運動会狂騒曲

冷門 風之助 

開会式

 爽やかに晴れた秋空に、行進曲マーチが響き渡る。

 

 ラウドスピーカーから『神田林小学校第〇〇回秋季運動会を開催致します』

 という、小学校六年生の放送係(なんだろう)の女子の声が、続けて流れた。

 

 俺は『家族席』という札の出たスペースに、大騒ぎしている他の御家族様に交じって、何だか一人落ち着かない気分を味わっている。

え?

(日頃ハードデイズナイツで売ってる私立探偵の乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうが、何でこんなことをしてるんだ)だって? 

引き受けたんだから仕方ないだろ?

 すると隣に座っていた俺の『妻』が、俺の顔を見て、

『パパ、何をやってるの?カメラの準備は?もうじきマナの出番よ』

せっつきながら俺に小型のビデオカメラを渡す。


『はいはい、ママ』俺は苦笑しながら立ち上がり、他の父兄がそうしているように、なるべく前に出てカメラを構えた。


 赤と白のキャップ。体操着、ハーフパンツ式のジャージ。運動靴・・・・俺の頃とは小学生も随分様変わりしたもんだ。


 かく申すこの俺も、今日はアイボリーのスポーツシャツにジーンズ。いつもとは全く別のラフな服装に黒縁眼鏡、きっちりと七三に分けた髪・・・・これじゃどこから見てもただの『パパ』である。


 ちらり、と後ろを振り返ると、俺の『妻』たる女性。いつもの様な栗色ではなく、真黒なストレートの髪を後頭部でまとめ、やはりジーンズに大人し目のブルーのTシャツにカーディガンに薄化粧・・・・彼女もどこからどう見てもただの母親、とてもじゃないが、強面の警察官、泣く子も黙る警視庁外事課特殊捜査班主任、通称『切れ者マリー』こと、五十嵐真理警視には見えない。


 今から一週間前、俺は仕事にあぶれていた。


 いつもなら、ちょろい仕事でもそれなりに入っては来るものだが、その週は本当に、全く何もなかった。


 幸いにも銀行預金にはまだ赤ランプの点灯はしていなかったものの、それだってこの先いつまで持つか知れやしない。


 そんな時、事務所のドアが開けられ、


『どう、元気?』


 と、あの艶めかしい声が俺に呼び掛けた。


『切れ者マリー』の到来だ。

 

『何だ。あんたか』俺は気のない返事と共に生あくびを返す。


『ご挨拶ねぇ。でもその顔じゃ、んでしょ?』


 俺が何も答えないのを見て、

『図星ね。やっぱり』と笑う。


『ねぇ、ちょっと仕事を頼みたいんだけど、お願い出来ない?』


『このところ警視庁さくらだもんはない筈だがな』


『いやあねえ、懐が淋しくなると、精神までいじけてきちゃうの?』


 彼女はソファに腰を下ろし、スリットから太股を覗かせながら、シガレットケースを開け、真っ赤に塗った爪でシガリロをつまみ上げ、同色のルージュで彩った唇に咥えて、ジッポの音を鳴らした。


『別にそんな難しい仕事じゃなくってよ。たった一日、たった一日だけ、私のダーリンになって欲しいのよ。しかも子供つきよ』


『はぁ?』


 俺は飲みかけのコーヒーを、危うく吹くところだった。


『まだハロウィンにはちょっとばかり早いんじゃないか?』


『でも、運動会シーズンは真っ盛りよ』


 彼女は一本目を喫い終わり、灰皿に落とすと、すぐ二本目に火を点けた。


 散々気を持たせてから、真理は話しを始めた。







 

 

 

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