第42羽


 


「ごちそうさまでした」


 最後に勇くんが全てを平らげて食事は終わった。

 ちょっと無理してるんじゃないかな? と思う程の量を食べてたけど、本当に大丈夫……?



 その後、少し皆で食休みをしていると常盤くんが、


「ホントに美味しかったよ、二人共いいお嫁さんになるね」


 なんて言うもんだから、当然のように……


「聞いた? 空くん。 愛里をお嫁さんにすると幸せになれるって!」

「加藤さん、って常盤くんは言ったよね」


 増長する加藤さんに私はすかさず釘をさす。

 常盤くん。 嬉しいんだけど、結構エネルギー使うんだよ、これ。


「たくさん食べれてよかったな、勇」

「ああ、美味かった」


 ふふ、勇くんも初めて会った時はちょっと怖かったけど、なんだか可愛く感じてきたな。 たくさん食べてくれるのもやっぱり嬉しいしね。


 空くんと勇くんのやり取りを微笑ましく見ていると、


「特に焼きそば」


「えっ……」


 思わず声が出てしまった。

 だって、アレはオマケみたいなものだったから……。


「確かに、あれはちょっと惹かれるね」


 と、常盤くんまで?


「……ちょっとキミ達、それはないんじゃない?」


 そこに待ったをかける加藤さん。 それはそうだよね、私だって力を入れたのはメインのおかずだったし。


 すると、何故かムスッとした顔の空くんが、


「そうだよまったく。 わかるよ加藤さん、その気持ち」


「そらち……」


 加藤さんを庇護するように話し出した空くん。 彼女は祈るように手を組み、うるうるとした瞳で空くんを見つめている。


 ………私も呼んでみようかな、って……。


「僕もたまに凝った料理を作った時さ、父さんも勇も味がわかってるのかも怪しい勢いで食べちゃうからね。 作り甲斐がないんだよ……」


「だよね、だよねっ」


 そっか、普段は空くんがご飯作ってるんだもんね。 私はそんなに台所に立たないからなぁ、これを機にもっとお料理勉強しようかな?


「……でも、あの焼きそばは確かにおいしそうだったな……」

「――なっ?! そ、空くんまでそんな……」



 ―――え。 ほ、ほんと? じゃあ……



「そ、空くんにも今度作ってあげるね」

「えっ、ほんと?」

「うん、いつでも言って……」


 なんなら明日でも、てか今日の晩でもいいよっ! なんてね、晩御飯に焼きそばはちょっと軽すぎるかな?


「ありがとう真尋ちゃん」

「ううん、私、お料理好きだから……」


 お料理が好き、というか………のが好き――――



 お母様、焼きそばを伝授して頂いてありがとうございます。 きっといつか子供が産まれたら、私も子孫に受け継いでいきます。



 オマケ《焼きそば》を軽んじていた事を心の中でお母さんに謝罪していると、


「はいはい、じゃあ後片付けは可愛いお嫁さん二人でやるから、男子は休んでていいよ〜」


 今度は仕返しのように私のサービスタイムを邪魔されてしまった……。



「片付けぐらい手伝うよ」という空くんの申し出を丁重にお断りして、私達は二人で片付けを始めた。


 空くん達三人はソファ側に移りメンズトークを始め、私は洗い物をして、加藤さんがそれを拭きあげている。

 考えてみれば、加藤さんとこんな風にお休みの日に会うなんて思わなかったな。 クラスではお互いまったく違う友達といるから。


「ねえ水崎さん」

「ん? なに?」


 お皿を拭きながら話しかけてくる加藤さん。


「空くんの電話してた相手、ちょっと心当たりがあるんだよね」

「ほ、ホントに?」


 え、なんで? まったくプライベートな知り合いだと思ってたけど。


「あの感じだと、恐らくは年上」


 うん。 それは私も思ったけど、でもそれだけじゃ……。


「空くんは学校が終わると家事があるから、あまり寄り道はしない筈」

「別府さんの妹さんと遊ぶくらい、なのかな?」

「うん。 となると、年上のお姉様なんかと知り合う機会はそう無いと思うの」


 まあ、空くんのプライベートをそこまで知ってる訳じゃないけれど、多分そうかな。


「でも、一人気になる人物がいるのよ」

「だ、誰?」


 私にはまったく心当たりが無い。

 年上で空くんと接点があって、彼を家に誘うような女性なんて。



「……保健の先生」


「――はっ!」




 ……そうだ、あの人がいた。




 確かに怪しい。 私もなんか嫌だから、今度空くんに何かあっても保健室には連れて行かないようにしようって決めたんだ。


「なに? 水崎さんも何かあったの?」

「うん……私の勘違いかも知れないけど……」


 お互いここは共同戦線を張ろうという事になり、私は前に保健室に行った時、あの先生が嬉しそうに空くんを看病していて、何故か髪が乱れていたのを話した。

 加藤さんのくれた情報は、勇くんと保健室に行った時、勇くんが空くんと話していた電話を代わり、更に彼が空くんの友達だと知ると、木村くんとの喧嘩の一件を不問にしてくれたらしい。



