第3話「男女」
「植物図鑑と……自由研究の計画表と……消滅遺産図録と……」
未来へようこそ。ここはあなた達から見て約84年後の世界よ。そして私は未来を生きる少女、真紀。今自由研究で過去の時代をタイムマシンで巡ることになったから、その準備をしてるの。時代を飛び越えるのは初めてだから楽しみよ。
「ハンカチと……ティッシュと……それからえっと……」
私は自室の床に物を色々とぶちまけて、持っていく物を次々とリュックに詰める。明らかにいらない物までぶちまけちゃってどうしようかと思ってるわ。
「ん? これ……」
私は錠剤が詰められたビンを見つける。こんなものまで用意したのね、私。ていうか何だっけコレ……。ラベルには明るい字体で「セクシャルチェンジャー」と書かれてある。うーん……。
「あっ! 思い出した!」
そうだ。この間通販で買ったんだ。確か、この間の夏休み前のテストのことだ。直美と点数で勝負したんだ。そして負けた方が罰ゲームでアマゾン(アマゾンジャパン合同会社は84年後の未来でも健在中よ♪)でその時の人気商品を目隠しして適当に買うということをした。案の定私が負けた。それで買ったんだ。でもそれっきりだったなぁ。一回も使ってないわ。どんな薬かもわからないし……。
「……」
私は無言でセクシャルチェンジャーをリュックに入れる。なぜか知らないけど、この後使うような気がした。気のせいかな? いや、どちらにしろ使ってやるわ。私はリュックのチャックを閉めた。準備はOK。土曜日が楽しみだわ♪
聞いてないわよ。帰れなくなるなんて。
私、パパ、ママ、家族全員でタイムマシンに乗り、過去の時代を色々巡った。植物の写真を撮るという任務は達成できたものの、タイムマシンが時代を飛び越える時に通るワームホールっていうトンネルに乱れが生じた。タイムマシンは過去の時代に不時着した。しかし、タイムマシンは大爆発して故障。パパがなんとか直してみるって言ってたけど、私達はしばらく元の時代に帰ることができなくなった。絶体絶命だ。
そのピンチに駆けつけてくれた救世主が、偶然不時着した時代に暮らしている青葉満君という少年。彼は全人類が敬うべきだと思うくらいの優しい好青年だった。途方に暮れる私達が事情を話すと、この時代で生きていく手助けをしてくれるという。終いには自分の家にまで泊めてくれる。ヤバい。
「ありがとう、満君~」
「別にいいよ」
満君と一緒に過ごす日々はとても楽しかった。私の知らない世界が次々と眼下に現れた。色々なことがあったなぁ……。一緒にお弁当食べたり、勉強会したり、文化祭で演劇したり、海行ったり、体育大会楽しんだり、遊園地行ったり、キ、キスしたり……とか……///。気がつけば私は満君のことが好きになり、満君も私のことを好きになってくれた。今、私達は幸せだ。いつまでもこうやって生きていけたらなぁと思う。満君と一緒に。
ごめん。前置きがすっごく長くなったわね。とにかく、これは私が満君の時代にやって来てから約一ヶ月経った頃のことだ。10月に入ったというのに猛暑日はまだ続いており、夏はまだ秋の居場所を奪っていた。おかげで私達の制服はまだ夏服だ。
「暑いわね~」
「だね~」
今は体育の授業の休憩時間。私と満君は体育館の端に座って休憩している。いつもは体育の授業は男女別だけど、今は違う。この学校は毎年10月に体力測定を行うらしい。学級の始まりにやる体力測定とはまた別だ。それを体育の授業の一コマを使って行う。この時だけ男女合同で行うらしい。理由はわからない。
「あぁ……体操服が汗でベタベタする……」
「そうね」
そもそも、男女別にしてやるイベントの存在意義がわからない。いや、存在自体は否定しないけど、男女別という要素がいらない。別に合同でいいじゃない。男と女で体力が違う? お互いが気にする? 知らないわよ。あ~、男女差別反対。
「なんか不機嫌そうだね。何かあったの?」
「別に」
確かに女は男と比べて体力無いけど、力のある女だっているはずよ! この間テレビで女のプロレス選手見たし。女は体力無いなんて誰が決めたのよ~!
