第11話 異界廃墟 中編


 真っ直ぐに伸びる廊下。


 そこを、ルークはひた走る。

 かなり前方を走る、白い人影を追って。


 ルークの目に映ったもの。

 それは人で、より詳しく言うなら、六、七歳ほどの子供。

 白に近い灰色の髪と薄青い眼をした、恐らくは少年。

 病的なまでに白い肌と、半袖短パンの簡素な白い服。

 それらの相乗効果なのか、少年の姿は白く、薄ぼんやりと光っているように見えた。


「待て!待ってくれ!逃げないで!」

 走りながら、大声で呼びかける。

 だが、少年に止まる気配は無い。

 全力で走っているはずなのに、距離が縮まる様子も無い。

 幸い、廊下は一直線にしか伸びていない為、見失う心配も迷う心配もないのが、良かった点といえば良かった点か。


 チラリと少年が振り返る。

 ルークがまだ追いかけて来ているのか、確認するように。

「何もしない!だから逃げないでくれ!」

 必死に叫ぶルークの言葉にも、少年は顔色一つ変えない。

 すると、少年は突如として近くの扉に手をかけると、勢いよく開け、中に飛び込んでしまった。

「待っ!!」


 バタンッと、無情にも扉の閉まる音が通路に響く。


 息を切らせて、少年が消えた扉に辿り着いたルークは、恐る恐るドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開いた。


