第19話「カップルいろいろ その1」



「それじゃあ、宏一さんはお洗濯をお願いします」

「了解です!」


 宏一はキリッと敬礼をした。咲有里と交際を始めてから半年、宏一は彼女と同居することになった。両親の許可をもらい、元々住んでいたアパートを引き払うのにだいぶ時間がかかった。咲有里に手伝ってもらいながら軽い引っ越しを終えた。家事はいつも分担して行っている。

 ちなみに今日の担当は咲有里が料理、宏一が洗濯だ。咲有里はエプロンを身にまとってキッチンへ向かい、宏一は脱衣所で洗濯カゴとにらめっこをする。


「ははっ、だいぶ溜まってるなぁ……」


 宏一は軽く苦笑いする。宏一は大学で写真サークルに所属しており、山や海、観光地などに写真を撮りに行く。時には危険地帯に行くこともあるため、必然的にたくさんの着替えを必要とする。

 その結果がこれだ。宏一の分だけで洗濯カゴから衣類が溢れ出ている。咲有里の衣類は底の方に埋まっている。まずはその一つ一つを洗濯ネットに詰めて洗濯機の中に入れないといけない。


「とにかくやるか」


 宏一は洗濯カゴの中に手を突っ込んだ。




 5分後、ようやく自分の分の衣類をネットに入れ終えた。次は咲有里の衣類だ。


「これって……」


 最初に手に取った咲有里のカーディガンをまじまじと見つめる宏一。初めて会ったあの雨の日に彼女が着ていたものだ。このカーディガンを身にまとった咲有里が雨ざらしになっていたのを見つけたことが全ての始まりだった。


「ふふっ♪」


 宏一はしみじみとした気持ちでカーディガンを畳む。次だ。






「……んん!?」


 洗濯カゴを覗き込んだ宏一は思わず声を出した。カゴの底には咲有里のブラジャーが入っていた。ピンク色のフルカップブラだ。フリフリとした可愛らしい模様がついている。


「これが……ブラジャーか……///」


 宏一は咲有里以外の女性と普段から関わったことがない。写真サークルの女性メンバーともあまり密接な関係は築いていない。故に、女性の下着事情というか、生活事情というものがよくわからないため、初めて至近距離で観察するブラジャーに戸惑う。

 ブラジャーが女性の胸の形を維持させるものということは認知している。しかし、改めて眼下にするとやはり恥ずかしくなる。そうだ、咲有里も一人の女性なのだ。そのことも改めて思い知らされる。


「それにしても、でっかいな……///」


 デザインは確かに可愛らしくて惹かれるが、それ以上に注目したのは大きさだった。とにかくでかい。自分の手の平と同じくらいあるのではないか。もちろん女性のカップ数の基準値など宏一は知らない。

 しかし、なぜか咲有里のブラジャーのサイズは大きい方だということはわかった。愛の力だろうか……。そういえば、初めて咲有里を抱いた時にも胸の大きさは感じた。ここまで大きいとは思わなかったが。




 ガラッ


「すみません、これもお願いs……」


 不意打ちに咲有里が脱衣所に入ってきた。濡れたキッチン用布巾を手に持って。宏一は全身がカチンコチンに固まった。咲有里は宏一が自分のブラジャーを手に持っている様を見ると、黙り込んだ。


「こ、これは……その……」

「そ、それ……///」


 咲有里は顔が真っ赤に染まる。布巾が手からポトンと落ちる。宏一は慌てふためく。ブラジャーを洗濯カゴの中に入れ戻す。


「私の……///」

「ご、ごめん!!!!!」


 宏一は土下座する。強く頭を床に打ち付けて誠意を込めて謝罪する。


「同じカゴに入って、ちょっと気になってつい観察しちゃった……。本当にごめんなさい!」

「そんな、こちらこそすみません……。お見苦しい物を見せてしまって。同じカゴに入れていたなんて、もっと確認しておかなくちゃ。すみません……」

「え?」

「やっぱり洗濯はお互い自分の分だけを洗うのがいいですよね。私の服なんかが宏一さんの衣類に混じってたら失礼でしたよね。すみません……」

「え? えぇ!?」


 赤面しながらも、なぜか謝る咲有里。こんなことまで申し訳なさを感じる必要は全くないのだが。宏一は意を決して呟く。


「分ける必要なんてないよ!」

「え?」

「僕達は同居している。つまり家族だ! 家族ならお互いのプライバシーとか複雑な事情をそこまで気にする必要なんてないよ。もちろん君が一緒が嫌だって言うんなら気にするけども。でも、僕はできれば恥ずかしさを感じながらも、いろんなことを君と一緒に共有したい、というか……なんというか……」


