第9話 報復の手記 後編


 この日、イヴルとルークは、ジワジワとやかましく鳴く虫の声と共に、町へと到着した。

 時刻は真昼。

 聖教国の東にある町だ。

 主要街道、交易路上にある町の為、それなりに大きい。

 石造りの外壁に囲まれた町の中は、綺麗にかれた石畳の道が広がっており、これまた石造りの家々が立ち並んでいた。

 石で作られた街灯まである。


 しかし、街中はどこか閑散かんさんとしていて、人通りが少なく見えた。

 その様に、軽く疑問を抱きつつも、二人は構わず歩を進める。


 道幅の広い主要街路を真っ直ぐに進んで行くと、町の中心辺りで広場に出た。

 町の案内図の隣に、人々の依頼が貼り出されている掲示板があった。

 二人はそこに足を運ぶ。


「さてと。それじゃあ今日の日銭を稼ぎますかねー」

 イヴルが、パタパタと手で顔をあおぎながら、適当に掲示板に目を滑らせていると、一つ一つの依頼を真剣に見ていたルークが口を開いた。

「出来れば、多くの人の役に立つ仕事がしたいな」

「出来れば、お前一人だけでやってくれ」

 うんざりしたように言っていたイヴルだが、とある依頼で目を止めた。


「お?これは……」

「なんだ?」

 ルークはイヴルを横に退かして、その依頼用紙を見た。

 不満そうなイヴルを横に、紙には


 捜査協力の依頼

 憲兵団


 とだけ書かれていた。

 詳しい依頼内容や報酬は書かれていない。

 恐らく面接の時に伝えられるのだろうが、こんな簡素かんそオブ簡素な内容で、引き受ける人がいるのかはなはだ疑問だ。


 憲兵団。

 主に町の治安維持を役目とした者達の集まり、その総称。

 要は警察。お役人、公務員である。


 もっと大きな、都市と呼ばれるほど巨大な町であるなら常駐している騎士団もあるが、この程度の町ならば、あるのは憲兵団のみだ。

 騎士と憲兵は共に公務員。

 が、憲兵が町の為に動くのであれば、騎士は国の為に動く。

 まあ、軍や自衛隊みたいなものと言えば分かりやすいと思う。


「憲兵団が依頼とは珍しいな。よほど人手が足りないと見える」

 ルークの後ろから、イヴルが呆れたように言う。

 そんなイヴルを差し置いて、ルークは依頼用紙を掲示板から剥がした。

「お?まさかそれを受けるのか?報酬も書いてないのに?」

「説明を聞いて、それから判断しても遅くないだろう。何より憲兵団からの依頼だ。そうそう変な依頼じゃないさ」

 そう言うと、ルークは町の案内図へと移動し、この町の憲兵団本部への行き方を確認する。

 今いる広場から、少し先へ進んだ所にあるらしい。

 ルークはさっさと歩を進めると、ついてこないイヴルを振り返って、

「どうした?置いていくぞ」

 とのたまった。


 イヴルは盛大にため息を吐いた後で、

「ですよねぇ~。強制的に巻き込まれるのは目に見えてましたよ~」

 とグチグチ呟きながら、ルークの後をのそのそと追った。


 憲兵団本部は、大きかった。

 より正確に言うと、三階建ての大きなやかただった。

 正面にある階段をのぼった所で、木製の両開き扉が外側へ開け放たれており、そこから忙しそうに、憲兵とおぼしき革製の甲冑を身に纏った人達が、頻繁ひんぱんに出入りをしている。