 中には、何も無かった。


 少年の姿も、家具も、影も形も無い。

 がらんどうの部屋。

 隙間なくピッチリと組まれた石壁だけの、殺風景な光景が広がっていた。


 諦めきれず、しばらくそのまま棒立ちになる。

 しかし何も変わらないし、何も起こらないと悟ると、ルークは重いため息を吐いて脱力した。

 扉を閉め、もう一度開くと、今度は見慣れてしまった子供部屋に変わる。

 室内に、一度立ち入った事を示す印がある事から、今まで見てきた部屋のどれからしい。

 あの部屋も、核のある部屋では無かったようだ。


 ルークは、置いてきたイヴルの事を思い出すと、扉を開けっぱなしにしたまま、来た道を戻って行った。


 意識していなかったが、ずいぶん長い距離を移動していたようだ。

 イヴルのいる部屋に戻るまで、それなりに時間を要してしまった。


「すまない。見失った……って、どうした?」

 開口一番、謝罪を口にするルークだったが、それはすぐに疑問形へ変わった。


 部屋では、ベッドを形作っている骨組みに、イヴルが軽く寄りかかっていたからだ。

 床の一点を見つめて、身動みじろぎ一つしないその姿に、ルークはそこはかとない不安を抱く。


「おい、イヴル?」

 もう一度呼びかけると、イヴルはビクッと肩を震わせて視線を上げ、ルークを見た。

「……なんだお前か。驚かせるな」

「いや、さっきも話しかけたが……何かあったのか?」

「……ん。まあ気にするな。大したことじゃない」

「大したことじゃないって……」

「いいから。で?お前が見たって言う奴はどうしたんだ?」


 そう言われ、ルークはバツが悪そうに顔を背けた。

 それだけで察したらしく、イヴルは呆れたようなジトっとした目を向ける。

「……逃げられたか」

「すまない」

「どんな奴だった?」

「淡い灰色の髪と薄青い眼をした、七歳ぐらいの少年だ。ここに迷い込んだ子供かもしれない」

「だが逃げたんだろ?ただの迷子なら、普通逃げるか?」

「ここは外の常識が通じない異界なんだろう?なら、警戒心から逃げてしまってもおかしくない」

「そ……れもそうか」

 不意に言葉がつっかえたイヴルに、ルークは首を捻る。

「どうした?」

「や、ちょっと、変な所で空気が尽きただけ。じゃ、とりあえずはその少年とやらを探すか」

 そう言うと、イヴルは早々に部屋を出る。

「あ、おい!調べなくてもいいのか?」

「ああ、そこはもういいんだ」

 ぞんざいに言い捨てると、イヴルはさっさと歩き出してしまった。

「いいって……おい!」

 それを追いかけて、ルークも廊下へ出て行った。


 先ほどと同じように、廊下を進み、並ぶ扉を開ける。

 違うのは、扉を開けるだけで、中を調べる事が無くなったこと。

 何度ルークが問いかけても、返ってくるのは「平気」の一言だけで、まともな会話にならない。

 そんな状態がずっと続いていた。


 やがて、少年が逃げ込んだ場所に辿り着くが、やはりと言うべきか、ここでもイヴルは部屋に踏み入る事は無く、チラッと覗くだけで通り過ぎる。

 印を確認したからなのだとしても、そんなイヴルの態度にいい加減黙っている事が出来なくなったらしく、ルークは行く手を遮るようにイヴルの前に立ちはだかった。


「いい加減にしろっ!全部説明しろとまでは言わないが、せめて何故部屋を調べなくていいのか、それだけでも話せ!」

「ん?ん~……」

 生返事をしたイヴルの視線が、ルークを通り越した向こう側を見る。

「どこ見て」

「なあ、お前の言ってた子供って、アレか?」

「え?」

 振り返る。


 それなりに離れた廊下の先。

 そこに居たのは、確かにルークが探している少年で、幽鬼の様にぼんやりと、淡く発光してたたずんでいた。


「あ」

 ルークの漏らした一音に反応してか、少年が走り出す。

「あ、待っ」

「勇者。アレは人間じゃないぞ。それどころか、生き物ですらない」

 反射的に駆け出そうとしたルークを止めたのは、淡々とした、そんなイヴルの一言だった。


「は?何を言ってる。ああして、僕の目に確かに映って」

「走っているアイツの足音を聞いたか?」

 言われるまで気が付かなかった。

 廊下に響いているのは、自分とイヴルの声だけで、靴音なんて聞こえてこない事に。

 距離があるからだと反論しようとして、それは寸前で止まった。

 何故なら、少年はさっきよりも近い場所で、一歩も動かずに走っていたからだ。

「え、な……」

 途切れ途切れになる声。

 困惑と当惑と混乱が混ざった、形容し難い戸惑いの音。


 やがて、ルークが追いかけて来ない事を悟ったのか、少年は立ち止まり、ガラス玉の様な虚ろな目を二人に向けた後、ふっと煙の様に立ち消えた。


「な……ん……」

「アレは死人の魂だな。俗っぽく言えば、幽霊って奴」

「は?」

 少年のいた場所から、再度イヴルへ視線を戻すルーク。

 その瞳は、純粋な疑問に埋め尽くされていた。

「ココに縛られて、根源に還る事も出来ずにいる憐れなモノさ」

「なんで、そんな事分かる?」

「おいおい、忘れたのか?俺だって、今は魂だけの存在。まあ、質や存在密度は桁違いに俺の方が上だが、言わばアレと同じ状態幽霊みたいなもんだ。判別出来て当然だろ?」


 絶句するルークに、イヴルはおーい、と声をかけた。

 はっと我に返ったルークが、頭を振って意識をしゃっきりさせる。

「じゃ、じゃあ、あの少年はすでに死んでいる、というのか?」

「そう言ってるだろ。まあいつ死んだのかは知らんがな。ここが異界化する前かした後か、教会時代なのか孤児院時代なのか、それとももっと前か最近なのか。さっきお前が、なぜ室内を改めないのか聞いたが、それもあのガキと関係している」

「……と言うと?」

「……ちょっと長くなる。歩きながら話すぞ」

 そう言うと、イヴルはまた、廊下に並んだ扉を開けながら進み始める。

 ルークは、今度は特に異論もなく歩き始めた。


「この異界と言う場所は、世界のことわりから乖離かいりしている。そう言ったのを覚えているか?」

「もちろん」

「結構。なら、生物が死んだ後、魂がどうなるか説明出来るか?」

「確か……。根源神……全ての世界と魂を管理する神の元へと還り、浄化されてからまた、この世界に戻ってきて転生するんだったか?」

「……かなりざっくりだが、まあその通り。魂と言うのは、分かりやすく言えば〝玉ねぎ″みたいなもんだ。それ自体はただのエネルギー体だが、人格や心、自我や記憶と言った自己を構成するものが表面に刻まれる事で、〝魂″として成り立っている。死んで根源神の元へ還った魂は、皮であるその古い層を剥いで、まっさらな状態にしてから、元いた世界へと返される仕組みになっていて、この皮剥きの処理が甘いと、前世の記憶とかを持って転生してしまうわけだ。で、最終的に剥ぐものが無くなった魂は、消滅と言う最期に辿り着くんだが……ま、そこはいいか」

「……イヴルの話したいことが見えてこないんだが」

「つまり、隔絶された空間である異界は、魂まで囚われてしまい、根源神の元へ還ることが出来ない。本来なら、すぐさま浄化作業が行われるはずが、ここにずっと縛られているせいで、様々な負の要素が固着してしまい、結果、悪霊と地縛霊が合体したみたいな面倒な魂が出来上がって、あんな風に他者に認識出来るぐらいの密度になっちまったわけだ」

「それは理解したが、あの少年と室内を探索しない事に、何か因果関係があるとは思えない」

「せっかちな奴だな、お前。なら、結論から言わせてもらうが、あの少年がこの異界の鍵になってる」

「鍵……。〝核″という事か?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。ただ、手がかりであるのは間違いない。あのガキ、お前が追ってくるのを待っている風だったろ?」

「ああ。そう言えば……」

 こちらを窺うような、待つような素振りを見せていた少年を思い出すルーク。

「つまり、僅かなりとも理性を残している証だ。俺達を罠に嵌めて仲間に引き入れようとしているのか、はたまたこの異界から解放されたいのか。どちらにせよ、今の状況が変わるきっかけになる」

