第6話「男女入れ替え物語 その2」
「……ん、……くん! 満君!」
真紀の声がした。朝だ。僕より早起きとは珍しいな。僕は重いまぶたを開く。カーテンの隙間からこぼれる日差しが眩しい。早く体を起こそう。ん? やけに体が軽いな。それになんか首あたりがくすぐったい。何かが触れている。
「満君!」
「はっ!」
真紀の大声で僕はばっと体を起こす。その瞬間、視界の隅に一瞬髪の毛らしきものが映り込んだ。しばらく動きが固まる僕の体。数々の違和感が襲ってくる。
「満君、これ」
真紀からメガネを受け取り、かけて現状を確かめる。まず最初に、髪の毛が肩まで伸びている。さっきのくすぐったい感じはこれか。茶色で長い髪の毛が汗で首筋にまとわりつく。真紀ほどの長さではないが、うまくいじったら耳が隠れそうなほどに長い。ミディアムヘアーというものだろうか。
……何冷静に分析しているんだ僕は。
「満君……」
「真紀……これ、どうなって……」
真紀に声をかけた瞬間気がついた。声が異常なほどに高い。元来の僕の低い声とは大違いだ。ヘリウムガスを吸った感じではなく、なんというか……こう……透き通るような綺麗な声。いや、自分で綺麗とか思うなよ! 僕は自分にツッコんだ。
「これって、あれだよね? 昨日のあの薬……」
「調べてみるわね」
真紀はリュックを漁る。このあたりから僕は冷静さを少しずつ失っていった。とにかく落ち着きたいのだが、違和感が次から次へと襲ってくるのだ。今度は腕と脚。以前より白くて細い。華奢な肉付きとなっている。それゆえ就寝前に着ていたパジャマがダボダボになっていた。長さとかも変わったのか。頼りない体つきが余計に印象付けられる。
「飲んだ後、5時間程かけてゆっくりと体つきが同年齢の異性の体つきに変化していきます……だって」
真紀はビンのラベルの説明欄を僕に見せた。つまり寝ている間に僕の体は変化したわけだね。結構重要なことが書かれてるじゃないか。なんで昨日ここ読み飛ばしたんだよ……。それにしても、すごいなセクシャルチェンジャー。あ、長いからもう性転換薬でいいか。本当に性転換してしまうとは、未来の技術は伊達じゃない。
「あはは。この薬、本物みたい」
「あははじゃないよ……」
色々言いたいことがあるが、さっきからまた別の違和感が邪魔をしてくる。最初ここを指摘しようと思ったが、一番大変そうだったのでやめた。
「……立派ね」
「……」
僕は真紀の目線を追う。そう、ひときわ存在感を放つこの膨らんだ胸だ。これは大きいのか? 小さいのか? 男だからわからない。いや、今は女だが。この胸一体どうなってるんだ? 僕は胸へと手を伸ばす。
「満君?」
「へ?」
おっと、いけない。胸に触るなんて変態じゃないか。危ない危ない。僕はなんとか理性を保った。あれ? でもこれは自分の胸だから……いいのかな? どうなんだろ? いや、今はそんなこと考えてる場合じゃ……
モミッ
「ひゃっ……///」
思わず変な声が出た。真紀が僕の胸をわしずかみにした。その調子で揉みまくる。
「これ、かなりデカイわよ」
そうなんだ。女の子でこのサイズはかなりデカイらしい。じゃなくて! 真紀! 胸揉まないでよ!
モミモミモミ
「ていうか私よりデカイじゃない! 何これ、羨ましい!」
「あ……や……/// ま、真紀! や、やめ……///」
なぜか抵抗できない。自分の体が思うように動かない。まずい。これ以上胸を揉まれ続けたらおかしくなる。何かを失う。
「か、可愛い💕」
「ま、真紀! あ、んっ……///」
真紀の手の動きはさらに激しさを増す。だ、誰か……助けて……
ガチャッ
「あんた達~、そろそろ起きなさいよ~」
ドアを開けて愛さんがやって来た。この際誰でもいい。愛さん助けて!
「……」
真紀も愛さんの方を振り向く。場に沈黙が流れる。
「……」
バタンッ
しばらく吟味した後に愛さんは静かにドアを閉めた。……って、えぇ!?
