第49話 猫探し④ 三日目 後編


 イヴルの腕の中にいた白猫が、耳を伏せ身を硬め、ギュッと爪を立ててしがみつく。

 尖った爪が服を貫通して肌に刺さり、地味に痛い。

 が、それに文句を言ってる場合でない為、イヴルは猫が逃げないように抱え直し、商人風の男と付き人風の男の二人を待った。

 逃げると言う選択肢も、あるにはあったのだが、会話の内容からして、この二人が猫失踪と何がしか関係があると判断した結果だ。


 二人の男は、ニンマリと気持ち悪い笑みを浮かべて、イヴルの間近で足を止めた。

 やろうと思えば猫を引ったくれる距離だ。

 付き人の男が、ごく自然な動作でイヴルの背後へ回る。

 人の良い笑みを浮かべているが、その魂胆は見え見え。逃走を妨害する為だろう。

 それを目の端に捉えながら、

(〝瑠璃″と〝絵具″の隠語に加え、この行動……。これで確定かな)

 なんて事を考えていると、眼前にいる商人風の男が、にちゃっと口を開いた。


「もし。今貴方の腕にある猫はわたくし達の商品でして、お返し願えますでしょうか?」

 白々しい嘘である。

 男達は先の会話の中で、〝捕まえた″と言っていた。それは断じて、真っ当な入手経路で得た商品では出て来ない言葉だ。

(……さっきの会話が聞かれていないとでも思ったのか?おめでたい奴)