 二人は階段を上り、扉を潜った所で、入口にいた憲兵の一人に声をかけられた。


「ここは憲兵団本部だ。何用か」

 その憲兵は身体だけでなく、頭にもフルフェイスの兜を被っていた為、顔の造形も表情も分からない。

 ただ声色から、憲兵が男性であるのは間違いなかった。

 鉄製でないだけまだマシだが、この暑い中ご苦労な事だ。

 ルークは、手に持っていた依頼用紙を憲兵に見せる。

「僕達は旅人です。この依頼の話を聞きに来ました。担当の方はおられますか?」

 ん~?と、憲兵は訝しげに紙を受け取った。

「あぁ、これか。お前達、よくこんな内容で依頼を受けようと思ったな」

 憲兵が、ははっと苦笑しながら言う。


 受けるかどうか、まだ決めてないけどな。

 と内心思いながら、イヴルも苦笑いを返していると、不意に憲兵が手を上げた。

「あ、おい!シオン!」

 そして手を振る。

 後ろを振り返れば、シオンと呼ばれた女性が、一瞬キョトンとした後、こちらに向かって来るのが見えた。


 女性用の甲冑に身を包んだその憲兵は、手に丸めた羊皮紙を持っていた。

 入口にいた憲兵とは違って、兜は被っていない。

 赤毛の髪をショートカットにした女性、シオンは、歳の頃二十手前で、まだまだ新人と言った風だった。

 あどけない素朴な顔立ちで、憲兵と言うよりも、雑貨屋の店員をしている方がしっくりくるぐらいだ。


 シオンは、イヴルとルークにペコリと会釈えしゃくする。

「なんでしょう?」

 小走りにタタッと駆け寄ってきたシオンに、憲兵が依頼用紙を見せた。

「この依頼、出したのお前だったろう?こちらの旅人さん達が引き受けて下さるそうだ。丁重にご案内しろ」

「え!?まさか、本当ですか!?本当に本当ですか!?」

 シオンは、依頼用紙と憲兵を交互に見た後、信じられない、とばかりにイヴルとルークを見た。

「よくこんなフワッとした依頼を受けようと思いましたね~」

 などと失敬な事も言う。

「お前が作って貼り出したんだろうが。失礼な事を言うな。ほら、ご案内しろ」

 憲兵の男が、呆れたようにシオンを叱る。


「あ、はい!失礼を致しました!私はシオンと申します!」

 叱られて慌てたシオンが、敬礼しつつ改めて名乗ると、それに続いたルークが、イヴルの事も含めて簡単な自己紹介を返した。

「僕はルークです。こちらはイヴル。二人で旅をしています」

「よろしくお願いします。シオンさん」

 ニコリと微笑んだイヴルに、はぇ~っとシオンは変な声を上げて見惚れる。

 だがそれも束の間で、すぐ我に返ると、二人を手で指し示しながら歩き始めた。

「どうぞこちらへ!え~っと、今なら第三会議室が空いてたかな……」

 シオンは顎に手を当てて、一階左手へ二人を案内した。


 第三会議室は、左の通路に入って一番奥にある。

 シオンを先頭に、三人は左右にある部屋を素通りして、会議室の扉を開けた。

 会議室には、縦方向に大きな一枚板のテーブルと、それを挟むようにイスが八脚置かれてある。

 シオンは、イヴルとルークに、右手の真ん中に座るよう促した。


 そして、二人が座ったのを確認すると、シオンは「少々お待ちください」と言って、ダッシュで部屋から出て行った。


 それから、ものの数分で戻ってきたシオンの手には、先ほどまで持っていた羊皮紙の巻物が無くなっていた。

 どうやら、急いで届けてきたか、置いてきたらしい。

 会議室の扉を閉め、ぜえぜえと息を吐きつつ、左真ん中の席に着くシオン。


「え、えっと、依頼の、お話、ですよね」

「落ち着かれてからで結構ですよ?」

 額に汗を浮かべ、肩で息をしているシオンに、見かねたルークがそう言った。

「はっ!あ、ありがとう、ございます!」

 シオンは大きく息を吸い、吐く。

 それを二度繰り返し、ようやく息が整った所で、本題に入った。


「おほんっ!それでは、依頼の内容をご説明したいと思います!」

「その前に」

 意気揚々と説明を開始しようとしたシオンに、待ったをかけたのはイヴルだった。

 疑問符を浮かべて、首を傾げているシオン、とルーク。

 なんでお前まで首をひねってんだよ。

 と、イヴルは苦い顔をする。

 だから、軽くため息を吐いてから、口を開いた。

「我々は依頼の内容も、報酬も知らずにここまで来ました。ですので、もしも依頼内容、報酬がこちらの意にそぐわないものである場合、お話をお断りするかもしれません。その事は、ご承知願えますか?」

