第48羽


 


 ―――生徒指導室。


 今その部屋には、担任の教師と一人の小柄な男子生徒が座っていた。 生徒はどこか虚ろな目をして俯いている。 その生徒に向かい合う男性教師の顔を見ても、良い話でない事は間違いないだろう。


 そして、重い空気の中話しを切り出す担任。


「話は受け持ちの先生から聞いた。 三時限目の小テストで不正があったと」


「………」


 男子生徒は無言のまま、部屋には変わらず重い空気が流れている。


「だがな、受け持ちの先生からはそんな事実は無かった、そう言われてるんだよ」


「………」


 相変わらず無言の生徒を見て溜息を吐くと、


「その話を全て信じる訳ではない。 でもな、灰垣は入試の成績を見ても不正を働くようには思えない。 何より、彼の席は中央一番後ろの席だ。 君の席から不正を確認出来るのは不自然だと思うのが当たり前だろう?」


「………」


 何も反応を見せない光昭に、担任は憂うような視線を送り、


「なにか事情があるなら話してほしい。 入学して間もない時期だし色々あるとは思うが、どの生徒にも楽しく学校生活を過ごしてもらいたいと思っている」


 担任の教師は生徒の悩みを聞き出そうとするが、光昭は視線を上げず、俯いたまま呟いた。



「……自分の、勘違いでした……」



 話す気は無い。

 そういう意思表示なのはわかったが、ここまでするのは余程の事だ。


 当然その後も教師の話は続いたが、光昭はそれ以上を話す事はなかった。





 ◆





 やっと担任から解放された俺は、放課後で人気ひとけの少なくなった廊下を歩いている。



 俺は………




 ――――馬鹿だ。




 こんな穴だらけのお粗末な嫌がらせ、失敗するに決まってるだろ。 そんな事もわからない程俺は追い詰められていたのか……。


 自分に呆れる。

 普段の俺なら絶対にしない、する訳がない。



 ……笑えてくるな。

 灰垣あいつを嵌めようとしてテストの不正をでっち上げ、結果生徒指導室に呼ばれたのは俺。 当たり前だろ、馬鹿でもわかる。


 つまり、俺は馬鹿どころか大馬鹿。

 救いようの無い惨めな負け犬だ。


 無駄に教師達の印象を悪くしただけ。

 何の成果も無く、そして俺の手は空っぽ………





 ―――結局あんたには何も手に入らないのよ―――





 ………うるさい。


 加藤おまえに言われたくない。

 お前もちょっと前までは俺と変わらない人間だったんだ。


 それも俺と違って加藤は容姿も良く、周りからもてはやされる寧ろ恵まれた人種の筈。 それなのにあいつは悪戯に人を傷つけてきた。 今更良い子になろうなんて虫がよすぎるんだよ。


 木村、お前だって俺と同じ負け犬だ。 それを楽しそうに灰垣とだべりやがって……お前の株は下がりっぱなしだっただろうが。



 ………そうだ。

 楽しそうにするな。 もっと悔しがれよ。

 そして、どうにかしてあいつを苦しめようとしろ。


 じゃないと……






 ――――俺だけが負け犬みたいだろ。






 ……実際、そうかもな。


 そもそも、灰垣は俺と争ってるつもりすらなかったんじゃないか?

 あいつが俺に何かしたか? 孤立するように手回しをした? そんなのは俺の被害妄想だろ。 勝手に争ってるつもりになって、勝手に俺が自爆して一人になっただけだ。



 じゃあ、何が正解だったんだ?

 俺は、どうすれば良かった?



 ただあいつの友達として隣に居れば良かったのか? あいつに群がる女や男と楽しそうに?





 ――――ふざけるなッ!!





 “なんであいつだけ” 、そう思うのは当たり前だろ!?


