第11話「誰だって その3」
「咲有里……キス……してもいい?」
父さんは、とんでもない発言をした。
「えぇ!?」
真紀と声を揃えて驚いた。いきなりキスなんて、一体どうしたんだ、お父さん……。
「え、どうしたの? 急に……」
案の定戸惑うお母さん。
「なんと言うか、その……安心して出発できるようにさ」
「……いいわよ」
お母さんはそのまま目を閉じる。お父さんは静かに自分の唇をお母さんの唇に近づける。二人の唇は優しく触れ合う。
「あぁ……」
「ほんとにしちゃった……」
僕と真紀は恥ずかしくなる。自分達がするのはもちろん、キスしている人達を端から見るのもこんなに恥ずかしいなんて……。お父さんとお母さんの頬は真っ赤に染まる。
「んはっ……」
「はぁ……はぁ……さ、咲有里……も、もう一度」
「え?」
「もう一度……君を感じたい……///」
「でも、満が起きちゃう」
「大丈夫……静かにやるから……優しくするから…」
「そんな……あ、やっ……/// 宏一さっ、んんっ…///」
待て待て待て待て! 僕達は一体何を見せられてるんだ。お父さんのキスがさっきより一層激しくなる。明らかに舌を入れている。お母さんの甘ったるい声が溢れる。ドキドキした時、お母さんはお父さんのことを「あなた」ではなく名前で呼ぶらしい。そして、えっちな口付けはしばらく続く。
「す、凄いわね……満君のお父さん……///」
「お父さん……///」
一体どうしてしまったんだ。こんな欲望にまみれたお父さんを僕は初めて見る。いつも優しかったお父さんが、ショートケーキのいちごはいつもお母さんにあげるお父さんが、甘えん坊な子どものようにお母さんに抱きつく。
でも、よくよく考えてみれば、さっきの僕達も同じようなものだ。僕と真紀もこれでもかと言う程にキスをしていた。目を背けたくなるような卑猥な光景を、興味津々に眺めている時点で同じだ。同じように感じる理由を、僕らはすぐにわかった。
「はぁ……はぁ……ごめんよ、咲有里」
「はぁ……はぁ……いいの。私、あなたに会えなくて、ずっと寂しかったから」
汗だらけのお母さんの頬の上に新たな滴が流れ落ちる。泣いているのだ。
「だから、私は嬉しい」
「咲有里……ありがとう。好きだよ」
「私もよ、宏一さん」
二人は再びキスをする。先程の激しいものとは違う、優しくて落ち着いたキス。そうだ、寂しかったんだ。誰だってそうだ。好きな人と離ればなれになるのは寂しい。
その寂しさを埋め合わせるために、愛を確かめ合うためにキスをするのだ。想い人の温もりを十分に味わい、人は過酷な人生を再び歩む。長い間離ればなれであったのならば、会えた時くらい好きに甘えたっていいじゃないか。
「お父さん……」
今まで知らなかったお父さんの意外な一面。それでも、人間らしい全うな行為だ。
「満君……」
急に真紀が僕の手を握ってきた。
「あの二人……まるで私達みたいだね」
「ふふっ、そうだね」
これから僕は真紀と離ればなれになる。記憶も消されてしまうのが悔しいけど、僕はそれでも真紀を好きになれてよかった。いつか思い出せたらいいな。
「楽しかったかい?」
「はい。ちょっととんでもない光景見ちゃいましたけど……」
「あはは……(笑)。まさか宏一さんにあんな一面があるとはね」
「でも、やっぱり優しい人よね。咲有里さんのこと、しっかり愛してるもん!」
ワームホールを潜りながら、アレイさん達と話す。真紀と出会っていなかったらこんな貴重な体験はできなかったな。本当に感謝だ。これで真紀と一緒の時間は終わりだ。
「真紀……ありがとう。君と会えて本当によかった」
「満君……私もよ」
そして僕らは再びキスをする。これが最後のキスだ。アレイさんも愛さんも目をつぶってくれている。タイムマシンはワームホールを抜け、僕の時代に戻ってきた。
「……」
この時は気づかなかったけど、愛さんは何か言いたげな顔をしていたらしい。
「満君、本当にお世話になったよ。ありがとう」
「いいえ」
アレイさんはポケットからメモリーキューブを取り出す。いよいよだ。
「それじゃあ……」
アレイさんは大きく腕を振りかざす。僕はアレイさんの後ろで泣き出しそうな顔をしている真紀に笑顔を向け、静かに目をつぶる。真紀、さようなら……。
ガシッ
何だ? 何も起きない。僕は目を開けた。アレイさんが腕を愛さんに掴まれている。えっ……?
「……愛?」
「ママ?」
アレイさんと真紀は愛さんの予想外の行動に驚愕する。
「……タイムマシンが直ったんなら、いつだって帰れるじゃない。今じゃなくてもいいはずよね……」
愛さんはそのままアレイさんの腕を引っ張る。アレイさんの手からメモリーキューブが落ちる。アレイさんの腕を離し、愛さんは涙を流し始める。
「私だってまだいたいわよ……あの温かい家に! 真紀にだって、好きな人と好きなだけ恋してほしい! 何が規則よ! 何が野蛮な人間よ!」
愛さんは袖で涙を拭う。つられてこっちまで泣きそうになる。
「真紀、満君、ごめんなさい。やっぱり好きな人と離ればなれなんて嫌よね。それなのに私……」
「愛……」
「ママ……」
「愛さん……」
愛さんは涙を全て拭いきると、最高の笑顔を見せて言った。
「みんなで一緒にいましょう。いつまでも忘れられないくらいに」
あの愛さんが認めてくれた。タイムトラベラーとしての規則を第一に過ごしてきた愛さんが、自らの欲望をさらけ出した。そうだ。どれだけ過酷な現実を突きつけられようと、最後に信じたくなるのはやはり自分の愛だ。
「やった~! 満君!」
「真紀!」
思い切り抱きついてくる真紀。そうだ。やっぱり僕は真紀と離ればなれなんて嫌だ。ずっと一緒にいたい。ずっとそばで愛していたい。
「はぁ……やっぱり愛には勝てないなぁ……」
「そうだアナタ、後で私達もやるわよ」
「やるって、何を?」
「キスよキス! 察しなさいよ!」
「えぇぇ!?」
どこの世界も、どの時代も、愛に正直な男女で溢れていた。全く素敵なことだ。
その夜、お父さんの仏壇に手作りクッキーをお供えし、真紀と一緒に手を合わせた。お父さんには本当にいろいろなことを教えてもらう。今回はちょっと意外なことだったけど。でも、この人が僕のお父さんで本当によかった。僕の愛はお父さんからももらったものだったのだ。
「はぁ~、随分と詰まった一日だったなぁ~」
「えぇ。それにしても、私達イケない子ね」
僕らの恋はなぜか世間の常識とはかけ離れている。それでも僕らはお互いを愛し続ける。世界がどれだけ歯向かおうとも、僕らは全力で逃避する。離れてたまるもんか。真紀と一緒だから、僕はどこまでも生きていける。
真紀のいない世界に、僕の未来は無いんだ。
「好きだよ、真紀」
「私もよ、満君」
お決まりのやり取りをした僕らは、最後にもう一度熱いキスを交わして布団の中で眠った。
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