第21話「カップルいろいろ その3」



「真紀……どこにいくの?」


 放課後、真紀は満と共に帰り道を歩く。しかし、今向かっているのは青葉家ではない。真紀は満とどこかに行くつもりらしいのだが……。今日は一体どんな凄いことを始めるのか、心配でもあり楽しみでもある満。


「満君、まさか忘れたわけじゃないわよね?今日が何の日か。10月31日よ?」

「10月31日……10月の最終日ってこと?」

「ちっがぁぁぁぁぁう!!!!! ハロウィンよ!!!!!」


 住宅街を近所迷惑になりそうな程の音量の真紀の叫び声が響き渡る。


「あ、そうか。そういえば今日だったね」

「そう! だから仮装して、お菓子もらって、いっぱい楽しむのよ!」

「やけにノリノリだね……」


 六時間目までの授業の疲れが溜まり、いつもの真紀のノリに着いていけない満。そんな満にお構い無しに真紀は叫びまくる。


「当たり前よ! ハロウィンを思い切り楽しむためにこの10月生きてきたと言ってもいいくらいだもの」

「大げさだなぁ……」

「いえ、本当に楽しみにしていたわ。だって、未来ではハロウィンあんまり主流じゃないもの」


 真紀は唐突に未来のハロウィン事情を話し始めた。どうやら真紀の時代、84年後の日本ではハロウィンの文化が少々廃れており、あまり祝う者はいないらしい。

 ハロウィンの季節になる度に東京や大阪を中心とする都市部で若者による暴動が勃発し、市街の環境がゴミの散乱によって汚染され、ハロウィンによる倫理問題の深刻化が起きているという。


 その事態を解決するため、ネオポリス(時間管理局とはまた別の未来の警察的機関)が徹底した法的な規制を掛け、ハロウィンはいつの間にか個人でひっそりと祝うものという考え方が一般化した。


 街で仮装をする人の姿は数える程しか見かけなくなり、家で静かに楽しむものと考えられた。ハロウィンは名前だけの小規模な祭典となったのだ。


「うーん、なんか急に耳の痛い話が始まったなぁ……」

「というわけで、未来ではハロウィンはあんまり盛り上がらなくて、つまらない微妙なイベントになってしまったのでした。めでたくないめでたくない……」

「この時代でその前兆みたいなことはもう起きてるよね。なんか申し訳なく思えてきたよ……」

「だから私、消滅遺産図録でハロウィンのこと見つけた時思ったのよ。昔の盛り上がるハロウィンを味わってみたいって!」


 どうやらハロウィンのことも消滅遺産図録に載っているらしい。消滅したものという扱いではないが、コラムとして記載されているという。未来ではハロウィンの存在が消えかかっているとわかってむなしい気持ちになる満。