 イヴルは内心、相手を馬鹿にしながらも、その事は決しておもてには出さず、ふわりと花の様に顔を綻ばせた。

 あまりの美しさに、商人風の男の顔が紅潮する。

 イヴルの背後にいる男も、その横顔でも見たのだろう。息を呑む音が聞こえた。

 どんな美術品よりもなお美しい顔が、微笑を浮かべたまま唇を開く。


「では、コレを私に売って下さい」

 不意に訪れた、一瞬の間。

 その後の、「は?」と言う呆気に取られた様な商人風の男に、イヴルは再度同じセリフを言う。

「商品なんですよね?でしたら、是非ともこの猫を私に売って下さい」

 暫しポカンとしていた商人風の男だったが、すぐ正気に戻ったようで、先ほどと同じ慇懃無礼な作り笑顔を顔に張り付けて、首を左右に振った。

「……いえ、コレは、特別なお客様にしかお売りできないんですよ。ご了承ください」

「特別?」

「はい。申し訳ございません」

「〝絵具″……いえ、〝瑠璃″と言った方が分かりやすいでしょうか?」


 その単語を口に出した瞬間、一瞬だけ、ほんの僅かに商人風の男の顔が強ばった。

 イヴルの背後にいる男はより顕著で、大きく息を呑んだ。

 それを見咎めた男の目が、不快そうな色を宿してすがめられた。

「どうされました?」

 笑いそうになるのを我慢しながら、イヴルはしゃあしゃあと訊ねる。

 すると、自分の今の顔面状態を理解したのだろう商人風の男は、この状態からしらを切り通すのは無理と判断したらしく、イヴルに向かって大きく首肯した。


「いえ、失礼いたしました。確かにこの猫は、〝瑠璃″とセットにして販売しているものでございます」

「では、私も〝瑠璃″を買わせていただきます。その上で、この猫を頂戴したいのですが」

「大変申し訳ございません。〝瑠璃″は実に貴重なものでして、一見いちげん様にはお売りしていないのです」

「……つまり、誰かの紹介が必要だと?」

「左様でございます」


 そっと俯いたイヴルから、大きなため息が吐き出された。同時に、ふっと全身から力が抜ける。

 別に、猫を持ち帰るのを諦めた訳でも、男達から情報を引き出すのを諦めた訳でもない。

 諦めたのは、正攻法でのやり方。

 いちいち相手と丁寧に会話して、穏便に探ろうとする優しい方法を諦めたのだ。


 男達は、ため息を漏らしたイヴルの様子を見て、自分達の勝利だと考えたらしく、二人してとても晴れやかな表情を浮かべた。

「お分かりいただけましたようで何より。さあ、猫を我々に」

「ああ、もういい。面倒だ」

「は?」

 暗く低い声と、一変したイヴルの口調に、商人風の男が二度目の間の抜けた声を上げる。


 その変化にいち早く反応したのは、背後にいた付き人風の男だ。

 素早く手を伸ばし、イヴルの腕の中にいた猫を奪い取ろうとした。

 事ここに至って、まずイヴルの身を拘束するのではなく、猫を奪取しようとしたのは、つい先ごろ商人風の男に叱責されたのが原因だ。

 どう考えても悪手だが、商品であるはずの猫に危害を加えた事と言い、要はこの男の頭が致命的なまでに足りなかっただけの話である。


 イヴルは伸ばされた腕を身を捻って躱すと、付き人風の男の額に右手人差し指を当てた。

 そして、男と目を合わせる。

 紫電の瞳が、脳の深い所を穿つ様な視線でもって、男の茶色い瞳を覗き込んだ。

 息も出来ずにいる男へ、イヴルは冷たく、染み入るように唱える。


「〝忘れよ″〝眠れ″〝私が手を鳴らすまで″」


 刹那。

 ドサッと、男は落ちるように倒れた。

 横倒しになった男の瞼は閉じ、口からは寝息が漏れ聞こえる。

 正しくあっという間の出来事に、商人風の男は目を白黒させて硬直していた。

 混乱ここに極まれり、だ。


 イヴルが使ったのは、千年前人間達の間で主流になっていた魔法で、現在では〝近世魔法″と呼ばれているものである。

 会話文に近いような、より詳しい文言を使う事によって、想像力イメージを一層強め、威力を上げる事が出来るのが特徴。

 少し手間だが、その分応用性も高く、魔法名化されていない魔法ものであっても、本人の力量次第では何でも使える仕様だ。

 さらなるメリットとしては、前述した通り会話文に近いので、相手の不意を打つことが出来る点だろうか。

 とはいえ、デメリットが存在する上に対策も無い訳ではないのだが、今は置いておこう。

 兎にも角にも、この世界ノルンの魔法は、手間がかかればかかった分だけ威力が上がる。

 つまり、現代魔法が威力よりも手軽さ、汎用性に特化したものであるのに対して、古い魔法であればあるほど難しく、汎用性よりも威力の方が大きくなる図式と言う訳だ。


 イヴルが近世この魔法を使ったのは、何も威力を上げたかったからではない。

 単に、今の気分からしてコレを使いたかっただけの話。

 自分、今結構苛立ってますよ~、を表すのに最適だったとも言えるか。


 イヴルはスヤスヤと寝息を立てる男から、陸に打ち上げられた魚の如く、口をパクパクしている商人風の男へと向き直る。

「な……な……なぁ……」

 滑稽こっけいなほどテンパっている男に、イヴルはあからさまな嘲笑を浮かべると、その口から新たな近世魔法を紡いだ。

「〝答えよ″〝嘘偽りなく真実を素直に″〝しかる後に忘れよ″」

 途端、男の灰色の瞳から、意思の光が消えた。

「……はい」

 ぼんやりと覇気のない声に、イヴルはよしと一度頷く。


「〝瑠璃″とは何だ?」

「……麻薬です。とある草を原料に作られた物で、強い催淫さいいん作用と依存性を有している為、そのような趣向の方々に売っています」

「とある草と言うのは?」

「……分かりません。原料や詳しい製法については、我々の様な一介の売人には明かされていないので」

「今、その〝瑠璃″は持っているか?」

「……いいえ。船に行かなければありません」

「船?」

「……ルクルム川に停泊している船です。王国から聖教国ここを通って、帝国にまで出荷しているので」

「という事は、製造元は王国か?」

「……はい」

「王国のどこだ?」

「……分かりません」


 ふむ、とイヴルは考える。

 この男も所詮は下っ端。

 〝瑠璃″という麻薬について、もう少し詳しく知りたかったが、ここら辺が限界だろうと。

 まあ、あくまで興味本位で首を突っ込んだ事だからして、分からないなら分からないで構わない、とも。

 それよりも重要なのは、この後の質問だ。

 好奇心にかまけて本題メインの依頼を放置するのは、なけなしの矜持プライドが許さない。

 そうしてイヴルは再び、ぼうっとしたままの男へ問うた。


この町ファキオの猫が消えているのは、お前達の仕業か?」

「……はい。最初は、美術品や工芸品を購入して使用していたのですが、憲兵の目が厳しくなったので、代わりに猫を……」

「薬代を、猫の生体代と偽っているのか」

「……生体ねこであれば、一匹数万Dしても不審に思われませんから」

「では、赤い首輪をした鍵尻尾の黒い子猫を見たり、捕らえたりしていないか?三、四日ほど前の話だ」

「……分かりません。しかし、ファキオの猫は粗方捕獲したので、恐らくは……」

「その捕らえた猫達は今どこにいる?」

「……ルクルム川に停泊している船です」

「それも船……か。いつまで停泊している?」


「……本日までです」


「……何?」

 思わず聞き返したイヴルに、男は相変わらず呆けた表情で、再度同じ……いや、もう少し詳しい内容を返す。

「……本日深夜。東の港町トーレスへ向けて出航します。明日あす早朝までに到着しなければいけませんので」

 イヴルの顔が、みるみるいかめしいものへと変わっていく。

(急だな……。元から予定されていたのかは知らないが、町の状況を鑑みるに、これも憲兵団の動きが関係していると考えるのが自然か。不可抗力とは言え、全くもってタイミングが悪い……)

 彼らの事情に思いを馳せながら、イヴルは苦い面持ちのまま訊ねる。

「出航の日取りを変える事は可能か?」

「……いいえ。決めているのは私ではありませんので……」


 イヴルは、豆でも挟めそうなほど深い皺を眉間に刻んで、天を仰いだ。

 相変わらず白い雲がふわふわ漂う、現在の時刻は正午間近。

 充分に時間があるとは言い難い。

(今日中に動くしかないか……。勇者を使うのは確定として、どうプランを練るかな……)

