第40羽
空くんの部屋を飛び出して、急いでキッチンに入り忘れていた焼きそばに取り掛かろうとすると、
「何かあった? なんか怒鳴り声みたいなのが聞こえたけど……」
「な、なんでもないの。 ちょっと焼きそば作り忘れただけだから」
私は作業をしながら心配そうな顔の空くんを誤魔化す。
もうっ、勇くんが変な事言うからだ。 やっぱり気になるのか、「そう、ちょっと見て来ようかな?」と言って空くんは勇くんと加藤さんの様子を見に行った。
テーブルに一人残された常盤くんは、「じゃあ俺は取り分けしておくね。 少しは働かないと」そう言いながら、大皿に盛られた私達の作った料理をお皿に取り分け始める。
「よく寝る奴だな、まったく」
「起きてたけど」
「まぁまぁ、ねっ、早く食べましょ〜」
空くんを先頭に三人がテーブルに着く頃には、もう焼きそばは完成間近。 そう待たせる事もなく私もテーブルに着けそうだ。
「はい焼きそば! お待たせしました」
主役である勇くんは誕生日席のようにテーブルの奥に座っている。 私は取り分けた料理とご飯が並ぶ中、勇くんの目の前に焼きそばを置いた。
にんまりと嬉しそうに口角を上げる勇くんを見て、「良かったな、勇」と空くんが優しい表情で言うと、
「じゃあ揃ったねっ! いい加減冷めちゃうから頂いてください!」
エプロンを外した加藤さんが促し、全員で
「「「「「いただきまーす」」」」」
やっとお昼ご飯が始まった。
勇くん以外の席配置は以前の図書室とほとんど同じ。 奥左に空くん、隣に加藤さん。 主役の勇くんが角で私、左隣に常盤くんだ。
空くんの正面すら取れないとは……まあ、私と常盤くんはおまけみたいなものだし、今回は仕方ないよね。 そんな事よりも……私と加藤さんはどうしても空くんの箸の行方が気になってしまう。 注目の一口目は……
「お味噌汁美味しいね。 しじみは身体にも良いしね」
くっ……加藤さん
「良かった、将来は毎日愛里が……」
「毎日飲むものだからお味噌汁は大事だよね、私も得意だったから作りたかったな」
後の台詞は想像出来るから言わせない。 小悪魔による早速のアピールを私は潰しにかかる。
ムッとした顔の加藤さんにこちらは冷めた視線を送ってやった。
そもそもこの食事会で私を諦めさせる程やっつけるつもりだったんでしょうけど、そうはいかないからね!
ここまでの展開はそこまで劣勢じゃない……と思う。 色々あって彼女も思うようにいってないのはあるだろうし。
「ど、どっちも美味しいなぁ」
女二人の険悪なムードを和ませようと放った常盤くんのコメントは、その弱々しい声色と共に私達の熱気に溶けていった。
そして次に空くんの箸が向かった先は………好物だと言っていた私の煮物だ……!
緊張の瞬間……今日までやってきた特訓の日々が、走馬灯のように頭の中で流れていく。 頑張れ大根、頑張れ豚肉……っ!
努力の結晶が空くんの可愛らしいお口に運ばれていく………さあ、ど、どうですか?
「うん、美味しい」
その言葉を聞いた時、 “報われる” という意味が本当に理解出来た気がした。 好きな人に笑顔を向けられて “美味しい” 、と言われるのはこんなに嬉しいものなんだ。
「……ありがとう」
私が自然と呟いた言葉に空くんは気づかなかったみたい。 来て良かった。 お母さん、私……
――――幸せ……。
「愛里のはっ?! 早く愛里のも食べて!」
………もうちょっと、浸らせてくれても良くない? 加藤さん……! 「えっ?! 勇くんもう焼きそば食べ終わったの?!」……うるさい、常盤くん。
もうっ! ゆっくり浸ってもいられない!
仕方ないか、二人のお食事じゃないもんね。 今度はきっと……でも、二人きりだとダメって言われるんだよね……。
私が考えに耽っている間に、加藤さんのメインである油淋鶏を口に入れた空くん。
男の子に人気のありそうな料理だし、きっと空くんは喜ぶだろうな。
「………」
――あれ? どうしたんだろう、すぐに「美味しい」って言うと思ったのに、空くんはなんだかぼうっとしているような………。
「……空くん、お、美味しくなかった?」
予想外の反応に、加藤さんはオドオドと不安そうな顔をしている。
こ、こうなるとなんか私もハラハラしちゃう……! どうしてだろ、キッチンでしのぎを削った戦友だから?!