「お前は、僕があの少年を追った時から、それを知っていたのか?」

「生物の気配なんて無かったからな。だから、無闇に部屋を漁って時間をかけるより、核の手がかり第一号である、あのガキを探す事に重点を置いたって訳」


 ふむふむと頷きながら納得するルークに、イヴルは続けて言葉を重ねる。

「ああ、それから忠告を一つ」

「ん、なんだ?あの少年が襲ってくるかもしれないって事か?」

「それもあるが、それ以前の話だ。あのガキの見た目に縛られるなよ」

「?子供だと油断するなって事か?」

「当たらずとも遠からず。魂ってのは中々に厄介でな。生前の姿がそのまま反映されるわけじゃないんだ」

「は?」

「まず、魂には四つのタイプがある。男、女、中性、無性。大抵は浄化された時に無性に戻され、転生した時の肉体に合わせてタイプが分かれていくんだが、まれに前の性が根付いちまってる奴もいてな。まあ、単に根源神が手抜きをしたって可能性もあるが……」

「話がズレてる」

「クソ。頭が回らん……。戻すぞ。たまにいるだろ、身体は男なのに中身は女な奴。その場合、そいつが死んで霊になると、女として形作られる。同じように、中身が成長しなかった奴は霊になった時、子供の姿をとるんだ。歳食った大人のくせに、中身がガキみたいな奴はその典型だな。全員が全員、って訳でもないが、ある程度可変可能なんだ。だから、見た目が子供だからと言って生前も子供だったと思うな。記憶や知識、経験はそのまま蓄積されてるからな」

「なるほど……分かった。肝に銘じておく」


 そこまでひと息に説明すると、イヴルは深いため息を吐いた。

「疲れた……」

「そんな一気に説明しなくても良かったんじゃないか?廊下はまだまだ続いているし、扉も無数にある」

「……まだ余裕のあるうちに、と思ってな」

 含みを持たせたイヴルの返答に、ルークは疑問符を浮かべて首を傾げたが、特に聞き返す事はしなかった。

 疲れた、と言うイヴルに気を使ったのかもしれない。


 ここまでに開けた扉の数は、すでに十を優に超えて二十に迫っている。

 相変わらずの子供部屋。

 相変わらずの果ての無い廊下。

 そして、例の少年の姿は見当たらない。

 コツコツと歩く、イヴルとルークの足音だけが響く。


「この廊下、どこまで続いてるんだろうな」

「さあ?下手したら永遠に続いてる可能性もある」

「薄ら寒い事を言うな」

「にしても、魂が相手となると、武器に些か不安が残るな」

 言いながら、イヴルは腰の剣に触れた。

 必然、ルークも自分の剣を確かめると、そう言えば、霊相手に物理攻撃って効くのか?と素朴な疑問を抱く。

 魔法が使えない今、物理攻撃も効かないとなると、襲われても対処のしようがない。

 せめて聖剣があれば、と考えるが、ルークはその考えを頭を振って打ち消した。


 ルークが大戦時使っていた聖剣〝バルドル″は、今イヴルの封印に一役買っており、手元には無い。

 魔族特攻と言う特性の付いた神造武器だが、魔族であるなら威力が増すと言うだけで、その実、人間だろうが幽霊だろうが、存在しているならほぼなんでも斬れる剣だ。

 原理としては、変異している細胞、あるいは世界の理に反すると断じられたモノに反応して、それらを断つのに優れた武器である。


「手が無い訳では無いが……。せめて、お前の聖剣か、俺の封神ほうしん剣があればなぁ~」

 口を尖らせて、不貞腐れたように言うイヴルに、ルークは封神剣に関する情報を記憶の奥底から引っ張り出す。

「封神剣……。確か〝ロキ″と言ったか。魔力を剣に込める事で、透明な剣身が現れる、不思議な武器だったな」

「そ。剣自体も、使用者の魔力と想像力イメージに合わせて変わる、変幻自在の神剣。本領を発揮すれば、魂どころか因果や時空、概念ですら斬り裂ける、正しく〝封じられた神の剣″さ」

「……そんな途方もない剣だったのか……」

「まあな」

 得意気でも自慢げでもなく、さりとて自嘲した様子もなく、実に淡々と頷いて肯定するイヴル。


「そういや、その封神剣ロキだが、あの後人間側そちらで回収したのか?」

 イヴルのそのセリフに、ルークはキョトンと目を瞬かせた。

「いや、僕は知らない。気が付いたら無くなっていたから……。魔族側そっちが持っていったんじゃないのか?」

 それを聞いて、イヴルもパチパチと瞬く。

「え。そうなの?」

「知らないのか?」

「当然だろ。封印された後の事なんて知るよしもない。まあ、誰が持って行ったにせよ、聖剣と同じくアレを扱えるのは正規に登録された者だけだから、悪用される心配はほぼ無いが……所在不明、か……」