「あ、はい!それは、はい」

 イヴルが改めて確認すると、シオンは首を縦にコクコクと振る。

 振った後、ですが、と続けた。

「これからお話しする依頼の内容は、こちらとしてもかなり重要な事になりますので、もしお断りになられても、絶対に他言無用でお願い致します」

 真剣にそう言った。

「分かりました。お前も、それでいいな」

「ええ。僕も異存はありません」

 イヴルは頷いて了承し、ルークにも確認すると、同じような首肯が返ってきた。


「それでは、改めて説明を致します」

 シオンは神妙な面持ちで話を始めた。


 いわく。

 事の発端は、約三ヶ月前までさかのぼるとの事。

 富民が多く住んでいる西街区で、一家三人、父親、母親、息子の全員が、無惨にも金属バットで撲殺された。

 元々、金に物を言わせて、鼻持ちならない一家だったらしい。

 トラブルも絶えなかったと言う。

 その為、犯人を絞ることが難しく、かつ近所の人の話から、犯行が深夜だった可能性が高い事もあり、捜査は早々に行き詰った。

 犯人らしき人物を見かけた人もおらず、さらに凶器の金属バットも、武器屋どころか雑貨屋など、どこにでも売っているものらしく、そこから犯人を割り出すのは厳しい。

 さらに、直近でバットを買ったものはいないと、どの店の店主も証言した。


 犯人を突き止める事も出来ないまま、一週間が過ぎた頃、二件目の殺人事件が起こった。

 今度は北街区に住む老婆だ。

 少し気難しいが、特別厄介な人では無かったらしい。

 その老婆が、口と胃にパンを固めた丸い食べ物と、除草剤と思しき液体をパンパンに詰め込まれて死んでいた。

 発見したのは、近くに住んでいた娘夫婦。

 最近始めた、野良猫への餌やりをする姿が見えなかった為、不審に思い家を訪ねた所、発見したのだと言っていた。

 口から溢れていたパンの塊を調べた所、幾つか除草剤が染み込ませてあった。

 娘の証言から、このパンの塊は老婆が作っていた猫用の餌だったとの事。

 どうやら、この老婆は毒入りの餌を作って、野良猫にあたえていたようで、現に餌をやった後、たまに苦しみだす猫がいた事を、近隣の人が話していた。

 不審に思われないよう、数を限定して毒餌を作り、猫に撒いていたようだ。

 こちらも、犯行は未明に行われたらしく、不審者を見た者は皆無。

 毒、もとい除草剤も老婆が持っていた物の為、そこから犯人を辿る事は不可能だった。


 次の事件は、そこからさらに十日経った頃。

 東街区に住んでいた青年が殺された。

 この青年も、なかなか酷い殺され方で、口にこれでもかと矢が突き刺さって死んでいた。

 矢じりが喉を突き抜けていたらしい。

 発見したのは母親。

 二階の自室から出て来ない息子を起こしに行った際に発見。

 現場を見た憲兵は、まるで生け花のようだったと、顔を青くしていたそうだ。

 犯人は深夜、二階のたまたま開いていた窓から侵入。

 殺害に至ったと推測される。

 この青年は、人間関係など特に問題は無いようだったが、たった一つ、周囲も眉をひそめる趣味があった。

 それが、生きている鳥に矢を射かける事。

 周囲が止めるのも聞かず、時折弓矢を片手に鳥を狩っていたらしい。

 青年を殺した大量の矢は、やはり量産品で、犯人の目星を付けるのは難しく、時ばかりが無駄に流れて行った。


 今度は、それから五日後。

 犯行はやはり深夜。

 南街区で、独り身の中年男性の死体が発見された。

 背中や腹にナイフが刺さり、最終的に腹を裂かれた挙句、心臓までも切り裂かれて殺害された姿が発見された。

 異変に気付いたのは、向かいに住んでいた住人だそうだ。

 深夜、絶叫が聞こえたので見に行ったら、殺されて間もない男性を見つけたとの事。

 第一発見者の人は、あまりのむごたらしい現場に、一時言葉を発せないほどだった。

 その為、調書を取るのも難儀したらしい。

 男性を殺害せしめたナイフの類いは、大体が男性のコレクションしていた物だったが、背中に刺さっていた一本だけは違ったようで、すぐさま捜査が開始されたが、やはりこれもどこででも売っている品だった。

 実はこの男性が殺される前日、北街区にある学校にて飼われていた兎の惨殺事件があった。

 どの兎も、男性と同じく腹を掻っ捌かれて殺されていた。

 聞き込みをした結果、夜に兎小屋から出てくる男性を見たと言う目撃証言があり、どうやらその男性が兎惨殺の犯人であると目星を付けた矢先の出来事だった。

 まあ、本人はすでに死んでいる為、結局真偽のほどは分からず仕舞いだが、それ以来動物の惨殺事件は起こっていない。


 その後も、約一週間~二週間の間を空けて、殺人事件は続いた。


 ある時は、生きたまま丸焼きにされた男女。

 またある時は溺死体で発見された老人。

 さらにある時は、手足を縛られ、肩や足の付け根から切断されて死んでいた男性。

 他にも、全身の骨を粉々に砕かれ、箱に詰められていた女性。

 虫に喰われた本の様に、身体中が穴だらけになっていた少女。

 頭のてっぺんから爪先まで、皮膚を剥ぎ取られて死んでいた少年。


 等々。

 そんな凄惨せいさんな事件が、この三ヶ月続いているのだと言う。

 そうしてようやく、犯人として浮上した人物がいた。


 そこで、シオンは一度口を閉ざし、少しの間の後、言いにくそうに告げた。

「実は……。その犯人かも知れない人物って言うのが、この憲兵団で働いている人なんです」

「まさか、身内に犯人が?」

 ルークは目を丸くして驚く。

 「はい……。と言っても別部署なので、私は面識無いのですが……。それでも、こちらの面が割れてる可能性がある為、憲兵団とは無関係の人にお手伝い頂きたく、掲示板にて依頼を貼り出した次第なんです……」

 しょぼしょぼと、声が小さくなっていくシオン。

 最終的に、聞き取るのがやっとの大きさまで下がった。


 ルークはイヴルと目を合わせると、シオンに訊ねた。

「なるほど。状況は理解しました。それで、肝心の依頼内容は?」

 それを受けて、シオンは突然ウロウロと視線を泳がせ、ひとしきり言うのを迷った挙句、意を決して早口でまくし立てた。


「あなた方には犯人逮捕の為、おとりになって頂きたいんです!もちろん危険手当として報酬には色を付けさせて頂きますし、万が一負傷した場合には出来得る限りの治療を無償で行う次第でありますいかがでしょうか!?」


