第38羽

 


「「一体どういう関係なのっ!?」」とヤキモチ全開の女二人で問い詰めるも、空くんは「知り合いの女性で、以前お世話になったんだ」と言うだけ。


 勿論こちらはそれで納得する筈もなく、こんな時頼もしい加藤さんが追撃を開始する。


知り合いなの? 自宅に誘われてたよね?」


 そう、その辺りが気になります。

 両手を腰に当てて顔を突き出す加藤さん。 ウエスト細いなぁ……。


 まるで浮気を咎める彼女のように問い詰める加藤さん。 それでも空くんは悪びれた様子もなく、


「うん、そうだね」

「そ、そうだねって……」


 どっちの質問に対しての答えなのか、両方になのか、曖昧な返事に加藤さんが言葉を詰まらせている。


 もう私も我慢出来なくなって、


「ま、前に行ったことあるの? 年上っぽかったけど、まさか……一人暮らし……とか?」


 内容が内容だけに、私は恐る恐る尋ねた。 だってまた、「うん、そうだよ」なんて言われたら……それって……か、考えたくもない……。


 空くんは少し考え込んでから何故か嬉しそうに、目を輝かせて言った。


「女の子の話を簡単に周りにしちゃいけない。 だよね、愛里ちゃん」

「え―――そ、それはそうだけど……っ!」


 予想外の切り返しに面を喰らう加藤さん。

 それでも当然引き下がれる訳がない。 けど、こんな余計な時に空くん……



 ―――が、学習してる……。



「ふふ、これはテストだったんだね?」


 ドヤ顔で人差し指を立てる彼に、私達は思った。



(( 違うって……!!))



「ちょっと成長したかなっ?」



 くっ……もうホントにこの子は……



 ―――可愛い。



 昼の日差しを味方に付けた空くんは、その背に翼の幻覚すら見せてくる。


「……この私からクラス一の座を奪っただけあるわ、迂闊にも見とれてしまった……」


 加藤さんは良くわからない事を言っているけど、私と同じようにこの困った天使にやられているのは理解出来た。


 なんとか気持ちを立て直した彼女は、深呼吸をしてから、


「とにかく、これだけは教えて。 その女性ひととは恋人とかそういう関係じゃないのね?」


 そ、そうだよ、それは教えてもらわないと……っ!


 その返事に緊張する間もなく、空くんは当然のように即答した。



「うん、違うよ」



 ―――はっ………あぁぁぁ……。 良かっ……た。



 ほっと胸を撫で下ろす。


 加藤さんもきっと同じ気持ちだろう。「……わかった」と言ってとりあえずは納得したみたい。


 でも、私もそうだと思うけれど、加藤さん、ちょっと疲れた顔をしてる。 苦労しますね、お互い。 なんて思っていると空くんが、


「僕に恋人はまだまだ早いと思うしね。 勉強不足で傷つけちゃうかも知れないから」


 う……うん。 でもそれは、安心もするけど、ちょっと困っちゃう発言……かも。


 私がなんとも複雑な気持ちになっていると加藤さんが、


「そ、そんなことはないんじゃない? 愛里なら優しく一から……」

「加藤さん、調理に戻るよ」


 ちゃっかり抜け駆けしようとするライバルの腕を掴みキッチンに連行する。


 まったく油断も隙も無い!

