第49羽
その日の朝、普段あまり人が寄り付かないその席に、珍しく二人の来客が訪れていた。
「おい、ちびっこヤンキー、昨日空くんと晩御飯食べなかったでしょうね」
しゃがんで海弥の机に手を置き、恨めしそうに見上げる愛里。 その逆サイドでは同じ格好をした真尋もまた、愛里と同じ顔をして海弥を見上げている。
「女の子がお家に男の子を上げるなんてどうかと思うよ」
「……朝から、鬱陶しい……」
二人の不満顔をしたクラスメイトに取り憑かれた海弥は、目を瞑り、わなわなと感情を抑えようとしている……が、
「破廉恥ヤンキー」
「じ、自分のお部屋とか入れてないよね? ねっ?」
「愛里だってお昼しか一緒にした事ないのに、欲張りヤンキー」
「何時に帰ったの? 6時? 7時?」
嫉妬と不安にかられ、執拗に口撃をしてくる乙女達に海弥の苛立ちは限界に達したようだ。
「―――関係ないだろ!? 大体お前らだって空の家行ったじゃないかっ!」
顔を紅潮させて噴火した海弥。
鋭い目を見開き、ハイトーンの髪を振り乱して反論している。
「あっ! 連れ込んだの自白したよこのコ!」
「つ、連れ込んだって……! 加藤さん言い方っ!」
朝からヒートアップする三人の女子。
そんな恋のから騒ぎを遠目に見ていた某男子グループ四名は、
「うーん、アオハル……か」
「いや、ここまでおおっぴらだと風情がなぁ」
「うんうん、秘めた感じも欲しいよな。 その点別府さんは照れてる辺り可愛い」
「俺なら秒で加藤さん」
「「「だからねぇって!」」」
そんな雑談の中、ふと聴こえた声は、
「俺なら秒で水崎さんだね」
その美貌でクラスの男子大半を魅了する愛里より真尋。 そう切り込んだのは、
「常盤、でもお前だと身長差灰垣と変わんねぇからな……」
「まぁ、それだけが全てとは言わんが」
「灰垣と競るには劣勢かと」
「諦めろ常盤、俺は灰垣なら考えるが、お前とは付き合えない」
「「「考えるなっ!」」」
恒例となったコンビネーションが炸裂すると、光昭は苦笑いを浮かべ、
「冗談だよ。 俺が届くような子じゃないから」
遠い目をして呟く光昭。
「それは……身長のことか?」
「どうした若いの、黄昏おって」
場面を乙女三人に戻すと、先程よりは落ち着いた様子の海弥が、溜息を一つ吐いて話し出す。
「ただ家族と食事しただけだし、それに……」
「「それに?」」
一度キッチンで作業を共にしたからか、真尋と愛里は打ち合わせたように声を合わせて、どこか寂し気な海弥を覗き込む。
「空は、海来留と母さんに絡まれてたから、別にあたしは……」
消え入るように言葉を閉じる海弥。
その様子を見た愛里は、呆れた顔で目を細める。
「そういう切なそうな台詞はさ、恋敵の前で言うもんじゃなくない?」
意地悪な突っ込みを入れられると、海弥はまた顔を赤くして、
「あ、あたしは別に空の事なんか――」
「じゃあ邪魔しないでよ」
「それは海来留が――」
「ホントにそれだけ?」
流石、と言えばいいのか、海弥が放つ言葉を次々に撃ち落としていく愛里。 その展開の早さに真尋はついて行くのがやっとなのか、二人の顔を右往左往して見ている。
「……それだけだし」
「ふ〜ん、じゃあいいや」
そう言いながらも、愛里の表情は寧ろ逆の確信をしているように見えた。
「でも、あの写真見たら……」
やっと発言した真尋が弱々しい声を零す。 それは空の部屋で見た、あの海弥に良く似た母親の事だとすぐにわかった。
その写真を実際に見ている二人は、同時に海弥の顔に視線を集める。
「あのな……つんつん頭が言ってたけど」
「つんつん?」
「勇くんの事でしょ?」
