第31羽

 


 ――――悪夢……。


 それは、予想もしていなかった早朝から起こった。


 今日も早くから教室に入り、私は空くんとの “朝の挨拶” というささやかな幸せを待ち焦がれていた。


 なのに、


 その当たり前の日常を叩き壊し、踏みにじり、その上でころころ転がるような悪辣な所業、それを行った人物がいた、それは………




 ――――加藤愛里ッ……っ!!




 クラスの……いいえ、他クラス、上級生、きっと登校途中には他の学校の男子ですらその姿に目を奪われる美少女。 そんな危険な彼女と事もあろうに天使が………




 ――――“腕を組んで” 登校して来たのッ!!




 教室に入って来た瞬間その光景を見た時、はっきり言って白髪になるかと思った……。



 ナンナノ………一体何があったのよぉぉ……。



「か、加藤さん、ちょっと離れようよ」

「やぁだぁ、それにね、ちゃんと “愛里” って呼んで欲しいな、空くんっ」



 ―――し、 “進化” してる……2人は名字で呼び合っていた筈なのに………。



「お、おはよう真尋ちゃん」


「………オハヨウソラクン、コレハ、ナニゴト?」



 ちゃんと説明してください。 イチャつきながら登校して来たのならもう噂はかなりの広がりだよ、今もこの教室では騒めきが止まらない。

 空くん、いや加藤さん。 ここまでされたら私だってさすがに黙ってないからね……。


「僕にもちょっと、わからないんだよね」


 ――そんな訳ないでしょ、何もなくてなりますかっ! ……離れろ、とにかく離れなさい!


「もうっ、そーくんったら」



 ?! さっきは空くんて言ってましたけどっ?!



「寝込みを襲っておいてわからないなんて……」

「なっ?! そ、空くんっ!?」

「お、襲ったりしてないよ」


 本当でしょうね……でもそうか、大体寝込みなんて襲う状況ある訳ないもんね。 加藤さんったらデタラメなこと言って……!


「泣き顔すら隠させてくれないんだもん……」

「泣かしたっ?!」


 ……いや、空くんが女の子を泣かせるような事する筈ない。 そんなのわかってるんだから、もう下手な嘘吐いても無駄よ。


「まぁ、そうなるのかな……」

「――ええっ?!」



 嘘、そんなことって………。



「泣いても許してくれない、言うこと聞けって言うんだもん。 そんな “ドS” な空くんには、もう愛里……」



 ど、ドS……空くんが……?





、するしかないの………」





 腕を組んだまま、うっとりとした顔で空くんの肩に頬を乗せる加藤さん。 これはまさに……




 ―――― “地獄絵図” …………。




 き、キム……キムは何してるの?!

 いくら加藤さんから撤退宣言したからって、こんなの見せられたら……



「あー風邪引かねーかな〜……」



 ―――なんかフワフワしてるっ?!



 も、もういいっ! こうなったら私が………





「朝から鬱陶しいんだよ色ボケ共」





 こ、この鋭い声は………



「あ、おはよう海弥」

「小ヤンキーが来た、怖いよ……」



 ちぃ? いちいち呼び方が安定しないわね、空くんの後ろに隠れる仕草もなんだかムカムカするし……!



「空、お前みたいな恥知らずはもうウチの妹に近づくな、悪影響だ」

「ええっ?」

「空くん、お姉さんがこう言ってる事だし、近づくのはやめよう?」



 ……加藤さんて、すごいね。 こんな状況でも邪魔者をちゃっかり排除しようとしてる。



「それは困る、みくるちゃんと縁を切るつもりはないよ」


「それはお前が決める事か? 相変わらず自分勝手な奴だな」

「そこがいいの」

「やましいバカギャル!」


 ああ、まさかの空くんvs別府さんに………。

 てか本当に早朝から何やってんのこのクラスは。


「海弥の言う事はもっともだよ。 愛里ちゃん、僕達は友達なんだし、あんまりくっつくのは誤解されるよ?」


「………はい」


(それが狙いなんだけど……)



 ―――“友達” 。



 よ、良かったぁ。 空くんに限って付き合ったりしてないって信じてたけど、ちょっと心配しちゃったよ。


「ごめん海弥、機嫌直してよ」

「べ、別にあたしは怒ってなんかない!」


 別府さん、それはちょっと苦しいよ。


「ツンデレヤンキー、今時古いのよ」

「ああッ!?」


 あ、完全に怒った。




 その後なんとか空くんと私で2人を引き離して場は収まったけど、朝からどっと疲れました。


 加藤さんも余計なこと言わなきゃいいのに………ていうかなんで私は宥め役なのっ? まるで脇役だよ……。



 まぁ、なんにも言えなかった自分も悪いけどさ。





 ◆





 その日、休み時間に廊下を歩いていると、早速嫌な噂話が耳に入ってくる。



「C組の加藤ってなんかちっこいのと付き合ってるらしいぜ」

「マジか、加藤いいよなー俺も付き合いたいわ」

「でもすぐ別れんじゃねーの? 加藤ってかなりの悪女だって噂もあるし」



 ……効果抜群、彼女の作戦通りって訳だ、悪評もあるみたいだけどね。


 加藤さん目立つからな。 私もある意味目立つけど、可愛い目立ち方じゃないんで……。


「はぁ……」

「溜息吐いちゃって、大丈夫?」


「え……ああ、常盤くんか」


 トラブル発生時は姿を見せない常盤くん。 朝も遠くにいたんだろうね。


「灰垣くんはモテるよね」

「そ、そうね」

加藤さんをいつの間にあんな風にしちゃったのかな?」


 こっちが訊きたいよ。


「今度加藤さん、灰垣くんの家に行くんだよ」


「え……」



 そんな……私は行きたいって言っても断られたのに……加藤さんはいいの?



 うっ……どうしよう、泣きそう………。



「なんか助けてもらったお礼なんだって、灰垣くんと勇くんにご飯作るみたい」


「あ、勇くんも?」

「うん」


 なんだ、良かった。 私が断られたのはだからだもんね。 わ、私が、その、か、可愛いから、緊張するって………お世辞なのはわかってるけど。


 でも、加藤さんが空くんのお家に行くのは変わらない訳だし、彼女のことだから「そーくんのお部屋みたいな」とか図々しい事言いそう。 それで卒業アルバムとか見て、なんか見つめ合って………空くんと………。



「水崎さん?」

「ああ、うん。 なんでもない、この世の終わりだね……」


「それ、なんでもないの?」

「気にしないで、ホントに」


 想像したら絶望したよ、考えないようにしないと。


「それでさ、何故か俺もお呼ばれしちゃったんだよね」

「へぇ、そうなんだ」


 喉から両手が出ちゃうポジションにいるね、キミ。


「水崎さんも誘っていいか灰垣くんに聞いてみようか?」



「―――は?」



「ほら、加藤さんも一人じゃ大変だし、水崎さん料理得意みたいだよって言ってさ」


「と、常盤くん………」



 キミは――――神?



 なんていい人なの、特にお料理得意って訳でもないけど、当日まで猛練習するね! 包丁と一体化するぐらい頑張るからっ!


「それじゃ、決まったら教えるから」


「う、うん。 ありがとう……」



 やった、私も空くんのお家に行けるかも! もしかしたらお父様にも会えるかな? き、緊張する……変な娘だと思われないようにしなくちゃねっ。



 あたらしいエプロン買おうかなぁ、ふふふ。


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