「再開しま~す♪」
真紀が僕を思い切り押し倒して上乗りになった。
「んやぁぁぁぁぁ~///」
「このバカ娘が……」
「大変申し訳ございません……」
真紀の頭に愛さんのげんこつがお見舞いされた。真紀は髪の毛が逆立って燃え盛る愛さんに土下座している。
「謝るなら満君に!」
「はい、満君ごめんなさい」
真紀は土下座しながら僕の方へ回転する。
「本当にごめんね満君。うちの真紀がまたバカなことを……」
「いいですよ。なんとかこの体で頑張ってみます……」
愛さんも頭を下げて謝る。それはいいんだけども、それより……
「はぁ~♪ 満可愛い💕 ちっちゃくて可愛いし、声も可愛い♪ こんなに可愛く育ってくれてママ嬉しいわ♪ これで一緒にお風呂に入れるわね! ママとお背中流しっこしましょ~♪ あ、ママのお洋服いっぱい着せてあげる♪ いっぱいおしゃれしましょうね~♪ あぁぁ満~! きゅん💕」
僕のお母さんがとてつもないくらいのハイテンションだ。僕の周りをぐるぐる回りながらスマフォで写真を撮って僕に抱きつくのを延々と繰り返している。可愛い……か。確かに、さっき洗面所の鏡で自分の姿を見てきたけど、可愛かった。いや、だから自分で自分を可愛いって思うのはヤバいって。
「咲有里さんずるい! 私だって満君の可愛い写真撮る~!」
お母さんに便乗してスマフォで撮影を始める真紀。
「宏一さん……私達の可愛い息子が可愛い娘になったわ……」
天国のお父さんに謎の報告をするお母さん。
「満君が女の子になったってことは……男は僕一人。ハーレムだね♪」
訳のわからないことを呟くアレイさん。数々の異様な光景に愛さんは頭をクラクラさせる。
「何? この家にはおかしな人しかいないの?」
その日の朝は、いつもより朝食を食べるのが遅れた。
いつも着ている制服もサイズが大きく、ダボダボになってしまう。それでも他に着るものが無い。ズボンの裾を捲りながら歩く。道行く人からは当然怪しげな目で見られる。
「学校にはなんて説明するの?」
「あの薬のことを話しても信じてくれそうにないから、朝起きたらこうなってて理由はわからないって言うよ」
隣を歩く真紀。こっそり横目で見てみると真紀の目線が少し上の高さにあった。あぁ、身長もだいぶ縮んだんだなぁ……僕。いつも真紀より10cm近く高いはずなのに。僕より高くなった真紀は、なんだか頼もしく見える。
「大丈夫かしらね~」
真紀、やけにノリノリだな。まさかこの状況楽しんでる?
「あ、学校着いたらちゃんと女子用の制服借りるのよ?」
「え?」
かなり大変だが、一日中この格好でいるつもりだった。えぇ、女の子の制服って……。
「恥ずかしいよ……」
「仕方ないじゃない。今は女の子なんだから!」
学校に着いた途端、僕は真紀に手を引かれて保健室に連行された。道行く生徒からの異様な注目を浴びながら。
保健室には男女両性の制服の予備が置いてある。汚れたり破れたりした時に一時的に借りるものだ。そういえば真紀の制服もここから盗んでいったな……。まさか僕の分も要ることになるとは…。
「不思議なこともあるものね~」
「とりあえず神野さん、着せるの手伝って」
担任の石井先生と養護教諭の奥野先生に事情を話した。すんなりと信じてくれて助かった。
「は~い。ほら、満君行くよ」
「うん……」
僕は真紀に手を引かれる。奥野先生はカッターシャツとリボンとスカートを抱えて待っている。
「え~っと、とりあえず全部脱いで」
僕は指示通りカッターシャツとズボンを脱ぎ、ネクタイを外す。
「下着が男物じゃない。履き替えて」
「えぇぇ!?」
僕は顔を真っ赤に染めながらずっと履いていたトランクスパンツを脱ぐ。男性としての象徴でもあるあの生殖器(もっと他にいい遠回しな言い方があればいいんだけど……)が跡形も無くなっていることに現実を実感する。代わりに女の子の……あそこが……見えて……恥ずかしい……///
「はい、これ」
真紀から物を受け取る。代わりに履くレースショーツと、これは……ブラジャー!?
「胸大きいんだから。それしないと型崩れするわよ」
これ、確かお母さんが付けてるやつだ。このショーツも。洗濯する時に見たことある。真紀、わざわざお母さんに頼んで持ってきたんだ。気遣いは嬉しいけど……付け方がわからないよ。
「しょうがないわね~。私が手伝ってあげる♪」
明らかにこの状況を楽しんでいる真紀。あぁもう! 僕はやけくそになって身を任せる。男としての何かがどんどん崩壊していき、自分がわからなくなっていく。僕は……青葉満なんだよね? そうだよね?
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