第17羽
「海来留、ご飯出来たよ。 母さんもう少しかかるみたいだから、先に食べよう」
「うん、わかった」
いつも通りを装う海来留。
不貞腐れて食べてくれないかと思ったけれど、海来留らしいな。
本当は辛い癖に、下手くそに隠そうとして。 子供ながらにプライドってものがあるんだろうね。
―――今日、空は来なかった。 “約束” していたのに。
途中連絡を入れたけれど、アイツから返事はなし。
いつもの子供逹と一緒に遊んでいた海来留は、どこかそわそわしながらボールを蹴っていた。
日も暮れて、帰る時間が近づくと、「もうおそいから、かえろう」。 そう海来留の方から言ってきた。 そんな事、言ってきたことないのに。
そんな海来留の寂し気な笑顔を見ていると、あたしの方が泣きそうになってしまった。
―――やっぱり、信じたりするんじゃなかった。
信じてなんかいなかった、そうは言えない。 それなら海来留がこんなに悲しい思いをする前に防げた筈だから。 あたしが、信じたせいだ。
「ごちそうさまでした」
「………」
今日だって友達と走り回っていたのに、海来留の晩御飯は半分くらい残ったまま。 “まだ残ってるでしょ” 、とは言えなかった。 食欲が出ない原因の一つはあたしだから。
それから暫くして、海来留とお風呂に入ろうと思っていた時、玄関のドアが開く音がした。
残業で遅くなった母さんを迎えようと玄関に行くと、少し疲れた顔の母さんが立っていた。
「おかえり」
「ああ、ただいま海弥」
母さんはいつものようにあたしの名前を呼んだ後、
「コレに、ナンパされちった」
は? ナンパ?
――――ッ!!
「だれー?」
後ろから海来留の声がする、私は、
「母さんだよッ!!」
そう言って、急いでサンダルを履いて飛び出そうとした。
「海弥!」
「――っ!」
母さんの鋭い声に、身体が一瞬固まる。
「事情は大体聞いたけどね、相手に文句垂れんならきっちり吟味してからにしろよ」
「………」
返事はしなかった。 そのまま家を出て、ソイツの腕を掴んで引っ張って行く。
「ママ、おねーちゃんどこいったの?」
「うーん、お友達と遊びに行った」
「こんなじかんに? おねーちゃん、わるいコだね」
「ああ。 まったく………悪い子だよ」
マンションの裏まで連れて行って、ソイツを睨みつける。
どう罵っていいかわからないぐらい腹が立つ……だけなら簡単なのに、自分にも同じ感情が湧き上がって来たあたしは、どういう言葉から入れば良いかわからなくなった。
ソイツはあたしの視線から目を逸らさず、ただ受け止めていた。 そして、あたしを信じさせたその目を陰らせて、重たそうに口を開いた。
「こんな時間にごめん」
「……何しに来た」
「謝りに来た、自分勝手にも」
コイツ……いや、コイツだけじゃない。 男なんてみんなそうだ……!
「あたしが、お前なんか信じたから……」
「ごめん」
「海来留は、ずっと待ってたんだぞ………」
あんなに期待させて、裏切った……。
「何が “約束は守る” だ………お前も、一緒だ………」
大嫌いな
だから海来留には良く言って聞かせていたのに……男なんてこんなもんだ、信じちゃいけない………そう言って、傷つかないように、あたしみたいな嫌な思いをしないようにして来たのに……。
結局、海来留にもあたしと同じ思いをさせてしまった。
お前の……そして――――あたしのせいでっ……!
「約束なんてしても簡単に裏切る……知ってた、筈なのに……!」
「ごめん」
「信じさせるようなこと言うなッ! 迷惑なんだよ! 何にもしてくれなきゃこっちだって求めないのに、勝手に優しくして勝手に捨てるんだから! 結局、逃げるんだから………気安く手元に置こうとすんなよッ!!」
吐き出した。
息が切れる程。
裏切った空に、信じた自分に――――忘れられない “過去” に。
いくら強がっても、周りから距離を置いても、少し優しくされると “今度はきっと” ………なんて思ってしまうんだ。
欲しくないと言って、結局手を伸ばして欲しがる自分のあさましさに嫌気が差す。 そのせいで、大事な妹まで傷つけたんだから。
もういい、疲れた………。
「……帰れよ、じゃあな」
また、明日からいつもの自分に戻れば良い。 それだけのことなんだから。
なのに、コイツは……
「………離せ」
また手を伸ばして来る。 裏切った癖に。
「逃げないよ」
……………確かにね。
お前は逃げはしなかった、アイツみたいに。
でも、だからなんだ、やった事は大して変わらないじゃないか。
「……もういい、逃してくれよ、疲れるんだ……」
本当は………聞きたいんだ。 お前が来なかった “理由” を。
でも、それを聞いて、また少し信じようなんてバカな事を考える自分が怖い。
だから――――逃して。
「嫌だ」
「………なんで――――なんでそんな勝手な事言えるんだよッ! お前から、自分で手放したんだろ!」
手を、離してよ………空。
「逃げない。 謝って、やり直す」
「………相手を、傷つけても?」
お前を………空をこれ以上嫌いになりたくないんだよ?
