第3羽
今日はまた、ひどい雨ね。
まぁ、好きだけ降りなさい。 仕事上がりに恋人に会う予定でもあれば湿気で髪が、なんて思うかも知れないけどね、別に何の予定もないから。
私はこの高校の “養護教諭” をしている
高2の時出来た初めての彼氏に振られてから、ずっと一人。
振られた理由は、 “一緒にいてもつまらない” から。
付き合い始めてひと月程が経った頃、彼が私に言った、「お前、何してても
―――ショックだった。
昔から表情が豊かな方じゃなかったけど、私なりに喜んだり、笑ったりしていたつもりだった。
それからは、意識して表情を出して彼に接するように努力した、彼が好きだったから。
でも、私の努力は寧ろ逆効果で、彼には無理をして付き合っているように感じたみたい。
そして、最後に言われた台詞は、
「俺といても楽しくないだろ?」
これで終わり。
この失恋から、私は無理に感情を出さないことにした。 そもそも伝わらないし、伝えようとすると相手を不快にするんだから。
恋愛をしたくない訳じゃない。 ただ、無理に相手を作ろうとは思わなくなった。
偶に学生時代の女友達と飲みに行くと、「いつも若い学生に囲まれて良いじゃない」、なんて冗談を言ってくる。
自分は恋人がいて、私にはいないから気を遣って言ってるんでしょ? 本当は良いなんて思ってない癖に。
そもそも生徒に囲まれるような仕事じゃないし、私はそんなタイプじゃない。
結局、私はたった一度の失恋から止まったまま。 古風な女という訳じゃないけど、あの時背中まであった髪も短くしたまま、ただ時間が経って、大人になった。
今日もこの保健室で一人、気楽でいいけどね。
そんな事を思っていると、ドアの前で会話をする二人の生徒の声が聴こえた。
「ここで大丈夫だよ、ありがとう」
「うん……」
男女二人の声。 具合の悪い彼氏に彼女がついてきた……そんな感じかな。
ノックの音がして、「失礼します」と言ってドアを開け、マスクをした小さな男子生徒が入って来た。
……私より小さいな。
その後ろに、中々見ない高身長の女子生徒が見送るように立っている。
勝手な判断で悪いけど、彼女……じゃなさそう。
「すみません、今朝から少し風邪気味で」
「そう、ベッドは空いてるから」
そう促すと、「ありがとうございます」と言って、その男子生徒はおぼつかない足取りでベッドに向かって歩いて行く。
それにしても、女子生徒に連れられて来たなんて果報者ね。 彼女、心配そうな顔をしていたし。
そういえば、よくは見てなかったけど、大きくて綺麗な目だったような……。
どうせもう眠っているとは思うものの、なんとなく気になってベッドに向かってみた。
やっぱり寝てる。 ブレザーを脱いで、暑かったのか胸の下までしか布団を被らず、両腕は外に出したまま。
「…………」
長い睫毛、この閉じた目が開くと、どうなるんだろう。 ………何考えてるの、私。
息苦しそう、だし、マスクは……取ってあげよう。
「………―――っ!」
なんて……綺麗な寝顔………。
熱を持って赤らんでいるのが、可哀想……って、わ、私はなにを感情移入してるの……!
そんな感情………顔に出ない癖に。
屈んでマスクを外した姿勢のまま、私はこの男子生徒の寝顔に釘付けになってしまった。
「うぅ……」
「っ……!」
彼が苦しそうに呻き声を上げる。
そうか、ネクタイ。 緩めて、あげた方が……。
「1年生……か」
今年の新入生のネクタイは
……お、起きない、よね……?
もし起きても、苦しそうだからした事だし、変なことじゃない………なんて考える方が変だ。
大体26にもなってこんな幼い男の子になにを考えているの、仕事の一環なんだから堂々とすれば良いだけでしょ? この男子生徒だってそんな風に思う訳ないんだから。
そう自分を納得させ、ゆっくりと両手でネクタイに触れ、緩めていく。
「――え……」
その作業の途中、突然身体を引き寄せられ、私は視界を失った。
「なっ……!」
……引き寄せられた、というか、抱き寄せられた……?
熱い……彼の首筋が私の頬に熱を伝えてくる。 てことは、私は彼の首元に顔を埋めているってこと……。
頭の中が真っ白になり、降り続く雨の音も聞こえない。
この
焦燥感と羞恥が入り混じる中、私の耳に微かな声が届く。
「……ぁ……ん」
それは、きっとこんなに近くにいなければ聞こえなかった声。
それから、段々と雨音が戻ってきて、私は落ち着きを取り戻した。 それは、そうさせる、 “子供のうわ言” だったから。
……仕方ないね。 柄にもなく私は優しい気持ちになり、彼と同じように目を閉じた。 優しい顔が、出来ているかはわからないけど……。
落ち着けるような状態じゃないのに、こうなると落ち着くものね。
そう、やっと大人の自分を取り戻した……のに、
「んっ……!」
こ、このコは………。
また私の心を乱すように力を込めてくる。……離れよう、流石にこれは “保健の先生” の仕事の範疇を超えている。
あまり強引に動かないように、出来るだけそっと身体を動かし、彼から離れようとすると、
「……いかないで………」
…………もう、どうしようもない。
でも、これは言い訳な気もしてくる。
………私も、 “行きたくなかった” 、から………。
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