第17話 手がかり





 ——二日目。

 昨日と同じく朝六時から捜索を始めて、日が西に傾き始めた時間帯になると、いよいよ焦りが募ってきた。

 とりあえずの基準として期限は三日と設定したが、欠子先生ならもっと早い可能性もある。というか、立てた予想がぴったりと当たることなんて稀だ。そう考えた時、彼の行動が『予想より早いか遅いか』で予測するなら——、少なくともあの人に後者のイメージはない。

 そろそろギリギリだ。

 今日は平日なので先生はまだ学校だが、じき下校時刻になる。部活も停止中の今、彼に放課後の用事はない。もたもたしていると、今夜私が寝ている間に決着がついてしまう、というのもあり得てくる。

「……でも、だからってどうすれば」

 そう呟いて、私は頭を抱えた。

 場所は昨日と同じ繁華街。昼を過ぎて人はまばらになった頃合いだが、私はまあ目立つ存在だろう。カレンさんが気を使って貸してくれた服を着ているので制服姿のまま町をほっつき歩いているわけではないが、この町は割と健全で、真昼間の繁華街に学生は少ない。

 それでも頭を抱えてしまう。何なら蹲るくらいの勢いで。

 何しろあれから進展が全くない。写真一枚で地道に聞き込みをして害獣一匹を見つけ出そうという試みだが、その字面通りの難解さがようやく分かってきた。

 これは本当に運任せだ。いや、何かメソッドはあるんだろうが、私はそれを知らない。そしてそれを、おそらく欠子先生は知っている。彼が今までにしてきた所業を考えるなら、むしろそういう『人探し』には長けていると思った方がいいかもしれない。

 朝から商店街やらこの繁華街やらを行き来して、それっぽい人に『この人知りませんか』と尋ねる。その繰り返しだ。おかげで知らない人に話しかけるのには慣れたが、成果は全く上がらない。『知ってる』と答える人もいるにはいるのだが、それは『管根幸雄を知っている』、あるいは『彼がいま行方不明ということを知っている』だけで、現在の彼の居場所に関してはまったく何も分からない。

 ……そもそも日が沈んでからの捜索を禁じられているせいで、『それっぽい人』に出会う確率が低いのも原因だが。

「……まあ、これは言っても仕方ないけど」

 そう、仕方ない。この条件に関してはまったく理不尽なものではない。高校生は夜に出歩くな、とても理屈の通った命令だ。日が沈むまで、という時間設定がやや厳しすぎる気もするが、私の置かれている状況を考えれば妥当だろう。

 けど、この道路を歩くのもこれで十回目だ。

 いったいどうすれば。同じ道を歩くたびにそんな焦りばかりが積み重なる。

 慣れ親しんだ町だというのに、終わりのない迷路を彷徨っている気分だった。

「…………?」

 と、その時だった。

 町の喧騒に混じって、何やら聞き覚えのある音楽が響いてくる。出どころを探すと、どうやらちょうど近くにあった小規模なライブハウスから聞こえているようだった。

 曲調は勢いのあるロック。ギターやベースなんかの音が混じって激しい音楽を奏でている。私は普段、こういったジャンルの曲は聴かない。なのに聞き覚えがあるということは——ひょっとしてと思って、私はそのライブハウスに入ってみることにした。

 階段を降りると広い空間に出る。やはり私とは縁のない感じの荒々しい内装。照明はスポットライトが並んでいる感じで、この場所そのものは薄暗いくらい。

 見覚えのある光景だった。間違いない。何年か前に、幼馴染に招かれて入ったライブハウスだ。あの時は確か、彼の初ステージだった。

 その幼馴染は今、正面のステージに立っている。

「……やっぱり」

 周りも見えていない様子で演奏に熱中しているのは、リョウだった。

 久しぶりに見た親友の顔にほっとするとともに、私は思わず溜息をつく。

 ……停学中に何をやっているのかと思えばまたこんなところに出入りしているのか。そんな風に思ってしまうのはもはや私の思考の癖のようなものだ。

 リョウは首から提げたエレキギターを巧みに操りながら、彼自身で作曲した曲を歌っている。所属するバンドグループの中で、確か彼の役割はギターとボーカルだ。

 リョウの隣には、ベース担当のメンバーが立っている。私やリョウより一つ歳上で、筋骨隆々とした体格をした男だ。何度かリョウのライブに招かれていたので、私とも顔見知りだった。