 俺は全然楽しくなかった………だから、楽しくなるようにしただけだ。



 いいだろ、それぐらい。


 俺にはどうせ………




 ――――何も手に入らないんだから……。






 ◆






 次の日、もう俺は何もしなかった。



 何をしても無駄だしな。 もう逆に誰にも話し掛けられたくない。


 俺は朝も、休み時間も机に突っ伏したり、用もないのに教室を出たりして人を避けた。 避けなくても誰も寄って来ないけどな、だが万一灰垣にでも話し掛けられたら最悪だ。 愛想笑いも出来そうにない。





 昼休み、俺は持ってきた弁当も出さずに外を見ていた。 なんだか、長い休み時間程億劫おっくうになってきたな。



 ………辞めちまおうか、学校こんなとこ






「常盤くん」





「………」



「あのね、常盤くんには色々お世話になってるから、これどうぞ」



「………」



「お礼になるかわかんないけど、あれから結構お料理は勉強してるんだよ? 試作品と言ったら悪いけど……新作ですっ!」



「………俺に?」


「そうだよ? これもきっかけをくれたのは常盤くんだしね」




 ………あのな、俺にはこんな物もらう資格は無いんだよ。



 こいつは、本当に何にも知らないんだな。

 加藤はまだ言ってないのか? 俺が料理を台無しにしたのを。



「最近あんまりこっち来ないけど、どうしたの?」




 行きたくないし、なにより俺の居場所はもう―――





「こんなのちょっとずるいし、だらしないけど……」





  “ずるい” ? 何………言ってんだよ……





「ライバルは強敵揃いだし……」





 一番綺麗だろ、真っ白じゃねぇか、特に……





「私、常盤くんが居ないと負けちゃうよ……」





 ――――頭の中が。





 俺が居ないと負ける?

 俺が邪魔してた所もあるんだぞ?



 せっかく諦めてやったのに、消えてやろうと思ったのに……なんで俺に………




 ――― “居場所” を与えるんだ……っ!





「向こうで一緒に食べよ?」



 これだから………本当に考えてないな。



「新作なのに、灰垣くんに見せたら不味いでしょ?」

「あっ、そっか」


 これじゃ加藤の相手はしんどいな。



「食べたら、



 俺がそう言うと、「うんっ」と言って水崎は―――自分の求める相手の元に帰って行った。



 俺は、協力者として “新作” の味見をして、腰を上げる。



 近づいて見た久し振りの景色は、灰垣の隣に水崎、そして加藤が居る。 お前ら女友達も大事にしろよ……俺の言えた台詞じゃないか。



 よう灰垣、相変わらず笑いかけてきやがって、馬鹿にしてんだろ。

 いいねぇ加藤、その目。 安心しろ、俺は変わらずお前の敵だよ。



 さて、俺にはもうしかやる事がないしな。




「水崎さんの料理は、美味しいよ」




 突拍子も無く言ってやると、水崎は顔を赤くし、加藤は違う理由で顔を赤くしていた。


「と、常盤くん!?」

「あんた、よくそんな……」





「知ってるよ」





「――っ?!」



 ………知ってる? 灰垣が?



「あんまり美味しかったから、少し食べちゃったよ」




 なるほど………な。

 あれじゃ味見ぐらいしないと親には出せないわな。




「そ、そんなに? ……じゃあ、もっとたくさん作れば良かった……」


「空くんのそういとこ………ちょっと怖い。 そこも良いんだけど……」



 ……全くだ。


 水崎に気づかれないように俺を突き刺してきやがる。 嫌な奴だよ、でもな……



「 “新作” は、もっと美味しいよ」



 水崎には悪いが、ちょっとは言い返したかったんだ。 現物持って来るよりはマシだろ?



 灰垣は俺を見て、


「そっか、常盤くんも一緒にお昼食べよう」


 加藤は頬を膨らませて、


「私は許さないからねっ!」


 そして、俺の唯一推しているあの子は―――




「良かったぁ、自信ついたよっ」




 ……そこは「なんで言っちゃうの!」、じゃないか?



 苦労しそうだが、もう水崎ここしか居場所もないし、図々しくも居座ってやるしかないな。



 そうだな……


 加藤の言葉を借りれば、好女の恋の手助けぐらいしないと、 “借金” 返せないってやつだ。



「 “約束” 、守れそうだね」


「……まぁ、ね」



 これは難しいかもな、 “誰も傷つけない” で水崎を応援する……。



 これは、俺もはっきり言って……





 ――――初心者だからな。




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