第39羽
「行くわよ」
「う、うん」
加藤さんに促され、私は緊張の中頷く。
なんだか二人で禁断の扉でも開けるみたい。 でも、あながち間違いでもない。 私達にとってこの先に広がるお部屋は、空くんが普段眠っているまさに夢の世界なのだから。
二人で持ったドアノブを一緒に回し、ゆっくりとドアを開けると……
―――ここが、
私が感動に浸っていると加藤さんは小声で、
「静かにね、まだ起こしちゃダメよ」
「は、はい」
うん、そうだよね。 すぐに起こしちゃったら堪能出来ないもん。
そっと中に入ると、電気は消してあったけど日差しで部屋の中はそんなに暗く感じなかった。 ベッドの方を見ると、気持ち良さそうに勇くんが眠っている。
うーん……空くんが寝ている姿を想像しようとしても、初めて入った部屋なのに勇くんが寝ているから、なんか勇くんの部屋に見えてしまう……。
「思った通り、結構綺麗にしてるね」
「うん」
さすが主夫。 偉いね空くん。
「ベタにエッチな本とかないのかな?」
「えっ?」
加藤さんがベッドの下を探り出した。
「や、やめようよ」
「え、なんで? 定番じゃない、彼の趣味がわかるかもよ?」
そ、そうだけど……。
もし変な趣味だったら……知らない方が幸せかも知れないし……。 空くんに限ってそんな事ないけどね。
「あ……」
加藤さんがベッドの下を探索している時、私は左側の壁に掛けてある大き目のボードに気づいた。
「どうしたの?」
「これ、写真」
私が指差すと、加藤さんがベッド下から離れてこっちにやって来た。
「家族の写真ね。 ていうか……」
「うん……」
空くんって、まさかの……
「「父親似……!?」」
嘘……てっきり母親似だとばかり……。
お父さんは背が高くて格闘技をやってたって聞いていたから、勝手に怖い顔だと思ってた。 だから空くんの顔は当然お母さん寄りだと……ていうかあの顔は誰が見ても母親似だよ。
「意外過ぎる……。 てか水崎さんお父さんの方が似合うんじゃ……」
「か、加藤さん……!」
「冗談だよ〜」
……冗談に聞こえないのよ。
身長的にはそうかも知れないけど、私が好きなのは空くんです。
お父さんのお顔は、ちょっと空くんをやんちゃにした感じ、かな? お母さんは小柄で、どの写真でも笑って写っている。
「……水崎さん」
「え、なに?」
加藤さんが私の右肩をちょんちょんと突つく。 そして、一枚の写真を指差して、
「これ………冗談、だよね?」
どうしたの? 顔が引きつってるよ?
不思議に感じながらも彼女の指差した先に目をやると、加藤さんが言った “冗談” 、という意味を理解する。
その写真には、空くんのお母さんが一人で写っていた。 そして、どの写真でも笑顔で写っていたお母さんが、この写真だけ……
――――笑ってなかった。
ただ、それだけ。
でも……それだけじゃない。
きっと加藤さんも私と同じ事を思っている筈。 だから、冗談にしたかったんだ……。
その写真は、笑っていない空くんのお母さんは、私の……
―――私達のクラスメイトにそっくりだったから。
「で、でも、だからって……」
似てるからってその子に惹かれる訳じゃない。
そう言いたかったけれど、あんまりその写真と彼女が重なって、自信が持てなかった。
「でも、3歳までに一番身近にいた異性が好みのタイプになるって聞いたことが……」
「や、やめてよ加藤さん……っ!」
そんなの……で、でも私のお父さんと空くんは全然似てないもんっ! だから、そうとは限らない………多分。
「「…………」」
きっと今、加藤さんも私と同じ嫌な考えが頭を巡っているんだろうな。
その証拠に、お互い下を向いて無言になってしまった。
その時、
「腹へった」
「「わぁ!?」」
背後から声がして、二人で慌てて後ろに振り向く。
すると、いつの間にか身体を起こしていた勇くんが、眠たそうな顔で目を擦っていた。
「い、いつから起きてたの?」
狼狽えながら加藤さんが訊くと、
「……ちょっと前?」
まだ寝ぼけてる様子の勇くんに、「そ、そっか、ご飯出来たよ」と加藤さんが伝える。
ちょっと前って……どのくらい前だろう。
勇くんはベッドに座ったまま、私達の見ていた写真の方を見て、
「まあ、性格は似てねーから、あんまり笑わないし」
「「――うっ……」」
聞いてたのね……。
そうか、勇くんは前から気づいてる筈だもん。
……ていうかその口ぶり、私達の気持ちにも気づいてる? まさか、ね。 勇くんそういうの鈍そうだし。
でも、それより私達が気になったのは、この後勇くんが頭を掻きながら言った、彼にしかわからない言葉だった。
「もうすぐ、空がおかしくなる時期だな」
「は?……なにそれ?」
明らかに疑問符を顔に貼り付けた加藤さんが眉を寄せて訊く。
「おかしくなる……って、どういうことなの?」
当然私も同じ気持ちで勇くんに詰め寄る。
空くんがおかしくなる? 意味がわからない。 けど、そんな事言われたら不安だし、心配になっちゃう……。
「今年はどうなるか。 まあ、協力よろしく」
………ちょっと、勇くん。
―――なんなのその謎めいた台詞はっ!
「こ……の……―――わかるように言いなさいよ寝ぼけ男!!」
「そうだよ! 気なっちゃうでしょ!!」
怒涛の勢いで私達が不満をぶつける。
それでなくても気になる相手なのに、そんな意味深な事を言われたら堪らないのっ!
掴みかかりそうな私達を尻目に、勇くんは相変わらずぼーっとした顔で、
「焼きそばは?」
んっ? ……焼き………そば? って……
―――はっ! 忘れてたっ!
それどころじゃない、とも言いたかったけれど、約束したし……。
仕方ない、この場は加藤さんに任せよう。
私は部屋を出て急いでキッチンに向かい、母真由美 “直伝” の焼きそばに取りかかった。
ご安心下さい、すぐに出来るから。
それだけがこの母の
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