第27羽

 


 怖かったよ灰垣くんっ!……ていう顔しなきゃね。 あの妹さんには悪いけど、か弱い女の子のピンチじゃ仕方ないでしょ? 灰垣くんもごめんなさい、これはまた謝罪会見になっちゃうかな?



「は、灰垣くんっ……来てくれ―――」




 …………は?




「なぁ、あんた加藤って人?」


「そうだけど………誰?」



 何このとぼけたヤツ。 同じ1年みたいだけどウチのクラスじゃないし、本当、アンタ誰?



「じゃあ、あんた木村?」

「なんだてめぇは?」


「俺はあれ、なんだっけ? 『代打』?」


「なにわけわかんねぇ事言ってんだ? こっちは取り込んでんだ、どっか行けよ」



 代打?って……まさか、このぼけーっとしたの……。




「………もしかして、灰垣くんの友達?」




「あ、そう、それ」


「はぁ?! 加藤お前、まさか灰垣呼んでたのかっ?!」




 ………うるさい、黙れ木村。 これは流石に――――ムカつくわ。




 あんなメッセージ送って『代役』飛ばされるなんて………バカにしてんの?



「別に、呼んでないし」



 こんなコケにされたのは初めてだわ、一瞬背中に寒気が走った。 なんて恥ずかしくて言えるかって、代わりを出された安い女だって思われるだけじゃん。


 ていうか、なんなの……!


 私に興味のない振りしてるヤツなんて、ただ私を “諦めている ” だけ、こっちからちょっと近寄れば簡単に勘違いして期待する。 そんなのばっかりだった筈なのに、灰垣アイツ………



 ―――本気で興味ないわ。



 ………はは、ここまでくると笑えてくる。 これ、ちょっと根底から考え直さないとダメじゃない? てかやり方わかんないだけど、初体験だわ。


 なんか……木村なんて鬱陶しいけど、逆に応援したくなってきた。 このとぼけた友達代打、やっつけてくんないかな……。





 ◆





「……どうしたの? 空くん」


 強張った表情の空くんに恐る恐る訊ねると、心配そうな私に気付いたのか表情を緩めて、


「ごめん、ちょっと学校に忘れ物をしたから、また明日ね。 勇は先に―――あっ!」


 勇くんは顔に似合わず素早い手つきで空くんの携帯を奪い取り、恐らくさっき空くんが見ていただろうメッセージを読んでいる。


「こらっ、返せ勇!」


「………ふーん」


 奪い返そうとする空くんから逃れるように腕を上げる勇くん。 空くんはぴょんぴょんと飛び上がって手を伸ばすけれど、勇くんは涼しい顔でそれをあしらい、とても手は届きそうにない。


 そんな空くんを愛らしく感じるのはちょっと悪い気がするけど、ごめんね、やっぱり可愛いです。


「はい」


 メッセージの内容を読み終えた勇くんが携帯を返すと、空くんは「まったく、勝手に見るなよっ」と言ってむくれた顔をしている。

 なんだか勇くんと居る時の空くんって、すごく自然な感じがする。 ちょっと羨ましいな。


「身長差を利用したオーソドックスないじめだよね、わかるよその悔しさ」


 腕組みをしてうんうんと頷く常盤くん。 別に勇くんはいじめなんてつもりじゃないと思うけど……。


「俺が行く」


「何言ってんだ、僕の問題だぞ」


 勇くんの言葉に顔を顰める空くん。 “問題” ってことは、やっぱり忘れ物なんかじゃないんだ。 何があったんだろう。


「みくるのねーちゃん怖えぞ」


「知ってるよ、だから勇だけでも先に行ってて欲しいんだ」


「みくるは空に会いたがってる、待たせんのか?」


「そ、それは……」


 また? 前に何かあったのかな、勇くんはそれを知ってるんだ。 ていうか、二人共別府さんが怖いって……確かに怖いけど………。


「みくるが悲しむだろ、それに、こっちの方が面白そう」

「それが本音だろ」


「まぁ、でも最初のも本音だから」


 事情がよく分からないけれど、二人共みくるちゃんが大事なんだね。


「だからってこんな事人任せに……――あっ、い、勇?!」


 考え込む空くんを置き去りに、「行ってくる」と言い捨てて勇くんは走って行った。


「ぜ、絶対怪我させるなよっ!」


 その背中に叫ぶ空くん。 言葉の内容から穏やかじゃない事態なのは理解出来たけれど、心配しているのは寧ろその “相手 ” の方みたい。


 大丈夫なのかな? 勇くん………。





 ◆




「女に乱暴は良くない、カッコ悪いぞ」


 なんか、変なヤツ。 緊張感のまるで無い顔してるし、どっかネジ飛んでるって感じ。


「ああ? 関係ねぇだろ、なんなんだよおめぇはっ!」


「そう言われてもなぁ、だってほら、加藤だっけ? 嫌がってる………嫌がってるよな?」



 ………まぁ、正直アンタら嫌だけどね。



「そうね」

「ほら」


「……お前、舐めてんのか?」



 木村が代役の胸ぐらを掴む。 そいつは特に怯えた様子も無く、飄々とした顔で話し出した。



「こういうのいいから、とりあえず一発殴れって」


「あ?」



 何なのコイツ、マゾ? 灰垣くん《あのコ》も変わった友達持ってるねー。



「ほら、先にやられた感じが欲しいわけ」

「てめぇ……」

「顔な、ほら、早く」



 ………完全に舐められてるね、木村。 見てて情けなくなってきたよ。



「このイカレ野郎ッ!」




 ―――わっ……!




 ………痛ったそー、流石に木村もここまでバカにされると殴るのね。 あの友達くん、しっかりやられちゃったけど大丈夫なのかな?




「………これ、アザになる?」

「なっ!?」


「ちょっと受け流し過ぎた、微妙だよな」



 ―――は? まるで何にも無かったみたいに木村に話しかけてる。 鈍感そうだから痛み感じないんじゃないのコイツ。



「お前さ、もうちょっとこう、なんていうか、ガッと来ないと」

「はぁ? お前何言ってんだ? 気持ちわりぃからもう帰れよっ!」



 何言ってるかわかんないし、なんか身振り手振りで木村に何か教えようとしてるみたい。


 ホントもう……帰れば?



「だから、わかんねぇかな、こうじゃなくてほら………っ!」



「―――ぶッ………ぉ……」



「きゃあッ!!」





「あ………やべ…………」





 ちょっと……なんかヤバイ倒れ方したよ? 良く見えなかったけど、急に全身の力が抜けて崩れ落ちたみたいな………。




 木村………死んだ?




「なぁ」

「はっ、はい?」



「これ……保健室?」



「………救急車、じゃない?」



 だって、ピクリともしないよ?



「そりゃないって、軽くだし。 ちょっと付き合ってよ、やったんじゃないの、見たよな?」



「まぁ……」



 なんで私が………てか私が原因だけど。




 私の思いつきは見事に失敗に終わり、代役が気絶した木村を仕留めた獲物のように肩に背負って、三人で保健室に向かった。



 一体どうなってんのよ、こんなに思い通りにいかないなんて初めて。


 灰垣くん《あのコ》みたいなのも初体験なら、友達も今まで見たことない変わり種だわ……。



 今回のお遊びはちょっと、手強いかも…………。

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