 さて、と考えを巡らせ始めた所で、不意に腕の中にいた猫の耳が、ピクリと後ろへ向いた。


 何だ?と思っていると、イヴルの耳にもその音が届く。

 微かな鉄の擦れる音と、誰かが歩いてくる音だ。

 数は二つ。出処は密集した家と家の間から。

 姿は見えないが、恐らく巡回中の憲兵だろう。

(潮時だな)

 イヴルは商人風の男と再び目を合わせると、二言三言、追加の魔法を付与してから、猫を抱いたまま強く大地を蹴った。


 高く跳躍し、降り立ったのは三階建ての民家の屋根の上。

 赤い瓦が覆う、屋根から突き出た白く四角い煙突に身を寄せ、一度だけ柏手を打つ。

 パンッ!と乾いた音が、先ほどまで話していた男達に伝わると、その身体がビクリと震えた。

 商人風の男はキョロキョロと辺りを見回し、倒れて惰眠をむさぼっていた付き人風の男は、弾けたように起きて立ち上がる。

 すると、商人風の男は、唐突に付き人風の男を怒鳴り始めた。

 喚いているのは、猫を殺した責任を取れと言う旨のセリフ。


 イヴルが商人風の男に追加でかけた魔法は三つ。

 一つは猫に関して。

 付き人風の男の暴行が原因で、探していた猫は死んでしまっていたとの記憶改変。

 二つ目はそれに付随する事柄。

 上記の事から、自分達は根城である船へと、諦めて帰る途中である事。

 三つ目は、とある遅延魔法なのだが、今は割愛しておこう。


 つまり、付き人風の男が商人風の男にガチギレされているのは、それが理由だった。

 二人とも、イヴルに関する事はひと言も口に出していない為、一番最初にかけた忘却魔法はきちんと働いているようだ。

 付き人風の男が、なんの疑いも持たずに彼の言葉を鵜呑みにしているのは、自身の記憶が抜け落ちているせいである。

 だから、はっきりと断定的にのたまう男の発言を、真実だと受け入れてしまった訳だ。


 土気色の顔で謝り倒す付き人風の男と、噴火でもしているかのような真っ赤な顔で怒鳴り散らす商人風の男。

 が、さすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。

 付き人風の男が、突然目の前の男の横っ面を盛大にぶん殴った。

 勢いよく地面に転がり、殴られた頬を押さえてキョトンとする男。

 そこから先は、まあ当然の如く乱闘である。

 掴み掴まれ、殴り殴られ、怒鳴り怒鳴られを双方繰り返す。

 聞くに堪えない罵詈雑言と共に、互いの汚いつばも飛び交う。

 酷い、としか言いようがない。


(……見苦しい……)

 イヴルはしみじみと思いながら、その様子を屈んで窺っていると、二人のヒステリックな声を聞いたのだろう。

 剣を帯びた憲兵と、槍を手にした憲兵が慌てて家屋の隙間から飛び出し、二人の間に入って仲裁するのが目に入った。


 イヴルは一つ頷き、煙突の影に身を潜ませて立ち上がる。

(勇者の気配は……北地区に入った所か。下を行くよりも、屋根の上こっちを移動した方が早く合流出来るな)

 そう即座に考えを纏めると、

「はあ~……面倒くせぇ~……」

 と、ぶつくさとぼやきながら、イヴルは猫を抱え直して、スケートリンクを滑る様ななめらかさで移動を始めた。


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 昨日と変わらず、猫の「ね」の字すらない路地を、ルークとイリスは仲良く手を繋いで歩いていた。


