第9話「誰だって その1」



「焼き加減はどうかな~?」


 満はオーブンミトンをはめ、オーブンのフタを開けた。中から薄白い煙が沸きだし、天板に並べられた焼き菓子の姿が見えてきた。


「んぉっ! いい匂い♪」


 食卓に座る真紀がキッチンまで顔を覗かせる。甘い香りがリビング全体に広がっていく。満は熱々の天板をキッチン台の上に置く。


「わぁ~、クッキーだぁ♪」


 満の作っていたそれはクッキーだった。動物や花を形作ったものや、ハートや音符などの記号を形作ったものもある。色も黄色や茶色、抹茶色など様々だ。真紀の口からはよだれが溢れ出ていた。


「美味しそう……」

「まぁ待て待て」


 満は平たい皿の上にクッキングシートを敷き、その上にクッキーを並べていった。一つ一つが宝石のようにピカピカに輝いていた。


「できた! ハンドメイドクッキー♪」


 満はクッキーを乗せた皿を食卓の上に乗せた。真紀と愛と咲有里はクッキーに見入った。


「わぁ~!」

「すごいわね……」

「可愛い♪」

「どうぞご賞味ください」


 三人は一枚手に取り、口に運んだ。


 パクッ


「美味しい!」

「なかなかいいじゃない!」

「幸せ~♪」


 サクサクした食感と少し強い甘味がうまくマッチしていた。三人の心は天国に誘われた。


「えへへ……」


 満は照れた。






「ふぅ~、美味しかった♪」


 後片付けをすべて済ませ、四人は紅茶で一服した。


「すごく腕が上がってるわよ。偉いわね~」


 咲有里はひたすら満の頭を撫でたり抱きついたりを繰り返している。その度に満は赤面する。


「満君女子力高いわね~♪ 真紀、あんたどうすんのよ? 満君に負けてるわよ~?」

「別にいいわよ、将来満君に養ってもらうんだから」

「はい?」


 真紀の発言に愛は頭にクエスチョンマークを浮かべる。


「あ、えっと、僕達はこれで失礼しま~す」


 満は咲有里の巨乳と腕から飛び出し、真紀の手を引いて二階に上がる。


 愛の表情が密かに曇る。




   * * * * * * *




「真紀、あんまりああいうこと言ったら……」

「いいじゃない。ママは全然気づいてなかったし」


 僕と真紀は僕の自室で隠れて密談をしている。


「それでも僕達の関係はみんなには内緒なんだからさぁ……ああいうこと言ったらバレちゃいそうだよ」

「も~、隠れながらとか嫌だ~」




 僕達の関係とは他でもない。僕と真紀は付き合っている。男女の恋愛的な関係として。しかし、それを愛さん達に秘密にしているのは規則だからだ。そもそも未来人は必要以上に過去の人間と接触することはタイムトラベラーの規則として禁じられている。つまり恋愛も許されない。僕達が付き合っていることがバレてしまったら、愛さん達にすぐさま記憶消去されてしまいそうで怖い。だから僕達は他人に見られないようにこっそりと抱き合ったりキスしたりする。まだ恥ずかしさは感じるが……。


「ごめんね、満君……」

「いいんだよ。むしろ二人だけの時間を誰にも邪魔される心配がなくて嬉しいよ」


 しかし、どこで真紀の両親の目が光っているかどうかわからない。正直、この逃亡劇のような恋は少し息が詰まる。


「そろそろ下に戻ろうか」

「ねぇ、最後に一回……」

「うん、いいよ」


 僕は真紀の肩に手を置き、彼女の柔らかい唇に口づけをした。二人きりの時にだけできるキスだ。


「やっぱり恥ずかしいわね……///」

「全然慣れないや……///」


 お互い赤面する。


 一階に戻ると、愛さんとお母さんはいなくなっていた。言うのを忘れていたけど、アレイさんは朝からタイムマシンの修理のためにプチクラ山にこもっている。


「誰もいない……」


 キッチンにもお母さんの姿は無い。いつも置いてあるはずの買い物袋も無いため、どこか買い物に出かけたのだろう。


「ねぇ、今のうちにもう一回……///」


 真紀が火照った顔で、僕のシャツの袖を掴みながらねだってきた。


「えぇ、また? しょうがないなぁ……」


 僕と真紀はソファーに座り、再び真紀とキスをする。やはり恥ずかしさが積もるのは同じ。閉じた目を開いてみれば、お互いに赤面しているのが確認できる。


「これでいい?」

「なんか、今のイマイチだった」

「え?」

「満君、キスあんまりうまくないかも」

「えぇ!?」


 そっちからおねだりしてきて何だよ……。まぁ、確かに自分でも気づいている。僕はキスのしかたが下手だ。だって今までお母さん以外の女性とキスしたことがなかっt……今僕が言ったことは忘れてほしいな。


