プログラムの3

『一体どんなものを作ってくれるの?パパ』マナは眼を輝かせて俺に聞く。

 ちっとばかり尻がくすぐったいな。


『まあ、それは当日のお楽しみってことにしとこう』


 そう言って俺はウィンクをしてみせた。


 真理の方はまだ疑い深そうな顔をしているが、まあいい。


 翌日、俺は材料を仕入れてきた。


在隊時代は他の隊員に食べて貰うために作ったこともあったが、退職してから料理はしても、他人に食べさせたことなんかない。


しかも今回は真理だけじゃなく、愛しのわが娘(可笑しければ笑え!)のためでもある。


大人の舌なんかどうにでも誤魔化せるが、子供は正直だ。


舐めてかかると酷い目に遭う。


そう思うと、何となく腕の振るい甲斐もある。



さて、当日だ。


 俺は友達から借りてきた籐のバスケットに用意した弁当を詰め込み、ビルの前で待っていた。


 空は幸い、抜けるような秋晴れである。


 しばらくすると、一台のクリーム色のフィアットが現れた。


『お待ちになった?パパ?』


 車から降りて来たのは切れ者・・・・いや『我が妻マリー』である。


 彼女もいつもの艶っぽい警視殿はどこへやら、すっかり『普通のママ』になっている。


『まあ、本当に作ったのね?』彼女は俺の下げているバスケットを見て、驚いたような声を出した。 


『当たり前だ。俺はパパだぜ』


『頼もしいわね』


 彼女はそう言って助手席のドアを開けてくれる。


 この場合、俺が運転した方がいいんだろうが、やっぱりハンドルは彼女に任せよう。


 マナの通う小学校は私立で、こざっぱりとしていて、なかなかモダンな学校だ。


 近くの駐車場に車をパークさせ、そのまま学校迄歩いてゆく。


校門には見事な飾りつけが出来て、大勢のゲストを迎える準備が出来ていた。


(学校はお世辞にも好きな場所じゃないんだが・・・・まあ、これも悪くないか)


 俺は思った。


 俺たち『夫婦』は、父母席と呼ばれる場所に案内される。


 そこにはもう既に大勢の家族でごった返していた。


 夫婦だけのところもあれば、中には祖父母まで一緒に来ている家もある。


 こうした風景は、昔とあまり変わらないものだ。


 開会式、校長とPTA会長の挨拶、選手宣誓、生徒入場・・・・と、ここまで来ると、親たちは一斉にカメラを構えて前に出てくる。


 わが子のベストショットを収めようと皆必死だ。


 中にはプロも裸足で逃げ出すような凄い機材を持ってる親もいる。


『ほら、パパ!』


 真理はそういってバッグからカメラを取り出した。


 小型だが最新式のデジタルカメラだ。


 彼女はそれを俺に渡す。


 前へ出て写せというわけだ。


 俺はカメラを構え、前に出ると、行進してくるマナの姿を追った。

 

 彼女はどこか緊張していたが、カメラを構えている俺と、そして後ろに座っている真理の姿を見つけると、流石に嬉しそうだった。


 あの笑顔は、ただ喜んでいるってだけじゃない。


『仮』の存在にせよ、家族ってものが、自分の来てくれたのが嬉しくてたまらない。そんな感情がありありと見えている。


 プログラムはすいすいと進んだ。


 マナが出場する


『玉入れ』、


『フォークダンス』、


『二人三脚』になる度に、後ろからマリーが、エキサイトして俺にせっつく。


 俺は人の好い恐妻家のパパさんよろしく、彼女の言うとおりにカメラをあっちこっちと動かして、愛娘を追い続けた。

 

 子供たちの弾ける歓声、そして鳴り響く音楽・・・・こういう景色が『長閑のどかだ』と』と感じるのも悪くないな。



 やがて、昼になった。


 子供たちはこの時だけ、家族の席にやってくる。


 マナは眼を輝かせ、俺が取り出したバスケットを見ていた。


 ふたを開けると、彼女と、そしてマリーが眼を大きく動かして俺の顔を見た。


 一段目はアスパラガスのベーコン巻き、タコの形に切ったウィンナー。プチトマトとキュウリを爪楊枝に差したもの、それにポテトサラダ。

 二段目にはウサギの形に切ったリンゴと薄切りパイナップル。

 三段目には小さなおにぎり・・・・。


『凄い!これ全部パパが作ったの?』


 二人とも同時に同じ歓声を上げた。


『当たり前だろ?だから男の料理を舐めるなって言ったじゃないか?』俺は得意気に鼻をこすって見せる。 


 彼女は用意したスポーツドリンクのペットボトルを開けようとしたが、俺は魔法使いよろしく魔法瓶とプラスチックのコップを取り出して、三人分のお茶を注いで見せた。


 マナが再び、

『わあっ』と声を上げ、箸で料理に手を付け始めた。


『有難う。パパ』


 俺の耳元に唇を近づけ、そっとささやいたのはマリーだった。


 思わず、鼻の下を下げかかった。


 まあ、悪い気はしない。


 



 




 









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