 道端で動物の置物を売る露天商に話を聞いてみるが、やはり返ってくるのは「見てない」の一語。

 幾度目かの大きな嘆息が、イリスの小さな口から吐き出される。

 それを見て、自然とルークからも吐息が漏れた。

 もはや、二人のため息だけで風船をパンパンに膨らますことが出来るだろう。

 時間はちょうど昼。

 気分転換になればと、歩き出したルークが口を開く。


「イリスちゃん、お腹空かない?お昼ご飯でもどうかな?」

「平気。もう少し探したい……」

 とぼとぼと歩きながら力なく零すイリスに、ルークは心配そうに眉尻を下げた。

「でも」

「ルークさん、お腹空いたの?」

「いや、僕も大丈夫なんだけど……」

「じゃあ探して」


 間髪入れずの要求に、思わず言葉を呑み込むルーク。

 そんな折だった。


 白い猫を抱いたイヴルが、空から降ってくるのは。


 体重を感じさせない軽やかな音と共に着地すると、イヴルは瞠目する二人に、何事も無かったかのように話しかけた。

「よう、お二人さん。ちょっといいか?」

「猫っ!!」

 どうしたんだ?と問おうとしたルークに先んじて、興奮したイリスが叫ぶ。

 その声に驚いたのか、雪の様に白い猫は耳を伏せて、イヴルの腕にガッシリと爪を立てた。

「いででででででっ!刺さってる刺さってる!爪爪!!」

 そう苦情を述べると、ふっと猫から力が抜ける。

 そして申し訳なさそうに、小さく〝にぉ″と鳴いた。

「ったく……」

「ごめんなさい。猫さん、驚かせちゃった……」

 項垂うなだれて反省するイリスに、イヴルは抱いていた猫を差し出す。


 不意の行動だった為、イリスも猫もポカンとして動かない。

 一向に受け取らないイリスに焦れたのか、イヴルは押し出すように猫を押し付けた。

「腕が疲れました。預かって下さい。くれぐれも逃がさないように。お前は逃げるなよ」

 最後のセリフを猫に向かって言うと、猫は再び細い声で〝にぁ″と声を上げた。

 イリスは猫とイヴルを交互に見た後、おずおずと優しく猫を受け取り、キラキラと瞳を輝かせて見つめる。

 〝ん?″と首を傾げる猫がよほど可愛かったらしく、イリスは恍惚とした表情を浮かべながら胸に抱き、綺麗でフワフワな毛並みに顔を埋めた。

 その状態で息を吸ったり吐いたり。

 それが心底嫌なようで、猫は短く鳴きながら前脚を突っ張ってイリスの頭を押しているが、彼女に気にした風は無い。

 むしろ顔を上げて、前脚を自らの頬へと移動させている。

 どうやら肉球の感触を味わっているらしい。実に満足げだ。


 その様子を眺めつつ、イヴルはそっとルークに身を寄せる。

 そして、物凄く胡乱げな視線を寄越すルークにだけ聞こえる音量で囁いた。

「猫の件で進展があった。話し合いたい。ちょっと猫目石まで戻るぞ」

 驚きから、パッとルークは僅かに身を離し、イヴルを凝視する。

「本当か?」

「この事で嘘を吐くメリットが、俺にあるか?」

「……ここでは話せない事、なのか?」

 質問に質問で返してきたイヴルに、ルークはさらに問いかけた。

 イヴルは急にルークの耳を引っ掴むと、無理やり自分に引き寄せる。

 鋭く走る痛みにルークの顔が歪んでいるが、そんなのお構いなしだ。

「例の〝薬″の件で繋がりがあった」


 思わずギョッとして身を離すルークに、イヴルは不敵な笑みを浮かべる。

「な?ここでは話せないだろう?」

「それは……そうだが、本当なんだろうな?」

「ほぼ確定だ」

 未だ若干胡乱げではあったものの、何の進展も無い自分達よりは、と思ったらしいルークは、首肯を返した。

 そうして、猫とたわむれるイリスへ視線を移す。

「イリスちゃんはどうする?正直、子供を巻き込むのは気が進まないんだが……」

 声をさらに潜ませ、心配そうに表情を曇らせるルークに、イヴルはさらっと首を振った。

「お前の好きにしろ。俺は興味無い。だが、彼女の人脈は使わせてもらう」

「人脈?」

「彼女の祖父母は憲兵なんだろ?使わない手はない」

「……お前の言いぐさは気になるが、まあ呑もう」

「なんで偉そう?」


 ルークはイヴルを無視して、絶賛猫を満喫しているイリスに話しかける。

「イリスちゃん、いいかな?」

「え?」

 猫の柔らかい腹毛に頭部を突っ込んで堪能していたイリスが、顔を上げてキョトンと聞き返すと、イヴルはルークにしたのと同じ言葉を吐いた。

「一旦、猫目石に戻ります」

「え?!で、でも、ネロがまだ……」

「ご安心を。手がかりは、その猫が握っていますから」

「ふぇ!?」

「なので、彼女と話をする為にも、落ち着ける環境が好ましいんです」

 途端、イリスの目が、これでもかと見開かれた。

「イヴルさん!猫さんとお話出来るの!?」

 イヴルはニッコリと、天上で輝く太陽さながらの面持ちで微笑む。


「はい。朝飯前です」


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 と言う訳で戻ってきた、喫茶旅籠はたご〝猫目石″。

 この時間帯はまだ少し忙しそうだが、会計を済ませた客がちらほらと出て行っている事から、暇……もとい休憩時間に入れるのも時間の問題だろう。


 それはさておき。

 まだ陽も高く、さらに見慣れない白猫を抱えて戻ってきたイヴル達三人に、フィガロもダイナも驚いていたが、何か理由があるのだろうと多くを聞かず、部屋へ猫を連れて行く事を許可してくれた。