 咲有里は力説する宏一を見つめる。精一杯励まそうとしてくれている意識はなんとか伝わったようだ。


「宏一さん……」

「だから、そんなに自分を卑下しなくていいんだよ! 胸が大きいのはいいことだ! 僕は咲有里の胸が大きくてとても幸せだよ! 君のその魅力的な体つきを見ていると、僕も疲れが吹っ飛ぶ。君の体はとてもすごいんだ! そんな君が僕の彼女なんて光栄なことだよ。ありがとう! 咲有里!」

「……///」

「……あっ」


 宏一は自分がとんでもない発言をしていることに気がつくのが遅れた。いくら宏一と言えど、咲有里が相手となると女性の性的な魅力に勝つことはできなかった。咲有里は湯気が吹き出しそうなほど赤く顔を染めていた。


「ありがとう。でも……」


 咲有里は頬を染めながらボソッと呟く。




「宏一さんの、えっち……///」

「……///」


 咲有里の口元はかすかに笑っていた。それを見逃さなかった宏一。注意されていることは確かだが、それが逆になぜか嬉しく思った。お人好しの心の動く方向は全くもってわからない。


「ごめんね……///」

「許します……///」


 宏一は咲有里の頭を撫でた。




〈宏一×咲有里〉








 アレイと愛は久しぶりに84年後の未来に戻ってきた。タイムマシンが直り、いつでも自由に時代を往き来できるようになり、神野家は何度か定期的に元の時代に帰っていた。


「いや~、久しぶりの我が時代だ」

「何かしら……この懐かしさ」


 約1ヵ月程帰っていなかったために謎の懐かしさを感じる。まるで海外短期留学から帰国した留学生のように。


「真紀は向こうで満君達に迷惑かけてないかしら……」


 ここまで来ても自分の娘のことが心配になる愛。


「流石、だんだん母親らしくなってきたね」

「だんだんって……」

「だってそうだろう? 親は子を産んだ瞬間から親になるんじゃない。子と人生を共にして、心を通わせられるようになって初めて親になるんだ」


 アレイは学校の教師のような口振りで愛に説く。


「そうね。初めはあの子、全然私に懐かなかったものね。まぁ、今も変わらないかもしれないけど……」

「昔よりは仲良くなれただろ。親になれたんだよ、君は。真紀にとってのね」

「そうね。あの子は最近変わったわ。これも満君や咲有里さんのお陰かしらね」

「それもあるけど、変われるかどうかは結局その人次第だよ」


 人間は他人と生活を共にすることで、良くも悪くも様々な影響を受ける。そこで自分を良い方向へ変化させることができるかどうかもその人の技量次第だ。真紀はあの時代で満達と接することによって様々な影響を受け、多くのことを学んで成長しただろう。


「でも、あの人達には感謝し切れないわ」

「だね。本当に出会いというのは不思議なものだ。どこで誰と出会い、どんな現象が起きてどうなるか全くわからない」


 アレイと愛はベンチに座りながら手を繋ぎ、二人が出会ったあのハイキングコースの池を眺める。


「あの人達と一緒にいるのが本当に居心地いい。未来に帰るのを渋ってしまうくらいに。一体どうしてかしら。不思議よね……」

「そりゃあ決まってる」


 アレイは愛の顔を見つめる。


「満君も咲有里さんも、もう僕らの家族なんだ」

「アナタ……」

「僕と君が出会い、真紀が生まれて家族になったように、僕らはあの人達と出会って一緒に過ごし、いつの間にかなっていたんだ。家族という大切な存在に」

「家族……」

「人と人が愛情を育んだ時、そこがかけがえのない大切な場所になる。それが家族さ」


 アレイはポケットから家のカギを取り出す。そこにはあのストラップが付いていた。アレイが愛と初めて出会った時に池に落としてしまった「愛」の文字が書かれたピンクのハートのストラップだ。二人の関係を初めてて形作った愛の結晶でもある。


「いいね。そんな温かい家族の中心にいる人の名前が『愛』だなんてさ♪」

「ふふっ、ありがとう」


 アレイと愛は共に笑う。二人でこうして場所も時間も違う多くの人と家族になれたことを幸せに思う愛だった。


「それじゃあ、そろそろあの時代に戻ろうかしらね。真紀と満君がお腹空かせて待ってるわ」


 愛はベンチから立ち上がる。


「おっ、今日は愛が晩飯を作ってくれるのかい?」

「えぇ、腕によりをかけて作るわ! 咲有里さんの味を越えてみせる!」

「おう! 多分無理だろうけど頑張れ~」

「うっさい」


 愛はアレイの頬をつねった。




〈アレイ×愛〉


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