第4羽

 


 空くんを保健室に連れて行った後私は教室に戻り、午前最後の授業を受けた。


 ちゃんと保健室に行ってくれたし、これで一安心。 まさに “天使の休息” 、なんちゃって。


 よし、今日は授業に身が入ってなかったもんね、お昼休みになったら様子を見に行けばいいんだし、ちゃんと勉強しましょう。 集中集中っ。



 ……空くん、眠れてるかな? きっとまた汗かいてるよね、喉も渇いてるだろうし、飲み物を買って行こう。



 うん、勉強勉強。



 お昼だし、鞄持っていってあげなきゃ。 いつもお弁当だもんね。 起きてるかな? 食欲、あるかな? ご飯食べるならお茶がいいけど、風邪だしスポーツドリンクの方がいいかな? ここは両方用意しよう、備えあればってやつだよね。



 よし、ノート取らなきゃ。



 症状が悪くなってたらどうしよう……。

 私がもっと早く保健室に連れて行っていれば、なんて事、ないよね……。

 ううん、しっかり見てたし、早めのドクターストップだった筈。 自分を信じよう、なんの医療資格もないけど……。



 あ、授業終わった。 早く行かなきゃっ!



 素早く出発の準備を整えて教室を出ようとすると、最近よくお話しする女友達二人が話しかけてきた。



「水崎さん、どこ行くの?」


「えっ? ちょっとそ……灰垣くんの荷物を届けようと思って」


 眼鏡をかけた真面目そうな彼女は笹本ささもとさん。 こう見えて意外とゴシップ好きというか、いわゆる “恋バナ” 好き。


「そっか、保健室行ってるんだもんね」


「しかし、見た目通りか弱いねぇ、灰垣くんは……」


 最後の台詞はバレー部の元気少女朝霞あさかさん。 確かに彼女に比べればか弱いかも知れないけれど、空くんが身体が弱いかはまだ検証中です。


「水崎さんが連れて行ったんだよね? てことは……水崎さんから保健室に行こうって言ったんだ」


「え……」


 笹本さん、それは……どういう……?


「なんでそーなるの?」


 笹本さんの言葉に、朝霞さんが首を傾げる。


「簡単な推理よ、彼は倒れる程じゃなく自分の足で保健室まで行った。 それなら一人で行くか、友達の男子に頼んで行くでしょう? わざわざ隣の席とはいえ、女子である水崎さんに “連れて行って” なんて頼む訳ない。 なのに、灰垣くんは水崎さんと二人で保健室に向かった。 という事は……」


「という事は?」


「灰垣くんは保健室に行く気がなかったけど、彼の体調の悪化に気づいた水崎さんに “保健室に行こう” 、と言われたって事」



 ―――お、恐ろしいクラスメイトね……。 笹本さんには気をつけよう……。



「へぇ、なるほど。 でも、よく気づいたね、水崎さん」


「え?」


「灰垣くんの限界に。 もしかして、好きなの?」



「――えぇっ?! そ、そんなことは……」

「「ないな」」



 ―――は、はやっ! 人の心を乱しといて何その瞬時の納得は……!



「灰垣くん、可愛いけど……」


「うん、ちょっと恋愛対象というよりは、 “愛玩” 的な存在というか……」



 ………それは、わかる………けど。



「それに……」


「うん、灰垣くんと水崎さんじゃ……」



「「ねぇ……」」



 揃って私を見てくる二人。


 言いたい事は分かりますけどね、どうせ身長差の事でしょ。 そんなの、百も承知です……。



「あはは……じゃあ、行ってくるね」



 二人に愛想笑いをして、私は教室の出口に向かった。


 言われた事は、やっぱり良い気分はしない。 でも、それより、考えてみると私も……。


 空くんの傍にいたいっていうのは、 “恋愛感情” じゃない……のかも………。


 なんていうか、 “手を届かせようとしない存在” を崇拝しているような………――あっ、こんな事考えてる場合じゃない、早く行かなきゃっ!



「――わっ?!」



 やっと自分のやるべき事使命を思い出し、動き出した私は、ちゃんと前を見ずに歩き出してクラスメイトとぶつかってしまった。



「ご、ごめんなさいっ……!」



 慌てて謝って相手を確認しようとすると………あれ? いない……。



「……ってーな、気をつけろよ」



 え? ドコ? ……あっ!



「は、はい……気をつけ……ます」



 視線を下げると、そこには空くんより小さな、明るい髪をした女の子がいて、私を鋭い眼光で睨みつけていた。



 だ、誰だっけ、このコ……。



 小柄なのに迫力あるな、怖い……。



 空くんが天使なら、彼女は “小悪魔” ? いや、小悪魔ってちょっと意味合い違うような……?



 とても “小さくて見えませんでした” 、なんて口が裂けても言えない………。 以後気をつけますっ!



 ――ああ、もうホントに行かなきゃ!


 私の天使が苦しんでるっ! そもそも恋愛感情がどうのなんて私が相手にされる訳ないのにおこがましいのよ!



 今行きます、待ってて空くん!


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