第8話 報復の手記 前編


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 ○月一日


 今日、飼っていた犬が殺された。


 庭に繋いで、番犬として飼っていた。

 純血でも何でもない、どこにでもいる雑種だったが、家族みんなで可愛がって愛していた。

 夕方、仕事が終わって帰ってきたら、庭で頭から血を流して死んでいた。

 身体中に暴行された痕があった。

 家に誰もいない時を狙って殺られたみたいだ。

 夜、家族全員で、泣きながら埋葬した。


 愛犬を殺した奴を、オレは絶対にゆるさない。


 ○月二日


 今日は仕事を休んだ。

 無論、愛犬を殺した奴を探す為だ。


 近隣の人達に聞き込みをした結果、どうやら我が家から少し離れた所に住んでいるガキがやったらしい。

 目撃証言が複数あった上に、そのガキ、いやその家の人間は、色々と問題を起こすことで有名だった。


 明日、その家をたずねてみようと思う。


 ○月三日


 今日も仕事を休んだ。

 上司からは、たかが犬如きで何日休むつもりだと怒鳴られた。

 動物嫌いの上司に、オレの気持ちは分からない、と叫びたいのを我慢して、ひとまず謝った。


 昼、愛犬を殺したガキの住む家を訪ねた。


 父親と母親、そして十二歳ぐらいのガキが出てきた。

 オレの家の犬を殺したのはお前か、と問い詰めたら、アイツら、ガキをかばって証拠はあるのかと言ってきやがった。

 見た人がいると言ってやったら、ニヤニヤしながら、それは物的証拠にはなりません、などと抜かしやがった。

 ガキは終始、母親の背中に隠れて、ニヤついていた。

 この手の人非人にんぴにんに、言葉は通じない。


 一度、家に帰る。


 ○月四日


 日付が変わった深夜、家族全員が寝たのを確認して家を出る。

 昼に訊ねた家を再訪。


 手に持っていた金属バットで、窓を破壊。

 家の中に入る。

 音に驚いた家人が出てきた。

 怒鳴り声が響いた。

 背格好と声から、恐らくは父親だろう。

 その後ろにもう一人、母親がヒステリックに叫んでいた。

 喚く父親の頭目掛けて、バットを振り下ろした。


 ゴシャッと、いい音が聞こえ、骨が砕ける感触が腕を伝う。

 父親が倒れて動かなくなった。

 母親は腰が抜けたのか、尻もちをついていた。

 そして金切り声を上げて、ヒィヒィと後ずさりする。

 その母親の頭部に、オレはさっきと同じようにバットで殴った。

 静かになった。


 部屋を出る。

 階段の所で固まったガキがいた。

 両親の叫び声を聞いて降りてきたんだろう。

 バットに付いた血と、オレの姿を見て、ガキは泣き叫びながら階段を駆け上がって行った。


 ゆっくりと追う。

 オレの頭は、かつてないほどに冷静だった。


 扉が閉まるのが見えた。

 次いで、鍵のかかる音も聞こえた。

 オレはその部屋の前へ行き、扉を蹴破った。


 ガキが部屋の隅で泣きながらうずくまっていた。


 オレは聞いた。

 なぜ、うちの犬を殺したのか。

 ガキは言った。

 家の前を通る度に吠えられて、前々からウザかったと、さらに人間関係でむしゃくしゃしていたと。

 それだけ。

 たったそれだけで、うちの犬は殺された。


 オレはバットを振り上げた。

 ガキは泣いて謝った。

 オレはバットをガキの腕目掛けて振り下ろした。

 バキッと骨の折れる感触と音がした。

 ガキが叫んだ。

 五月蠅うるさかった。

 さらにバットで殴った。

 今度は足。

 ひざを割ってやった。


 バットを振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。振り上げて下ろす。


 その度に、ガキのどこかの骨が折れる、砕ける。

 うちの犬にしたように、ガキを滅多打ちにしてやった。


 頭と首以外の骨を、あらかた折ってやった。

 バットはグシャグシャにへしゃげていた。

 ガキは芋虫のようにうごめき呻くだけで、もう叫んではいなかった。


 最後に、ガキの脳天をかち割って終わった。


 スッキリした。

 これで愛犬も浮かばれるだろう。


 オレは使い終わったバットを放置して、家へ帰った。


 ○月四日


 今日は仕事へ行った。

 晴れやかな、実に清々すがすがしい気分だった。

 嫌味ったらしい上司の顔も、今日ばかりは愛らしいキャラクターに見えたほどだ。


 夕方、帰宅すると、家に二人の憲兵が訊ねてきていた。

 近くで殺人事件があったと。

 一家三人、無惨にも皆殺しだったと。

 何か知っている事は無いか、聞かれた。

 オレは知らないと答えた。


 憲兵は、そうですか、と言っただけで、それ以上は何も聞いて来なかった。

 ただ、愚痴ぐちを俺に漏らして帰って行った。


 いわく。

 事件のあった家の近隣の人が言うには、深夜に叫び声を聞いた気がするが、元々面倒な一家だった為、関わり合いになるのを避けた結果、発見と通報が遅れたとの事。

 深夜だった為、犯人を見た人は皆無。

 さらに、殺害された一家は、方々でトラブルが絶えなかった為、容疑者を絞り込むのが難しいとも言っていた。