魔都カロンに行って確認してみるか?」

 恐る恐る訊ねるルーク。


 〝魔都カロン″とは、イヴルが統治する魔族の国、〝フィンヴル魔皇国″の首都だ。

 遥か北、最果ての大陸にある国で、全魔族の九割がそこで暮らし、白夜や極夜と呼ばれる現象がよく起こる地である。


 建国から今に至るまでの歴史は古く、ざっと五万年にも及び、その間、他国と一切の貿易や交流等を行わず、自国だけで完結、完全な鎖国状態を延々続けている国だ。

 国としての方針もあるが、大陸全土は頻繁に猛吹雪に見舞われる上に、取り巻く海も常に荒れ狂っている為、人間が物理的に魔皇国に辿り着くのは非常に難しく、それが鎖国を可能としてきた一因だろう。

 長い歴史の中で、相互理解、また技術、経済発展の為に国を開こうという声や要望が、国の内外を問わずに寄せられた事もあったが、そのことごとくをイヴルは却下している。

 反乱や暴動も数知れず起こったが、やはりこれも、王であるイヴルが直接出向いて鎮圧。

 イヴルが封印された後も、この方針は貫かれており、今現在も頑なに魔皇国は閉ざされている。

 〝魔皇国″の名に沿えば、本来ならイヴルの称号は〝皇帝″あるいは〝魔皇″は正しいのだが、本人は面倒くさがって、略名の〝魔王″で通しているのが現状だ。


 本当なら、封印が半分だけとはいえ解けたのであれば、即座に国へ帰るべきなのだろうが、しょうもない理由から、イヴルはそれを拒否していた。

 だから、ルークの問いに、イヴルは思いっきり顔をしかめて首を振る。

「冗談やめろ。せっかく自由な……いや全然自由じゃないしはなはだ不満てんこ盛りだが、それでも色んなしがらみから解放された旅を満喫してるのに、ここで戻って知り合いにでも見つかってみろ。また死ぬほど退屈なデスクワークに縛り付けられる。まだ勇者と一緒に旅する方がマシだわ……」

 思わず遠い目をして、明後日の方向を見るイヴル。


 魔族の寿命はピンキリである。

 大体は五百年から千年前後が一般的なものの、短い者は人間と同程度までしか生きられず、反対に竜種や魔王イヴルの直系筋、特に血が色濃く継がれた者はとても長く、優に五千年、下手すれば一万年は生きる。