 ……停学中に好き勝手しているのは度し難いけど、演奏の邪魔はしたくないな。そう思って、私は曲が終わるのを待った。


「お疲れ様」

 ギターの音が完全に鳴り止んだのを確認して、私はそう声をかける。やはり演奏に熱中していたらしく、リョウは私にたったいま気付いたような顔をした。

「お前……何でここに」

「まあ、なんて言うか……聞いたような音楽が聞こえたから」

 リョウの顔には唐突に現れた知った顔に面食らったような表情と、同時に、何か気まずそうな表情が浮かんでいた。

 ……まあ、気持ちは分かる。ここ数日は顔を合わせていなかったし、最後に会ったのはあの大暴れの時だ。

「あれ?鷺山さん、珍しいね」

 と、リョウの隣で演奏していたベース担当のメンバーが話しかけてくる。彼の名前は確か、神城かみしろさん。

「どうも。勝手にお邪魔してごめんなさい。今のはリハーサル?今日、ライブとかやるの?」

「いんや、ただの通しの練習。今は小休止期間っていうか、客入れて演奏することも少ないんだよね」

「プロから声が掛かったって聞いたけど」

「凄いっしょ。まあまだ話が纏まったわけじゃないんだけどね。これからの一挙手一投足に俺らの未来がかかってるって訳。それなのにこの馬鹿と来たら、大事な時に暴力騒ぎで停学とかね。本当に何考えてんだか」

 神城さんは溜息をついてそうぼやく。嫌味たらしい言い草だったが、そこに言葉ほどの刺は感じられなかった。

「まあ俺も高校卒業してからは暇だったから、せっかくだしってことで、こうして練習してる訳だけどね」

「なあ、下らないこと言ってないで、ちょっと買い出し行ってきてくれないか」

 痺れを切らしたようにリョウはそう言って、神城さんの背中を叩く。

「買い出しって……何を買うんだ?」

「何でもいい。夜食用のカップ麺でも買ってこい。三十分くらい戻ってくんなよ」

 神城さんは怪訝な顔を浮かべたものの、長い付き合いから何かを察したのだろう、「分かったよ」と笑ってその場を立ち去った。

「座ろうぜ」

 そう言ってリョウはステージに腰掛けた。私も言われるままそれに倣う。

「……この間は悪かったよ」

 私が腰を下ろすと、開口一番リョウはそう言って頭を下げてきた。この間——教室で暴れた時のことだ。

「あんなことするつもりは無かったんだ。けど、頭に血が上っちまって……」

「まったく、本当よ。あの騒動で机の足が一本折れて、委員長としての仕事も余計に増えたし。あんまり面倒かけないで欲しいわ。私もそうだし、カナエだって心配してたんだから」

「……反省してる」

 リョウは俯き気味の姿勢でそう答える。その言葉には普段の勢いも覇気も見られなかった。どうやら本当に悪いと思っているらしい。

 ……そう。こいつはそういうやつだ。荒々しいけど根は単なる優しいやつ。正しい言葉で責められると途端に弱々しくなる、子供のような男。

 だから私は不思議でならなかった。このリョウが自分から人を殴るなんて、正直言って考えられない。

「……大体、どうしてあんなに暴れたりしたの?あんたは荒っぽいけど、だからって少し苛ついたくらいであそこまでするほど馬鹿じゃないでしょ」

 私がそう尋ねると、リョウは眉間に皺を寄せて考え込むような表情を浮かべる。話すべきか話さないべきか迷っている、そんな顔だった。

 結局は話す方に決めたらしく、やや間を置いてリョウは口を開いた。

「……人が死んだんだ」

 言われて、私は思わず息を呑む。

 人が死ぬ——その言葉は今や、私にとって身近になり過ぎていた。

「人が死んだ。あいつら、それを面白おかしく話してやがった。……それが許せなかった」

「死んだ、って……?」

「仲間だよ。このバンドでドラム叩いてた玉川里香たまがわりか。顔と名前くらい知ってるだろ、何度か会ってるはずだ」

 玉川里香。確かに知っている。神城さんと同じくリョウのお仲間で、私と同い年の可愛らしい女の子だ。いわゆるギャルのような性質を持っていて、私やカナエなんかとはまたタイプの違った子だった。

 ——死んだ?聞き間違えでなく、リョウはそう言ったのか?

