第16羽

 


 図書室の前に着くと、ドアを開ける前に常盤くんが、


「音が鳴ると迷惑になるから、携帯の電源を切っておこう」


「うん、そうだね」


 私達に、というより空くんに話しかける。


 なるほどね、これは常盤くんなりの技だ。 加藤さんや私に言い辛くても、空くんになら言い易いもんね。

 そうすれば空くんは聞くだろうから、自然と加藤さんや私もそれに倣う訳です。


 常識と手段を持った良い少年じゃないか、常盤くんは。



「あっ、灰垣くん、じゃあその前に愛里も携帯教えてっ」


「えっ、うん。 いいよ」



 ………常盤くん? キミ、余計なきっかけを……。



「ありがとっ、だってみんな灰垣くんの携帯知ってるんでしょ? 愛里だけ知らなくて寂しかったんだよ?」



 ―――あ、あざとい……!



 う、うぅ……私の中の悪魔が………『じゃあその携帯真尋に貸してっ、空くんの連絡先消すから』と囁いている………!


 だ、ダメだよ真尋。 心を穢してしまったら、空くん《天使》の傍には居られないんだからねっ。




 図書室の中に入ると、今日は偶々なのか利用者は少なく、席の確保は問題なかった。



 ―――問題なのは、その席配置で……。



 ご想像通り……ここまでのフォーメーションをそのままに、テーブルに備えてある向かい合わせの4つの椅子には、 “空くん加藤さんペア” 、そして 向かいの椅子に私と常盤くんが座った。


 まぁ、わかっていた事とはいえ……辛い。


 また並んで座る二人がね、悲しいけどお似合いに見えてくるんだよ。 加藤さんだって空くんより背が高いけれど、ほんのちょっとだもん。 座ったらそんなに変わらないし。


 私は隣の常盤くんを見ると、やっぱり身長差を感じる……。 常盤くんは空くんとそんなに背が変わらない、てことは今隣が空くんでもこの差は感じるって事だもんね。



「灰垣くん、図書室では静かにしないといけないから、こっそりお話ししようね」


「うん、そうだね」




 ―――そ、そんな技があったとは………!




 声をひそめないといけないこの空間を逆に利用して、 “二人だけの秘密の会話” ですか……。


 ズルいよ加藤さん……そんなに可愛いなら技なんていらないじゃんっ。 ……私にください。



 それから其々に教科書を広げ、勉強を始めた。 こうなったらちゃんと勉強しよう……ねっ、加藤さん。 集中しましょう。 学生の本分に。



「ねぇ、灰垣くん」

「なに?」


 こら、言ってるそばから加藤さん《キミ》は。


「ここのさ」

「うん」


 ……やめて、近い、近いのよ……。

 小さな声で話さなきゃならないのはわかるけど、距離が近いのよぉぉ……。


 ご、拷問? 目の前でこんな光景を見せられて、お前は真面目に勉強してろと?


 こんなの、どんなに口の堅いスパイでも機密情報を吐き出すわ。……いや、私にスパイは向いてないだけか。 目立つし。



「そっかぁ、ありがとっ」

「いえいえ」



 答えが解ったなら離れんかいっ! あと………そのテーブルに胸乗せてるの、わざとですか?


 ――ん? 常盤くん……キミは、何を見ているのかな?



 勉強しなさいっ! ゴメンね私は胸乗せられなくて! 生憎背が高くて乗らないのよっ! テーブルと距離がありましてねっ!



 わ、私だって加藤さんぐらいは胸あるんだから…… “乗るか乗らないか” だけですっ。



 そ、空くんは加藤さんの胸なんか見てない、よね?


 私は、恐る恐る正面の空くんを窺うと……




 ―――えっ? 空くん、私を見てる……。




 でも、なんか視線がおかしいような?



「真尋ちゃん……」


「えっ、な、なに?」



 空くんが囁く声で私を呼ぶ。


 な、なになに? 私ともこそこそ話してくれるの?

 ほんのりと顔を赤らめて身を乗り出す空くん。 私と内緒話するの、照れてるのかな……



 ―――可愛い。 もうその顔はご褒美だよぉ……。



 そ、それでは、いただきます……。



 私も空くんに身を乗り出すと、私の耳元に空くんの体温を感じる。



 こ、れは……ちょっと飴が過ぎる……よ……。


 身体から、力が抜けちゃうって……。



「ボタン、外れてるよ」

「――えっ?」



 ―――う、うそっ?!



 慌ててブラウスを見てみると、確かに胸の頭頂部辺りのボタンが外れていた。



「ご、ごめんなさい」



 急いでボタンを付け直し、そのまま熱を持った顔を隠して俯く。


 だ、だから空くん、私を見てたのか……。 恥ずかしい……今日のブラは何色だっけ、それすら動揺して思い出せない。



「あざといなぁ、水崎さん」

「――ッ!」



 その声に顔を上げると、両手で頬杖をつく加藤さんが私をジトっとした目で見つめている。



「そ、そんなんじゃ……!」

「図書室ではお静かにぃ」


「………はい」



 うー……あざとい加藤さんにあざといなんて言われて、注意までされてしまった……。


 不覚すぎる……。



「真尋ちゃんはおもしろいね」


「………空くん」



 どういう意味でしょうか……どうせ私はピエロですよ、大きめの。


「ん?」


 何か強烈な視線を感じた私が隣に目をやると、細い目を見開いて私の胸を見ている思春期の男子が……。



「………常盤くん」


「あっ……べ、勉強勉強……」



 キミはさぁ、つまり誰でもいいんだね……。


 まったく、男ってのは……!

 ま、私が勝手に見せてたのが悪いんですが。



 それからは意外とみんな勉強に集中して、ちゃんとこの勉強会は意味のあるものになった。



 その帰り、私はやっと空くんと二人きりになれたけれど、無情にもその時間は短く、駅で別れる時があっという間にやって来た。



「今日は誘ってくれてありがとう」


 お見苦しいものを見せてしまいましたが……。


「こちらこそ、楽しかったよ」


 そう言って頂けると、ブラも喜びます。……そういう意味じゃないか。 で、何色だったっけ?


「今度は休みの日に誘ってもいいかな?」




「え……」




「風邪を引いた時色々してもらったのに、お礼も出来てないから」


「そ、そんなのは気にしないでいいから……!」



 なに言ってるの真尋! 素直にご好意に甘えなさいっ! せっかくデートに誘って―――で、 “デート” ………。



「そうはいきません。 ちゃんと考えてるから、決まったら都合の良い日聞くね」


「う、うん……」



 ―――“全部” です。



 私のカレンダーは全て “空” が広がっております。



 その後、電車に乗った私は夢見心地で、降りる筈の駅を通り過ぎていた。 いつもなら呆けた自分に嫌になるけれど、そんな事なんとも思わないくらい、私はふわふわとしていたから。




 ◆




(みんなで勉強も楽しいな。 さて、今日は何を作ろうか、勇は来ないし……あ、携帯、電源切ったままだった)






「――え……海弥………」




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