首を傾げる愛里に、素早く真尋が補助を入れる。
「あたしは顔だけで、性格も……その……その他も、全然似てないってよ」
思ったより自分は似ていない。 そう言って二人を窘めようとした海弥だったが、気になる物言いに愛里が当然指摘をしてくる。
「その他ってなに?」
「それは……」
言葉に詰まる海弥。
一方、目を上にやって考えながら話す真尋は、
「顔……じゃなくて、性格でもない……じゃあ―――声?」
「ち、違う」
なんとか捻り出した答えだったが、不正解だったようだ。
二人が無言で考え込んだその時、興奮した声で男友達と話す木村こと “キム” の雑談が聴こえてきた。
「あれはF……いやGはあるなっ!」
どこかのグラビアアイドルの話でもしているのか、朝から鼻息を荒くしている。 そこで閃いたという表情になった真尋達は、
「「――胸っ!?」」
思わず破廉恥な言葉をハモる二人に、
「こ、声がでかい……」
と言った海弥の反応は『正解』、だと二人に示していた。
「なるほど、つまり空くんのお母さんは巨乳だったと」
「お前は何を見て納得した?」
お世辞にも豊満とは言えない海弥の胸を凝視して愛里が言うと、
「私もそんなには……でも………」
「おい」
これよりは……とつい見比べる真尋に突っ込む海弥。
そして、二人は謎を解くヒントをくれた木村に無言で親指を上げる。
((キム―――グッジョブ))
「お前ら……っ!」
よってたかって馬鹿にされた気分になった海弥が震える声を上げた時、またしても木村の雑談が耳に届いた。
「別に胸だけが良いってんじゃねぇぞ? 澄田先生のあのクールビューティーっつーかなんつーか? それでいてどこか……」
その後も木村は熱弁をふるっていたが、二人の女子達には届かなかったようだ。
「澄田?……って……」
「どうしたの?」
どこかで聞いた事がある、愛里が記憶を探り出し始め、その様子に不思議そうな顔をする真尋。 噴火寸前だった海弥も何事かと怒りを忘れていると、
「………あの、保健医だ」
「えっ!? ま、まさか、じゃあGカッ――わ、私、なんてこと……」
共通認識である “危険人物” 、朋世の事を呟く愛里に真尋は声を大きくするが、恥ずかしい内容に言葉を窄める。
「なに言ってんだお前ら?」
さっぱり事情がわからない海弥は頭にハテナを浮かべていたが、二人は先程までの余裕を無くし、深刻そうな顔で話し始めた。
「……確かに、大っきかった……」
「で、でも、私達だって伸び代は……背はもう困るけど……」
「そ、そうだよね、私達二人には僅かな希望があるっ!」
「そうだよ!」
美しくも? 勇気付け合う二人。
海弥はなんとなく、部分的に察したのか、
「……よくわかんないけど、あたしは絶望なんだな?」
疎外感を感じた海弥はシラけた目で二人を見ているが、向こうは聞く耳が無いらしく会話を続けられてしまう。
「とりあえず、未来を信じるしかないか」
「牛乳……かなぁ」
未来を夢見る若き少女達、二人は話がまとまると同時に立ち上がり、そして振り向いて言い放った。
「木村うるさいッ!」
「キムの変態!」
謎を解いてくれた木村に掌返しの罵声を浴びせると、「な、なんだよ急に……」と、突然のクレームに怯む可哀想な木村。
だがその背後にも、未来を諦められた怒れる少女が居たのだ。
「――お前ら席に戻れッ!!」
……若き少女達は、朝から元気が有り余っているようだ。
そして、今日も本分である学業が始まる。
其々が自分の席に戻り、きっと授業に集中してくれる――――筈だ。
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