第47羽
翌日、とりあえず周りには変に思われないように、朝いつも通り灰垣と挨拶を交わした。 灰垣の反応は、予想はしていたが以前と変わらない。 さすがに
まずは少しずつ手駒を作っていく。 水崎や別府、何より加藤をはべらせる灰垣を妬む奴は多い筈だ。
俺が目を付けたのは、所謂 “中間層” 。
いきなり木村達みたいな連中を取り込むのは難しいからな、かといってあまり地味キャラ達に手を伸ばしても効果が薄い。
俺には灰垣のお陰で加藤達とのパイプがあると思われているから、入り込むのも容易だろう。 水崎や別府じゃ餌には弱いが、皮肉にも一番俺を嫌っている加藤が役に立つ。
これは傑作だ、灰垣を苦しめるのに自分が利用されたと知ったら、あいつはどんな顔をしてくれるか。
手始めに、いつも三、四人でいるちょうどいいのを見つけて話しかけると、思った通り簡単に入り込めた。
「マジか!? 加藤さんと水崎さんの手料理食った!?」
「え、エプロン姿か?」
「うん、二人共可愛かったよ」
「味は? JKの味したか!?」
「お前のコメントはキモいんだよ」
……まったく、予想通りの反応をする奴らだな。 素直で助かるよ。
「いーなぁ、灰垣は」
「独り占めか」
「えっ、水崎さんも?」
「それ微妙じゃね? あの身長差だし」
「身長で選ぶなら別府さんがベストだよな」
おあつらえ向きな展開だ。
わかるか灰垣。 周りは少なからず妬み、お前を煙たがってるんだよ。 俺はその小さな火種に油を注げばいいだけ。
「そうだよね、何人も……っていうのは良くないかも」
後は勝手に燃え広がってくれるって訳―――
「それはねーだろ」
―――は?
「あいつがその気ならとっくに誰かと付き合ってるよな?」
「そうだな、別に灰垣から変なアプローチかけてる感じもしないし」
「俺なら秒で加藤さんと付き合ってる」
「安心しろ、秒どころか何年かかってもねーから」
「水崎さんでもいい」
「向こうが嫌だろ」
「別府さんは………怖い」
「そうか? 俺は結構好きだけどな、ちっこいのが怒ってて可愛いから」
「てか灰垣が一番可愛くね?」
「「「それやめろって!」」」
………なんだ? これ………。
――――こいつらは、ダメだな。
まあいい、他にも候補はいるし。
気を取り直して次のグループに声を掛けるが、
「俺も結構灰垣と喋るけど、あいつの友達ならそんな悪いやつじゃないんじゃないか?」
「……そう、かもね」
今度は勇が木村と喧嘩した話を持ち出してみたが、何故か上手くいかない。 そこから灰垣が格闘技やってる友達を使って……となる筈が、その前に潰された。
どうも、上手くいかないな……。
それから何日か使ってめぼしい奴らに接触したが、 すぐに見つかる筈だった “火種” が……
――――どこにも見つからなかった……。
なんでだ? そんな訳がないっ!
確かに
……くそ、加藤のせいで俺は前のように灰垣の近くに居る事が少ない。 俺自身灰垣に警戒されているだろうし……このままだと今まで作ってきた俺のパイプが “ 薄く” なっていく……!
………仕方ない、リスキーではあるが、あいつに入り込んでみるか。 何しろ、あいつが一番灰垣を憎んでいるのは間違いないんだ。
意を決した俺は、その男に声を掛けに向かった。
「ねえ、木村くん」
「おっ! いたいた!」
木村は俺の声に気づかず、誰かを見つけて急ぎ足で行ってしまった。 ちっ……タイミングの悪い。 そう思ってなんとなくその行き先を見ていると、
「なあ灰垣! お前顔色悪いぞ? 具合悪いんじゃねぇのか?」
「いや、そんなことないけど……」
「いやある! 俺が付き添ってやるから保健室行こうぜっ!」
「こら木村! 空くんを保健室に連れて行こうなんて絶っっっ対に許さないから!!」
「か、加藤……違うんだ、こいつがいると保健室に行きやすいんだよ……何故か」
「キム、ハウス!」
「水崎、キムって……俺か?」
「木村くん、具合も悪くないのに行ったら迷惑だよ?」
「だってよ……澄田先生が……」
―――どう……なってんだ? コイツら、いつからこんな………。
――んっ? ………そうか、まだコイツがいた。
馬鹿騒ぎをしている灰垣達を睨む女、別府海弥。 この前灰垣の家であの女共と食事をしたのは伝えておいたしな。 こんな茶番を見せつけられたら堪らんだろ。
ぼっちの別府では噂の火種にはならないが、灰垣に与えるダメージはでかい。 あいつはアレの妹まで可愛がっているからな。
「海弥さ……」
今度は声を掛ける途中で動かれた。 くそっ……! なんだってこうタイミングが……―――あ?