「そろそろ休憩時間終わりだよ。真紀」
「うん」
体育の授業も男と別々だから満君に全然会えないじゃない。私はずっと満君といたいのに。
「お~い、みんな休憩終わり~」
「ほら、行こう」
「えぇ」
とはいえ、私も体力の無い女だから何考えようが無駄なんだけど。
「……」
その後、私は流れ作業のように体力測定を済ませた。だからと言って簡単だったわけじゃないけど。あ~あ、体力の無い女なんて辛いわ~。今夜満君に愚痴を聞いてもらおう。あ、でも満君は女じゃないからわからないか。
「でね~、もう散々だったわ。体力測定」
私と満君は晩ご飯とお風呂を終え、歯も磨いて部屋にこもる。眠くなるまでひたすらお喋りをする。いつもの日課だ。私はベッドに横になり、満君は椅子に腰掛けている。
「真紀もなんだ。実は僕も……」
「え? 満君も?」
満君が言うには、彼も今日の体力測定がうまくいかなかったらしい。恐らく男子の中で最下位だという。そういえば満君も男の割には運動が苦手だったわね。
「裕介君に色々言われたよ。そんな弱々しい男のままじゃ彼女を守れないって……」
彼女って、私のことかしら?(笑)
「なんか嫌だな~」
「何が?」
「ほら、なんか男って強くないといけないってイメージあるじゃん。僕、男のくせに弱いからさ……」
満君も似たようなことを考えていたことに驚く。一緒に過ごしているうちにすっかりそっくりになっちゃったわね、私達。
「そうかな~? 私よりかは満君体力あるじゃん。私は男っていいと思うな~」
「そうかな? 逆に僕は女っていいと思うよ。体力無くてもそこがチャームポイントになったりしてさ」
満君……女を一体何だと思ってるわけ? ちょっと夢見すぎなんじゃないかな~?
「女だって色々大変よ。経験してみればわかるわ」
「そう……。でも経験って言っても無理なんじゃ……」
「無理じゃないわ!」
ついに来たわ。やっとアレを試す時が。今試しましょう! せっかく買ったのに一度も使わないなんてもったいないもん! 私は自分のリュックの中を漁る。この中に……あった!
「テッテレ~♪ セクシャルチェンジャ~♪」
「セクシャルチェンジャー? 何それ?」
えっと……説明欄説明欄……。ふむふむ。よし、性転換できるわね。
「これは生物を性転換させてしまう薬で~す!」
「性転換だって?」
「うん。生き物の染色体にぬたゆぶぉjujjvmev+#+=@^■〒△●★♪して、男は女に、女は男にしちゃうのよ」
「はい?」
途中よくわからない未来語混じっちゃったけど、要するにこれを飲めば簡単に性転換できるってわけ。未来の科学力の爆発よ。
「だから、性転換薬よ」
「はぁ……」
「早速試してみましょうよ! はい」
私はビンの蓋を開け、一粒取り出して満君に差し出す。自分で試すのはちょっと怖いもの。
「え? 僕が飲むの?」
「そうよ。女になりたいんでしょ?」
「いや、別になりたいとは言ってないけど……」
「いいから飲みなさい!」
私は満君の口に無理やり錠剤を押し込んだ。思い切り押し込んだので、満君は後ろに倒れる。この際、満君には勉強してもらいましょう。女がどれだけ大変な生き物かを。
「むぐっ! あ、飲んじゃった……」
満君の頭から冷や汗が流れる。満君はすぐさま自分の体に変化がないか確認する。
……特に何も変化がなかった。何も起きない。満君は自分の体をへたへたと触りまくったけど、やっぱりどこにも変化はない。
「あれ?」
「何も起きないね……」
おっかしいわね。中身は間違ってないはずよ? 今ここで初めて封を開けたんだから。てことは……。
「まさか、詐欺商品!?」
性転換薬とか書いておきながら、何の変哲もないただの薬品とか? アマゾンでよくある詐欺商品か。うわ~、お金無駄になった。
「それ、ネットで買ったの?」
「うん。効果が出ないってことは、これ詐欺商品ね……」
「詐欺なんだ……」
「あぁ~、無駄な買い物した~」
これ結構高かったのに~。レビューとかしっかり見とけばよかった~。よくこんなもの人気ランキングに載ってたわね……。
