第14話「親というもの その3」



 私は満君に背負われながら堤防を歩いた。つまり、おんぶされている。もちろん足を捻挫しているからだ。ますます自分が情けなく感じる。私は涙目になりながら満君に尋ねる。


「……重くない?」

「全然」


 満君は自信満々に呟いて平然と進む。そういえば満君、男子の割には力がない方だって言ってたけど……本当に大丈夫なのかな?


「最近体を鍛え始めたんだ。僕、運動苦手だけど……真紀を守れるくらいの強い男になるためには力をつけないと」


 そうなんだ。でも、満君がトレーニングみたいなことをしているところを一度も見たことがない。どうやら私の見ていないところで密かに努力していたみたいだ。しかも私のために。

 最近と言ったら、後期の中間テストですごく忙しい時期のはずなのに……。時間を見つけて地道に努力をする満君を、私は本当に尊敬する。


「満君、ありがとう」


私は満君のたくましい背中に顔をうずくめる。満君は微笑ましく私を見つめてくれた。






 家に帰ると、居間にパパとママはいなかった。代わりに咲有里さんが介抱してくれた。まずは一緒にお風呂に入って体を洗ってくれた。足を捻挫していると、自分ではどうも洗いにくい。お風呂から出た後は、満君が足に包帯を巻いてくれた。


「はい、これでおしまい」

「ありがとう……」


 満君は包帯の上から私の足を撫でる。痛みがゆっくりと溶けていくような気がした。


「愛さんとアレイさんは二階の物置部屋にいるよ。さぁ、ゆっくり叱られてきな」

「う、うん……」


 満君が悪意のある笑みで二階へ行くように促す。私は重い足取りで階段を上る。満君と咲有里さんは左右で私の手を取りながら支えてくれた。どちらか片方だけでいいんだけどね。




 物置部屋の前に来た。緊張を振りほどいてドアノブを握り締める。


 キー


「パパ……ママ……」

「真紀」

「真紀……」


 心配そうな顔で私の方を振り向くパパとママ。恥ずかしがるな! さぁ……言うんだ! 勇気を出して!






「今日はごめんなさい。パパとママの気持ちを全然理解してなくて……すごく心配かけて……本当にごめんなさい」


 泣きながら謝った。ママが静かに私の方に近づく。




 パチンッ

 ママが強く私の頬を平手打ちする。


「愛……!」


 流石にやりすぎだ。そういう表情でママを見つめるパパ。ママはゆっくりと口を開く。


「ほんとよ! 一体どこほっつき歩いてたのよ!? 勝手に家を飛び出して、その上満君や咲有里さんにまで迷惑かけて……あんたという子は……」


 怒っている。そりゃあそうだ。私はとてつもないほど多くの人に心配かけたのだから。返す言葉がない。やはり私は、所詮出来損ないの人間……。






「でも、無事でよかった……」


 ママが泣きながら私を抱き締めた。どういうこと……?


「ママ……なんで……」

「当たり前でしょ!? あんたは私の大事な娘だもの!」

「そうさ。僕達、ずっと真紀のこと心配してたんだぞ」

「……!」


 そうだ。私のことを一番心配してたのは、親であるパパとママだ。さっきは散々嫌な説教をぶつぶつ言っていたけど、あれは私のためを思って言ってくれていたのだ。心配していなかったら、最初から何も言われていない。


「ママの方こそ、さっきは少し言い過ぎてしまって……ごめんなさい。満君にもさっき注意されたわ。流石に言い過ぎなんじゃないかって……」


 満君が? わざわざママに注意してくれたの? そこまでしてくれるなんて……。


「本当に……ごめんなさい」

「僕もごめん。でも、真紀にいい子になってほしいって気持ちは真剣なんだ」


 私はようやく気がついた。ガミガミ叱るのは、愛の裏返しなのだと。我が子にこれ以上間違いを犯してほしくない。立派な大人になってほしいと願いを込めて叱ってくれているのだ。


「うぅぅ……パパァ! ママァ!」


 私は思い切りパパとママに抱きついた。二人は私を優しく抱き締めてくれた。二人の温もりに包まれて、私はすごく幸せだ。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 私、すごくダメな子で、パパとママにいつも迷惑かけて……」

「何言ってるんだ。これから頑張ればいいんだ!」

「そうよ。これからも私とパパがしっかり叱ってあげるから、ちゃんとするのよ~?」


 パパとママに抱き締められながら、私はわんわん泣いた。こんなに甘えたように泣くのは久しぶりだなぁ……。


「パパ、ママ……大好き!」

「パパもだぞ!」

「ママもよ」


 最後は三人揃って笑顔になった。家族って温かいなぁ……。この二人が親でよかった。私は神野家に生まれたことをパパとママと神様に感謝した。そうだ、親の大切さを教えてくれた満君にも感謝しなくちゃ。満君、ありがとう……。






「ほら、この『る』も結構意味が多いから気をつけてね」

「可能、受身、尊敬、自発……どれがどれだかさっぱりわかんないよ~! どうやって見分けるの?」

「例えば可能だったら、後ろに打ち消しの助動詞が来ることが多いんだ。後ろを見ればいいからね。受身は動作の対象が必ず文中にあって……」


 咲有里さんが晩ご飯を作っている間、満君の部屋で後期中間テストの間違い直しをした。満君も手伝ってくれている。参考書を指差しながら、助動詞の問題で間違えたところを詳しく解説してくれる満君。

 なんと冬休み中の補習にも着いて行ってくれるらしい。満君は行く必要なんてないのに……。何から何まで優し過ぎる。


「なるほど、そういうことね~♪ 相変わらず満君教えるのうま過ぎ!」

「そうかな? えへへ……///」


 照れる満君、ほんと可愛い。


「二人とも~! そろそろ晩ご飯できるわよ~」


 一階からママの声が聞こえた。


「は~い! 満君、行こ♪」

「あぁ」


 私は満君の手を引いて部屋を出る。彼と一緒なら、どんなことでも乗り越えられる気がする。家族との決裂も、満君はいとも簡単に隙間を埋める力をくれる。もはや私達は二人で一つの存在だ。




「では、手を合わせまして」

「いただきまぁ~す!!!!!」


 青葉家と神野家、二つの家族揃ってのいつもの晩ご飯が始まる。いつの時代になっても、家族の温かさは変わらない。そのことをしみじみと感じ、私は皿の上に山盛りになった鶏肉の唐揚げを箸で摘まんで頬張る。



「ん~、美味し♪」


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