プログラムの1

『赤城マナ・・・小学校二年生。の娘よ』


 そう言って彼女が見せてくれたのは一枚の写真。


 白いワンピースに、白のハイソックス。ツインテールに束ねた栗色の髪に、赤いリボンが良く似合っていた。


 丸い輪郭の顔立ちはあどけなく、少しばかり欧州系が混じっているように見受けられる。


『君は確か独身じゃなかったのか?』

 

 ご明察、とでもいうように、シガリロの煙を思い切り宙に向かって吐く。


『その通り、結婚も離婚もしてないわ。』


『だったらってのは・・・・』


『これから話すわよ。せっかちね』


 このマナは、彼女の従姉に当たる女性の娘・・・・関係性の呼称については正確には何と呼ぶのか忘れたが、

 彼女にとっては『姪』いや『娘』にも等しい存在なのだそうだ。


 その女性は、いってみればシングルマザーと言うやつで、夫と離婚した後、たった一人で娘であるマナを育てている。


 しかしその彼女の仕事かぎょうというのは、あまり表ざたに出来ないもの・・・政府の『さる情報機関』に勤務しているというのだ。


 早い話、『スパイ』である。娘が生まれて物心がつき始めた頃から、突如として仕事が忙しくなり(離婚の原因もどうやらその辺にあったらしい)、一年の半分以上海外を飛び回らねばならないという生活を送っていて、ロクに母親らしくもできていない。

 

 彼女は仕事にも情熱を燃やしていたいが、だからといって娘の事も気にかかる。


 普段はもっぱら彼女の実の母親、つまりはマナにとっては祖母に当たる女性が母親代わりになっているという訳なのだが、その祖母がここ2~3年身体の具合が悪く、つい最近大病をして、3度も入院する羽目になってしまった。


 そこで真理は自分が面倒を見られる範囲でマナの世話をしてきた。そこへもってきて、今度の運動会だ。

 出席したくっても、現在いまは地球の真反対、南米の某国で秘密任務に携わっていて、帰るに帰れない。

 

 マナは何となく親の仕事については理解しているようなのだが、それでもまだ子供だ。

 淋しいには違いない。


 真理としては一度くらいは小さなマナに、両親揃った家庭というやつを味あわせてやりたい。そう思った時に、浮かんだのが俺、新宿の一匹狼ローン・ウルフこと、乾宗十郎というわけだ。

 

 運動会は五日後の日曜日、幸い真理も珍しく休暇が取れた。そこで俺に臨時の『パパ』になってもらい、二人で可愛い姪の応援に行っては貰えまいか?

これが彼女の『依頼』の趣旨である。


『勿論、プライベートな問題だから、ギャラは全部私のポケットマネー、何だったら特別手当も付けてよ』


『気が乗らないから嫌だ。と俺が断ったらどうするね?』


『貴方はそんな事、絶対に言わないわ。私には分かるのよ』


 ちっ、腹の中を見透かしてやがる。


『まさかはないんだろうな?』

俺の言葉に、彼女はふっと微笑を浮かべ、シガリロを灰皿に落とし、2本目に火を点けた。


『疑い深いのねぇ。私はほどの悪女じゃなくってよ。仮にも公僕ですからね。もしそんなものがあったら、最初からバラしておくわ』


 警官おまわりの言葉は滅多に信用しない俺だが、まあこの『切れ者女史』がここまで言うんだ。ウソではなかろう。


『いいだろう、引き受けよう。たまにゃこんなも悪かない。』


『やっぱりね。だから貴方って好きなの』


 彼女はそう言ってまた煙を吐き、ウィンクをしてみせた。







 


 



 

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