 束の間の自室へ戻り、イリスが猫を下ろす。

 興味深げに部屋を動き回る猫に、

「爪とぎとかマーキングとかするなよ」

 イヴルがそう注意すると、言葉の意味を理解しているのか、猫は〝み″と短く鳴いて、窓際にあるテーブルの上へ軽やかに飛び乗った。

 そのまま、行儀よくお座り状態で待つ。

 続けて、イヴル達三人も、初日と同様の配置についた。

 つまり、イヴルとイリスがソファに座り、ルークは立ったままだ。


 イリスは、隠し切れないワクワク感を込めた目で、イヴルを食い入るように見ている。

 察するに、猫と会話する所を見たいのだろう。

 熱の篭った視線は中々に居心地が悪いらしく、イヴルは目を逸らして咳払いをした。

「イリスさん。あまり見つめられると、やり辛いんですが……」

「気にしないで!見てるだけだから!!」

「や、それが気になるんですけど……まあいいか」

 投げやり気味に零すと、イヴルは首を隠すように巻かれた、黒いチョーカーへ指を当てた。


 時間にして僅か数秒。

 簡単な言語調整を終えたイヴルは、手をチョーカーから離し、下ろす。

 そして、眼前の白猫を見た。

「お前、野良猫か?それとも飼い猫か?」

 まず聞いたのは、そんな他愛のない事。

〝のら″

 短く答えた白猫に、イヴルは一つ頷いた。

 自動翻通訳は上手く働いているようだ。

 厳密に言えば、設定した動物の思念波をキャッチして人語に変換し、脳に直接届けているだけなので、翻訳通訳とはまた違うのかも知れないが、それはそれ。

 便利なのに変わりはないので良しとする。

「この町の猫か?」

〝そう″


「なになに?なんて言ったの??」

 普通の猫の鳴き声にしか聞こえなかったイリスは、テーブルに手を付き、身を乗り出して訊ねてくる。

「ファキオの野良猫だそうです」

「凄いっ!!」

 今にも飛び跳ねそうなほど感激するイリスと、未だ僅かに訝しげなルーク。

にわかには信じられないな。僕達にはグルグル喉を鳴らしてる音しか聞こえないが……」

「真実そう言ってるよ。まあ、信じられないなら、それはそれで構わないがな」

 そのように言われては、ルークとしても反論し辛いらしく、腕を組み、口を閉ざしてムスッとした表情を浮かべた。


 イヴルはそれを無視して、再び猫へ目を向ける。

「じゃ、本題に入るか。お前、赤い首輪をした鍵尻尾の」

〝ネロのこと?″

 イヴルの質問が終わる前に、白猫は先んじて答える。

 どうやら、今までの話を聞いて覚えていたようだ。

「知ってるのか?」

〝しってる。なきむしのおとこのこ。ずっとイリスってないてた″

「まだ生きてるか?」

〝たぶん。わたしがにげるときはいきてた。でもよわってる。ずっとなきつづけてたから″

「いつの話だ?」

〝きょうのあさ″

「そうか」


 内容からして、ネロの安否を聞いているのだと理解したイリスは、口を挟むのは良くないと分かっていながら、それでもどうしても訊ねずにはいられなかったようで、

「なんて?なんて言ってるの!?」

 さらにグイッと身を乗り出して聞いた。

 もはや、テーブルに乗ってると言っても過言ではない。

 イヴルは猫からイリスへ視線を移す。

「ネロは生きているそうです。ただ、衰弱はしているようですが」

 イリスは、ネロが生きている事にまず安堵し、しかし衰弱していると聞いて、顔が瞬く間に青ざめた。

「衰弱って、よ、弱ってるって事だよね?どうして?大丈夫なの?」

「今朝の時点では無事でした。今は分かりません」

「そ、んな……」

 率直に、遠慮なく告げるイヴルに、イリスは絶望的な表情を浮かべて言葉を失った。


 そばかす顔がくしゃっと歪む。

 戦慄わななく唇を噛み締め、視線が落ちる。

 そのままゆっくりとソファに戻り、落ちるようにストンと座った。

 すると、みるみるうちに目に涙が溜まり、すぐにボタボタ落ち始める。

 嗚咽を漏らし、すすり泣き始めたイリスを哀れに思ったらしい。

 猫がイリスの膝の上に移動し、そのまま涙と鼻水に塗れた酷い顔を見上げた。

 海の様な青い瞳が、気遣わしげにイリスを見つめる。

 途端、イリスの中の堤防が決壊したのか、いきなり猫をガバッと抱き締めると、その白く柔らかい毛に顔をうずめて、盛大に泣き出した。

 いささか迷惑そうな声が猫から発せられるが、イリスの号泣が止まる気配は無い。


 まだそうと決まった訳ではないのに、悪い方悪い方に考えてしまうのは、イリスの精神が繊細故なのだろう。

 一向に泣き止まないイリスに、ここからどう話を持っていくか、と途方に暮れるイヴル。

 すると、ふとチクチクした感覚がイヴルの左半身を襲った。

 そちらを見てみれば、液体窒素もかくやと言った、非常に冷たい視線でもって見下ろすルークの姿が目に入る。

 〝言葉を選べ″と書かれた顔には、明らかな軽蔑の色さえ浮かんでいた。

 イヴルは実に自然に、滑らかに目線をルークから外すと、急に暗くなり始めた外を眺める。

 朝予想した通り、ひと雨来るようだ。

 もう少しすれば、イリスの号泣に負けないぐらいの豪雨がこの町にやってくるに違いない。

(土砂降りの雨の中動くのは勘弁願いたいな~)