空くんはハッとしたような顔をして、もう泣きそうな顔で覗き込む加藤さんに顔を向ける。
こんな時になんですが、さっきから加藤さんすごい可愛いんだけど……。
「ううん、美味しいよ。 とっても」
……はぁ、良かった。 なんで私がほっとしなきゃなんないの……。
チグハグな安堵感に包まれる私。 でも、加藤さんはまだ表情が晴れないみたい。
「ホント? 無理してない?」
それ、やめて。
普段とのギャップでか弱さがエグい。 美少女が “薄幸の美少女” に見えるんだよね。 こんなの、女の私でも守ってあげたくなっちゃう……。
「本当だよ。 でも、お味噌汁もそうだったんだけど、その、なんていうかね、愛里ちゃんの料理はさ……」
ちょ、ちょっと空くん、下手な事言うと加藤さん本当に泣いちゃうかも……
「懐かしい味がする……っていうか……」
「「――っ!?」」
………………ウソデショ、
「な、なんか変な感想でごめん……ホント美味しいよっ」
……………心配して、
「……ううん、嬉しい。 たくさん食べてね、空くん……」
……損した。
「はい、あ〜〜ん」
「やめなさいッ!!」
こ、この上級悪魔に少しでも肩入れした自分に説教したいわ……っ!!
でも……
――― “懐かしい味” 。
これは、かなり得点高い筈だよね……。
さっきまで泣きそうだった加藤さんの復活具合がわかりやす過ぎる!
「水崎さんこわ〜い。 愛里泣きそ」
――ぐっ……! さっきまで本当に泣きそうだった癖に……っ!
……違う、
大体お味噌汁と中華風とはいえ唐揚げでしょ? 誰が作っても多少お袋の味って言うんですか? それするんじゃないですか?
そうよ、きっとそう!
だから私が作ったって同じ事言ってくれる筈だもん。 ……まぁ、煮物もかなり家庭料理だけど……。
ちょっと弱いけど残りのカードを使うしかない! 大分弱いけど……。
「そ、空くんサラダもどうぞ。 野菜もちゃんと……」
「おかわり」
突然私の目の前に差し出されるご飯茶碗。 そんなバカな……この人はさっき焼きそばを完食したばかり……しかも何故私に?
「んっ! 大盛りで」
さ、催促されてる……。
「……はい」
勇くんは今回の功労者だからね、わかりましたよ。
私はおかわりをよそいにキッチンに向かい、昔話で見る大盛りを完成させて戻った。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
それにしても、本当に良く食べるなぁ。 学校の部活じゃないけど、さすがスポーツマンだね。
「気持ちの良い食べっぷりだね」
確かに、私が常盤くんに共感していると加藤さんが、
「なんかお似合いの二人じゃない? 身長も同じぐらいだし」
………こら、
「そういえば勇、今何センチだっけ?」
「そ、空くんまで……!」
ひどいよ……揶揄って……。
「いや、変な意味じゃなくて、ちょっと聞いただけで……」
慌てて取り繕おうとする空くんに、私は泣き怒りの顔で睨みつけた。
「ご、ごめん。 デリカシーが足りませんでした」
そうだよっ! 反省して……
―――あっ……そうだ。
「じ、じゃあ、撫でて……」
「だめだめっ! それ愛里のパクリだから!」
……バレたか、でも、
「パクリとかそんなの関係……」
「175」
―――はい? なんか、聞き覚えのある数字……だね?
「今175だ」
「え゛……」
まさかのピタリ賞に思わず変な声が出てしまった……。
「……そのリアクションは、ジャスト的な……」
「わ、私の方がちょっと低いね! はは、ははは……」
加藤さんの追求を笑って誤魔化したのはいいけれど、笑ってしまった以上撫でてはもらえない……よね。
ううぅ……笑顔の裏では泣いているのに……。
撫でてよぅ空くんっ!
私、ちゃんと屈むからぁ……!
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