 後半をひと息で言い切ったシオンは、祈るような面持ちで二人を見る。

「囮……ですか」

「いいんじゃないか?」

 囮と聞いて、険しい表情をしたルークとは反対に、依頼の受諾を後押ししたのは、意外にもイヴルだった。

 ルークが軽く目を見開いている。

「珍しいな……」

 思わず内心が口からこぼれる。

「こんな面白……危険な事件、放っとく訳にいかないだろ?手助けしなければ!むしろ、ぜひ手伝わせて下さい!」

 最初にイヴルが言いかけた事が分かったのか、ルークは半眼でイヴルを睨みつける。

 その目を、どこ吹く風と無視するイヴル。


 ルークとは正反対に、シオンは目をキラキラさせて身を乗り出した。

「本当ですか!?ほ、本当にいいんですか!?」

「ええ!町の治安を脅かす殺人犯を、必ず捕まえましょう!」

 イヴルもキラキラオーラと共に、爽やかな笑顔でシオンの言葉に力強く頷いた。

 そして隣にいるルークを見る。

「いいだろ?」

「……わかった。実際、この状況は見過ごせないからな」

 ルークはため息を吐きながら了承した。


 ルークからも承諾を得られたシオンは、泣きそうな顔で立ち上がり、

「ありがとうございますっ!!」

 と、思い切り腰を折って礼を言った瞬間。

 ガツンッ!と、額と机がぶつかる、痛そうな音が会議室に響いた。


 それから二人は、容疑者の詳細を聞いた後、犯人確保の段取りをシオンと相談してから、憲兵団本部を後にした。

 その際、報酬の半分を前金として受け取る。

 憲兵団から提示された報酬は、危険手当を含んでもなお相場より高く、ちょっと高級な宿屋に泊まり、かつ誰かに夕飯をおごったとしてもなお余る金額だった。

 後の半分は、犯人が無事確保された時に支払われる約束だ。


 聖教国で流通している通貨は、実は王国、帝国でも使われており、三国共通である。

 貨幣価値もほぼ一緒と言っていい。

 通貨の名称は〝Dデア″。

 小D硬貨とD硬貨、大D硬貨の三種類からなっている。

 小D硬貨は親指の爪ぐらいの大きさで、側面にギザギザの溝が彫られ、百枚でD硬貨一枚と交換できる。

 D硬貨はその二回り大きく、側面には二本の線がぐるりと彫られており、こちらも百枚で大D硬貨一枚と同価値になるので、交換可能。最もよく使われている硬貨だ。

 大D硬貨は、親指と中指を繋いで丸を作ったぐらいの大きさ。

 三つの中で最も高価なだけあって、側面に精緻なつた模様が彫られていて、手間がかけられている。

 どの硬貨も、大きさこそ違うものの、図柄は同一で、銅の貨幣に埋め込まれた銀で剣と盾と星、同様に金で丸い双月が描かれていた。


 小D硬貨一枚から1として数えるので、D硬貨一枚は100D。

 大D硬貨一枚で1万D、と言った具合いになる。


 今回二人が受け取る予定の総額は、D硬貨で46枚。

 つまり4600Dデア

 依頼報酬の相場はピンキリだが、今回の様な荒事は大体3000D前後で推移している。

 平均的な町宿が、一泊二食付きで2000D程度なので、それを鑑みても高いと言えるだろう。


 懐が重くなって、ほくほく顔でイヴルは階段を下りる。

 その少し後ろを、ルークが呆れ顔で続いていた。

 なんだったらため息も零している。


 そうして、赤く染まった空を見上げながら、ルークは直前まで交わしていた話の内容を思い返した。


 容疑者は、主に町の治安維持を旨とする〝保安課″で働く人物だった。

 西街区で家族四人で暮らす、動物好きな、至って真面目な普通の人らしい。

 町の治安を守るはずの人が、殺人犯の容疑者だなんて、悪夢ですよ……。

 とシオンは沈鬱ちんうつな表情で頭を振っていた。


 犯人確保の段取りは以下の通り。

 ①容疑者とそれとなく接触。

 ➁容疑者に探りを入れる&挑発。

 ➂乗ってきたら、シオンに連絡を入れる。

 ④連絡が入ったら、シオンは犯人確保の為、憲兵団を連れて指定の場所にて待機。

 ➄決定的瞬間を捉えたら、総掛かりで犯人を確保。

 簡単に言えば、こんな感じの流れで決まった。

 なるべく早く捕まえたいとの事だったので、決行は本日中の予定だ。


 シオンから、どうやって決定的瞬間を作り出すんですか?と問われたが、イヴルはニッコリと笑って「秘密」とだけ答えた。

 シオンは首を傾げつつも、分かりましたと言って、ルークに細長い銀の棒を一つ渡した。

 長さは大体中指ほどだろうか。


 受け取ったルークに、シオンから一応、と説明をされた。

「それは通信機です。魔力を込めると登録された人と会話が出来ますので、連絡の際にお使い下さい。ちなみに、それに登録されているのは私です」

「へぇ~。そんな便利グッズがあるのか」

 イヴルが感心したように言う。

「これを持てるのは憲兵団に属している一部の人か、もしくは騎士団の方だけですから、そうそう見ないかも知れませんね」

 シオンはイヴルにそう返した。


 で、現在。

 茜色に染まった町を歩きながら、イヴルはルークから銀の棒、通信機を受け取り眺める。


 他者に声を伝える〝伝声魔法″は、存在するにはしている。

 が、使用する魔力量が多い事や、細々こまごまとした前提条件が厳しい事、さらに効果範囲も決して広いとは言えない事から、使用している者は限りなく少ない。

 つまりはコスパが悪いのである。

 それならば、登録した者に限定されるとはいえ、通信機を使った方が楽。

 そんな理由で、基本的に遠くの他者と連絡を取るのは、通信機を使うのが、この世界の主流になっていた。


「通信機も、今はこんなに小さくなったんだな」

「千年前は水晶玉だったからな。持ち運びには楽そうだ」

「逆に、簡単にポッキリ折れそうで怖いんだが、俺だけか?しっかし、通信できるのは登録した人だけとか、ずいぶんと限定的だよな~」

 棒を指先で摘んで、軽く振る。

「壊すなよ」

「誰が壊すか」

 軽く突っ込んでいると、昼にいた広場まで戻ってきた。


「さぁーてと、それじゃ、標的が来るまでここで案内板でも見てますか」

 イヴルはルークに通信機を返してから、案内板正面に移動する。

 標的、容疑者がここを通る予定時刻まで、まだ少し時間がある。

 どう話しかけ、どう誘い、どう挑発するのか、大体の流れは理解しているものの、発案したのが魔王と言う事もあり、一抹いちまつの不安が頭をぎるルーク。


 そのせいか、ルークはイヴルに念押ししてしまう。

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって!どうせ死にゃしないんだ。それにお前は嘘が苦手だし、今回の役目は俺が適任だろ?」