 遠い目をして現実逃避を始めたイヴルに、ルークは特大のため息をお見舞いした後、未だ泣き続けるイリスへ声をかけた。

「イリスちゃん、落ち着いて。ネロちゃんならきっと大丈夫だから」

 確証もないのに、無責任な事を言ってるな……と、内心後ろめたく思うルーク。

 そんな彼へ、しゃっくりをしながら、イリスはベシャベシャになった顔を向けた。

「ぅぶぇ……でもぉ……」

「ただ、出来るだけ早く行動を起こさなきゃいけない。じゃないと、危険な状況にいるらしいネロちゃんが、より危ない事になるかもしれないから。分かるね?」

 少しだけ屈み、イリスと目線を合わせたルークは、至極落ち着いた声色で言った。


 目元を真っ赤に腫らしたイリスは、束の間呆然としていたが、言葉の意味が染み込んでくると、泣いている場合じゃないと考えたらしく、急いで顔をぐしぐしと腕で乱暴に拭った。

 大きく鼻をすすり、はっきりとした口調で訊ねる。

「わたし、何すればいい?何が出来る?」

 切り替えが早いのも、子供の特徴だろう。

 その事に軽く感嘆しつつ、ルークは再び口を開いた。

「とりあえず、フィガロさん達の手が空いたら、この部屋に呼んでくれるかな?」

「お父さんとお母さん?」

「そう。ちょっと難しい話になるからね」

「……分かった。じゃあ様子見て呼んでくる」

 ルークの言う〝難しい話″とやらに、色々と思う所のあるイリスだったが、疑問は後ほど聞こうと考え、特に異を唱えるでもなく、そう言って立ち上がった。

 イリスの膝の上にいた猫も、彼女が立ち上がったのと同時に飛び降り、床に着地する。

 そうして、急ぎ足で部屋から出て行くイリスの後ろ姿を見送った。


 パタンと小さく音を立てて扉が閉まり、先ほどの騒がしさが嘘の様な静寂が部屋に満ちる。

 猫がイヴルの座っているソファの背もたれに飛び乗り、丸くなる。

 その中で最初に口を開いたのは、ルークだった。

 一瞬前までイリスが座っていたソファに腰掛け、イヴルを凝視する。

「さて。では知っている情報を教えろ」

 偉そうで、かつ余りにも直球な言葉に、イヴルの視線が外からルークへと戻る。

「さっきからちょいちょい上から目線なのなんなの?」

 等と、不満げにぶつくさ言いつつも、イヴルは商人風の男から引き出した情報と、今しがた猫から聞いた話の二つを、要点をまとめてルークに語った。


 一頻ひとしきり聞き終えて、まずルークが口にしたのは、

「お前、〝オーナー″と〝店長″の事は聞かなかったのか?」

 である。

 呆れ十割のこの言葉に対してイヴルが返したのは、

「え?だって興味無いし」

 と言う、あっけらかんとしたセリフだった。

 薬の原材料については、少しだけ興味が湧いた為に訊ねたが、誰が流通させているかはどうでもいい。

 人間社会の混乱や崩壊など、心の底から知ったこっちゃない。勝手にやってくれ。

 との考えからだ。


 打っても打っても一向に響かないイヴルに、半ば諦めを抱いているルークは、それ以上口喧しく言う事はせず、ただただ肩を落とした。

「……話は分かった。だがこの件、ただの旅人であるお前がした所で、フィガロさん達を始め、憲兵団が素直に呑み込んでくれるかどうか……」

「そこについては問題ない」

 きっぱりと断言するイヴルに、訝しげな面持ちでルークは首を傾げる。

「いやに自信ありげだな。何か根拠でもあるのか?」

「当然。俺がそんな、予想してしかるべき事を放置すると思うか?」

「……具体的に」

「情報源となった男に、ちょいと催眠魔法をかけた。夕方頃に猫目石ここへ来るようにしてある」


 それを聞いた途端、ルークの目が僅かに険を帯びた。

 そのまま、棘を含んだ口調で訊ねる。

「相手の同意なしに、か?」

「当然だ」

 イヴルが即座に首肯すれば、さらにルークの瞳は剣呑さを増した。

「……相手の同意なしの人心操作魔法は禁忌指定だ。知らないのか?」

「知っているさ」

 再びの即答。

 そこに罪悪感や気後れした雰囲気は微塵も無い。

 むしろ、だからどうした、と言わんばかりの挑発的な匂いを漂わせている。

 ルークは激情に駆られるまま一気に息を吸い込み、しかし怒鳴る事はせず、ゆっくりと吐き出した。

「……知っているなら、何故使った」

 自分の中に渦巻いた怒りの波を必死に宥め、だが殺しきれなかった感情が、低い低い声となって零れ落ちる。


 イヴルは優雅に足を組むと、軽く頬杖をついて答えた。

「禁忌指定魔法には幾つか種類がある。根源神が忌み嫌い、故に世界の理を崩すとして禁止した〝蘇生魔法″と、歴史改変を可能にする〝時間遡行魔法″。この二つは私にも使えない。だが、これ以外の魔法は人間が定めたものだ。いわんや、対象者の同意無しの人心操作魔法が禁忌なのは、人間達の都合に合わせたもの。魔王が、それに従ってやる道理はあるまい?」