「……寝ようか」
「うん」
今日は難しいことをいっぱい考えた。体力測定の疲れもある。おかげでだいぶ眠い。もう寝よう。
「おやすみ……」
「おやすみ」
私と満君はベッドの毛布に潜った。部屋の電気を消すとすぐに夢に誘われた。
「……ん、……くん! 満君!」
真紀の声がした。朝だ。僕より早起きとは珍しいな。僕は重いまぶたを開く。カーテンの隙間からこぼれる日差しが眩しい。早く体を起こそう。ん? やけに体が軽いな。それになんか首あたりがくすぐったい。何かが触れている。
「満君!」
「はっ!」
真紀の大声で僕はばっと体を起こす。その瞬間、視界の隅に一瞬髪の毛らしきものが映り込んだ。しばらく動きが固まる僕の体。数々の違和感が襲ってくる。
「満君、これ」
真紀からメガネを受け取り、かけて現状を確かめる。まず最初に、髪の毛が肩まで伸びている。さっきのくすぐったい感じはこれか。茶色で長い髪の毛が汗で首筋にまとわりつく。真紀ほどの長さではないが、うまくいじったら耳が隠れそうなほどに長い。ミディアムヘアーというものだろうか。
……何冷静に分析しているんだ僕は。
「満君……」
「真紀……これ、どうなって……」
真紀に声をかけた瞬間気がついた。声が異常なほどに高い。元来の僕の低い声とは大違いだ。ヘリウムガスを吸った感じではなく、なんというか……こう……透き通るような綺麗な声。いや、自分で綺麗とか思うなよ! 僕は自分にツッコんだ。
「これって、あれだよね? 昨日のあの薬……」
「調べてみるわね」
真紀はリュックを漁る。このあたりから僕は冷静さを少しずつ失っていった。とにかく落ち着きたいのだが、違和感が次から次へと襲ってくるのだ。今度は腕と脚。以前より白くて細い。華奢な肉付きとなっている。それゆえ就寝前に着ていたパジャマがダボダボになっていた。長さとかも変わったのか。頼りない体つきが余計に印象付けられる。
「飲んだ後、5時間程かけてゆっくりと体つきが同年齢の異性の体つきに変化していきます……だって」
真紀はビンのラベルの説明欄を僕に見せた。つまり寝ている間に僕の体は変化したわけだね。結構重要なことが書かれてるじゃないか。なんで昨日ここ読み飛ばしたんだよ……。それにしても、すごいなセクシャルチェンジャー。あ、長いからもう性転換薬でいいか。本当に性転換してしまうとは、未来の技術は伊達じゃない。
「あはは。この薬、本物みたい」
「あははじゃないよ……」
色々言いたいことがあるが、さっきからまた別の違和感が邪魔をしてくる。最初ここを指摘しようと思ったが、一番大変そうだったのでやめた。
「……立派ね」
「……」
僕は真紀の目線を追う。そう、ひときわ存在感を放つこの膨らんだ胸だ。これは大きいのか? 小さいのか? 男だからわからない。いや、今は女だが。この胸一体どうなってるんだ? 僕は胸へと手を伸ばす。
「満君?」
「へ?」
おっと、いけない。胸に触るなんて変態じゃないか。危ない危ない。僕はなんとか理性を保った。あれ? でもこれは自分の胸だから……いいのかな? どうなんだろ? いや、今はそんなこと考えてる場合じゃ……
モミッ
「ひゃっ……///」
思わず変な声が出た。真紀が僕の胸をわしずかみにした。その調子で揉みまくる。
「これ、かなりデカイわよ」
そうなんだ。女の子でこのサイズはかなりデカイらしい。じゃなくて! 真紀! 胸揉まないでよ!
モミモミモミ
「ていうか私よりデカイじゃない! 何これ、羨ましい!」
「あ……や……/// ま、真紀! や、やめ……///」
なぜか抵抗できない。自分の体が思うように動かない。まずい。これ以上胸を揉まれ続けたらおかしくなる。何かを失う。
「か、可愛い💕」
「ま、真紀! あ、んっ……///」
真紀の手の動きはさらに激しさを増す。だ、誰か……助けて……
ガチャッ
「あんた達~、そろそろ起きなさいよ~」
ドアを開けて愛さんがやって来た。この際誰でもいい。愛さん助けて!