「それは、そうだが……」

「被害者の共通点、殺害の方法。話を聞いた限り、そのどれもが虐待、あるいは殺された動物の報復である事に間違いない。お前、か弱い動物なんて殺した事無いだろう?」

「……無い」

「だろう?なら、俺に任せとけって」

「お前はあるのか?」

「オイオイ。俺を誰だと思ってるんだ?かの悪名高き魔王だぞ?そんなの当たり前……っと、来たぞ」

 それを聞いて、表情を引き締めるルーク。


 そして、容疑者が近くに来たのを把握した所で、その人に聞こえる様に、ルークはイヴルに話しかけた。


「それで、今日の宿はどうする?」

「あー、幾つかあるみたいだな」

「金銭的に高い所は無理だぞ」

ふところ事情ぐらい分かってるわ!とは言え、飯の不味い宿は嫌だよなー」

「出来ればベッドは二つある所がいい」

「いや、当たり前だろ。俺だって、お前と一つのベッドで一緒に寝るなんて、死んでもゴメンだわ。それだったら外で寝た方がマシ……」


 容疑者が、二人をしげしげと見ながら通過しようとする。


「あ、すいません、お姉さん。ちょっと聞きたいんですけど」

 そうイヴルは、容疑者の女に声をかけた。

 三十代半ばほどの茶髪の女性は、驚いていた。


 その後、女性から宿を聞き、ついでに案内してもらう。

 北街区と西街区の境目、絶妙に入り組んだ路地の中に、石造りの三階建ての宿はあった。

 一階が受付と食堂。

 二階から三階が宿部屋。

 と分けられていた。


 案内を終え、帰ろうとする女性をルークは呼び止めて、やや強引に夕飯をご馳走すると言った。

 一度は断った女性だったが、ルークの真剣な様子に折れたのか、分かりましたと言った後、例の通信機を取り出して家に連絡を入れた。


 一階の宿帳に記入して、無事部屋を確保した二人は、早速食堂で女性と夕飯を共にする。

 酒を飲み、サラダやら肉やらをつつきながら、女性はルークとイヴルの旅話を楽しそうに聞いていた。

 その様子は、凶悪な殺人鬼の顔など、微塵みじんも感じさせないものだった。


「やっぱり、自分の知らない場所の話を聞くのは面白いですね!お二人の話し方が上手いのもあるのでしょうが。所で、お二人は何故旅を?何か目的でもあるんですか?」

 女性の質問に、最初に答えたのはルークだった。


 僅かに目を伏せながら、呟くように言う。

「僕は、自分の不老不死を解く方法を見つける為に旅をしています」


 一瞬、時が止まったような気がした。

 女性はポケッとルークを見た後、ぷっと吹き出して笑った。

「あははっ!不老不死の解除方法ですか?そもそも不老不死なんてありませんよ!旅人さん、真面目な顔して面白い事を言いますね」

 ルークは否定せず、かと言って怒りもせず、ただ静かに微笑むだけに留めた。


 イヴルは驚いていた。

 久しぶりに素で驚く。


 この世界ノルンにおいて、不老不死とはつまり、老衰や病気で亡くなる事が無い者を指す。

 毒物等の有害物質ですら、取り込んだとしても即座に全て無害化される。

 さらに、ある程度の負傷――頭部切断、胴体切断、分解以外なら、即時回復をするのが特徴だ。

 逆に、上記の内どれかか、身体の半分以上を消し飛ばされれば死ぬことは可能な為、正直ルークは死のうと思えば死ねる。


 しかし、ルークが願っているのは、単純な死ではなく、普通の人と同じように、日々を生きて歳を重ね、老いた末の永眠。

 だからこそ、わざわざ不老不死の解除法なんて面倒なものを求めて旅をしているのだろう。


 ちなみに、イヴルの場合、この不老不死に加えて不死身。

 つまりは不滅の身である。

 肉体の切断はもちろん、例え髪の毛一本と残さず原子分解されたとしても再生出来る肉体を持つ。

 その為、殺される事による一時的な死は出来ても、本当の意味での終わりは叶わない。

 ただし、ルークとは違い、女神由来の不老不死ではない為、有害物質の即時無効化は出来ず、解毒薬ないし魔法による浄化が必要となってくる。

 ルークの不老不死と比べて、幾分ランクダウン感が否めないが、この件に関する事はまた別の話になるので、今は割愛しよう。


 星神から授かった加護、何ものにも負けない頑強な身体。

 要はそれが、ルークが不老不死の身体となった原因だ。

 解除したいのならば、星神に直接言えばいいのだが、こうして旅をしている以上、断られたのだろうか。

 それとも他に理由が……と考えていた所で、女性が見つめてきている事に気が付いた。

 ハッと我に返り、イヴルはすぐに女性の質問に答えた。


「あ、俺はですね。実は元いた国で動物を大量に殺してしまいまして、お尋ね者になったからなんですよ」

 空気が凍った。

 さっきのが、意味を理解するのに止まった間だとするなら、今のは意味を理解したくないが故に止まった間だ。

