第7羽
私は、アイドルやアーティストとか、そういったものに熱心になった事がないから、これは人生初の試みだ。
ううん、もしかしたら、人類初かも知れない。
―――“天使の出待ち” は。
なんて、相変わらずバカな事を考えていると、待ち焦がれていた瞬間がやってきた。
保健室のドアが開き、お目当てのアイドル彼が出て来てくれた……!
出て来たらどうやって声をかけよう、なんてさっきまでは色々と考えていたのに、その姿を見た途端、考えるより先に身体が動いていた。
警備員のいない出待ちは、ファン私を止める者はいない。
「――え……わぁっ!」
「そ、空くん、ごめんなさい、驚かせちゃって」
し、失敗した……! こんな大っきいのが急に目の前に来たら、びっくりするよね……。
「ごめんね……まだ、具合悪いのに……」
そうだよ、私が勝手に心配してやっと会えたからって、こんな勢いよく現れて……。
空くんは私と早く会いたいなんて思ってないんだから、具合も悪いのに、迷惑……だよ。
バカみたい………。
「真尋ちゃん」
「………はい」
「差し入れ、ありがとう」
―――だめ……そんな顔、してくれると………反省できないよ………。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと……目がしゅぱしゅぱして……」
ハンカチを両目に当てて、溢れてくる涙あんちくしょうを隠す。
だって、急に泣かれたりしたら、それこそ迷惑だもん。
「……しゅぱしゅぱって……」
「すぐ、治るから、ゴメンね」
もう少し、あと少しお時間頂きたいです。 すぐ
そうしていると、真っ暗な視界の中で、空くんの声が聞こえた。
「……ぷっ、あははは……! 面白いなぁ、真尋ちゃんはっ」
ええっ? わ、私、なんかまた変な事言ったのかな?
もうっ、せっかく空くんがこんなに笑ってるのに、見えないよぉ……。
きっと、キラキラしてるんでしょ? 涙コイツめっ! 早く止まってよねっ!
「平気?」
「……うん、もう大丈夫。 じゃなくって、空くんの具合はどうなの?」
私の事なんかどうでもいいの、空くんの身体が心配なんだから。
「もう全然平気だよ、僕ね、回復は早いんだ」
「本当? 無理しちゃだめだよ?」
「わかってます、真尋ちゃん《セコンド》の言うことは聞かないとね」
セコンド? って……なんだっけ?
後で調べてみよう。
「帰ろっか」
「うん」
………て、簡単に返事しちゃったけど……。
帰るって、私と一緒に?! ふ、二人で?!
それって……絶対噂になっちゃうヤツじゃ……!
私なんかと、噂になっていいの?……あ、そっか、私じゃ噂にならないから………か。
ふっ、良いのか悪いのか、考えものだね……。
「真尋ちゃん? 帰らないの?」
「か、帰る……って――ああっ!」
「こ、今度はどうしたの?」
な、なんと言うミスを………!
「このハンカチ、使っちゃダメだったのに……!」
「………なんで?」
「――はっ! な、なんでもないです、帰りましょ」
「??」
くぅ……空くんの汗を拭いたハンカチに、私の余計な涙やつが。 空くんの “純度” が……。
でも、変に思われなくて良かった。
そう、私は変態じゃないんだから、 “保管” しようなんて本気じゃなかったよ?
………すいません、ちょっと思ってました。
これは、寧ろ救われたと思おう。 危ない世界に足を踏み入れる所だった……。
――初めて二人での下校。
うふふふ。 これは、水崎真尋的には “初の快挙” となります!
外に出ると雨も止んでいて、まるで私達を祝福しているかのようだ。 やだ、 “私達” だなんて……。
「雨、止んでて良かったね」
「うんっ」
あっ、そうそう、浮かれてばかりもいられない。 私には、空くんに聞きたいことが二つあるの。 歩きながら、私は空くんに話しかけた。
「あの、空くん」
「ん?」
「変なこと聞くけど、保健室で、何もなかった?」
「何も……って?」
そ、そう言われると、どう言っていいか……。
「その……変なこと、っていうか……」
「変なこと? うーん、別に、変なことはなかったよ」
「そ、そっか……! なら、いいんだ」
はぁ、良かった。
―――待って、変なことはなかった……? ということは、変じゃないなにかはあった!?
なに? 何があったの?!
くぅぅぅ、こんな時に “笹本探偵” が居てくれたらっ!
………とにかく、今後は保健室は避けよう。 どうしてもになったら私が病院まで同行します。
あと聞きたいのは、
「あのね、保健室に空くんのお友達が来たんだけど」
「僕の友達?」
「うん、黒髪で短髪の、髪の毛つんつん立ってる男子。 ちょっとぼーっとしてる」
これでわかるかな? 背が私と同じぐらい、というのは言いたくないので、情報提供出来ません。
「ああ、それは
「勇、くん?」
「うん、
「そう……」
そんなに長いお友達なんだ。 でも、聞きたいのはそれだけじゃなくって。
「その、勇くんがね、変なこと言ってて」
「うん、なんだろ?」
「多分、空くんが具合悪いからだと思うけど、今日はご飯作ってあげるかって……」
もっとぶっきら棒な言い方だったけど、そのままは言えないし。
「……それは、確かに変な事だね」
「そ、そうだよねっ。 そんなことお友達だってなかなか――」
「勇が作ったものなんて食べたら、それこそ具合が悪くなるよ」
「えっ……」
それって、どういう……。 作りに来ることは、変じゃないって事? そんな、深い仲のお友達……なの?
「勇とは家族ぐるみの付き合いだからね、よく僕がご飯作ってあげてるんだけど、勇の料理はちょっと残念なんだ」
「そ、空くんが作ってあげるの?」
「そうだよ?」
……なんで? 普通お母さんが作るんじゃ……。
「僕は父さんと二人暮らしだから、料理はそれなりに出来るんだ」
「そっか……」
私が疑問に思った事を、空くんは簡単に教えてくれた。
母親がいない理由は色々あるだろうし、それを聞くようなことは知り合ってまだ浅い私には出来ないし、空くんが言いたくないかも知れないから、私からはずっと聞かないだろう。
でも、
「それじゃ、帰ったらお父さんが帰るまで一人なの? ご飯も自分で作るの?」
「もう大分具合は良いし、勇が来るなら三人分作らないとね」
そんな、帰ってまた具合が悪くなったらどうするの? 勇くんが来たって、彼が出来ないならどうせ無理をするでしょう?
私が……そう言いたい……けど、お家に上がるなんて流石に図々しいよね。
勇くんが来るまで二人きりだし、来ないかも知れないもんね。 そ、その緊張感は私には難易度が高過ぎるかも………。
そんな葛藤をしていると、もう駅に着いてしまった。 私と空くんは、残念ながら方面が逆方向。
「それじゃ、今日は色々ありがとう。 助かりました」
「ううん、そんなこと、全然……」
行っちゃう、空くんが……。
―――やだ。
「っ!………真尋ちゃん?」
――あれ? なんで、私………。
無意識、だった……。
気付いたら、掴んでた。
このまま行かせたくない、そう思う彼の制服の袖を……。
心配したり、嫉妬したり、悲しくなったり、すごく嬉しかったり、泣いたり………。
神様や天使に、そんなこと思わない。
そうだよね、身長差がいくらあっても、私には釣り合わなくっても、周りに似合わないって思われても。
だからやめることなんかない。
周りになんか、何を言われても関係ない。 空くんにだけは、迷惑かけちゃうかも知れないけど。
だから、ゴメンね。 でも、私………
空くんのこと――――好き。
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