九.龍の眼の血族

 ――幽龍湾には、龍眼財閥系企業の拠点が無数に存在する。

 暗い湾を囲うようにして高層摩天楼が林立し、燦然と輝く様は圧巻の一言だ。


 その中の一室で、電話が鳴った。

 けたたましい音に、ウィスキーをグラスに注いでいた女がその手を止める。

 二十代半ばほど。引き締まった体つきをした若い女だった。

 背中に掛かるほどの茶髪で、前髪に一筋赤い髪が混じっているのが特徴的だ。やや童顔気味で、どこか気怠げなまなざしをしている。

 女はその琥珀色の瞳でしばらく電話を睨んでいたが、やがて酒瓶を置いた。


「……はい、こちら社長命令で有給を強制的に消費させられている麟理凰りんりおうですが何か」

『理凰さん、俺です。岳虎がくこです』

「おや、岳虎か。都市開発に出向中の隊長殿が一体なんの御用で?」


 朴訥とした男の声に、理凰は軽い口調で返す。


『その都市開発の方にうちから貸し出していた錘蛇なのですが……『奴』の追跡過程で、二体の錘蛇に奇妙なエラーが起きましてね』

「……奇妙なエラー?」


 理凰はすっと目を細める。猛禽を思わせる琥珀色の瞳をしていた。


『はい。技術局の方に解析をさせたのですが――少し、信じがたい可能性が』


 岳虎は声を落し、その『信じがたい可能性』を語る。

 理凰は黙ってその話を聞いていた。岳虎が話し終えた後、理凰は小さく嘆息した。


「……この件、誰かに伝えたのか?」

『まだ。技術局の解析もまだ完全には済んでおらず、確証もありませんので……』

「慎重だな。まぁ、仕方がないか」

『いかがなさいますか、理凰さん』

「解析が終わり次第、データをこっちに回せ。……私から社長に報告する」


 電話を切り、理凰は緩く首を振った。

 注ぎかけの酒に口を付け、味もよくわからないままにそれを飲み干した。


「……面倒なことになったな」


 理凰はため息をつきつつも、部屋を出た。

 この時間、男は自室のベランダにいるはずだった。彼は、夜に煌めく街を見ることを好む。

 ドアを開くと、夜風が頬を撫でた。

 軽く顔を庇いつつ、理凰は薄暗い部屋の中に入った。

 質素な部屋の向こう――開け放たれた窓の向こうに、男がいた。

 少し長めに整えた黒髪が、風に揺れている。白いシャツと黒いズボンに包んだ長身痩躯は、理凰に背を向けたまま。しかし、その首がわずかに揺れた。


「――どうした、理凰」


 氷を思わせる冷たく無機質な声だった。

 男の背後からわずかに離れた場所に立ち、理凰は頭を下げる。


「お休みのところ申し訳ございません、天狼てんろう様。少しお耳に入れたいお話が」

「魔人か。例の殺人犯か。……それとも狂仙道の件か」

「強いて言うならば血族の件です。――ただ、まだ確証がなくて」


 理凰は一瞬、目をそらした。しかしやがて意を決したように、再び男の背に視線を向ける。


「……血族が、見つかったかもしれません」


 硬く恭しい言葉に、男はゆっくりと振り返る。

 色白の男だ。整った容貌をしているが、切れ長の瞳と薄い唇がどこか冷たい印象を与える。

 右眼は青。しかし左眼は青、赤、緑が入り交じり、オパールのように煌めいていた。

 そんな左右で色の異なる瞳に理凰を映し、男は小さくうなずいた。


「――聞こう。話せ、理凰」


 龍眼りゅうがん保安服務公司ほあんふくむこうし社長――太乙天狼たいいつてんろう。龍眼財閥総帥継承順位にて第五位。

 御曹司はそう言って、腕を組んだ。

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