


「ダイエットなら俺が協力するよ」

「協力って……さっきから私のことけなしてばっかいるじゃない」

「そうだ。お前がやる気を失わないようにな」

「……!」


 綾葉は驚いた。


「俺がダイエットのやる気を損なわない程度にお前を罵ってやる。それでお前はいつでも俺を殴るなり蹴るなり技をかけるなりすればいい。俺がお前のサンドバッグになってやるから、好きなだけ体を動かして脂肪を燃やせ」

「裕介……」


 自分のためにそこまで体を張って応援してくれるのか。ようやく裕介の気持ちに気がついた綾葉。裕介のさりげない優しさがわかった瞬間、頬を赤らめる。


「ありがとう……///」

「おう、そんじゃ! 一緒に帰ろうぜ!」

「えぇ」

「帰りにどっかクレープでも食ってくか♪」

「バカ……」


 綾葉は裕介の足を蹴った。裕介は満更でもないような笑顔で受け止めた。




〈裕介×綾葉〉






 ピンポーン

 広樹はビニール袋を片手に谷口家のインターフォンを鳴らした。


「あら、広樹君」


 美咲の母親が出迎えた。


「お邪魔します」

「お邪魔するなら帰ってちょうだい」

「はい!?」

「ふふっ、冗談よ♪ 上がって」


 美咲の母親のペースに焦りながらも、靴を脱いで2階へと上がる広樹。




 コンコンコン

 広樹は美咲の部屋をノックした。


「谷口、入るぞ」

「え? 広樹君!? あ、うん……」


 ガチャッ


「広樹君、どうしてここに……」

「見てわかるだろ、見舞いだよ。体の具合どうだ?」


 美咲は風邪で3,4日学校を休んでいた。季節の変わり目であるのが原因か。学校に来ないことを誰よりも深く心配した広樹は、誰よりも早くその情報を担任の石井先生から入手し、誰よりも早く見舞いに駆けつけたのだ。


「わざわざ来てくれたんだ。でももう大丈夫だよ。来週の月曜日からは普通に学校に行けると思う」

「そうか。でもあんまり無理すんなよ」

「うん、ありがとう……」

「あ、そうだ。色々持ってきてやったぞ」


 広樹は手に持っていたビニール袋を逆さにして中に入ったお菓子をばらまく。


「ほらよ」


 広樹はポテトチップスの袋を手に取って美咲に渡す。


「ありがとう。わぁ~、『大怪獣ポテラ』だ~! 私これ好き♪」

「やっぱりな。お前よくそれ学校に持ってくるだろ」


 美咲は「大怪獣ポテラ うすしお味」の袋を手に取ってにこやかに笑う。大怪獣ポテラは美咲のお気に入りのスナック菓子だ。コレクション用のモンスターカードが一枚おまけで付いてくる。


「なんか珍しいな。お前がそういうの好きなんて」

「そう? 結構好きだよ。綾葉とお菓子パーティーする時に必ずこれ持ってくんだ~」

「なるほどな。風邪の原因は菓子の食い過ぎか」

「えへへ……」


 苦笑いする美咲。


「できるだけ賞味期限遅いやつ選んでおいたから。食うのは風邪が治ってからにしろよ。あと、菓子食っても朝昼晩はちゃんと栄養のバランス考えて飯食えよ」

「はーい」


 彼女の風邪は摂取した栄養の偏りも原因のようだった。広樹は美咲の部屋の床に座る。座布団か何かを用意できないことと、余計な心配をかけてしまったこと、お菓子を持ってきてもらったことを申し訳なく思う美咲。


「来たの広樹君だけ? 他のみんなは?」

「あぁ、一緒に見舞いに誘おうと思ったんだがな。桐山と空野はなんかプロレスごっこして忙しそうだったから止めた。満は神野とどっか行く予定があるんだとよ」


 二組の男女カップルの未来永劫の繁栄を、密かに祈った美咲。


「そっか。裕介君と綾葉、本当に付き合ってるんだね」

「あんなに仲悪そうに見えて意外とな……」

「満君もいつの間にかあの転校生ちゃんと結ばれたね」

「アイツは性格だけでモテそうだしな。神野と会うまで恋愛なんか興味無さそうにしてたが」


 元々恋愛などはせず、みんな仲良く友達として接していこうという暗黙の了解の中過ごしてきたメンバーだった。

 しかし、一番目立たなかった存在の満が転校生の真紀と恋人の関係として付き合い始めたこととにより、その了解が曖昧なものになっていた。裕介と綾葉もいつの間にか結ばれていた。


 二人はある重要なことに気がついた。


「恋人いないの……私達だけだね」

「……そうだな」

「……」


 美咲は広樹の目を見つめる。


「あっ、いや……だからと言ってお前は俺と付き合う必要なんてないんだぞ? 本当に好きな奴と付き合えばいい。俺のことは気にすんな。お前はお前で好きにすればいいんだ」

「えっ、うん……」


 気まずい雰囲気が流れる。二人きりの空気は慣れたものの、恋愛の話になると会話が続かない。


「じゃあ、俺そろそろ行くな。あんまり長くいたら休めないだろ」

「うん。今日はありがとう」


 広樹は立ち上がって部屋のドアに手を掛ける。




「……言っておくが」

「……?」






「俺は好きだぞ…/// お前のこと」

「え…///」

「じゃあな、美咲」

「あっ……」


 バタンッ

 部屋のドアが閉じられる。そそくさと遠ざかっていく広樹の足音。唐突の「美咲」呼びと一瞬だけ見えた照れ顔、信用してもいいのだろうか。一人自室に取り残された美咲は静かに呟く。


「言わせてよ……『私も』って……///」




 急上昇する体温に翻弄される美咲。それは決して風邪を引いているからではなかった。その後、広樹がこっそり美咲の見舞いに行っていたことがなぜか発覚し、それが「広樹と美咲は付き合っている」という噂にまで発展し、裕介に散々いじり倒されることとなった広樹。


 しかし、悪い気はしなかったという。




〈広樹×美咲〉


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