「道理ならある。今のお前は魔皇国の王ではなく、人と関わり、人間社会で生きていく一介いっかいの旅人だ。人の法の下、それに従うのは当然だろう」


 即答でそう返してきたルークに、イヴルは一瞬キョトンとする。

 が、すぐに俯き、肩を震わせて笑い始めた。

 呵々大笑かかたいしょうとまではいかなくとも、そこに近い笑い声である。

 反対に、どんどん顔が険しくなっていくのはルークだ。

 治めた心が再びささくれ立つ。

「何が可笑しい」

「くっくっ……あぁいや、すまない。お前を馬鹿にした訳じゃないんだ。ただ、まあ……世の正道を行く勇者殿には、私の〝魔王″という肩書きを、ただの役職としか捉えていないようなのでな。失敬失敬」

「どういう意味だ?」

 真意が分からず、思わず聞き返したルークに、イヴルは微笑を浮かべたままかぶりを振った。

「ただの在り方の話だ。気にするな。さて、話が逸れたな。兎にも角にも、夕刻にそいつは来る。私の話が信じられなくとも、〝瑠璃″の流通に関わっているそいつの話ならば、信じない訳にはいくまい。後は、そいつを憲兵団に引き渡して終了だ」


 半ば無理やり話を終わらせられたルークは、釈然としない面持ちで、それでも首肯して答えた。

「確かに、実行犯の言葉なら、これ以上のものはないが……」

 最後言葉を濁すルークに、イヴルは満足げに頷く。

「そうだろう、そうだろう」

 目を眇め、ムッとした表情でルークがそれを睨みつけていると、見計らったように扉がノックされたのだった。


 外では、ゴロゴロと雷の鳴る音と共に、バケツをひっくり返したような、土砂降りの雨が降り始めていた。


--------------


 その後の展開は実に簡単なものだ。


 やってきたフィガロ夫妻に、イヴルがルークにしたのと同じ説明をし、困惑冷めやらぬ二人に、憲兵である祖父母を連れてくるよう伝える。

 しかし聞けば、イリスの祖父は今回の〝薬″の件で捜査責任者的な立場にいるらしく、祖母もそれを補佐する人物。

 故に、いくら〝薬″の話であろうとも、流れ者である旅人の話は信憑性に欠けるようで、すぐに連れてくるのは無理との事。

 で、ならばとフィガロが提案したのは、彼の弟――――つまり叔父も憲兵なので、彼を連れてくる事だった。

 これを呑み、一時間ほどしてやってきたのは、二日目にイリスが〝おじさん″と呼んだ憲兵。

 なるほど。おじさんとは真実〝叔父さん″の事だったのか。

 と、ルークが納得している最中さなかにも話は進行し、ひと通りの経緯を話し終えた所で、今度はちょうど良くくだんの男が猫目石を訪ねて来た。


 視界がけぶるほどの雨の中で、雷鳴が轟き、稲光が空を奔る夕刻。

 雨合羽あまがっぱ用の外套に身を包んだ商人風の男は、やはりその瞳に意思の光は無く、酷くぼんやりとした様子で、その事にルークの良心は僅かばかり痛んだ。

 が、事ここに至っては、背に腹は代えられないと覚悟を決めたようで、特に何かを言う事はなく淡々と話を進めた。

 それはもしかしたら、男が人の害になる〝薬″を流通させていた〝悪人″であるのが起因しているのかも知れないが、これは本人ルークのみぞ知る事だろう。


 やがて、男の話を聞き終えた叔父の憲兵は、大慌てで彼とイヴル達を連れて憲兵庁舎へと向かった。

 イリスとフィガロ達は、紛うことなき一般人である為、同行はしていない。

 イリスは非常に不服げだったが、イヴルが保護した白猫の事を頼むとようやく納得してくれたようで、しぶしぶ頷いていた。

 それでも不安な気持ちは易々と消えてくれないのか、宿を出て行くイヴルとルークに対してイリスは、かなり念入りにネロの事を頼んだ。

 絶対に助けてと言うイリスに、イヴルは善処しますと答え、ルークは必ずと返したのが、猫目石を出る時にあった一幕である。


 そうしてやってきた憲兵庁舎。

 南地区にある繁華街の一角。四階建ての大きな四角いレンガ造りの建物がそれだ。

 その二階にある一番大きな一室が、〝薬″の捜査本部だった。

 イリスの祖父母は、見た目五十前後で、老人と言うにはまだまだ若い。

 特に祖父の方など、そこらの若者に負けないほど筋骨たくましい為、憲兵の制服などはち切れんばかりにパツパツだ。

 そんなガタイのいい祖父とは対照的に、祖母は細く小柄である。

 とは言え、華奢であるとか弱々しいと言った印象は受けない。

 隙の無い立ち居振る舞いに加え、相手を穿うがつ様な鋭い眼差しは、例えるなら〝槍″だろうか。