「それって……誰かに殺された、とか?」

「いや、自殺だ。自分てめえの通ってる高校の屋上から飛び降りやがった。警察が言ってたよ。他人の手が加えられた形跡は一切無かったって」

 そう話すリョウの手は震えていた。

 ……無理もない。私にとってはたまに会う友達の友達くらいの仲だったが、それでもこれほど衝撃を受けているんだ。ましてやリョウにとってその子は、私にとってのカナエやリョウのような存在のはずだ。

 今の私にはその気持ちがよく分かる。

「俺が殴った連中な、あいつのこと話しながら笑ってやがった。……確かに真面目に勉強して学校に通ってる奴らから見たら、俺らみたいに勉強サボって音楽やってる人間は異端に見えるだろうよ。それは分かってる。けど……だからって、死んだ相手に『自業自得』はねぇだろ。なあ!」

 叫ぶようにして、リョウはその拳をステージに叩きつけた。

 ……こういう時、自分の無駄に性能のいい想像力が嫌になる。リョウが仲間をどう罵られたのか、ありありと想像できてしまう。

 亡くなった玉川さんは、過去にリョウ以上に荒れていた時期があったと聞いている。そのせいで通っている高校から無期限停学処分を食らったそうだ。だからあの人は、同じ停学でも欠子先生の計らいで期間を定められたリョウや、きちんと高校を卒業している神城さんとはまた違う。

 不真面目に音楽にのめり込んでいた人間が自殺した。リョウに殴られた二人は教室でも目立たない、真面目だけが取り柄という

タイプの人間だった。そんな彼らにとって、亡くなった玉川さんは格好の『見下す対象』だったのだろう。

 "真面目にやっている自分たちと違って、下らないことをやっていたから死んだんじゃないのか"——なんて。

 彼らの口からそんな言葉が出ていたなら、リョウが見境を無くすのも理解できる。私だって立場が同じなら、ビンタくらい喰らわしているだろう。

「……やめてよ。そういう話されるとさ、責める気が無くなっちゃうじゃない」

「叱ってくれよ。あいつらを殴って悪いとは思わないけど、お前に迷惑かけたのは事実だ」

「迷惑って言っても。さっきは面倒かけられたって言ったけど、言うほど面倒なことにはなってなかったし」

 本当を言うなら、私がしたことはほとんど雑用くらいで、後始末はほとんど欠子先生の仕事だ。教師と生徒なのだから仕事量の比率はそれで普通だけど、そう考えると私にはあまりリョウを叱る資格がない。

「あのまま暴れ続けられたら本当にヤバかっただろうけど、先生がいち早く駆けつけてくれたお陰で騒ぎも小さくて済んだと思うし」

「……欠子か。あいつ、やっぱただ者じゃねえよ。あいつに詰め寄ろうとして、気づいたら保健室でベッドの上だった。その時には生徒指導部セイシの教師もいて、暴れようにも暴れられなかったからな」

「……ええと。私から見たら、多分あれはリョウが転んだんだと思うけど」

 私は咄嗟にそんな言い訳がましい言葉を並べ立てる。曲がりなりにも私のわがままに手を貸してもらっている以上は、私もまた彼の言動を誤魔化すくらいはするべきだと思った。

 今考えれば、あの時リョウが気を失ったのは間違いなく欠子先生が何かしたのだろう。彼が本当に何百人もの人間を殺してきたなら、それはすなわち、彼は人を傷つける技術に精通しているということだ。

「いいや、絶対にあの野郎が何かしたんだ。間違いないね」

「…………。あ、そうだ。あれからカナエとは連絡とったの?」

 荒っぽい事をやっているだけあって、こういう時リョウの勘は鋭い。私に出来るのは冷や汗混じりに話題を変える事くらいだった。

「ああ、カナエは……会ってはいないけど、メールでやりとりはしてるよ。心配すんな、あいつにも謝ったから」

 リョウはそう言って、それからやや表情を曇らせた。

「……神城を追い出したのは、この前のを謝りたいってのもそうなんだけど、その話、、、をしたかったからなんだ」

「その話?」

「お前のお袋さんだよ。亡くなったって、本当なのか?」

「……!」

 突然にその話題を切り出されて、私は一気に冷や汗が引くほどの混乱を覚える。冷たい鉛玉が胃の中で暴れ回るような感覚だ。冷たく、不快で、そして重い。……いったいあと何度、こんな思いをしなければいけないんだろう。