別府が灰垣達に近寄っていく………そうか! またあのヤンキー、前のように「うるさいんだよ!」ってやつをかましに行く気だな。 それなら……俺の出番はその後だ。 怒りが収まらない別府を取り込みにかかればいい。
「空」
「あ、今日だよね? みくるちゃんとの約束」
「ああ。 そ、それで……な?」
「どうしたの?」
「海来留が……海来留がだぞ?!」
「うん」
「……晩御飯……一緒に食べたいって……」
「「だめっ!!」」
「なっ!? なんでお前らに言われなきゃなんないんだよ!」
「あんたは顔が危険なのっ!」
「ど、どういう意味、だよ……」
「なにその反応……別府さん、まさか知ってたの? 空くんのおかあ――」
「し、知らないっ!!」
なんでだ?
なんで……
――――こうも上手くいかない?
木村、お前は負け犬のままでいいのか!?
別府だって食事は灰垣から加藤を誘ったと言っただろ!?
なんでどいつもこいつも――――あいつを許すんだ?
おかしいだろこんなのは……こんなのは………
―――絶対におかしい……!
結局、俺の灰垣で作ったポジションは薄れていった。
それでも偶に
憐れみのつもりか?
嫌な奴だ………鬱陶しいんだよ……っ!!
こうなったらもう誰でもいい、目立たない地味キャラ達を束ねて陰湿に攻めてやる。 元々俺はそっち出身だからな、丸め込むのなんて簡単だ。
まずは、一人携帯ゲームに熱心なキミから。
「何やってるの? あ、これ結構やってる人多いよね?」
「……うん」
「すごいランクのキャラ揃えてるなぁ」
これしかやる事がないんだろうな、こいつは。
クラスメイトなのに名前も知らないぐらい存在感の無い奴だ。 でも名前ぐらい呼ばないとな、なんだったか………
「湯川くんっ!」
―――っ!? この声は………
「みてみてっ! これ昨日出たんだ、初のSSでびっくりしちゃった!」
「あ、ああ、このキャラは結構使えるから、育てた方がいいよ」
「ほんとっ? うん、じっくり育ててみるよ」
「水崎さん、引きが強いんだね」
「そ、そうかなぁ……あっ、常盤くん。 常盤くんもやってるの?」
「ああ、まあ……」
「そっか、じゃ私は育成に精を出します。 またね、二人共」
………なんで、水崎が?
「驚いた。 湯島くん、水崎さんと話してたっけ?」
「た、偶にだよ、灰垣くんがこのゲーム水崎さんもやってるって言ってさ」
「………そう」
という事は、灰垣はこの地味キャラにまで話し掛けてたのか。
ここまでくると、あいつが俺の邪魔をしようと根回ししていたとも……
「僕、湯川だけどね」
「…………」
―――知らねぇよ、お前なんて。
………どうする? このままじゃ俺は―――俺が誰からも知られない存在になりそうだ。
――――どうして………。
灰垣は、あの時俺を許した。
だから根回しなんかしない……よな……。
実は、していたのか?
だから上手くいかなかった?
そうか、いや――――そうに決まってる……!
そうじゃなきゃこんな事になる訳がないっ!
あの野郎、腹の中じゃこうやって俺を追い詰めようと画策してたのかッ!!
こそこそと動いては失敗する俺を見て嘲笑って、その上憐れんで偶に話し掛けては優越感に浸ってやがったんだ……!!
――――でも、
だからって………どうすりゃいい………。
俺には、対抗手段が無い。
こうなったら……
――――なんでもやってやる――――
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