 両者共、気軽に接していい雰囲気ではない。


 二人は、尋常でなく焦った様子で飛び込んできた息子と、見知らぬ三人に驚いた様子だったが、すぐに平静さを取り戻すと、即座に何があったのかを問い質した。

 ここら辺の切り替えの良さが、彼らが捜査責任者たり得ている所以ゆえんだろう。

 そんな彼らに、叔父の憲兵がイヴルと商人風の男から聞いた話をまとめて伝え、証拠とばかりに商人風の男を突き出した。

 未だ催眠魔法がかかったままの男が、猫目石で語った事を一言一句たがえずに再び語る。

 その事に叔父も些か不審を抱いたようだったが、内容が内容である為、一先ず置いておく事にしたようだ。

 余りにも素直に話す男に、最初は疑いの眼差しを向けていた祖父母達はしかし、すぐにそれを撤回する羽目になる。

 男の話の中に、関係者でなければ知らない重要な内容が含まれていたからだ。


 そこから先は、さらに目まぐるしい。

 何せ、彼らに逃げられる前に、悟られる前に、行動を起こして捕まえなければならないからである。

 緊急会議を開く為、大急ぎで伝令を出して、ファキオにいる憲兵の一部を招集した。

 全憲兵でなかったのは、部署の違いや門番をしている者、最低限の巡回要員を残したかったから……ではない。

 〝薬″の件に関わっている憲兵は全体の六割強。

 それら全てを一気に集めては、相手に気取られると判断した故の事。ついでに情報漏洩も懸念したのだろう。

 実際、男の話の中には、自分達に情報を下ろしてくれる憲兵の事もあったのだから。

 万が一の失敗も許されない。

 だからこそ、信の置ける者を厳選して呼び戻したのだ。


 多くの憲兵が集う会議室。

 そこで滔々と語る男から明らかになる詳細は、なかなかに面倒に満ちていた。

 〝瑠璃″なる薬を置いている船は二艘。

 それ以外のカモフラージュ用に、普通の物品を載せているのが四艘。

 計六艘が、〝薬″の売買に関係している船だ。

 捕らえた猫は数が数だけに、全部の船に振り分けて乗せられているとの事。

 つまり、特定の猫ネロを探すには、しらみ潰しに全ての船を調べる必要がある訳で。

 予想以上の手間がかかる流れに、イヴルの眉間が寄ってしまったのは言うまでもない。


 結論から言うと、憲兵団が遂行する作戦は、そこまで複雑なものではなかった。

 むしろ、単純な類いである。

 指定の時間になったら、該当の船へ一斉に踏み込み、船から船員から積み荷から、全て拿捕だほする。

 歯向かう者には容赦しなくていい。

 ただし、主犯格や幹部と思しき者は出来るだけ生かして捕らえる事。

 この二つが、集められた憲兵達に下された。

 旅人であるイヴルとルークは憲兵ではないので、遊撃的な位置付けで落ち着く。

 本来なら部外者は排除したい所なのだが、犯人、それも幹部の一人を連れて来た功労者である事がかんがみられ、今回の作戦に参加する事を許可された。


 決行は船が出航する直前。

 何事もなくファキオを離れることが出来ると、相手が最も気を抜く瞬間を狙う算段だ。

 それからも、幾つか確認事項を話し合った後、一時解散となった。

 解散、と言いつつも、憲兵達はこれから装備の点検や連絡手段となる魔動機の配布、内通者の捕縛等やる事は満載なので、暇になった訳ではない。

 むしろ、ここからが本番だろう。

 何せ、密通している憲兵に悟られないよう、事に当たらなければいけないのだから。


 暇になったのは、厳密に言えばイヴルただ一人。

 ルークはこのまま憲兵庁舎に残って、イリスの祖父母と憲兵団との連携について話し合う予定だ。

 遊撃とは自由に動いていい事の代名詞だが、本当に自由に動いて良い訳ではない。

 味方の動きを読んで、適宜てきぎ対応した行動をする事を求められる、応用力と柔軟性が必須の、実は結構難しい役どころだ。

 なので、その重要性を理解しているルークは、残って話に参加する訳である。

 まあ、祖父母の意図する所は、邪魔さえしなければ真実好きに動いて構わない、なのだろうが。

 彼らにとっても、ルークの真面目さは嬉しい誤算だった。


 一方イヴルは、そんなルークを置いて、一人会議室から出て行く。

 向かう先は猫目石。

 あの白猫に、ネロが捕らえられている船の特徴を聞く為だ。


 そうして各々おのおの、着々と準備を進めながら、夜は更けていった。








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