「……」
真紀も愛さんの方を振り向く。場に沈黙が流れる。
「……」
バタンッ
しばらく吟味した後に愛さんは静かにドアを閉めた。……って、えぇ!?
「再開しま~す♪」
真紀が僕を思い切り押し倒して上乗りになった。
「んやぁぁぁぁぁ~///」
「このバカ娘が……」
「大変申し訳ございません……」
真紀の頭に愛さんのげんこつがお見舞いされた。真紀は髪の毛が逆立って燃え盛る愛さんに土下座している。
「謝るなら満君に!」
「はい、満君ごめんなさい」
真紀は土下座しながら僕の方へ回転する。
「本当にごめんね満君。うちの真紀がまたバカなことを……」
「いいですよ。なんとかこの体で頑張ってみます……」
愛さんも頭を下げて謝る。それはいいんだけども、それより……
「はぁ~♪ 満可愛い💕 ちっちゃくて可愛いし、声も可愛い♪ こんなに可愛く育ってくれてママ嬉しいわ♪ これで一緒にお風呂に入れるわね! ママとお背中流しっこしましょ~♪ あ、ママのお洋服いっぱい着せてあげる♪ いっぱいおしゃれしましょうね~♪ あぁぁ満~! きゅん💕」
僕のお母さんがとてつもないくらいのハイテンションだ。僕の周りをぐるぐる回りながらスマフォで写真を撮って僕に抱きつくのを延々と繰り返している。可愛い……か。確かに、さっき洗面所の鏡で自分の姿を見てきたけど、可愛かった。いや、だから自分で自分を可愛いって思うのはヤバいって。
「咲有里さんずるい! 私だって満君の可愛い写真撮る~!」
お母さんに便乗してスマフォで撮影を始める真紀。
「宏一さん……私達の可愛い息子が可愛い娘になったわ……」
天国のお父さんに謎の報告をするお母さん。
「満君が女の子になったってことは……男は僕一人。ハーレムだね♪」
訳のわからないことを呟くアレイさん。数々の異様な光景に愛さんは頭をクラクラさせる。
「何? この家にはおかしな人しかいないの?」
その日の朝は、いつもより朝食を食べるのが遅れた。
いつも着ている制服もサイズが大きく、ダボダボになってしまう。それでも他に着るものが無い。ズボンの裾を捲りながら歩く。道行く人からは当然怪しげな目で見られる。
「学校にはなんて説明するの?」
「あの薬のことを話しても信じてくれそうにないから、朝起きたらこうなってて理由はわからないって言うよ」
隣を歩く真紀。こっそり横目で見てみると真紀の目線が少し上の高さにあった。あぁ、身長もだいぶ縮んだんだなぁ……僕。いつも真紀より10cm近く高いはずなのに。僕より高くなった真紀は、なんだか頼もしく見える。
「大丈夫かしらね~」
真紀、やけにノリノリだな。まさかこの状況楽しんでる?
「あ、学校着いたらちゃんと女子用の制服借りるのよ?」
「え?」
かなり大変だが、一日中この格好でいるつもりだった。えぇ、女の子の制服って……。
「恥ずかしいよ……」
「仕方ないじゃない。今は女の子なんだから!」
学校に着いた途端、僕は真紀に手を引かれて保健室に連行された。道行く生徒からの異様な注目を浴びながら。
保健室には男女両性の制服の予備が置いてある。汚れたり破れたりした時に一時的に借りるものだ。そういえば真紀の制服もここから盗んでいったな……。まさか僕の分も要ることになるとは…。
「不思議なこともあるものね~」
「とりあえず神野さん、着せるの手伝って」
担任の石井先生と養護教諭の奥野先生に事情を話した。すんなりと信じてくれて助かった。
「は~い。ほら、満君行くよ」
「うん……」
僕は真紀に手を引かれる。奥野先生はカッターシャツとリボンとスカートを抱えて待っている。
「え~っと、とりあえず全部脱いで」
僕は指示通りカッターシャツとズボンを脱ぎ、ネクタイを外す。
「下着が男物じゃない。履き替えて」
「えぇぇ!?」
僕は顔を真っ赤に染めながらずっと履いていたトランクスパンツを脱ぐ。男性としての象徴でもあるあの生殖器(もっと他にいい遠回しな言い方があればいいんだけど……)が跡形も無くなっていることに現実を実感する。代わりに女の子の……あそこが……見えて……恥ずかしい……///
「はい、これ」
真紀から物を受け取る。代わりに履くレースショーツと、これは……ブラジャー!?