「……え、なん、一体、何の動物を、殺した、んですか?」

 言葉をつっかえさせながら、女性はイヴルに聞く。

 酒とはまた違った赤みが顔に上っている。

 必死に抑え込もうとしているが、その手が固く閉じられ震えているのが、イヴルには見えた。


「猿の一種ですよ。キーキー喧しい上に、害獣と化した猿。生きている理由も存在している価値も無い猿を、間引いてやっただけです」

 イヴルは酒をちびっと飲んだ後、あえてヘラヘラした様子で答えた。


 怒りが頂点に達した女性が怒鳴ろうとした瞬間、イヴルの隣から、バンッ!と大きな音が響いた。

 テーブルの上の食器類がカチャカチャ鳴る。

 イヴルが目を丸くして隣を見ると、ルークがテーブルを叩いた形で固まっていた。

 ブルブルと肩を震わせている。

 これが演技なのだとしたら、ルークは劇団員としてもやっていけるだろうと思うほどだ。

 店の客だけでなく、女性も驚いてルークを見ていた。


 イヴルはすぐに立ち上がると、周りに頭を下げて謝罪する。

 何だったんだ、と不満げな人もいたが、徐々に元の喧騒けんそうに戻っていく。

「いやあ、貴女にも申し訳ありませんでした。この話題になると、コイツ機嫌が悪くなるんですよ」

 そう言いながら、イヴルは着席してルークを肘で小突いた。

 ルークは不機嫌そうに顔を顰めたままだった。


 それから、夜も更けてきたのを言い訳に、二人と女性は宿の前で別れた。


 帰っていく女性の背中を見送りつつ、イヴルはボソッと呟く。

「あれは確実に釣れたな」

「……そうだな」

 ややあって同意するルークに、イヴルは眉をひそめた。

「どうした?」

「さっき言っていた、お前が殺したという動物。……あれは人間の事だな?」

 それを聞いて、イヴルは笑った。

「ん?ははっご明察。その通りだ」

「貴様っ!!」

「人間だって動物の一種だ。嘘は言っていないぞ?」

「そう言う事じゃない!」

 激昂するルークに、イヴルは待ったと手で制した。

「そんな事より、シオンに連絡した方が良いんじゃないか?あの様子だと、今日中にでも俺を殺しに来るだろ。準備は早いうちにさせた方がいいと思うがな」

 淡々としたイヴルの様子に、納得いかないと不満顔のルークだったが、イヴルの言う事も一理あった為、通信機でシオンに連絡を入れた。


 首尾よく事が進んだ事を大いに喜びながら、シオンは急いで準備して行きます!とやる気に満ち溢れた声で、一方的に通信を切った。

 この後の流れとしては、イヴルの挑発に釣られてやってきた女性を、言い逃れの出来ないタイミングでルークが合図をし、憲兵団が飛び出し捕らえることになっている。

 ルークの合図があるまでは、憲兵団の面々は宿屋の周りで隠れて待機、といった形だ。


 通信が切れたのを確認した二人は、早々に宿へ戻り、本日の自室へ向かう。


 宿屋の主人に割り当てられたのは、二階の手前端にある部屋。

 それなりに安い宿の為、家具などは最低限しか置かれていない。

 クローゼットとベッドが二つだけ。

 蝶番ちょうつがいと床がきしまないだけ上等である。

 一つだけある窓からは、宿屋の入口が見えた。


 部屋に入ってすぐに、イヴルは剣帯と外套を外してベッドに寝転がる。

 剣帯に装備された長剣を壁に立て掛け、そこに外套を被せた形だ。

 一方のルークは、窓にカーテンを引いて、少しだけ開けた隙間から、宿入口を窺い見た。

「まだ来ねぇって。今までの傾向から、来るのは住人が寝静まった深夜だろ」

「もしかしたら、と言う可能性もある」

「お前本当に、欠伸あくびが出るほど真面目だよなぁ」

 そのまま、ベッドで寝ようとしたイヴルだったが、ふと夕飯の時の話を思い出す。


「そう言えば、お前、不老不死を解除する為に旅をしているって言ってたな」

 そして、興味本位で聞いた。

 ルークは窓から目を離さず答える。

「……ああ」

「なら、不老不死解除の方法が見つかれば、お前の旅は終わるのか?」

「……まあ、一応はそうなるな。真実、不老不死じゃなくなれば、の話だが」

「とすると、俺へのストーカー行為も終わるわけだな?」

「……ん?」

 声のトーンが上がったイヴルに、ルークは思わず視線を向ける。


 見れば、いつの間にか起き上がったイヴルが、心なしか目を輝かせてルークを見ていた。

「いや、それとこれとは」

「だったら、俺もお前の不老不死解除の方法探しを手伝ってやるよ!」

「え?いや、それは助かるが」

「お前の旅が終われば、俺はまた気ままな一人旅に戻れるわけだし、うん!win-winな関係だな!」

「いや、おい」

「いやぁ、俺って気遣いの出来る優しい男だからさ、始終お前といる今のこの状況は、中々にストレスだったんだよなー。また一人旅に戻れるのかと思うと、今から楽しみで仕方ない!」

