第32羽

 


 今朝『天使と小悪魔腕組み登校事件』による加藤さんvs別府さんの全面戦争が勃発したものの、その後は大きないざこざは無く、私は無事家路についていた。

 そしてその途中、電車の中で携帯にメッセージが送られて来たことに気付き見てみると……


 ―――と、常盤くんだ。


 きっと 『空くん自宅訪問ツアー』の合格発表に違いない。 うぅ、メッセージを開くのが怖い……。 頑張れ真尋、勇気を持ってメッセージを開くのよ。 そう自分を奮い立たせ、目を瞑って画面をタッチし、恐る恐る目を開くと……



『来ても大丈夫だって、良かったね』



 その文を読んだ時、書いてある言葉が頭の中で声となって復唱されていた。 そして、



  “サクラサク” ……。



 まさに私の胸にいっぱいの桜が満開になった気分。 ああ、ちょっと前に入学式をしたばかりなのに、桜は年に2回も咲くのね。


 ありがとう常盤くん、キミのお陰だよぉ。………でも、よく考えたらこんな事して加藤さん大丈夫だったのかな? 常盤くん、文句とか言われてるんじゃ……。


『うん、ありがとう。 でも加藤さん怒ってなかった?』


 私が返事を送ると、


『それが怖かったんだけどね、意外とすんなり受け入れてくれたよ』


 本当意外。 でも、やっぱり怖かったんだね常盤くん。 我が身の危険も省みず私に手を差し伸べるなんて、なんて勇敢な……常盤くん、キミは小さな勇者だよ。 いつかきっと恩返しするからねっ。


 それから家に着くまで、私は得意?の妄想で当日のシミュレーションをしていると……



 ――――ダメだ、どうやっても引き立て役にしかならない………。



 何度トライしてみても可愛らしいエプロンを身に付けた加藤さん《美少女》が台所で輝き、「ごめんね水崎さん、そこのお皿取ってくれる?」と言って、頭上のお皿を取ってあげる長身の私がいる。 殆ど彼氏役だよこれじゃ。


 浮かれていた……そういう事か、加藤さんが私をすんなり受け入れた理由は。 彼女にとって私なんか眼中にないと思っていたけれど、どうやら……



 ――― “危険因子” は徹底的に潰す。



 それが彼女のやり方らしい。 この機にスペックの差を見せつけて、私に空くんを諦めさせるつもりなのか……。


 恐ろしい……まるで武闘派の闇の組織みたい。 こんな危険な組織を相手にたった一人で、どう立ち向かったらいいの?(向こうも一人だけど)


 ん? また常盤くんからだ。



『加藤さんちょっと苦手なんだよね、だから水崎さんが来てくれて助かったよ。



 そうか……そうだったんだね。

 私は一人じゃない、常盤くん、当日はお互い支え合っていこうね。



 ――それに、水崎さんが来ることになって灰垣くんも喜んでたよ』


「――っ!」



 ………ふ、ふふ……。


 だ、ダメよ真尋、ニヤついたりしたら、周りの人に変な女だと思われちゃう。 あ、また駅通り過ぎちゃった、まぁいいか。 私のこの想いと一緒で電車も止まらないのね、何言ってるの私、大丈夫?


 でも、私の事で空くんが喜んでくれたなんて、弱気になってる場合じゃないもんねっ。 期待に応えられるように頑張らなきゃ。





 家に着いた私は鞄も置かないまま、リビングでくつろぐお母さんに向かって行った。


「おかえりなさい」

……」


「……これは、最近心配な時の真尋ね」


 決意に満ちた娘の顔に不安……というか、呆れた表情をしている感じの母真由美。


「私に、お料理を伝授して頂きたい」


「………こんな日が、来るなんてね」


 噛みしめるような顔で目を瞑った母。 こ、これはまさか、一子相伝のとっておきレシピがあるのでは………。


「わかっていたわ、真尋が心に想っている相手がいる事は」

「お母さん……」


「男の心を掴むには胃袋を掴め、なんてよく言われる言葉だけど、まんざら間違ってはいないからね」

「そ、そうなのよ、今まさにその―――」

「だけどねっ!」


 な、なに? そのキメ顔は……


「真尋、あなたは母を間違えた」

「どういう、こと?」

「簡単な事よ、あなたの母にはね……」


 お母さん、なにを言おうとしてるの? まさか私には受け継ぐ資格が無いとでも……



「あなたに教えるような技術はないのよっ!!」



 ―――なっ……!



「……にを偉そうに言ってんのよっ!」


「だーって本当なんだもの。 お父さんは昔からせっかちで、手の込んだ物なんか作ったら “まだかよっ!” って文句言われるんだから。 つまりね、そのせいで母は早くて美味しい物に特化しているという事なのよ」


「べ、別に美味しいならそれでいいじゃない……」


「そうね、でもお母さんが見たところ……真尋が求めている料理は――― “男を堕とす料理” じゃないの?」



 ――――はっ! そ、そうだった……。



「それどころか、恋敵との料理対決と言っても過言じゃない……」


「やっぱりね。 それをこの母に頼ろうなんて気が知れないわ」



 秘伝のレシピどころか、教える事が無いとは………。



「出直して来るのねっ!」

「二度と来るか!!」



 ……ダメだこの母は。 でも、そうだよね。 お父さんは待たされて凝った料理を出されるより、素早く焼きそば出された方が喜ぶタイプだわ。



 お母さんを諦めた私は自分の部屋に入って荷物を置き、作戦を練る事にした。

 これはやはり独学で行くしかないか。 料理のレシピなんてネットでいくらでも見つかるしね。


 そう考えて携帯を見ると、常盤くんからグループメッセージへの招待が来ていた。


 それに参加してみると、常盤くんと空くん、あと加藤さんと勇くんが参加していて、私を含めて5人のグループ。 つまり、今度の食事会メンバーの連絡板だ。


 その第一声は意外にも、私と同じ今回の件と無関係な常盤くんだった。



『勇くんはクラスが違う為、連絡が取りやすいようにグループを作りました。 ついでに呼ばれたのに恐縮ですが、役に立てばと思いまして』



 常盤くん……



 ――― “やらされた” のね。



 悪の組織加藤さんの圧力をひしひしと感じる……負けないで常盤くん、私は味方だから。


『大勢の方が楽しいし、ついでなんていないから気にしないでいこうねっ』


 ああ、そう言ってもらえると……―――っ?!

 てっきり空くんのメッセージだと思った私は、その発言主のアイコンを見て戦慄した。 この場を和ませるようなそのメッセージを送って来たのは……なんと組織のボスである加藤さん、その人だったのだ。


 あくまでも予測ではあるけれど、常盤くんにグループを立ち上げさせ、 “おまけ” でありながら率先して動いた彼を寛容に受け入れ自分の懐の深さをアピールした、という事か。 当然このグループを立ち上げさせたのも思惑がある筈……。


 この僅かなやり取りだけで私に恐怖を植え付けるとは………敵は相当な策士、戦いはもう始まっているのねっ!


 このメッセージのやり取りで当日の内容が決まるんだ。 ドキドキする……私も勇気を持って “会議” に参加しなくっちゃ!


 よしっ、




『お邪魔します』




 ……なんか、違うような………。



 入り方、間違ったかな………。



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