 が、竜種は長命故に子孫を残すと言う欲が薄弱なようで、その数は少ない。

 それだけでなく、千年前の煌魔大戦が原因でより数を減らし、もはや絶滅危惧種並みだ。


 イヴルの言っている〝知り合い″とはつまり、生き残った者。

 とりわけ、宰相さいしょうを務めていた〝レックス″なる者の事を意味する。

 賢明で察しが良くて、真面目で堅物で冷徹な仕事中毒ワーカーホリックのイケメン。

 常時冷静沈着な冷血漢。

 それが、イヴルが宰相レックスに抱く印象である。

 大戦時は内政に専念していた為、戦線には出ておらず、暗殺、謀殺等されていなければ、今も存命であるのは間違いない。

 とは言え、その名は当時の人間側にも伝わっており、名前だけならルークもよく耳にしていた。


 竜種焔竜族の長でもあったレックスは、魔王の最側近でもある宰相になって長く、約千五百年にも及ぶ。

 大戦時に大体二千歳だったので、現在の年齢は三千歳ほど。

 無数にある派閥を、絶妙なバランスと距離感でまとめ上げ、民の声にもよく耳を傾けて、偏りすぎない程度に打開策を打ち出す。

 そんな、政治手腕に優れた有能な者であるのは、イヴルを含めた周りの者も骨身に染みて認めている事なのだが、それはそれとして。

 元々、自由奔放なイヴルの気質とは対極にある、質実剛健なレックス。

 それだけ優秀な宰相なのだから、イヴルの性格や欠点、思考、行動パターン等をある程度理解していて当然。

 見つかれば、どれほど言いつくろおうとも、執務室に押し込められ、千年の間、溜まりに溜まった決裁書類の山の処理を求められるに違いない。


 想像するだに恐ろしい、予感とも言うべきものが、イヴルの全身にひしひしと走っていたのだ。

 まあ、そうは言っても、問題を先延ばしにするだけで、そのデスクワーク地獄が消えて無くなる訳じゃない。

 むしろ、先へ延ばしたら延ばしただけ書類も増えていって、後でより苦しむ羽目になるのは目に見えている。

 だが、それを重々理解した上でも、イヴルはこの一時いっときの自由を味わいたいのだ。


「お前、仮にも〝王″なんだよな?」

「〝魔王″ですが何か?」

 悪びれる様子を一切出さずに言い切るイヴルに、ルークは呆れたのか、深いため息を吐く。

 そして、うーん……と難しい顔をした。

「だがそうなると、ますます難しい状況になるな」

「そうだなぁ~。襲われたら、ひとまず逃げるしか手が無いが」

「そうじゃない」

 無骨な天井を見上げて思案するイヴルを、遮って否定するルーク。

「ん?」

 視線を下ろしたイヴルへ目を向けながら、ルークは続ける。

「それもあるが、僕が言ってるのは、もしもあの少年が核だった場合、破壊するのは躊躇ためらわれるし、何より壊せるのかどうか、根本的な問題の事を言ってるんだ」

「ああ、そっち。ん~……」

 悩ましげな声を出して考え込むイヴルだったが、すぐに結論が出たのか再び口を開いた。

「まあ、この際だし伝えておくか。ちょっと前に話した、憶測についてだ」

「いいのか?話したくない風だったが」

「実際、話したくはない。証拠もない雑な推測なんて、偽情報と大差ないからな。が、そうも言ってられない状況でな」

「?」

「とりあえず黙って聞け」

 そう言って、イヴルは二十五部屋目にあたる扉を開けながら話し始めた。


「恐らく、異界と言うのは、人間や魔族等の知的生命体の怨念や執念、あるいは情念と言ったものが原因で発生している。執着、と言い換えてもいい。強すぎる想念が、理や時空を歪めて、異界として切り取っているんだろう。となると、必然的に異界の核とは、その想いの行き着く先。つまりは最も執着されているモノになる。俺が、これまで破壊してきた核はどれも物品だった。過去の例に当てはめれば、今回も物の可能性が高い」


 この話を聞いて、ルークは目を見開いた。

「お前さっき、あの少年が核かもしれないと言っただろう?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない、と言ったんだ。断言はしていない。それに、言った通りこれは憶測で、可能性の話だ。事例が少なすぎて、統計が取れないからな」

 床に散らばった紙を見下ろして、忌々しげに告げるイヴルに、しかしルークは声のトーンを上げて表情を明るくした。

「だが、的中していれば、それを壊すだけでここから解放されるって事だろ?」

「んまあそうだな。核自体は至って普通のものだから、壊すのに難儀する事は無いと思うぞ」


 言い終わると、イヴルは人心地ひとごこちついたと言うように、フッと息を吐いた。

「とりあえず、これで最低限共有すべき情報は話せたか」

「さっきから思っていたが、お前、何をそんなに焦っているんだ?」

「……肉体ってのは、魂が一番最初に纏う鎧だ。今の俺にはそれが無く、ほぼ無防備に等しい。この空間から影響を受けないとも言えない。俺が動けなくなった時に備えて、情報共有を図るのは当然だろう?」

 まさか、そんな弱気な返答が返ってくるとは思っていなかったらしく、ルークは心配そうにイヴルを覗き込んだ。

「そう、なのか?今は大丈夫なのか?」

 おもんぱかるように訊ねるルークに、イヴルは失笑して見返した後、ふいっと部屋を後にした。


「さあ、どうかな」


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 これが見えていないとは羨ましい。


 純粋にそう思う。


 肉体は、魂を護る鎧であるのと同時に、フィルターの役割も果たしている。

 余計なものを見ずに、余計なものから影響を受けないように、意図して鈍感になるように、生き物とは出来ている。


 だから、肉体を持っている勇者に、この光景が見えていないのは当然で、影響も受けないのは当たり前なのだが、それでも羨ましいと思う。


 先ほどから、後を付いて来るようにヒタヒタと鳴る足音に、闇に覆われた窓の向こうからバンバンと叩く無数の白い手、廊下の端でぼうっと立つ黒炭と化した子供。

 天井から滴り落ちる、赤黒い液体。


 これが、今私が見ている景色である。


 両眼を失くした子供に触れられた時、すぐさま打ち払ったが、間に合わずに片方を持っていかれた。

 失ったのは左眼の視力。

 視界が半分になったせいで、距離感が掴みづらい。

 ついでに、そこから徐々に汚染されている現在、肺を含めた内臓の幾つかが機能しておらず、正直動くのも億劫おっくうなほどの激痛がこの身を襲っている。

 苦しみに慣れ、痛みに慣れ、死に慣れている私でなければ、もんどり打って倒れ、絶叫し、発狂していてもおかしくないほどだ。

 なんとか声帯を失う前に、勇者に伝えるべきことは伝えたが、そう遠くない内に足や腕も動かなくなるのは明白。


 ……出来れば、先に失うのは腕であって欲しいと思う。

 そもそも私は両利きである為、片腕ぐらいなら動かなくなっても問題ない。

 仮に両腕とも使えなくなっても、足さえあれば移動は出来る。

 反対に、片足でも動かなくなれば、途端に移動が困難になるのは目に見えている。

 よしんば動けたとしても、その速度は著しく落ちてしまうだろう。

 必然的に、探索に時間がかかるのは確実だ。

 その前に、元凶である核を壊せれば良いが、事はそんな簡単に進まないのが世の常。


 不老不死の身である私は、本来なら負った傷は治癒魔法を使わずとも即座に治ってしまうのだが、今は魂と言う無防備な状態であり、かつ汚染されている特殊な状況、そして異界なる特異な場所にいるせいで上手くいっていないようで、回復するきざしはない。