 大体空くんとは教えるんじゃなくて、二人で……その、お互い成長しながら、あ、あ、愛的な? ものを育んでいくんだから……。




 それから数十分後――――




「でっきたよー!」


 跳ねるような明るい声で加藤さんが二人を呼ぶと、リビングのソファ側から「あ、はーい」と空くんの返事が聞こえる。


 ……私も言いたかったな。


 いつか、将来は言おう。

 そう心に刻んでいると、空くんと常盤くんがやって来て、


「すごい、美味しそうだね」


 空くんは大きな瞳をきらきらさせている。

 お、お口に合うといいんだけど……。


「ホントだ、クラスメイトの女の子が作ってくれたと思うと何倍も価値が上がるなぁ」


 ……常盤くんのコメントはちょっとアレだから流そう。


「ふっふっふ、私は油淋鶏を作りました。 中華風の唐揚げだよっ。 食欲旺盛な高校生にはたまらないでしょ? あとはしじみのお味噌汁でーす」


 エプロン姿の可愛い女の子にお料理の説明をされて、「「おお〜」」と二人は感嘆の呻きを上げている。


 そうもなりますよね、わかってますよ。


「じゃあこっちが真尋ちゃんだね」

「うん。 豚バラと大根の煮物と、エビとブロッコリーの卵サラダ……です」


 私が自信なさ気に言うと、空くんは感心したような顔で、


「いいね、こういう家庭的な料理。 煮物は好物なんだ」

「ほ、ホントっ?!」


 そんな風に言ってくれるなんて……! 嬉しくてつい声が裏返っちゃったよ。


「うん」

「はぁ、良かったぁ」


 私達の様子を見てか、空くんの女子教育担当の加藤さん《先生》が、怒りと共に低い声色で彼に近寄る。


「……空くん、まだまだ教育不足のようね……」


 ふわっと巻いた彼女の髪が熱気に揺らいだ気がする。 だけど、お叱りが始まる寸前、


「見てたけど、愛里ちゃん手際が良いね。 初めてうちのキッチンに居るのに、なんだか前にも見たような気になっちゃったよ」


「えっ」


 その言葉にご立腹だったスパルタ教師は顔を赤くして、


……。 未来が、見えたのかな…… 」



 あえなく返り討ちに遭い、もじもじと可愛い女の子に早変わり。



 もうでもでもいいけど、そんな未来は認められませんからね。


「冷めちゃうといけないからもう食べましょ」


 今度は私が嫌な場面を断ち切り食事を促すと、空くんがそれに頷き、


「そうだね、じゃあ勇を起こしてくる」


 ………イサ……ム? はて……




 ―――ああっ!! わ、忘れてた……。




「一番の功労者が来ないとね」

「そうだ、勇くん。 ここまでまったく居ない事に気づかなかった……」


 加藤さんもすっかり忘れてたみたいだね。 わかるよ、色々あったもん。


「勇くん、ずっと寝てたんだね。 どこにいるの?」


 常盤くんが苦笑いで訊くと、空くんは呆れた様子で答える。


「ジョギングの後来てね、ずっと僕の部屋で寝てるんだ」

「そう、じゃあ俺が起こしてくるよ」


 そう常盤くんが言い、動き出した瞬間……




「「――私が行くっ!」」




 力強く志願したのは私………だけじゃなかった。



 常盤くんが「ひっ……」と怯える中、私と加藤さんはお互いに譲れない視線を送り、現実に見えるんじゃないかと思う程火花を散らしていた。


「そ、そう? じゃあお願いしようかな? 玄関途中の右側のドアだから」


 中々動じない空くんも気押されしているみたい。 ごめんね、でもここは譲れないの。

 だって空くんのお部屋に入れるチャンスなんだもん!


「「わかった!」」


 またも声を合わせて返事をする私達は、我先にと勇んで駆け出す。


「走らなくても……」

「勇くん、びっくりしちゃうんじゃないかな」


 二人の声も恋する乙女には届かず、私と加藤さんはドアの前に着き佇む。


 二人でドアノブを見つめて、加藤さんがそれに手をかけた時、その手の上から私は自分の手を重ねた。


 彼女は流し目で私を見上げ、悪戯っぽい顔で言う。


「二人で行くことはないんじゃないかなぁ」


 あのね、ここで引くと思ってるの?


「私にはその権利があるもん」

「私、?」


 そうだよ、だって……そうでしょ?


「私は、本気だって言った」

「私は違うって?」


 そう……じゃないけど。


 まだ聞いてないし、ちょ、ちょっとだけ噂も気になる、から……。


「……どうなの?」


 そう訊くと、真剣な表情で彼女は答えた。


「好きだよ。 まだ……」


 そして、俯き頬を染めて、



「……言えてない、けど……」



 彼女のイメージと似つかわしくない、弱々しい声で呟く。


 その台詞に、私は感じたままを言葉にする。


「加藤さんて、そういうの簡単に言えると思ってた」


 ちょっと失礼だとは思うけれど、そういうキャラを演じていた節もあるし。 人前であんなにベタベタしたりするんだもん、想いを伝えるなんて簡単そうに見える。


 その小悪魔が私をまた見上げて、


「そんな事空くんに言えない……! ……だって……」


 重ねた手から伝わってくる……怯える女の子の震えが。


 その女の子は、泣き出しそうな瞳で私を見て、





「フラれるの……怖いもん……」




 ………なるほど。



 噂は、あくまで噂。



 今私が見ている女の子は、私と同じか弱い恋する乙女。



 そして、




 ――――私と同じヒトに焦がれている。



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