「胸大きいんだから。それしないと型崩れするわよ」
これ、確かお母さんが付けてるやつだ。このショーツも。洗濯する時に見たことある。真紀、わざわざお母さんに頼んで持ってきたんだ。気遣いは嬉しいけど……付け方がわからないよ。
「しょうがないわね~。私が手伝ってあげる♪」
明らかにこの状況を楽しんでいる真紀。あぁもう! 僕はやけくそになって身を任せる。男としての何かがどんどん崩壊していき、自分がわからなくなっていく。僕は……青葉満なんだよね? そうだよね?
「先生~、終わりました!」
「どれどれ?」
真紀は僕の肩に手を置き、すっかり変わってしまった僕を石井先生と奥野先生に見せる。
「うん。なかなか可愛いじゃないか♪」
「そうですね! そこらへんの女子生徒より全然可愛いです」
「それ私のことですか~?」
「ち、違いますって~」
はしゃぐ女性陣。みんなこの状況を楽しんでるじゃないか……。
「でも、確かに似合ってるわよ。満君」
「そ、そう?」
僕は改めて自分の姿を鏡で確認する。カッターシャツは男物と女物は共通だから、変わったのはサイズだけだ。もちろんいつも着ているやつより小さくなった。ネクタイの代わりにリボンをつけている。薄い赤がよく目立つ。
そして膝が少し見えるくらいの短いプリーツスカート。真紀が初登校で履いてるのを見た時、すっごく短いなぁって思ったけど、実際に自分が履いてみるとよくわかる。確かに、風でも吹いたら簡単に下着が見えてしまいそうだ。それに、括れがあるからだろうけど、ベルトも無しに腰に収まるのがなんとも不思議だ。そしてスースーして落ち着かない……。太股同士が擦れ合う感触が頼りない。女の子はいつもこんなのを履いて学校に着ているのか。見えない努力を感じる。
女子の制服に身を包み、見た目は完全に女の子だ。決して女装ではないが、女装している気分になる。
「さっそくみんなにも見せてきましょうよ♪」
「え?」
そうか。この姿をクラスメイトのみんなにも見せないといけないのか。僕はため息をつく。
「というわけで色々大変だろうから、みんな、彼? いや……彼女? とにかく満君をサポートしてあげてくれ」
石井先生がみんなに事情をおおざっぱに説明する。僕は朝のホームルームで教壇の前に立つ。みんなまじまじと僕を見つめる。当たり前だろうけど、恥ずかしさがさらに募る。
「すごいわね。満君めっちゃ可愛くなってんじゃん」
「メガネッ娘……」
「起きたら女になってたって……どういうことだ……」
案の定いつものメンバーからは興味を持たれる。綾葉ちゃん達は僕の周りを囲んでじろじろ見てくる。
「あまり見ないでよ。恥ずかしいから……///」
「あ~♪ その表情いいわぁ~♪ 最高!」
「綾葉ちゃん、後でその写真私に送って!」
「綾葉、私にも」
「お前ら落ち着けよ」
女子達が軽く撮影会を始める。気持ちはわかるけど、すぐ撮るのやめてほしいんだけど……。すぐ後ろでも他の男子からの視線が気になる。
「結婚してぇ……」
「抱きしめてぇ……」
「ヤりてぇ……」
恥ずかし過ぎる。恥ずかしさを感じる度に顔が赤くなるのがわかる。それを見てみんながさらにヒートアップする。悪循環だ。あれ? そういえば裕介君はどこだ? 彼が一番オーバーなリアクションをすると思ったのに。
「……」
裕介君は教室の端にある自分の席から静かにこちらを眺めている。
「!?」
しかし、僕が見ているのに気づくと、慌ててそっぽを向く。どうしたんだろう?