「なるほど……真紀の言いたいことはよくわかったよ。せっかくだから楽しもうか」

「待ってました! ありがとう満君♪」

「それで、具体的には何するの?」

「まずは仮装の準備をしなきゃ! 今すぐ買いにいくわよ!」


 放課後に一緒に行きたいと言っていたのはそのことだったようだ。真紀と満は七海商店街へと向かった。




 シャー


「どう?」


 化け猫の仮装をした真紀。試着室のカーテンを開け、満に自身の姿を見せつける。


「うん。可愛いよ」

「満君さっきから『可愛い』ばっか言ってる……」

「だって可愛いんだもん」

「そうじゃなくて……///」


 満の素直過ぎる性格に、今さらながらきゅんとくる真紀。


「もっと他の言葉は……」

「え~っと……似合ってるよ」

「うーん……」


 嬉しいは嬉しい。だが、なんとなく感想に物足りなさを感じる。結局真紀は自分の判断で化け猫の仮装を選んだ真紀。


「満君は仮装選ばないの?」

「僕はいいよ」

「せっかくだから仮装しようよ~! 私が選んであげるわ」

「え~」


 その後、ドラキュラの仮装を選んで、満は真紀と共に夜の街に繰り出した。




「真紀……家帰らなくていいの? もうすぐ7時だよ?」

「ハロウィンだからお菓子もらいにいかなきゃいけないでしょ。たくさん持って帰ってママ達を驚かせましょう!」

「はぁ……」


 渋々付き合うことにした満。真紀は最初に空野家を訪ねた。


 ピンポーン


「トリックオアトリ~ト~!」

「お菓子くれなきゃいたずらするよ~」

「え? いたずら?」


 真紀が満に聞いた。


 ガチャッ


「いたずらってどういうこと?」

「え? いや、お菓子をくれなかったらいたずらするって……」

「えぇ? ひどくない!? お菓子くれなかったくらいでいたずらなんて! 満君はそんな酷い人じゃないはずよ」

「いや、そうじゃなくって! トリックオアトリートってそういう意味なの!」

「そうなの? 知らなかった……消滅遺産図録にちょこっと載ってたから素敵な合言葉かと思ったけど、結構闇深い言葉なのね」

「闇深くはないと思うけど。大抵みんなお菓子くれるし」

「でもいたずらだなんて、日本もとんでもない文化が広まっちゃったものね」


 真紀がぶつぶつと呟いていると……




「あの~、何か用?」


 綾葉が二人の会話に入れずに取り残されていた。


「あ、ごめん綾葉ちゃん。忘れてた……」

「綾葉ちゃん、満君がいたずらしたいってさ」

「ちょっと真紀! 誤解を招くような言い方やめてよ!」


 付き合いたての恋人のような雰囲気の二人に綾葉は思わず微笑む。


「ふふっ、二人共わざわざお菓子もらいにきたんだ。そういえば、今日ハロウィン当日だものね。待ってて、持ってくるから」


 綾葉は居間へとお菓子を取りに行った。


「はい、チョコレート♪」

「わ~い! やった~♪」

「ありがとう綾葉ちゃん」


 チロルチョコレートを片手に跳ねる真紀。


「よし、次行くわよ!」




 派江家。


「ほらよ、じゃがりこだ」


 広樹は満と真紀に、じゃがりこサラダ味を一個ずつ手渡した。


「おぉ! この時代からじゃがりこってあったのね!」

「時代? 何だ時代って……」


 真紀が久しぶりにボロを出した。


「あ、いや何でもないよ! 広樹君ありがとね!」


 満は無理やり会話を終わらせ、逃げるように派江家を後にした。




 谷口家。


「ごめんね。お菓子はあるんだけどあげられないの。代わりにこれ」


 美咲は満と真紀に一枚ずつ10円ガムのあたり券を手渡した。広樹からお見舞いの品のお菓子をもらったが、それを今渡してしまうのは気が引けたようだ。


「まぁいいわ。ありがとう!」

「ついでにハズレ券もあげるね」

「いらないよ」


 満が冷静にツッコミを入れる。


「冗談よ。ハロウィン楽しんでね~」

「うん、あと美咲ちゃん」

「ん?」

「風邪で寝込んでるんなら、無理して外出なくてもいいんだよ……」




 桐山家。


「いやぁ~悪ぃ、今菓子切らしてんだ。代わりにこれやるよ」


 そう言って裕介が手渡してきたのは、一本のキュウリだった。たまたまスーパーで安売りしていたものを買い過ぎてしまったようだ。


「まぁこれもある意味お菓子みたいなものよね。ありがとう」

「いいんだ……」


 満は苦笑いする。真紀のハロウィンのイメージがおかしな方向に歪んでいきそうで心配になる。


「それにしても懐かしいなぁ~。仮装して近所の家訪問してお菓子をもらって廻る。俺も幼稚園児の頃よくやったぜ……」

「え……」


 真紀の体が硬直する。手に握られたキュウリがスルリと地面に落ちていく。


「あっ!!!」


