第22羽

 


 何でこんな事になってしまったのか……。



 職場の上司と飲みに来ていた彼は、偶然私を見つけて声をかけて来たらしい。

 久し振りの再会に彼は懐かしさからか喜んでいるみたいだけれど、正直私は………



 ――――会いたくなかった。



「なんだ西野、知り合いか?」


「あ、はい。 高校時代の元カノっす」



 ………もう、最悪。



「えっ?! この人がそうなの?!」



 以前少し彼女に話した、私のたった一人の元彼。 その彼を前にして、友人は興奮気味に声を荒げる。



 その後は、もうどうにもならなかった。

 絶好の酒の肴とばかりに同席して飲み出し、私は苦痛の時間を強いられることになる。



 何でなんて簡単に言うんだろう。



 あの言い方、元々自分のものだったけど、から手放した。 そんな風に聞こえた。 実際、そうだったけれど………。


 私は友人に、元彼にフラれた理由を言っていないし、その理由で苦しんでいることも伝えていない。

 だから彼女から見れば、私がたった一人好きになった元彼と再会出来て喜んでいる、そう思っているのかも知れない。 だから私は、



 ―――ただ、耐えるしかなかった。



 私の心に大きな傷を残した失恋を笑い話のように話す彼。 「まだ若かったから」とか、「1ヶ月ぐらいしか付き合ってない」とか。




 ――――なんでこんな人、好きだったんだろう。




 心を痛めながら周りと会話を合わせる。

 出来るだけ話が膨らまないように、早く終わるように。 そうしていると、彼が私に―――



「なんだ、相変わらずつまらなそうにするな」



「…………」





 ――――もう、死んでしまいたい。





 最近、私の癖に良いことが多かったから、だからこんな事になったのかな。


 とおも年下の男の子に想いを寄せて、罰が当たったんだ。 空くん《彼》にも迷惑だし、彼に想いを寄せる同年代の女の子にも迷惑だ。




 ―――もう、やめよう……………。




 悔しいけど、きっとまた………元通りの私になる。


 もう、帰ろう。 とにかく帰りたい。



「私、帰るね」



 私がそう言うと、「そうだな。 先輩、もう帰りましょう」。


 彼は私の言葉を助け舟のように帰宅を促す。 きっと上司に付き合うのが嫌で、彼も帰りたかったんだろう。



 店を出ると、彼の上司と私の友人は余計な気を遣って先に帰って行った。 そんな気を遣って欲しそうに見えたのだろうか………違う、嫌だという表情がま・た・、無くなっていたんだ。



 それでも、一刻も早く過去と離れたかった私は、



「それじゃ」



 と言って帰ろうとした、のに………



「待って待って! お陰で早く終わった、助かったよ」


「そう」


「家近所なんだろ? ちょっと休ませてよ」




 ――――なんで、付き合ったんだっけ……。




「ちょっと休んだらすぐ帰るから、なっ? いいだろ?」




 ………そうだ。 こうやって必死に頼まれたから、無愛想に見えて押しに弱い私は、流されて付き合った。



 “ついていくタイプ” 、なんて良く言い過ぎね。 私はただ自分が無いだけ、だからこんな男に引っかかったんだ。



 彼ばかり悪く言えないわね、私が――――こ・ん・な・女・なんだから。






 何も変わらない、変われない私は、言われるまま彼を家に上げて、「勝手に休んで、勝手に帰って」と言って、色の無い世界に舞い戻った。



 そこからは予定調和のようにリビングの床に押し倒され、彼が私に覆い被さる。




 ――――やっぱり………こうなるのね。




 もう、どうでもいいか。

 別に、誰の為に守るでもないし……。




 思えばこの人に感情かおを奪われ、結局身体も奪われるのか。




 ある意味、この人は私の “運命の人” ね…………。




 唇も交わさずに私のシャツのボタンを外す彼、ファーストキスもしないでこのまま抱かれたら、本当に残念な女ね。



 こんな男とキスなんてしたくないから、丁度いいか。




 ………そうか、から、フラれたのかな?




 意思のない、ぼやけた私の視界の端に、僅かに色のあるが映った。





 ――――は………あれ……なんだっけ?




 あれは………







 ―――――あれは私の “願い” 、だ…………。






「……やだ………――――やめてッ!!!」





 力一杯、彼を突き飛ばして叫んだ。



 だって、から。





 私と空くんが使う、 “願い” が飾ってあるのが………!




「な、なんだよ………男いないって言ってたよな」



「帰って……」



 もう、消えてよ……過去あなた………。



「お前、まさかまだ……」



「帰ってッ!!」




 こんな男に負けたら、救ってくれた空くんに申し訳ない………。 ついさっき諦めた筈の空くんを、私は諦められなかったんだ。




「………わかった。 水だけ飲ませてくれよな、したら帰るよ」




 やっと、やっと消えてくれる………お願い、早くいなくなって………!





「――えっ……」


「あ? ちょっと借りるぞ?」




 彼が手に持っていたのは、キッチンの棚に飾ってあった黒いマグカップだった。




「だ、だめっ……は使わないでッ!!」




 私は急いで彼に駆け寄り、その手から私の大事な人が使う筈の物を取り返そうとした。



 その時、私の声と行動に驚いた彼の手からその “願い” が零れ落ち、絶望の音を私に耳に打ちつけた。





 ――――私の願いは、砕けてしまった。





 力無く膝をつき、目に映る光景を嘘だと自分に言い聞かせる。


 それでも、どんなに嫌でも、現実は私に絶望を少しずつ認識させていき、それを受け入れろと言ってくる。




「……ごめんなさい………空くん」




 もう、彼に謝ることしか出来なかった。


 私が勝手に想っているだけで、彼からしたらちょっとした “お礼” 。



「うっ……ぅ………」



 それでも、私には宝物だったから。




 それから、私は泣きながら謝り続けた。



 いつの間にか部屋には私一人。

 二つ並んでいたカップも一つになって、辛くて、悲しくて、寂しくて………声が、彼の声が………




 ――――聴きたい…………。




 私は、床にしゃがみ込んだまま、救いを求めた。



 携帯電話からは、私の大好きな声がして、泣き声しか出せない私に何度も声をかけてくれる。 でも、どう言っていいかわからなくて、私は―――



「………たすけて、ください………」




 自分の立場も、迷惑も、何も考えずに縋った。






「すぐ行くよ、待ってて」




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