第21羽
「……っぷはぁ! やっぱり女同士、気を遣わないでいいお酒は美味しいわ」
「そうね」
今日は久しぶりに大学時代の友人とお酒を飲んでいる。 明日は仕事も休みだし、偶にはこういうのもね。 話したい事も、なくは無いし。
「で、なになに? 何か話があるから呼んだんでしょ? 朋世から誘ってくれるなんて珍しいからせっかくそっちの近所まで来たんだよ? 聞かせてよっ」
「まぁ、そんな大した事じゃないけど」
「もったいぶってぇ、ついに男でも出来た?」
「え……」
「え……って………嘘、マジで? と、朋世に?!」
……そんなに驚く? まぁ、ずっと居なかったからね、ていうか今も居ないけれど………。
「出来てない、けど」
「けど?」
「好きな人は………出来た」
「おおっ!?」
ちょっと、ううん。 大分年下だけど………ね。
◆
「うーん……こういう底の深い寸胴はパスタの時欲しいんだけど、ちょっと場所を取るしなぁ」
調理器具を手に取って真剣に悩んでいる空くん。 なんだか可愛い……でも、やっぱりそうなんだ。
多分、彼は母親がいない。 だからあの時、あんな寝言を言っていたのね。
「朋世さんはお料理する方ですか?」
「今はそんなにしないわね。 一人だし、簡単に済ませてしまうから」
「そうなんですね」
「ええ」
誰か居れば、すると思うけれど……ね。
「あっ、このお皿はいいな、値段も手頃だし」
私達は、どう見えているのだろう。 親子……は流石に……。 姉弟かな? 恋人には、ちょっとね……。
「どう思います? 朋世さん」
「えっ……そうね、良いと思うわ」
「ですよねっ。 よし、これは決まり」
私は大して気の利いたことも言えないし、空くんつまらない……よね。 そんな考えがつい頭をよぎり、不安になる。
それから色々と見て回って、相変わらず私は同じような返事しか出来なかったけれど、彼はその度に楽しそうにしてくれていた。
私も楽しかった。
そう見えているといいけれど。
百貨店を出て駅に着くと、偶然にも幸せな時間となった私の休日が終わろうとする。 こんな事、もうないだろうな。
「今日はありがとうございました」
「いいわ。 どうせ暇だったから」
―――嘘を吐いた。
暇だったから一緒に居たんじゃない。 一緒に居たかったから、同じ時間を過ごしたかったから。
「それじゃ朋世さん」
「ええ」
また――――一人………か。
慣れてるけど、前より辛いな。
今が、こんなにも幸せだから。
「連絡先教えてください」
「――は?」
思いもよらない彼の言葉に、私は呆気に取られていた。 そして、
「……なんで」
と、言わなくていい台詞を零してしまった。
なんで…… “なんで” なんて言うの……!
素直に “はい” って言いなさいよ……っ!
ああもう、気が動転しているのね。 ……無理もないか、今日はこんな事ばかりだったから。
バカな私の余計な一言、それでも空くんは、
「朋世さんには甘えん坊がバレてますからね、寂しい時に甘えようかと」
「………仕方ないわね」
偉そうに、なにが “仕方ない” よ。 言ってて恥ずかしくないの?
「あっ、あとこれ」
彼は買い物袋から小分けにされた紙袋を取り出し、私に差し出してきた。
「……なに? これ」
「今日付き合ってもらったお礼です」
「そんなの……」
受け取れない、そう私に言わせる間も無く、彼はその紙袋を押し付けて「仲直りしてくださいね」と言って、駅の中に消えていった。
「…………」
残された私は暫く茫然としていたが、次第に気を持ち直し、この勝手に “デート” にしたデートが終わったのを認識する。
それでも携帯に登録された彼の連絡先を思い出し、一人になっても暖かい気持ちが残って、寂しさは致命傷にはならなかった。
私から連絡する勇気は無いけれど……。
自宅に着くと、最後に空くんの言った言葉の意味を考えながら紙袋を開ける。
「……なるほどね」
その中身を見て、やっと私は空くんの言葉の意味を理解した。
取り出したのは黒とグレー、ペアのマグカップ。
どうやら彼は、私が恋人と喧嘩でもしたと思ったのだろう。 ……そんな相手居ないのに。
だから……か。 私が空くんに抱きついたのも、傷ついて不安定になっていると思って、それで心配して最後に連絡先をくれたのか。
まったく情けない……あんな年下に気を遣わせて。
自分が甘えん坊だからと言って、私に連絡先を受け取りやすくしてくれたんだね。
でも、誤解はされたくない。 彼には、空くんにだけは。
私から連絡をしなくちゃいけない事態になり、登録したての “想い人” にメッセージを打った。
『私に恋人はいないわ』
なんとも可愛気の無いメッセージ。
私はキッチンの棚にマグカップを二つ並べて飾った。 これを使う時を夢見て。
なにを少女みたいにと思われても、私の経験値なんて少女みたいなものだし。
開き直った私に返って来たメッセージは、
『……失礼しました。 てっきりそういう事かと……』
違います。 抱きついたのだって………。
部屋着に着替えて、いつもの休日が戻って来た頃、気付かなかった携帯のメッセージをふと開くと、
『意外でした、朋世さんキレイだから』
「………後悔するよ?」
その気にさせて……そんなこと言われなくてもこっちはとっくに、
――――その気なんだからね。
◆
「それで? どんな人なの?」
「どんな……」
色々話したいけれど、勤め先の生徒で、それも1年生なんて言えないし……。
「優しくて、可愛い……かな」
「可愛い? 年下? あんたまさか………」
「ち、違う……!」
違く、ないけど………。
“生徒” を連想する友人に慌てて否定するも、動揺は隠せなかったみたい。 少し前までは、簡単に隠せた筈なのに。
「まぁ、深くは追求しないけどさ。 確かに朋世変わったもんね、そんなに狼狽えてるあんた見たことないもん」
「…………」
良いことなんだろうけど……ね。
なんだか、恥ずかしい……。
やっと好きな人が出来て自分の話も出来ると思っていたら、やっぱり慣れない事はしない方がよかったかな……。
大体、彼氏が出来た訳でもない。 それなのに浮かれて友人を呼び出してしまったのを少し後悔していると――――
「あれ?……朋世?」
聞き覚えがあるような男性の声が聞こえた。
振り返ってみると、
「………西野……くん」
「ああ、やっぱり。 久しぶりだなっ」
何故か嬉しそうな顔をして私に話しかけてくる。
……なんで、なんで今西野くん《あなた》が………
――――私から
長い月日を経て、やっと開いた感情の扉が閉まる音がする気がした。
私の生活に色を付けてくれた、愛しい空くんの笑顔が、霞んで消えていく………。
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