「おい、人の話を」

「あ、後でどこまで調べたのか教えろよ!お前の知らない遺跡とか文献があるかも知れないからな!」

「人の話を最後まで」

「それじゃ、俺はこれからの依頼に注力したいから寝るな!お休みぃー」

 言い捨てると、再びバフンッと布団に倒れ込み、あっという間に寝息を立ててしまうイヴル。

 その顔は、とても晴れやかだ。

 呆気に取られていたルークだったが、すぐに正気を取り戻すと叫んだ。


「人の話は最後まで聞けっ!!」


 ルークの至極真っ当な苦情は、イヴルの穏やかな寝息が答えた。

 そうして夜はさらに深まっていった。


 虫も寝静まる深夜。

 イヴルは近づいてくる殺気で目を覚ました。

 起き上がると、ルークは相変わらず窓辺で外の様子を窺っていた。

 若干ゾッとしつつ、イヴルはルークを見る。

「……え、お前、まさかずっと?」

「ああ。いつ来るか分からないだろ?それより、ようやくお目見えだぞ」

 その言葉の通り、まだ小さいが、あの女性が月光に照らされて浮かび上がっていた。

 手に、鈍色に光る物を持って、迷いなく宿へ向かって歩いてくる。

「ハイハイっと」

 イヴルはベッドから立ち上がり、外套を手に取った。剣帯と長剣はそのままだ。

 相手に警戒感を抱かせない為だろう。

 そうして、静かに部屋を出ようとするイヴルに、ルークは声をかけた。

「どうするんだ?」

「まぁ任せとけ」

 ニッと不敵に笑って、イヴルはこの暑いのに外套がいとうを羽織って、軽い足取りで部屋を出て行った。


 宿屋を後にしたイヴルは、頭上にて輝く二つの月を見上げる。

 一つがマーニ、それよりも少しだけ小さい方がハティ。

 そう名付けられた真白い月は、今日も変わらず冷え冷えと隣り合っている。


 夏特有の湿気を多く含んだ空気を吸いながら、イヴルは視線を周囲に巡らせる。

 建物の陰や木の陰に上手く隠れて、憲兵団の人々の気配を感じる。

 その中でも、特に緊張感に満ち満ちたのが、恐らくシオンだろう。

 二階からはルークの視線が背中に刺さった。


 心配性だなー。

 などと考えていると、イヴルの姿に気付いた女性が、足を止めるのが見えた。

 距離にして五メートル程度。

 普通であれば、皆が寝静まっている時刻。

 そんな時間に、外に出ているイヴルを不審に思ったのだろう。

 女性は、思わず持っていた短剣を懐に隠す。


 女性に向かって、イヴルは今気が付いたかのように声をかけた。

「あれ?こんな深夜にどうしたんですか?」

 女性は一瞬ビクッとしたが、すぐに平静を保って、再びイヴルに近づきながら返事をした。

「旅人さんこそ。どうされたんですか?」

「俺は、なんだか眠れなくて。こうして外に出て夜風にでも当たれば、眠気も再び襲ってくるかな、と思いまして」

「そうでしたか。私も一緒です。眠れなかったので、気晴らしにこうして散歩をしているんですよ」

 女性はそう言いつつ、ゆっくりと、さりげなくイヴルの背後に回る。


 分かりやすい女性の動きに、イヴルは彼女に見えない角度で、ほくそ笑んだ。

「そう言えば、旅人さんは国で動物を殺した、と言っていましたが、罪悪感を感じた事は無いんですか?」

 女性の唐突な質問に、イヴルは振り返ることなく断言した。

「全く無いですね。迷った事もありません」

 怒りの気配が濃くなる。

「……そうですか。反省……もしていないんでしょうね」

「ええ」

 絞り出すように言った女性に、イヴルが肯定した瞬間。


 ドンッと、イヴルの背中に衝撃が走った。

 次いで焼け付くような熱、痛みが襲い、急激に視界が暗くなっていく。


「イヴルッ!!」

 頭上から、ルークの声が降ってきた。

 切迫した声に、イヴルは会心の笑みを浮かべた。

 そして、イヴルの意識は一度そこで暗転した。


 うつ伏せに倒れたイヴルの身体に、女性は馬乗りになると、続けてその心臓目掛けて滅多刺しにする。

「思い知れ!思い知れぇっ!!お前が殺した動物の痛みを思い知れぇぇえっ!!」

 叫びながら、ザクザクと突き刺す。

 充血した目でザクザクザクザク。

 眩い月光を受けて、ギラリと凶悪に煌めくナイフが、動かなくなった肉の塊に向かって振り下ろされ続ける。


 女性の背後で、二階から飛び降りたルークが着地する。