「学校関係者だし、家に誘うなんてさすがに無いとは思ったけど、これは―――かも知れないね」


 私も加藤さんと同じ意見だ。 話を聞くと、明らかに空くんを “特別” に扱っている。


「うん、やっぱり怪しいもん。 ……でも、結構な年の差だし、お互い恋愛感情なんて持つのかな?」


 そう私が呟くと、


「甘い! 少年は年上のお姉様に憧れるものなのよ。 それに空くん、甘えられる人がいない……でしょ」


「………うん」


 “母親” ……そう加藤さんは言っているんだろう。 その理由までは知らないけれど、なんか、訊きにくいし……。


「それにあの先生はつまみ食い程度の遊びかも知れないじゃん?」

「さ、さすが大人の女……」


 そんな軽い気持ちで近寄られるのは……嫌だ。

 こっちは真剣だし、遊びなら身を引いて欲しいのが本音です……。


「電話の相手があの先生かはわからないけど、お互い目を光らせておいた方が良さそう」

「そう、だよね」


 議論の結果、 “要注意人物” となった保健の先生。 その存在に不安な気持ちになっていると、



「片付け中にごめん。 俺、急に親に呼ばれて帰らないといけなくなっちゃって……」


 申し訳なさそうな顔で常盤くんがキッチンまで挨拶に来た。


「そうなんだ。 あ、常盤くん、誘ってくれてありがとう」

「いえいえ、二人共ごちそうさまでした。 すごく美味しかった」


 今日ここに来れたのも常盤くんのお陰だもんね。


「ばいばーい、エプロン姿変なサイトに載せないでね〜」

「そ、そんなことしないよ……」


 加藤さんの手痛い別れの挨拶に顔を顰める常盤くん。


 常盤くんには色々お世話になってるんだから、あんまりいじめないでよねっ。


「さ、片付けよっ。 話し込んでて遅くなっちゃったし」

「うん」


 そうだね、早く終わらせて空くんとお話ししたいもんね。


 手早く作業を進めていき、ついに一枚の取り皿を手に取る。 この取り皿は、空くんが食べた私の煮物を入れていたんだぁ、ふふふ。



 ―――ん?………なんか、これ……。



「……水崎さん、まさかそれが空くんの食べた取り皿でニヤついているなら付き合い方変えるけど」

「ち、違うの」


 違わないけど……でも、なんかの。


「なんか、変な匂いっていうか、ちょっと変なの」

「……で、空くんの取り皿なの?」


 そ、それは………


「そう、だけど……」

「……変態」

「へ、変態じゃないもん! ち、ちょっと加藤さんも嗅いでみてよっ」


 確かにこれは空くんの使った取り皿だけど、別に何かしようとしたんじゃないんだからっ!


 それに、本当になんか変なの。

 私が加藤さんにその取り皿を突き出すと、なんだか軽蔑するような目を私に向けながら受け取った。


 でも、


「………ホントだ、なにこれ?」

「あっ!」


 加藤さんは取り皿に残った煮物の汁に指をつけ、それをなんの躊躇もなく口に運んだ。


「な、なにしてんの?! へんた――」


 私が「変態はどっちよ!」、と文句を言おうと思った時、加藤さんが顔を真っ赤にして咳込み出した。


「……ごほっ……み、水……」

「えっ?! う、うん」


 涙目になりながらそう言われて、私は急いでコップに水を入れて手渡した。


 加藤さんはその水を一気に飲み干すと、


「な、なにこれ?! 辛いっていうか……痛いくらいなんだけど……」



 ―――嘘……な、なんで……?



 私は恐る恐る、ほんの少しだけ指につけて舐めてみる。



「ぐっ……! こ、これ……なに?」



 本当だ……辛い………。

 これを……空くんが食べてたの?



 ―――あ……だからあんなに汗を………



 でも、誰がこんなこと……



「ま、まさか加藤さん……!」

「あのね、私がしたならこんな目にあってないって」


 そう……だけど………。


「大体私は自分の料理食べて欲しいから唐揚げしか空くんに取ってないし、その取り皿には指一本触れてないもん」


 そう言われると………でも、じゃあなんで?

 空くんは私の煮物も『美味しい』って言ってくれた。



 これ――――美味しい??



 甘いものが好きなイメージはあったけれど、もしかして、実は……



「空くん………辛党なのかな?」



「………そういうレベルの辛さじゃないと思うけど………」



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