その後、教室で授業を受けている間もスカートの頼りなさや無駄に大きい胸に集中力を乱される。思わず脚を開いて座ってしまい、男子に下着を見られる。外を歩いていると、風でスカートが捲れ上がり、また男子に下着を見られる。体育の授業で女の子達の前で体力の無さを見せつけて公開処刑をくらう(逆にそれが可愛くてよかったという評価をもらった。僕はよくない)。お昼ご飯はいつも食べられた量が食べられず、生まれて初めてお母さんが作ってくれたお弁当を残してしまう。間違えて男子トイレに入って男子達をヒヤヒヤさせてしまい、女子トイレに入っても女の子の体での用の足し方がわからず、真紀に手伝ってもらう。
「あぁぁぁぁぁぁぁ……」
「満~、大丈夫か~?」
非常に疲れた。僕は机に突伏する。胸が押し潰されて苦しい。結局この胸が一番厄介だ。男子の視線を集めるし、女の子達はふざけて揉んでくるし、歩く度に軽く揺れるし、うっとうしくて仕方ない。でももう家に帰るだけ。あ、お風呂どうしよう……。女の子の体の洗い方なんて知らないよ。
「ねぇ、満君。この後一緒にショッピング行かない? 可愛い洋服や下着選んであげる!」
「満君のために水着選んであげる。そしてみんなでもう一回海行こ」
今日は綾葉ちゃんと美咲ちゃんを中心に女の子が色々なことに誘ってくる。だが、それらは全部断った。女の子は人付き合いもうまくしていかなければならないと真紀は言っていたが、今日は本当に疲れたから早く帰らせて欲しい。
「……満」
今度は男子か。何の用かな? えっちなお願いごとはダメだよ?
「なぁに? ……って、裕介君!?」
話しかけてきたのは裕介君だった。いつもハイテンションな彼だが、今日は珍しく大人しめだった。そんな彼がやっと話しかけてくれた。今日はどうしたのか。
「この後、中庭に来てくれ。大事な話がある」
「え? うん。わかった……」
「先に行って待ってる」
要件だけ言って、裕介君は教室を出ていった。
「裕介君、何を話すつもりなんだろう?」
「さぁ? とにかく行ってきなよ」
真紀に促される。とりあえず僕は向かう。
「来たな」
「えっと……大事な話って何? 裕介君」
僕と裕介君は中庭にある噴水の前に来た。二人で面と面向かって話を始める。真紀や綾葉ちゃん達も着いてきて、噴水の反対側から僕達の様子を観察する。
「えっと、今日の朝から思ってたことなんだが……」
「……うん」
裕介君はごくりと唾を飲んで言い放った。
「好きだ」
「……え?」
裕介君はとんでもない発言をした。
「満、お前のことが好きだ! お前があまりに可愛過ぎたからつい惚れちまった! 頼む! 俺と付き合ってくれ~!!!」
「えぇ!?」
「えぇぇぇぇ~!?」
噴水の反対側から真紀達の驚きの声が聞こえる。まさか告白されるとは。しかも裕介君に。えっと……これは何かのおふざけだよね。
「じょっ、冗談だよね?」
「違う! 俺は本気だ! 本気でお前のことが好きになった!」
本気なの!? いや、無理だよ。付き合うなんて。だって僕と裕介君は男同士で……いや今は僕は女の子だけど、それでもやっぱりダメ~!
「む、無理だよ。僕、元男だし……」
「そんなの関係ねぇ! 今のお前はどこからどう見ても立派な女だ。あとは好きな気持ちさえあれば大丈夫だ」
全然大丈夫じゃないってば! 体は女の子でも心は男だもん! 裕介君のこと、親友としては好きだけど、恋愛対象としては見てないから!
「ど、どうしよう!? 裕介がついに壊れたわ!」
「愛に性別は関係無い」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」
「えっと……ええっと……」
真紀達も突然の裕介君の問題発言に戸惑っている。
「でも、僕……」
「頼む! 俺、今すぐお前を抱き締めたくて、押し倒したくておかしくなってんだ! お前が可愛過ぎるのがいけねぇんだ。どうか受け入れてくれ……」
えぇ!? どうしよう。この場合どうすれば……。
「おい、どうすんだよ!?」
「考えてみれば確かに問題。裕介君には綾葉がいる。このままじゃ満君に取られる」
「ちょっと美咲! こんな時に何言ってんのよ!」
「ええっと……」
真紀達はまだ戸惑っている。
「ゆ、裕介君、一回落ち着いて……」
「あぁもう我慢できねぇ! すまん!」
「えっ? ひゃっ……///」
僕は思い切り裕介君に押し倒される。裕介君は僕に覆い被さる。腕を掴まれて身動きが取れなくなる。裕介君の呼吸が荒くなる。息が顔に当たるほど近い。
「ゆ、裕介君……///」
「お前が悪いんだ……お前が可愛いから……」
ヤバいヤバいヤバいヤバい! 裕介君の顔がだんだん近づいてくる。抵抗しようにも裕介君の力が強すぎて、女の子の体じゃ敵わない。ていうか、なんで僕の顔赤くなってるんだ。ますます裕介君を興奮させてしまうじゃないか。
「満……」
「だ、だめぇ……///」
まずい! 誰か助けて!!!