 不死に関しては、諸々もろもろ超越した故の事象の為、問題ないと考えていいだろう。

 とは言え、時間が経つにつれて機能不全に陥っていってるのは事実。

 面倒ここに極まれり。

 さて、これからどうなるやら。


 そんな事を考えつつ、次なる部屋の扉を開く。


 見た瞬間、ふっと息が漏れた。


 今、目の前に広がるのは、熱風が吹き荒れ、燃え盛る部屋だ。

 ベッドも机も、壁も天井も、床に落ちる紙も舐める様に燃え、部屋の真ん中で三人の子供が赤く灼かれている。

 手足を折り曲げ、丸まるように転がる二体と、ゴウゴウと燃えながら、立ち尽くして私を見る一体。

 パチパチ、バチバチと、拍手する様な音が耳に痛いぐらい響き、肉と髪を焼く臭気に思わず顔を顰めてしまうが、勇者には何の変哲もないただの部屋に見えているらしく、怪訝そうにこちらを見た。


「どうした?」

「……いや。次行くぞ」


 そう促して、再度廊下へ。

 背後で、転がる二人がギチギチと起き上がり、赤く灼けた三人がついて来る。

 一歩踏み出す度に、三人の足の裏の皮膚が床に張り付いて、ベリベリと剥がれるのが見えた。


 そして、ずいぶんと数を増やした足音の行列に加わっていった。

 足音の向こう側。

 今まで来た道は黒く闇に沈んでいる。

 一寸の光さえない漆黒。

 そこから、同じような黒く小さな手が、まるで蜘蛛の脚の様に、イソギンチャクの様に、こちらに向かって這うようにうごめいていた。

 生理的嫌悪感が沸き起こる。

 が、やはり勇者には見えていないようで、至って普通に廊下を歩きだした。


 実に羨ましい限りだ。


 歩く、歩く、歩く。


 ただひたすらに扉を開けて、徐々に廊下に増えていく黒い霊を眺めて進む。

 私が進めば、廊下の闇も進む。

 私が進めば、ついて来る足音も進む。

 扉を開ける毎に、その足音の数も増える。

 ヒタヒタ、ペタペタと。


 そうこうしていると、前方にパチンコ玉ほどの穴、の様なものが見えた。

 目を凝らして見れば、それは出口のようで、つまりはようやく、長い長い廊下が終わったことを意味している。


 不意に、ピィーンッと、脳を貫く様な耳鳴りがした。

「――――っ!」

 あまりにも五月蠅くて、痛くて、思わず目を閉じて耳を覆う。


 トンッと、肩を叩かれた。

 振り返れば、勇者が胡乱げに私を見ていた。

 そして、パクパクと口を動かしている。

 が、何も聞こえない。

 どうやら聴覚がやられたようだ。

 一応は読唇術を習得しているので、それを駆使して読んでみると、「どうした?一度休むか?」そんな趣旨の事を言っているようだった。


 大戦時、何度も私を殺していたくせに、このように気遣う事を言うなど、いよいよもって気が知れない。

 今現在、一緒に旅をしているのだって、あくまで私を見張る為であるはずだし、断じて仲間でも仲が良い訳でもない。

 さらに言うなら、私が不死身である事は知っているはず。

 気遣いなど無意味だ。

 ……いや、勇者とは善性の塊のようなもの。

 ならば、例え憎き仇敵であったとしても、一緒にいれば情が湧き、心を砕いてしまうのだろう。

 私としては、はなはだ理解出来ない事だが。


 言葉を返さない私に、勇者はおもんぱかる表情をより濃くして、同じことを聞いている。

 私は耳を覆っていた手を下ろし、首を振って口を動かす。

「平気だ。それより、やっと退屈な廊下が終わるんだ。さっさと行こう」

 完全に聴覚が失われているならば、本来は自分の声さえ聞こえないはずなのだが、そこは何故か聞こえる。

 ついでに、後追いしてくる足音も聞こえている為、もしかしたら外の物理音だけが聞こえなくなっているのかもしれない。

 原理がよく分からないのも、異界の特徴の一つか。


 だが、歩き出してすぐに、私と勇者は足を止めた。


 廊下の出口と私達、そのちょうど中間地点で、例の白い子供がいたからだ。

 ぼんやりと、人形の様に立っている。

 他の霊と違って白く、まともな容姿をしているのには、やはり何か理由があるのだろう。

 そういう役割なのか、それとも、そういうくびきに囚われていないからなのか、理由はさだかでないが。


 隣にいた勇者が弾ける様に駆け出す。

 今度は逃がさない、とでも言うように。

 追って、私も走り出そうとしたのだが、それは叶わなかった。


 不意に足に走った衝撃。

 思わずつんのめって倒れる。