 満はとっさに気づいてキュウリをキャッチする。真紀の額が青ざめていく。


「じゃあな~。ハロウィン楽しめよ~」


 ガチャッ

 裕介が玄関のドアを閉める。真紀は数分間呆然と立ちすくんでいた。






 時刻が午後7時に差し掛かった頃、青葉家までの道のりをとぼとぼと歩く真紀と満。真紀の顔は青ざめたままだ。


「私は幼稚園児が喜ぶようなことを……この歳になって……」

「まぁまぁ、それがハロウィンの本来の楽しみ方なんだから……」

「私の精神年齢……低過ぎ……」


 真紀が幽霊のようなどんよりした空気を撒き散らしながら、夜の街を更に黒く染める。


「……はぁ」


 満はため息をつき、密かにポケットに入れていたキャンディーを一つ取り出した。包み紙を外して真紀の顔の前に差し出した。


「真紀、あ~ん」

「え?」


 真紀は口を開け、満は真紀の口の中へキャンディーを入れる。



「……甘い」

「僕からのお菓子だよ。ハロウィンになったらずっと真紀にあげようと思ってたんだ」

「え?」


 真紀はポカンとして満を見つめる。


「えっと、何て言ったらいいかわからないけど……とにかく、ハロウィンで浮かれてたのは真紀だけじゃないってこと」


 満は再び苦笑いしながら頬をオレンジ色に染め、ぽりぽりと掻いた。


「満君……」

「まぁわ結局今日だってこと忘れちゃってたけどね……」


 だんだん真紀への励まし方がうまくなってきた満。二言三言ささやくだけで真紀の放っていた暗い空気は明るく温かい空気に変わった。真紀も頬をオレンジ色に染めながら呟く。




「『トリックオアトリート』って言わせてよ……///」

「ごめん……///」


 暗いハロウィンの夜道に明るい2つのカボチャが実った。




 その後、神野家と青葉家のみんなでハロウィンディナーを囲んだ。愛の作ったパンプキンスープと、真紀達が手に入れたじゃがりことキュウリで咲有里が作ったじゃがりこポテトサラダは格別だった。満と真紀は誰かと共に過ごすハロウィンを心の底から楽しんだ。




 10月の最終日、人間と人間の境目が無くなり、街中がオレンジ色に染まる。それがハロウィンだ。




〈満×真紀〉




   * * * * * * *




 ピピピピピ……

 目覚まし時計の音だ。僕は眠い目を擦り、ぼんやりとした視界で目覚まし時計に手を伸ばす。なんだか体が軽いな……。


 カチッ


「?」


 突然横から誰かの手が伸びて目覚まし時計のスイッチを押した。肉付きのある腕だ。


「おはよ♪」


 視界に映ったその男の子はイケメンだった。緑髪で眉がキリッとした爽やかな笑顔、どこか見覚えがあるような……その声も……。


「私だよ♪」

「え?」


 真紀……? どうしてそんな姿に? もしかして性転換薬を飲んだのか……。でも、どうして? 数々の疑問が浮かぶ中、自分の体を違和感が襲ってきた。


「え……あっ! まさか……」


 バサッ

 とっさに布団をめくって自分の体を確認した。案の定女の子の体つきに変わっていた。いつぞやの肩まで伸びたミディアムヘアーに白い肌の華奢な腕と足、透き通った高い声。股関の頼りなさ。ダボダボのパジャマ。そして無駄に主張する大きな胸。


「あっ……あぁ……」

「ごめんね♪ 昨日パンプキンスープにこっそり性転換薬混ぜちゃった♪」


 そういえば、昨日あまりにも美味しかったためにパンプキンスープをおかわりした。真紀が僕のお皿によそってくれた。あの時か!!! なんで食べた時に気づかなかったんだ僕!!!!!


「なんでこんなこと……」

「なんでって、一緒に遊ぶためよ。今日は学校創立記念日で休みみたいじゃん? だから今日は二人で楽しいことしましょう!」


 イケメンボイスで女言葉を発する真紀。だんだん僕から逃げ場を奪うように近づいてくる。


「性転換なんてする必要ないじゃん!」

「ただ遊ぶだけじゃつまらないもん♪ 昨日のハロウィンも楽しかったし、もっと満君と……いや、満子ちゃんと知らない楽しみ……味わいたいなぁ♪」


 至近距離まで積めよってくる真紀。ほぼ押し倒されたような状態になってしまった。肉付きのある手で僕の体をすりすり触ってくる。端から見れば完全に不審者だ。


「んん……/// 恥ずかしいからやめてよ……真紀……」

「『真紀』じゃなくて『真紀夫君』でしょ!」

「ま、真紀夫君……///」

「ふふっ、可愛いなぁ~、今日も僕が可愛がってあげるよ♪」


 真k……真紀夫君とぼk……私はベッドの上で抱き合った。




 性転換すると調子狂うんだよなぁ……。




〈真紀夫×満子〉


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