「……本当よ。もう一週間前になる。リョウが停学になってすぐのことだった」

「そうか。……クソが。何でこんなことに」

 声が震えている。リョウが唇を噛んで感情を噛み殺しているのが、私にも分かった。

「その話、カナエに聞いたんだ。メールでな。カナエは欠子の先公から聞いたって言ってた。クラスの連中には内緒だとも。箝口令が出るくらいヤバい事態ってことだ。……殺されたんだろ、あのお袋さん」

「うん。……カナエはたぶん、欠子先生に聞いたのかな」

 混乱を避けるために、クラスでは私は母の療養のため実家に帰っていることになっているらしい。とはいえカナエとは互いに親友と認める仲だ。そんな彼女が真摯に相談すれば、あの人はきちんと応えるだろう。

「なあ。お前、大丈夫か」

「……何が?」

「カナエから学校に来てねえって聞いたよ。この時間にこんなとこにいるってことは、まだ不登校の最中なんだろ。クソ真面目なお前が。……それに今だって、正直言って酷い顔してるぞ」

「…………」

 酷い顔。カレンさんにも同じようなことを言われた。彼女は『昨日よりはマシ』と言っていたが、それでもいつもよりは全然酷いらしい。

 事件から少しは時間が経って、欠子先生と相対して、多少は落ち着いたつもりだった。けどやはり、元通りとは行かないのだろう。おそらくこの先ずっと、私は以前よりも酷い顔をして生きていくことになる。

 ……私はどうしてこのライブハウスに入ってきたんだろう?

 始まりは聞き慣れた音楽が聞こえたからだった。つまり、ここにしばらく会っていない親友の気配を感じたからだ。

 でも、なら私はリョウに何を求めているんだろうか。

 管根幸雄を探すのに疲れていた。捜索そのものが行き詰まって、手がかりも一向に見つからない。そんな状況をなんとかしたくて——いや、違う。リョウに殺人鬼捜索の助力など求めるわけがない。

 求めていたのは"憩い"というやつだ。疲れ切った精神こころが多少は回復するかと期待して、私はここに来た。

 だから少なくとも、こんな陰鬱な話がしたかったのではない。

 ……話題を変えよう。とりあえずそう決める。心配してくれているリョウには悪いけど、この話を友達としたくはない。

「……あのね、リョウに不登校の心配されたくない」

 そう言って私は笑った。笑おうとすれば、空元気でも笑えるくらいには気分が回復しているのだと、自分で少し驚いた。

「私は大丈夫だよ。いま学校に行ってないのは落ち込んでどこにも行く気が起きないとか、そういうのじゃないの。ただ私にはやらなきゃいけないことがあって、それを優先してるだけ。

 私のことより、あんたこそちゃんとしなさいよ。停学もすぐ終わるんでしょ?いくら音楽が大事でも、学校サボってばっかりなのは感心できないし。欠子先生だって言ってたでしょ、『学校は社会の通過儀礼だ』って」

「覚えてねえよ、そんなん。人の話を聞ける状態に見えたか、あの時の俺は」

「じゃあ今聞いて今覚えなさい。親友が高校中退のレッテル貼られたミュージシャンとか私、嫌だし」

「中退しねえって。いや、学校がどう言ってくるかはまだ分からねえけど、少なくとも俺はきちんと反省してるからな」

「じゃあ、復学してももうサボらない?」

「……サボらねえよ」

 答えが小声になった。……まあ、今は良いとしよう。またサボったらサボったで、その時に説教してやる。

「……つうかお前、欠子信者だったっけ?」

 と、そんなことを考えていると、リョウは唐突にそう尋ねてきた。——欠子信者?

「どういう意味?」

「カナエは軽度の信者だけど、お前はどうだったかと思って。欠子が女子に大人気なのは俺も知ってるけど、お前はそういうのに夢中になるタイプじゃなかったよな」

「……ええと、欠子先生のファンをやってるつもりは無いんだけど。どうしてそう思ったの?」

「いや、何となくなんだけどな。お前って色々と欠子に似てる気がして」

 リョウはそんなことをさらりと言ってのけた。

「つうか、前々からそんなところはあったと思うんだけど。上手く言えないんだけど、そうだな、雰囲気って言うのか。今日は輪をかけてそんな感じがする」

「それは……」

「まあお前はお前で優等生を極めたような奴だからな。ああいう教師と似てるのも当たり前なのか?」

 この話を始めたリョウ自身は、たぶん何気ない雑談のつもりなのだろう。けど私にとっては楽観的にスルーできる内容では無い。

 欠子先生と私が似ている。それがリョウの言う通りに『優等生』というだけの共通点なら一向に構わない。けれど私は、欠子先生がただの『優等』な人間でないことを知っている。

 あの人殺しと私が似ている——それはどれくらい?どの部分が?

