第10話「誰だって その2」



 すぐさま僕達はプチクラ山に向かった。タイムマシンは時計広場に移動していた。爆発してもいくらか形を保ちつつ残骸がいくつか散らばっていた車体が、見事に復活を遂げていた。

 青いボディーが勇ましい。最初にワームホールから飛び出してきたのを見た時は、あまりにもスピードが出ていてうまく姿を捉えられなかった。だが、今見てみれば立派な乗り物だ。見た目は普通の乗用車と変わりないが。


「まさか成功するはとは思わなかったけどね。ちゃんと電源もつくし、動くよ! これで僕達は帰れる!」

「ついにこの時が来たのね。真紀、よかったわね」

「……」


 真紀は全く嬉しがっていなかった。その理由は僕でもわかる。いや、僕だからこそわかる。


「真紀、名残惜しいけど、満君とはいつかサヨナラするって決まってたでしょ?我慢しなさい」

「……」


 真紀はさっきからうつ向いたまま何も言わない。


「満君、本当に助かった。君のお陰で僕達はこの時代で生き延びることができたんだ。ありがとう」

「いいえ……」

「私からもお礼を言うわ、ありがとう。真紀のことは残念だけど、あなたにもこれからしっかりとした恋をしてもらいたいの」


 無理だ。僕はもう真紀と出会ってしまっまたんだ。真紀を愛してしまったんだ。真紀以外の女性を愛することができなくなってしまったんだ。今さら諦めることなんてできるわけない。


「そう、記憶消去の件だけど……」


 ドクンッ

 急に心臓の鼓動が跳ね上がった。前触れもなく胸に突き刺さるナイフのような衝撃だった。記憶を失うということは真紀と完全に別れることを意味する。ちょっと待って。こんなにいきなりお別れがくるなんて聞いてないよ。まだ真紀とやり残したことが……。


「待って!」


 さっきから黙り込んでいた真紀が急に口を開いた。


「パパ、お願いがあるの。最後に満君との思い出を作らせて!」








「ワームホールがすっかり元通りになってよかったね」

「それはいいけど、なんで満君を乗せてるのよ……」

「いいじゃないか、すぐ忘れさせるんだから。最後の思い出作りに時間旅行とは最高じゃないか♪」

「すぐ忘れるけどね」

「もう! パパもママも『忘れる』とか言わないの!」


 僕は初めてタイムマシンに乗った。凄かった。車は宙に浮くし、中は変な機械がいっぱいあるし、ワームホールとかいう不思議なトンネル潜るし、タイムボールトだっけ? 変な塊が飛んでるし、もう色々凄くて何が何だかわからない。脳の理解が追いつかない。ファンタジーの世界って本当に凄い。


「それにしても行き先が内緒なんて、どういうことよ? パパ……」

「とにかく着いてからのお楽しみ~」

「もう……」


 アレイさんは明らかに気を遣っていた。僕と真紀の別れがしんみりとしたものにならないように、自分から盛り上げて明るい空気を作り出していた。やはり読むタイプではないようだ。タイムマシンも操縦できるし、本当に凄い人だなぁ……。


「……」


 さっきから視線を感じる。その方向に顔を向ける。


「あの~、何か?」

「あ、いいえ!何でもないわ!」


 どうやら視線は愛さんのもののようだ。僕に何か言いたいことでもあるのか。ないと言っているが。


「さぁ、もう着くよ」

「え!? もう?早くない?」

「そりゃそうさ、満君の時代から3年前だから」

「3年前?」


 どうやら行き先は3年前、真紀達の視点からだと87年前のようだ。3年前……か。え? もしかして……。


「最後に満君に、夢を見せてあげよう」


 タイムマシンはワームホールから外へ飛び出した。








 ひとまずタイムマシンを3年前のプチクラ山の時計広場に着陸させ、接近妨害電波発信装置を稼働させて街へ下りた。

 3年前と言えど、今とそんなに街の風景は変わらない。あの商店街やデパート、僕の通う高校も普通に存在する。ただ街を歩いているだけではタイムスリップした気分にはならない。何の特別な気分も起きないまま、僕は僕の家にやって来た。


