第43羽
―――今日は、どうもおかしい……。
教室にいると頻繁に妙な視線を感じる。
あたしはいつも一人だからか、それを強く感じる。
その視線の元を探すと、あの
まあ、これはわかる。
お互いに気に食わない存在だろうし。 でも、なんかそれだけじゃないような……。
何故なら、あの女はただ視線を送るような、陰湿な小心者タイプじゃないからだ。
あと、わからないのがもう一つ。 こっちは正直心当たりが無い。
そんなにジロジロと見てくる訳じゃないけど、チラチラとあたしの顔を見てくる。 本人は気づかれてないと思っているかも知れないが、目立つタイプだからな……。
その視線の主は確か、水崎……だったかな? 背の高い、空の隣の席にいる女だ。
一体なんなんだ? 別に敵意のある感じでもないし、なにかあたしに用でもあるの?
―――休み時間、さすがに謎の視線から解放されたくて、あたしは教室から出た。
……逃げるようで嫌だけど、
トイレに行って戻る途中、いつも空にくっついているあいつが教室から出て来た。
名前は……なんだっけ?
こいつなら、何か知ってるかも知れないな……。
「ねえ」
「え? あっ、海弥さん」
そうか、名字で呼ぶなって言ったっけ。
目の細いそいつは、気のせいか少し嬉しそうにあたしを見ている。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと訊きたいんだけど」
あたしがそう言うと、今度は明らかに顔を綻ばせて、
「うん、俺にわかる事ならなんでもどうぞっ」
……なんかオーバーリアクションな奴。 まあいいけど……。
「なんかさ、加藤と水崎からやたら視線を感じるんだけど、なんでか知ってる?」
「あの二人?……うーん、なんだろ」
腕を組んで考え込む細目。 ……知らなそうだな、まあ空の近くにいるからって女の事情まではわからないか。
「知らないならいい、じゃあ」
あたしが話を切り上げようとすると、
「アレかな?」
「……アレ?」
細目は何か思い出したようにぽんと手を叩く。
「うん。 実は土曜日、灰垣くんの家でお昼を食べたんだけど」
「空の家で?」
「空くんが加藤さんを誘ってね、彼女が手料理を作ることになったんだ」
「……そう」
別に、どうでもいいけど。
「俺と勇くんが誘われてて、一人で作るのは大変だろうと思ったから俺が水崎さんも誘ったんだ」
勇……つんつん頭か。
「あの日になにかあったのかもね」
「なにかって……それだけじゃ……」
原因がわからない癖に、嫌な話だけ聞いたような……。
「加藤さんはあの性格だから、水崎さんになにか吹き込んだのかな?」
「別に、構わないけど」
そうだ、元々誰にどう思われようとあたしには関係ない。 友達なんていらないし。
―――でも、空は……
「空は、喜んでた?」
……ってあたし、何を訳の分からないこと訊いてるんだ?
大体 “嫌な話” ってなに? どうでもいいんでしょ?
「なんか加藤さんの料理は、懐かしい味だったみたいだよ」
「――っ!」
……なにそれ……。
あの甘ったれ、バカじゃないの。
「俺は先に帰ったから……」
「もういい、ありがと」
自分でもよくわからない怒り……だけじゃない。 なんだか、もやもやするっていうか、焦り……とは少し違う。
いや、そもそも “よくわからない” 、が間違ってる。
わかってるよね。
ただ認めたくないだけ。
簡単だ、私は単に……
――――『嫉妬』してるんだ。
でも、それを認めるのは………なんかムカつく。
――ああもうっ!
こんな事なら何も聞かなきゃよかった……!
◆
お昼休みになってお弁当を食べた後、またあたしは教室を出た。
もう変な視線は感じなくなっていたけれど、今度は気分転換というやつだ。 特にあてもなくぶらぶらと歩いていたら、トイレから目立つのが出て来た。
なんなの、もう。
気分転換………失敗だ。
「あっ……」
彼女はあたしに気づいて声を漏らす。
相変わらず気弱そうな奴。 そんな顔をしていたからか、つい言いたい事が口に出た。
「なに? なんか今日チラチラ見てくるけど、言いたいことあんなら言えば?」
「えっ……そんな、言いたいことなんて……」
デカい癖に小さな声でぼそぼそと……イライラするな。
「じゃあなんであたしを見るんだよ」
クソ親父譲りの目つきの悪さで睨みつけると、
「ご、ごめんなさい。 ……でも、気になっちゃって……」
気になる? どういう意味?
なにを言ってるのかわからなくて、余計にムカついてきた。
「なにがよ」
「えっと……別府さん、似てるから……」
水崎は下を向いて、両手の指を胸のあたりでもじもじと動かしている。
「は? あたしが何に似てるって?」
「それは、その……」
煮え切らない奴だな……!
「はっきり言いなって!」
我慢出来ずに声を荒げると、「ひッ……」と身体をビクつかせて、身長差的に上目遣いが出来ないからか、下目遣いで水崎は言った。
「この前見た、空くんのね、お母さんの写真……」
「――っ……そ、空……の?」
……あたしは、見たことない。
だからわからないけど、あたしに似てるってつんつん頭が言ってた。
「だから、つい何回も見比べちゃって……嫌だったよね……」
そうか、空の家で見たんだ。
それで……か。
「……まぁ、なんていうか……」
文句があるとか、そういう事じゃないみたい。
「ごめんなさい。 嫌な思いさせて」
一生懸命頭を下げる水崎。
な、なんか周りから見られてるな……この子目立つから。
「も、もういいって。 別に、怒ってないから」
あたしがそう言うと、「良かった。 でも、ごめん」と言ってしょんぼりとした顔をしている。
なんか、逆に言い過ぎたかもな。 ちょっと悪い気すらしてきた。 それに、今度は違う質問をしたい気持ちに駆られてしまう自分がいて、それを抑えられそうにない。
―――それは………
「そ、そんなに似てたの?」
「え?」
だ、だから……
「空の、お母さん……あたしに……」
目を逸らしながらも訊いてみると、
「……うん。 似てた」
「そ、そっか」
まあ、だからどうって訳でもないんだけど。
なんだか、ちょっと “気分転換” にはなった、かな。
その後、水崎が言った台詞はちょっとアレだったけど……。
「笑ってない顔は……だけどね」
「は?」
「だって別府さん、いつも怒ってるから……」
………そういやつんつん頭が言ってたな。
空のお母さんは、いつも笑ってたって………。
◆
その昼休み、別の場所では――――
「どうしたの? こんな所に呼び出して」
その言葉とは裏腹に、その男子生徒は何故呼ばれたのか知っているような表情に見える。
「私だって呼び出したくなんてなかったよ。 でもね……」
女子生徒は言葉通りの冷たい目で彼を見て、
「話があるのよ―――常盤くん。 キミに」
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