 薄汚い床に手を着きながら後方を確認すると、私の左足にしがみついていたのは、左側の足を失った子供だった。

 黒々とした目をこちらに向け、ニンマリと嗤っている。


 瞬間、脳が焼ける様な激痛が襲いかかってきた。

「ぐっ――――っ!!」

 絞り出すような呻き声が、我知らず喉から漏れる。

 それと同時に、ガリガリ、ザリザリと砂嵐に似たノイズが視界に走り、今見ている景色とは別の光景が映る。

 いや、流れた。


 セピア色の映像。


 誰かの記録。

 誰かの視覚。

 誰かの感覚を共有する。


 窓が一切ない、乱雑に石が組まれた狭い部屋。

 重く沈んだ空気から、恐らくここは地下室。

 目に映るのは、スポットライトの様な照明が一つと、神父の様な人間が四人。

 口元にマスクをして、こちらを見下ろしている。

 それぞれの手には注射器、小さなナイフメスノコギリを持ち、最後の一人はレポートなのか、ノートに何か書き記していた。


 泣き叫ぶ声が聞こえる。

 なぜ、どうして、助けてと懇願こんがんする声が聞こえる。

 声を発しているのは、この記録の持ち主。

 こちらは喋っていないのに、勝手に声が続いていくのは不思議な感じだ。

 一方、囲み立つ神父は誰一人口を開かず、ただ無感情にこちらを眺めていた。

 手術台と思しき、狭く小さい台。

 そこに乗せられた身体と四肢は厳重に拘束されていて、身動き一つ取れない。

 神父の一人が手にしていたナイフメスが左足の太腿ふとももに迫る。

 そして、ツプッと皮膚を突き破って、冷たい鉄の塊が身体に潜り込んだ。


 激痛が走る。

 同時に記録の持ち主が絶叫する。

 麻酔、なんてものは使っていないのだろう。

 痛い痛いと喚きながら泣き、必死にやめてと訴えるが、神父達の手は止まらない。

 サクサクと皮膚を裂き、血管と肉を断っていく。


 やがて、泣き声や懇願する声は、痛みからただの雄叫びに変わり、そうしている内にコツッと、メスが骨に当たる音がした。

 ここまで来れば、正直ショック死していてもおかしくないものだが、何らかの薬を投与しているようで、痛みも意識も鮮明だ。


 ここで、次の神父に交代する。

 手にしているのはノコギリ

 それを無情に、冷徹に、冷酷に骨に当てると、勢いよくゴリゴリと木挽こびき始めた。

 挽かれる反動で、身体と一緒に台までガタガタと揺れる。


 ギイィィィィィィッと、轢き潰される様な、あるいは絞られる様な虫の如き声が喉からほとばしった。

 それでも、神父達の表情は変わらない。

 どこまでいっても無で、まるで毎日する作業だとでも言うように、非常に事務的に手を動かしている。

 その瞳には憐憫れんびんの欠片さえ浮かんでいない。

 ただ一人だけ、熱を帯びた目でこちらを見ているのは、カリカリと紙にペンを走らせている神父だ。

 非常に興奮しているのか、ギラギラと食い入るように見つめ、ハアハアと荒い息遣いまで聞こえてくる。


 そして最後、ゴトッと音を立てて、左足が身体から離れた。

 神父達は、取った足に注射器でよく分からない薬剤を投与すると、いつの間にかあった銀色の盆にうやうやしく載せる。


 この時、白と黒を基調にしていた神父服は、赤黒く染め上げられ、到底聖職者とは思えない出で立ちになっていた。

 まあ、やっていること自体、どう言い繕っても聖職者とは言えないのだが。

 ともかく、四人いた神父の内三人は、盆に載せた足と共に、さっさと退室していった。

 残った一人、つまり物書きをしていた神父だけが残っている。

 相変わらず、常軌を逸した目でこっちを見ていた。


 視界が暗い。

 多分、出血が多すぎて、もうすぐ死ぬのだろう。

 輸血も行わず、切断が終わった後、何の躊躇ためらいもなく放置しているのだから当然だし、むしろ死んでくれと言わんばかりだ。


 口を開く。

 最後の力を振り絞った、最期の言葉。

 発したのは恨み言ではなく、純粋な疑問。


「――――せん、せい……ど、して?」


 せんせい、と呼ばれた神父は答える。


「君は、真なる神の器。その一部に選ばれたんだ。これは栄誉な事なんだよ。有り難い事なんだよ。むしろ君は喜ぶべきだ」


 と。

 その後も、熱に浮かされたように、真なる神とやらの賛辞を述べ続け、その器に選ばれた事がいかに誉れ高い事かを、早口でまくし立てている。


「せ……せい……」


 つっと涙が頬を伝う。

 篭っていたのは純粋な悲しみ。

 もはや、この〝せんせい″なる神父の目に、自分は映っていないのだと。