「目的地はここだ」

「パパ、ここ満君の家じゃん。こんなところに連れてきて一体何なの?」

「僕らは特に何も感じないけど、満君は違うだろ?」

「え?」


 真紀は僕を見た。僕はまじまじと自分の家を見つめる。そう、この中に……


「確か裏口があったよね?」

「はい、そこから庭に入れます」

「じゃあ行ってみよう」


 僕とアレイさんは裏口に回る。真紀と愛さんも戸惑いながらも着いてくる。庭に入ると、大きな窓がある。そこから居間に入ることができるが、もちろん鍵がかかっている。それにカーテンが閉められていて、中の様子が確認できない。

 中から何やら賑やかな話し声が聞こえる。何とか中の様子が確認できないかと窓を隅々まで調べると、カーテンの隙間を見つけた。僕らはそこから中を覗く。端から見ればただの不審者だが、庭では道の通行人に見られる心配はない。


「あぁ……」

「満君……?」


 真紀が後ろから心配そうに声をかける。中にはパジャマを着た中学二年生の僕とお母さん、


 そして……






 生きているお父さんがいた。


「お父さんがいる……」


 三年振りに生きているお父さんを見た。飛行機のハイジャック事件で死んだはずのお父さんが眼中にいる。お母さんの淹れたコーヒーを手に掴んで飲みながらお母さんと幸せそうに話すお父さん。生き生きとしている。その横で眠そうにしている僕。


 そういえば、お父さんは帰ってくると紛争地での話をよく聞かせてくれた。当たり前のことに囲まれ、でも確かな幸せに包まれたあの日の光景がそこにあった。


「宏一さんのことは咲有里さんから聞いたよ」

「それじゃあ、ここって……」

「あぁ、2016年5月24日の世界さ」


 やはりそうか。2016年5月24日、僕がお父さんと最後の夜を過ごした日だ。翌日からお父さんは仕事でアフガニスタン行きの飛行機に乗って行ってしまった。

 そこからお父さんが日本に帰ってくることなく、帰りの飛行機がハイジャック犯の企てによって墜落。なんとも残酷な運命だ。


「満、眠そうだな」

「ママがぽんぽんしてあげようか?」

「いいよ、自分で寝るから」


 この頃もお母さんのスキンシップは相変わらず激しかった。中学生の僕は席を立つ。


「咲有里さん相変わらずね……」

「うん……」


 真紀もカーテンの隙間から覗く。二人で微笑する。中学生の僕はそのまま居間を出ていこうとドアに手をかける。


「お父さん、お仕事頑張ってね」

「あぁ、満も勉強頑張りなよ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 中学生の僕はドアを閉め、階段を上って行った。寂しそうな顔をしながら。そうだ。海外での仕事が忙しいお父さんはたまにしか日本に帰って来ない。最低でも5,6ヶ月は会えない日々が続いた。

 そして、これがお父さんと対面しての最後の会話。この日から約3ヶ月後、珍しく早く日本へ帰ることができると連絡をくれたお父さんは帰りの飛行機に乗り、帰らぬ人となった。


「お父さんが……生きてる……」


 嬉しかった。ずっとお父さんに会いたかった。お父さんのいない生活に慣れてしまった自分に密かに絶望していた。


「お父さん……」


 僕は窓に手をかける。


「満君、気持ちはわかるけど我慢するんだ。過去の人間への接触はなるべく避けないと」


 アレイさんに注意され、僕は手を引っ込める。今すぐお父さんと話がしたいが、仕方ない。やはり規則は規則だ。


「満は来年で受験生か~、勉強はしっかりしているのかな?」

「ちゃんと頑張ってるみたいよ。最近は私に料理を教えてって言ってきてるわ」

「もしかして、大学は遠くのところに行って一人暮らしをするつもりかな?」

「どうかしらね~♪」


 賑やかに自分達の息子のことについて語る両親。正直そこまで考えて勉強してたわけではないけど、料理に関してはこの頃からお母さんに習い始めたのだ。


「明日は朝6時に出発だったっけ?」

「ああ、関空発の9時半の便に乗るよ」


 そのままアフガニスタンに行ってしまえば、帰りの飛行機でお父さんが死んでしまう。今すぐ運命を伝えに行きたいが、過去を変える訳にはいかない。


「寂しくなるわね……」


 お母さんの目に涙がにじむ。それを見た瞬間、お父さんから笑顔が消えた。お父さんはゆっくりとお母さんの肩に手を置く。


 そして……








「咲有里……キス……してもいい?」



 父さんは、とんでもない発言をした。


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