―――お願い、解って………。
「何も、失いたくない」
「そんな――」
「自分勝手な気持ちで来た」
………なん、なんだよ………もう……………。
「そう、言ったよ」
「……お前は、何がしたいんだよ」
力が抜ける。 この自分勝手な馬鹿野郎に、いつの間にかこっちが許してくれと言っているようだ。
「みくるちゃんが好きだし、海弥が好きだ」
やっぱり…………バカだ。
「許してもらうまで謝って、二人には許してもらう」
―――脅迫だな、まるで……。
仕方ない、もうどうでもいい。 聞いてやるよ。
「来なかった理由は?」
「明日だと思ってた、ごめん」
………まあ、シンプルだこと。
こうなると、あんな誘い方したあたしも悪い。 確認も取れないような言い方しちゃったし。
「ちゃんと返事をすれば良かった。 そんな簡単な事で、悲しませなかったんだから。 ごめん」
「それは、あたしも………っていうか、聞きたい事が結構あるんだけど」
“あたしもごめん” はどうしても言えなかった。
あたしは、まだ逃げちゃうんだな……。
「家、帰ってないの?」
「え、うん」
制服のまま、だもんな。
「親父さんのご飯、大丈夫なの?」
「昨日泥酔して帰って来たから、今日は作ってあげないって言っといた」
………困った親父さんだな。
「どうやってウチが、っていうか、どうなって母さんと来たの?」
「あの公園の近所って言っていたから、色々探してたんだけど。 前から歩いて来た人がみくるちゃんに似てるって思って」
どうせあたしは似てないよ。 一人だけ目つき悪いからね。
「それで近寄ってみたら……」
「殴られた?」
「そ、そんな感じなんだ?」
母さんならやりかねないからな。
じゃあ、みくるに似ているだけで声をかけたのか? 大分危なっかしい奴だな。
「そんな確率の低い声のかけ方良く出来るな」
「自信はあったんだよ」
「……なんで?」
「海弥の匂いがしたから」
―――い、犬かこいつは………!
あ、あたしの匂いってなんだよ……そんなに近寄ったこと、ないよな……。
「空」
「なに?」
「………キモい」
「はははは、ひどいなぁ」
まったく、空と話していると強がっていた自分がバカらしくなる。
「あたしはもういいから、みくるに謝ってよ」
「ありがとう。 時間大丈夫?」
「時間よりも心配なのは、みくるもあたしの妹だ。 謝るのも楽じゃないよ」
どっちかというと母さん寄りだからな、あたしよりキツイかも……。
「大丈夫、僕諦め悪いから」
「確かにね」
「とは言っても人並みに傷つくから、その時はよろしく」
……どうよろしくするっていうんだよ。
ホント勝手な奴だな。
「わかったよ」
「…………」
な、なんだ? 急に真顔になって……。
あたし、まさか………
「あ、あたしだって偶には笑う―――」
―――ちょっと………まだ、傷ついてない………だろ…………。
な、何を甘えて――――
アレ……か? あの、つんつん頭が言ってた。
笑った………から? 笑うと、似てるの……かな?
この後、あたしはすぐに空を突き飛ばしてやったけど、 “あたしはあんたのお母さんじゃない” 、とは言わなかった。
感謝して欲しいね。
空は変わった奴だけど、逃げなかった。
絶対に許さない。 そう思っていたけれど、こんな諦めの悪い、脅迫までしてくる奴には敵わない。
―――あたしは、もう少し、逃げてみようと思う。
あたしがなりたいのは、 “お母さん” じゃないって気持ちに。
いつまで逃げ切れるかはわからないけどね。 だって、どうやったって…………
―――― “空” からは逃げられないでしょ?
なんてね、らしくないか…………。
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