 〝せんせい″の目は、艶っぽく濡れた鮮やかな紫色をしていた。


 視界が暗転する。


 きっと、息絶えたのだろう。


 さらさらと、零れ落ちる砂の様に景色が戻る。


 映ったのは灰色の床。

 ポタポタと、数滴雫が落ちたのか、少しだけ色の濃くなった床が目に入る。

 手を顔にやれば、滲んだ冷や汗が付着した。

 軽く息が上がっている。

 知らない間に息を詰めていたらしい。


「みた?みえた?きこえた?かんじた?」

 左足にへばり付いた子供が囁く。

「今のは、お前の記憶か……」

 ポツリと呟き、視線を上げる。

 勇者が焦ったように反転し、こちらに向かって駆け寄ってくる光景が目に映った。

 今のは、時間にして僅か数秒の出来事だったようだ。


 後をついて来ていた闇が、私を覆うように広がる。

 壁も、天井も、床も、黒い暗闇と化す。

 範囲は私の足元、いや手元まで。

 そこから先は、変わらず灰色の床のままだ。


 耳元で幼い声が幾つも響いた。


「せんせい」

「せんせい」

「せんせい」

「せんせい」


 と。


「きて」

「きて」

「きて」


 と。


「いっしょに」

「いっしょに」


 と。


 左足の感覚は無いものの、右足に掴まれた感触がある事から、あの黒い手が私を闇に引き込もうとしているのは明らか。

 黒い手はゾッとするほど冷たく、また独特の感触をしていた。

 死人の手。

 体温は無く、張りも無い。

 ぶよぶよしているのかと思えばそうでもなく、ただうっすらと固く、押し返してくる力を感じない。

 形容し難い気持ち悪さ。


 その手が触れている部分から、どんどんと体温が奪われ、視界が暗くなっていく。

 死ぬちょっと前を彷彿ほうふつとさせる感じだ。


 そうこうしている内に勇者が辿り着き、目の前にひざまずく。

 そして、気遣わしげにこちらに手を伸ばし、私の肩に触れた。


 勇者の手を払い、突き飛ばす。

 無様に尻もちをつく勇者の姿が目に入った。

 こんな状況にも関わらず、思わず笑ってしまいそうになる。


 別に、勇者に触れられるのが嫌だった訳じゃない。

 もちろん、気遣いなんて不要、余計な気を回してんじゃねぇ、と言ったひねくれた事が理由でもない。


 今、私が置かれている状況。

 それは、この異界の暗部に引きずり込まれかけているという事。

 暗く濁った魂の坩堝るつぼに落ちかけている寸前だ。

 そんな状態の私に触れれば、下手すれば勇者まで落ちてしまいかねない。

 私はともかく、勇者までこちらに落ちてしまえば、実質異界から抜け出すのは不可能に近くなる。

 最終手段が無い訳では無いが、アレは私にも反動のダメージがある為、出来れば使いたくない。


 だから払いのけ、突き飛ばした。


 落ちるのは私だけ。

 とどこおり、よどんだ魂の標的になるのは私だけでいい。

 落ちてしまえば、しばらく浮上出来ないのは確実だが、代わりに魂達これらを押し留める事が出来る。

 言わば人身御供ひとみごくうに近いが、異界から出る為だ、贅沢は言っていられない。


 驚いたように勇者が私を見ている。

 その口が、呆然と動いた。


「……なんだ、今のは……」


 あの一瞬で、私の置かれている状況が見えたのだろう。


 ズブッと、身体が闇に沈み、呑み込まれ始める。


「イヴルッ!!」

 叫んでいる。

 起き上がって、こちらに駆け寄ろうとしている。


 寒いような、熱いような、気持ち悪いような、気持ち良いような、ゾワゾワとした感覚。

 呑まれた箇所から、そんな筆舌に尽くし難い感覚が侵食し始め、同時に意識も遠くなってくる。

 ああ、いよいよもって時間が無い。

 伝えるべき事を伝えねば。


 先ほど見た映像のおかげで、核のある部屋が分かった。

 恐らくは核自体も。


 口を開く。


「――――ルーク。地下室を探せ。そこに核がある」


 伝えた途端、張っていた緊張の糸が切れる。


 瞬間、闇に呑まれた。

 ドプンと、水に沈むように、沼に落ちるように。

 墜ちる意識は封印された時と似通っていて、暗く昏い無のようで、それでいてまるで眠る時のような、そんな感覚。


 霞み、暗くなる視界。

 そこへ最後に映ったのは、寸前で届かなかった勇者の手だった。




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