「目を覚ましなさぁ~い!!!」
バーン
誰かが勢いよく飛び出し、裕介君の顔に蹴りを入れる。脚が僕の顔面スレスレを横切るのでびっくりした。
バッシャーン
裕介君は吹っ飛んで噴水に落ちる。
「はっ! 俺は……何を……」
裕介君は正気を取り戻し、水面から顔を出す。
「目を覚ましなさい! 裕介!」
裕介君に蹴りを入れたのは綾葉ちゃんだった。
「そんなに女の子と付き合いたいなら私が付き合ってあげるわよ!///」
綾葉ちゃんは赤面しながら叫んだ。ここで告白って……。
「綾葉、ありがとう。一緒に二人三脚でペア組んだもんな。これからも一生ペア組んでくれ」
裕介君は完全に落ち着きを取り戻した。制服を絞りながらゆっくりと噴水から出る。
「すまん、満。襲おうとして……」
「う、うん……。大丈夫だよ。綾葉ちゃんもありがとうね」
「えぇ」
綾葉ちゃんのおかげで助かった。あのまま襲われてたらどうなっていたことか……。
「でも、可愛いのは事実だぜ♪ 女の満も結構アリだな。今度一緒にお茶でも……」
「こら! 付き合って秒で浮気するな! どうせあの巨乳に釣られたんでしょう!? 私だって巨乳なんだから!」
綾葉ちゃんは裕介君の頬をつねる。お似合いだなぁ ……この二人。
「一件落着……なのか? これ?」
「多分ね」
「ふぅ……」
真紀は胸を撫で下ろした。
その後、家に帰ってお風呂に入った。真紀に手伝ってもらいながら体を洗った。途中でお母さんが入ってきて、めちゃくちゃ体をもみくちゃにされた。速やかに晩ご飯、歯磨き、着替えも済ませて部屋に戻った。
「わかったでしょ? 女の子ってすっごく大変なのよ」
「うん、わかったよ」
女の子の大変さが痛いほどにわかった。女の子は様々な不利を抱えつつも、たくましく生きている。男にはとうてい理解し得ない悩みがある。真紀と出会っていなければわかることがなかった。貴重な経験をさせてもらったな。
「色々助けてくれてありがとう。真紀……」
「どういたしまして」
「それじゃあ、元に戻して」
「え?」
真紀が固まる。まさか、冗談だよね?
「戻し方……わからない」
「えぇ~!?」
ちょっと待って! 今さらそんなこと言われたって……じゃあ、僕ずっとこのまま!?