 建物の陰から、木の陰から、憲兵達が慌てて飛び出す。

 シオンは、血の気の引いた顔で、ゆっくりと木陰から出てきた。


 突き刺すたびに噴き出る血で、両手と上半身と顔を真っ赤に染め上げた女性を、憲兵団の面々が無理やりイヴルから引き剥がす。

 キーキー喚く女性は、それでもなお、短剣をイヴルに突き刺そうと躍起やっきになっている。

 まるで猿と大差ない女性を尻目に、ルークはイヴルへ駆け寄った。


 血でぐっしょりと濡れた外套が、重そうにイヴルにのしかかっている。

 ピクリとも動かないその姿は、どう見ても死体だ。


 ルークは急いでイヴルを仰向けにして抱え起こすと、見計らったようにパチリと、イヴルが目を開けた。

「上手くいったな」

 そしてそう、口から血を吐きながら、得意気に微笑んで言った。

 ルークは呆れたため息を吐く。

「お前、最初からこうするつもりだったのか?」

「まあな。決定的証拠が無いなら、決定的瞬間を取り押さえればいい。証拠を探すよりも手っ取り早いだろ?幸い、俺は死なないし」

 よっこらせっと身体を起こし、口から出た血を腕で拭っていると、無事犯人を確保したのか、女性が憲兵団本部へ連れて行かれるのが見えた。

 その際、イヴルは女性に向かって手をヒラヒラと振った。

 それが目に入ったのか、女性は驚愕の面持ちで固まる。

 同じように憲兵達も固まりかけるが、それよりも職務を優先して、女性を引き立てて行った。


 シオンがバタバタと二人に走り寄り、上擦った声で訊ねた。

「イ、イヴルさん、ご無事だったんですか!?」

「ええ、まあ」

「で、でも、あんなに激しくザクザク刺されていたのに!血だって」

「ああ、驚かせてすみません。このジャケットは防刃でしてね、外套の下に血糊ちのり袋を仕込んでおいたんです。その方が、犯人も油断すると思って」

 もちろん嘘である。

 ははっと笑いながら、イヴルは立ち上がった。

「そ、そうだったんですね。安心しましたぁ~」

 イヴルとは反対に、シオンは気の抜けた声を上げて地面へへたり込んだ。

「ルークさんは知ってたんですか?」

「え、ええ……」

 ついっと視線を逸らし、煮え切らない返事をするルーク。

 そんなルークに、シオンが首を傾げていると、イヴルがシオンに手を貸して立たせる。

「おかげで服は血まみれになっちゃいましたけど、無事犯人を捕まえられて良かったです。お疲れさまでした」

「あ、はい!ご協力感謝致します!お二方のおかげで、無事犯人を確保する事が出来ました!これは、約束の報酬です」

 シオンはルークに、残り半分の報酬が入った革袋を渡す。

 ルークも、シオンに借りていた通信機を返却した。


「ありがとうございました」

「いえ!こちらこそ!」

 礼を言い合うルークとシオンを横目に、イヴルは自分の身体に魔法をかけて、服の修復と付着した血の除去をしたのだった。


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 こうして、この町で起こっていたシリアルキラーによる殺人事件は、二人の旅人の協力を得て解決した。


 後日、犯人である女性の家から、犯行が書かれた手記が発見され、それを証拠として、女性には死刑判決が下された。

 女性の家族は、世間体もあり、この町から出て遠い別の町で暮らし始めたらしい。

 その際、飼っていた動物達もキチンと連れて行ったとの事。


 女性が書いた手記は、女性の死刑が執行された後、本として出版され、中々のヒット作となったそうだ。

 殺人鬼の書いた手記。

 この町で度々起こっていた、動物虐待や虐殺の報復として犯した殺人事件から、本のタイトルは〝報復ほうふく手記しゅき″。

 手記の最後には、死刑執行直前の、女性の直筆メッセージがつづられていた。


『オレは何も間違っていない。オレは自らの正義に従っただけだ』


 これ以降、この町で動物に関する事件はほぼ無くなったとの事だが、それがこの手記のおかげなのか、それとも動物虐待をしていた人間を、残らず女性が殺したからなのかは分からない。


 だが、それでも、今の町には平穏な空気が流れていた。




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