第41羽

 


 和やかに食事は続き、皆私達のお料理を美味しいと言って食べてくれている。

 練習した甲斐があったってもんだね。 まぁ、勇くんは無言で食べ続けておかわりの時だけ話しかけてくるけど……。


「美味しい? 空くん」

「うん」


 それ何回訊いてるの加藤さん《あなた》。 まったく、空くんがあんな事言うから加藤さんがいつも以上にデレちゃうんだよ?


「あ、汗かいてるよ? 大丈夫?」

「うん、平気だよ。 ありがとう」

「ちょっ……」


 な、なに当たり前のように空くんの汗拭いてるの……っ! ……って、以前私もしたけど。


 やっぱり隣というアドバンテージは大きい。

 にしても、空くん大丈夫かな? そんなにこの部屋は暑く感じないけど、また風邪でも引いたんじゃ……。


「具合悪いとかじゃない?」


 私が訊くと、


「うん、体調は良いよ」


 それならいいけど、空くん我慢しちゃうところあるからな。

 前も私が保健室に連れて行かなかったら、きっとそのままだったと思うし。


「口に合わないものは無理に食べないでいいよ?」

「加藤さん、それどういう意味?」


 聞き捨てならない台詞に全力で怒りの視線をぶつけると、「んーん、なんでもないよ〜」なんておどけた調子で流される。


 ………やはり仲良く出来ないようね、この子とはっ!


「空くんさぁ、こういうイベントではほっぺにご飯粒ぐらい付けるもんじゃない?」


「ッ!」



 そ、そのイベントは……。



 脳裏に浮かぶのはあの『生クリーム事件』………。

 空くんのほっぺに付いたを、わ、私が……



 ―――失敬してしまったやつ……。



 思い出すとまた罪悪感が……は、恥ずかしい……。

 空くんまさか、言わない……よね?


 縋るような目でチラッと空くんの動向を伺う。


 とその時―――


「あはは、前に恥ずかしい思いをしたからね、気をつけてます」


 そ、そこまでっ! ……ぎ、ぎりぎりセーフ……かな?


「……なにそれ、気になる言い方なんだけど」


 んんん……っ! こういうのは流してくれないんだからこのコは! 気にしないでいいから突つかないでください、どうかお願いします。


「なんで水崎さん顔赤いの」


 ――うっ……そんな疑いの目で見ないで。 だめ、ポーカーフェイスは出来ないタイプなんです……。


 なので、


「あ、暑いのかな? あははは……」


 下手な芝居ですが見逃してください。 笑って誤魔化すぐらいしか出来ませんから。 うぅ、私も汗かきそうだよ。


「なんかヤな感じ、二人だけの秘密?」


 膨れた顔をする加藤さんに、「そんな大層なものじゃないよ」と空くんが対応すると、私はそれにならって「そ、そうそう」と詰まりながらも相槌を打つ。


 当然こんなんじゃ納得のいかない彼女は不満そうなままだったけど、何故か急に甘えたような顔つきに変わり、


「いいよ、過去の事は。 愛里の恥ずかしい秘密だって、空くんだけが知ってるもんね」


「は、はぁ?!」


 なな、な、なにそのちょっとな言い方……! 言っときますけど前に言ってた “寝込みを襲われた” なんて信じないからねっ!


「恥ずかしい秘密?」

「ほ、ほら、空くん知らないって!」

「またまたぁ」


 ぐぅ……まだ言うか。


「んっ、おかわり」


 またこの子か……ええいっ!


「常盤くん!」

「……はーい」


 ちょっと今立て込んでるから勇くんをよろしくねっ!


「放課後二人きりの教室で、私(の心)を丸裸にして泣かせたあの日……」

「そこまで言うと嘘バレバレなのよッ!」


 なんてこと言うのこの嘘つき痴女は……!

 教室でそんなこと……ていうか空くんがそんなことするわけないでしょ?!


「はい、勇くん」

「ありがとう」


 苦労かけるね常盤くん、私からもありがとう。


「あの日……か。 愛里ちゃん、やっぱり違うんじゃないかな?」


 ほら見なさい、言っときますけど私は1ミリも疑ってなかったからね。


「ゔー、違わないぃ」


 見苦しいからやめなさい、空くん《本人》が違うと言ってるんだから。


 空くんは加藤さんに顔を向け、駄々をこねる子供のように下を向く彼女に言った。



「秘密っていうか、簡単に吐き出せない事は誰にでもあるんじゃないかな?」


「――っ……空くん……」



 彼女は顔を上げて、その言葉に救われたような瞳で空くんを見つめている。



 ……なんか、嫌な予感が………。



 私には当然二人の会話の意味はわからなかったけれど、



「だから、恥ずかしい事なんかじゃないよ」



 そう言って優しく微笑んだ空くんに、



「………うん、ありがとう」



 気恥ずかしそうに俯くを見て、毒気が抜けているのはよくわかった。


 これは……キツいです。

 自分の好きな彼のことを他の女の子が蕩けるような顔で見つめる姿、見たいですか? 私は嫌です。



 ―――なので!



 この耐え難い雰囲気を消し去るには……多少強引でも話題を変えなきゃ私がおかしくなりそう。


「空くんはもうごちそうさま?」

「え? うん、もうお腹いっぱい。 ごちそうさまでした」

「――なっ?! い、今空くんと……」



 ―――知りません。



「あとお父様にも良かったら食べてもらいたくて、別で取ってあるから」

「ええっ?! い、いつの間に……」


 いつの間にって、最初からそのつもりだよ。


「ありがとう、きっと喜ぶよ」

「ううん、お口に合うか心配だけど……」


 私だってやる時はやるんだからっ。

 ムードも変わった事だし、私にしては大成功と言える成果だ。



「……水崎さん、なんか強くなってる?」



 目を細めて白い目を向けてくる彼女に、私は微笑みながら言い放つ。



「まさか、私はか弱い女の子です」


「………手強く、なったね」



 加藤さんに比べればまだまだ初心者だけどね。

 でも私なりに一生懸命なの。


 これ、


 伝わってますか? ―――空くん。



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