「私の方がうまいかもね。試してみよ! これ飲んで!」


 そう言って、真紀はスカートのポケットから性転換薬を取り出した。いつの間に持ってきてたんだ……。


「いや、なんで今それを飲む必要があるんだよ」

「だってキスは普通男からするものでしょ? 私が男になって身を持って教えてあげるから、満君は女の子にならなきゃ」

「何その謎の考え方! ていうか、絶対えっちなことしたいだけでしょ!」

「バレちゃった。まぁいいや、大人しくしなさい!」


 真紀は僕に無理やり性転換薬を飲ませようとする。僕は必死に抵抗する。ここだけの話だけど、僕達はたまに性転換薬で遊んでいる。翌日に学校のない土曜日や休日に飲み、お互い異性の体で過ごすという。まぁ、いつも一方的に真紀が僕で遊んでるだけなんだけど。


「そもそも満君女の子だったら完璧かもしれないわよ! 料理うまいし」

「い・や・だ!」


 僕はうんざりして真紀の腕を思い切り強く掴んだ。そして再び真紀の唇に口づけをする。


「んん……///」


 真紀の甘ったるい声。僕も思わずドキッとしてしまう。僕は唇を離す。


「今はこの程度だけど、いつか真紀を満足させられるほどうまくなるから……」

「も、もう十分よ……///」


 はい赤面。もうお決まりの流れのようだ。でも真紀を落ち着かせるためとはいえ、少しやり過ぎたかな?






「あんた達……何やってるの……?」


 後ろから声がした。振り返ると愛さんがいた。ヤバい。


「愛さん……」

「ま、ママ……さっきまでいなかったのに、なんで!?」

「トイレ行ってたのよ。ていうかキスって……あんた達そういう関係?」


 まずい、キスしているところをしっかり見られたようだ。愛さんは明らかに僕らを睨んでいる。


「あ、あの、これは!えっと……」


 真紀が前に立って誤魔化そうとする。僕は何も言えずにいる。


「真紀、来なさい」

「……はい」


 愛さんの冷徹な声。真紀は観念したかのように黙りこみ、愛さんと一緒に廊下へ出ていく。このままっは真紀が悪い見たいな空気のままで終わってしまう。


「僕です……」


 無意識に僕は声を発していた。愛さんと真紀はこちらの声に気がつき、振り向いた。


「悪いのは僕です。僕が真紀を無理やり押さえつけて口づけをしました。真紀は何も悪くないです……」

「満君……」


 僕は二人の前で土下座をした。この程度で許されることはないとわかってはいるが、精一杯頭を下げた。真紀が彼女だからと調子に乗ってとんでもないことをしてしまった。何やってるんだ僕は……。


「そう。でもタイムトラベラーは過去の人間と恋愛なんてしてはいけないの。わかってるとは思うけど。真紀にはしっかりした相手をつくってほしいわ。満君には悪いけど、真紀は諦めてもらうから」


 愛さんはいつも僕に対しては優しい。だが、自分の娘のこととなると話は別だ。


「……はい」

「真紀、あんた満君と付き合ってるの?」

「うん……」

「残念だけど、別れなさい」


 規則は規則。それを徹底させるつもりらしい。やはり僕らに恋愛など許されない。


「はい……」


 真紀は返事だけして、廊下へ出ていく。きっと僕かお母さんの部屋に籠って一人泣きじゃくるつもりなのだろう。いつも真紀が辛い時はいくらでも励ましてきた。だが、今の僕には何もできない。愛さんがいる中では真紀に近づくことすら躊躇してしまう。


「やっぱり過去の人間は野蛮なのかしらね……」


 愛さんがひとりごとのようにボソッと呟く。







 その時だった。


 バーン

 玄関から大きくドアを開ける音がした。


「みんな~♪」


 アレイさんだ。暗い空気を盛大にぶち壊し、満面の笑顔で帰ってきた。空気を読むのではなく、作るタイプのようだ。


「やったよ! ついにやったよ!」

「アナタ、悪いけど後にして」


 愛さんが睨み付けてアレイさんのテンションを押さえつける。しかし、それに屈することなくアレイさんは続ける。


「いや、君こそ後にしてくれ。そんなことよりやったんだ!」

「どうしたの? パパ……」


 真紀が階段を登る足を止め、アレイさんの方へ顔を向ける。




「タイムマシンが直ったよ!」

「え!?」


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