 それは、何を意味するんだろうか?

「なあ、ところで一つ気になってるんだけど」

 やっぱり本人にとっては何気ない会話でしかなかったのだろう、リョウはさっさと話題を変えてしまう。

「お前がさっきから大事そうに握ってるそれ、何だ?写真みたいだけど」

「……え?ああ、これ」

 私の右手に握られたままだったのは、例の管根の写真だ。この二日ですっかりくしゃくしゃになってしまっていた。私は雑に折り畳んだ写真を開く。

「ちょっと人探しをしてて……あと一日くらいでこの男を見つけなきゃいけないんだけど。リョウ、知ってたりしない?」

「そいつ、管根幸雄か?知ってるぜ」

「そう。まあ仕方ない……知ってる!?」

 思わず私は声を張り上げた。相当の剣幕だったようで、リョウは柄にもなくびくりとしていた。

「あ、ああ。つっても知り合いじゃないぞ」

「どういうこと?」

「そいつ最近、有名人なんだよ。俺らみたいに夜に集まってる界隈じゃな。『ヤバい奴』だって」

 夜に集まっている界隈で有名人——だから今までほとんど情報が出てこなかったのか。欠子先生の青少年の健全な育成に配慮した言いつけは、思った以上のハンデになっていたらしい。

「……ヤバい奴って、具体的には?」

「廃人」

「廃人?」

「まあ言い方はアレだが、ヤク中ってやつだ。知ってるか?近頃この辺りで、おかしいクスリが出回ってるんだ」

「クスリ——」

「おい、言っとくけど俺は一切手ぇ出してないからな。それなりに荒っぽいこともやってるから情報だけ入ってくるんだ。

 それで最近流行ってるクスリっていうのが、どうも普通じゃないらしいんだ。快楽性がアホみたいに高いらしいんだが、代わりに頭がぶっ飛ぶのもとんでもなく早い。そのクスリに一番ハマってるのが、その写真の管根って野郎だって聞いた。その筋に通じてる先輩から、気を付けろって顔と名前を教えてもらったんだ。つい数日前に行方不明って聞いたから、もう家にも帰れないほどイカれちまってるんじゃないか?」

 ……クスリ。違法薬物。規制の厳しいこの国では、最もポピュラーな犯罪の一つだ。テレビの向こう側で、殺人事件と同じくらいの割合で聞くニュースだ。

 クスリに走る人間というのは、一般的に弱い人間か強い人間かのどちらかとされている。誰かに勧められたにしろ自分で手を出すにしろ、誘いを断れなかったりクスリの快楽性に頼らなきゃいけないほど弱い人間。もしくは、違法薬物くらいの犯罪は恐れないほど強い人間。

 管根は、写真からイメージする限り明らかに後者だ。何が原因にしろ、クスリなどに手を出すのを自制できなかった人間。

 それが——そんなのが、お母さんを殺した人間の正体だったのか。

「こいつ……っ」

「ん?」

「……ううん。こいつ、どこに行けば会えるかな」

「会う?いや、行方不明って話だから決まった場所は分からないと思うぞ。ああでも、例のクスリが売られてる場所ってのは教えてもらったな。しらみつぶしに探せば手がかりくらいはあるんじゃないか」

「それ、教えてくれない?全部」

「……構わないけど。曜日によって場所は変わるって聞いてるし、今日がどこかは知らねえ。候補を全てとなると結構な数になるが」

「それ、全部教えて」

 私はポケットからメモ帳を取り出した。

 リョウは困り顔で頭を掻く。無理もない。こんな頼み事、彼からすれば意味が分からないだろう。とはいえ長い付き合いからリョウは何かを察してくれたらしく、渋々と言った様子でスマートフォンを取り出して地図アプリを開いた。

「分かった、教えてやる。……何がしたいのか分からないが、無茶はするなよ」

「うん。ごめん、心配かけて」

 約束は出来ない。でも少なくとも、リョウやカナエに迷惑はかけないから。

 私はそんな言葉を、胸の中で呟いた。

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