「どうするの!?」
「どうしよう……(笑)」
ガチャッ
ドアを開け、また愛さんが入ってきた。
「あんた達、まだ起きてたの? 夜更かしは女の肌の敵よ。早く寝なさい」
「ママ! 満君を元に戻すにはどうしたらいいの!?」
「え?」
真紀が愛さんの元へ駆け寄る。
「どうするって……もう一回同じ薬飲めばいいんじゃないの?」
……あ、そっか(笑)。今は女の子なわけだから、同じ性転換薬をもう一回飲めば男に戻れるじゃん。なんで気がつかなかったんだろう……(笑)。
「満君に変なことしてないで、さっさと寝なさいよ~」
「は~い」
ガチャッ
愛さんは寝室へと戻って行った。元に戻れる方法がわかって、少し体が軽くなった気がした。
「もう安心だね」
「満君……ごめんね」
「え?」
急に真紀が謝った。下を見てうつ向きながら。
「どうしたの? 急に……」
「調子に乗って性転換薬なんか飲ませて、満君にいっぱい苦労をかけちゃった。本当にごめん……」
真紀……。
「なんだ、そんなことか。別にいいよ。おかげで僕は女の子の大変さを身をもって知ることができた。真紀はすごいね。その大変さを毎日抱えて生きてるんだから」
僕は真紀の頭を撫でた。今の僕が真紀の頭を撫でても全然カッコよくないけど、なるべく真紀には責任を感じてほしくなかった。
「ありがとう、満君。女の子になっても優しいね」
真紀に笑顔が戻った。女の子はやっぱり愛嬌だ。
「よし!」
真紀は何かを決心したようだった。すると、とっさにビンの蓋を開け、性転換薬を一粒取り出して口に放り込んだ。
「え!? ちょっと真紀! 何やってるの!?」
「満君が女の子の大変さを知ってくれたんだもん。だから今度は私の番。私も男の子の大変さを学ぶから」
「真紀……」
そこまでしてくれなくてもいいのに……真紀らしいなぁ。
「頑張ってね。僕もサポートするから」
「うん!」
その日は明日の真紀が頑張れるようにと、手を繋ぎながら寝た。真紀の手は僕より少し大きく感じた。
んんん……。もう朝か。僕の体はもう戻ってるはずだよね。とりあえず体を起こして……ん? この首筋のくすぐったい感触……何かが胸元に乗っかってる感じ……まさか!
バッ
僕は思い切り起き上がった。
「全然元に戻ってないじゃん!」
なんで? なんで男に戻ってないの?
「んん~、満君おはよう……」
真紀が起きた。真紀に聞いてみよう。あれ? 真紀?
「ん? あら? わぁ~! 髪短い! 体硬い! 声低い! 股間に変なのついてる~! 男の子の体だ~」
真紀はすっかり性転換していた。ベッドに真紀の抜け落ちた緑色の髪が散乱している。真紀は自分の体をあちこち触りまくっている。
「ん~♪ あれ? 満君、女の子のまんまじゃん。なんで?」
「よくわからなくて……」
一体なんで僕の方は元に戻ってないんだ? あれ? そういえば……あっ……
「性転換薬、飲むの忘れてた……」
しまった。昨夜、真紀が急に性転換薬を飲み始めたことにすっかり気をとられて自分が飲むのを忘れていた。何やってるんだ僕は……。とにかく今すぐ飲もう! 僕はベッドの上部の棚に置いてあるビンに手を伸ばす。
パシッ
「あぁ!」
真紀が先に腕を伸ばしてビンを奪い取る。男になったことで腕が長くなっているのだ。
「真紀! それ返してよ!」
「元々私のだも~ん」
真紀はビンを床に捨てる。ビンは部屋の奥まで転がり、壁にぶつかって止まる。
「早く飲まないと!」
ガシッ
ビンを拾いに行こうとした僕の腕を、真紀が掴む。痛い。力が強くなっている。
「ねぇ満君。私達、完全に性別逆転しちゃったわよね」
「ま、真紀?」
なんか真紀が怖い。真紀の手を振りほどこうとするが、やはり男になった真紀の力が強くてできない。
「どうしよう。男の子になった途端、満君が前よりずっと可愛く見える。なんかムラムラしてきちゃった」
「え?」
不適な笑みを浮かべる真紀。すっかり顔立ちも男っぽくなっている。男の時の僕なんかよりもずっとイケメンに。声だって少し裏返ってはいるが、全体的に低い。カッコいいな、真紀……///。なんかドキドキする。
……って! そんなことより!
「男の子って理性保つの難しいんだね。満君すごいよ」
「ま、真紀……落ち着いて、きゃっ……///」
真紀が僕を押し倒し、覆い被さる。
「昨日裕介君ができなかったことの続き、私がしてあげようか♪」
「だ、ダメだって……///」
真紀の手が僕の胸に近づいていく。またもやわしづかみにされる。
「ふふ♪ 私が……いや、僕が可愛がってあげる♪ 満子ちゃん♪」
「んやぁぁぁぁぁ~///」
家中に僕の甘ったるい声が響き渡った。朝から僕は真紀と色々やってしまった。真紀と出会ってから毎日退屈しないが、少々刺激的な日々になってしまった気がする。
でも、やっぱり人生の素晴らしさに性別は関係ないと思う。たとえ僕が男であっても女であっても、僕はいくらでも楽しむことができるんだろうな。真紀と一緒にいる時間を。
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