 まぁ、もうオレには関係の無い事。

 捜査している憲兵の皆さんには、精々頑張ってくれとしか思わない。


 大変ですね、と言っておいた。


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 ○月十日


 今日は仕事に行く途中、地面でピクピクと痙攣けいれんしている生き物を発見した。

 黒い子猫だった。

 すぐに拾い上げ、仕事を休んで病院に直行した。


 朝早かったが、幸いにも病院は開いていて、すぐに診てもらえた。

 医師が言うには、何か毒物を食べたのかも、との事。

 弱った子猫には少し負担だったが、胃の洗浄をしてもらい、事なきを得た。

 それでもまだ、ぐったりとしていたので、家で看病する事に決めた。

 猫用のご飯と薬を買って、病院を後にする。


 猫を抱えて家に帰宅。

 今日から、この猫を飼うと伝えた。

 家族は驚いていたし、愛犬が亡くなって日も経っていない事から、複雑そうな表情をしていたが、経緯いきさつを説明すると「あなたらしい」と言って受け入れてくれた。

 優しい家族に感謝しかない。


 それにしても、こんなに愛らしい子猫に、こんな酷い事をしたのは一体誰なのだろう?


 家族に子猫をたくした後、遅くなったが仕事へ向かった。


 ○月十一日


 昨日の事で、未だに上司が怒っていたので、再度、平身低頭謝罪した。

 いくら自分が悪いとは言え、何度も謝るのは嫌な感じだ。


 仕事が終わった帰り道、野良猫にエサをやっている老婆を見かけた。

 野良の餌やりに、色々と言う人がいる事は知っているし、問題点もあると思うが、野良にとってはこれが生命線になっている事もある。

 オレは密かに老婆に賛辞さんじを贈った。

 そして物陰から、そっと見守った。


 老婆は、あっという間に餌やりを終えると、自宅へと入って行った。


 オレも帰宅しようとした瞬間、猫が苦しみだした。

 急いで駆け寄った。

 慌てて駆け寄った為、元気な他の野良猫は散り散りに逃げて行ってしまった。

 苦しんでいるのは二匹だ。


 オレはその二匹を抱いて、昨日行った病院に飛んで行った。


 幸い、発見と治療が早かったおかげで、野良二匹はすぐに元気になった。

 医師の話だと、オレが昨日助けた子猫と同じ症状らしい。


 という事は、あの老婆が元凶なのだろう。

 オレの心に、怒りの炎が灯った。


 ○月十二日


 あの後、野良二匹も我が家の家族に迎えた。

 続けて猫を拾ってきたオレに、相方は呆れ顔だったが、子供達が喜んでいた為、ため息だけで勘弁してくれた。


 仕事の帰り道、老婆がまた猫に毒入りの餌をやろうとしているのを発見した。

 オレは即座に老婆に近づき、声をかける。

 老婆は一瞬ビクッとした後、そそくさと家に帰って行った。

 今日の餌を逃した猫達からは、恨みがましい目を向けられた。

 むしろ、殺されていたかも知れないのだから、感謝の一つでも欲しい所ではある。


 家に帰ったら、元気になった子猫に飛びかかられた。

 控えめに言って、めちゃめちゃ可愛い。

 元野良二匹は、未だに警戒心が解けないのか、二匹してベッドの下から出て来ない。

 でも餌時には出てくる。

 現金な奴らだ。

 だが、そこも良い。


 ○月十三日


 今日は仕事が休みだ。

 本当なら家族サービスして然るべきなのだろうが、それよりも先に憂いを晴らしたい。


 早朝、オレは家を出てくだんの老婆宅へ向かった。


 昨日の夕方、オレに邪魔された為か、今日は朝に毒餌どくえこうとしていた。

 オレは、野良猫達を二度とここに来させないように、蹴散らすように走っていき、老婆を捕まえた。


 老婆は驚いて、持っていた毒餌をオレにぶっかけてきた。

 それでも手を離さず、なぜ毒入りの餌をやるのか聞いた。

 老婆は口汚くオレをののしり、今度は餌の代わりに罵詈雑言ばりぞうごんをぶっかけてきた。


 およそ何を言っているのか、判別するのが難しかったが、唯一分かったのが、老婆が猫嫌いだと言う事だ。

 猫が嫌いだから、猫が苦しむ姿を見て楽しんでいたのだと言っていた。


 理解できない。

 嫌いなら避ければいい。

 関わり合いにならなければいい。

 わざわざ毒入りの餌を使ってまで苦しめよう、関わろうとする姿に、オレは嫌悪感を抱いた。


 老婆はオレの手を振り払うと、脱兎の勢いで家へ逃げ帰って行った。


 この日は、オレも帰った。

 帰って、暇そうにしていた子供達と遊んだ。


 ○月十四日


 今回も家族が寝静まった深夜、家を出た。

 向かうのは、もちろんあの老婆宅だ。


 誰ともすれ違わなかった。

 明かりの点いている家は無かった。


 オレは、どこか開いている窓か扉が無いか探した。

 一つだけあった。

 勝手口だ。

 そこからそっと中に入る。


 物音をたてずに部屋をくまなく探す。

 もちろん老婆を、だ。

 その際、キッチンで猫に撒くであろう、毒入りの餌と、毒の原液を引っ掴んだ。


 階段を上がり二階へ行くと、二つある部屋の内の一つで、老婆がベッドで寝息をたてていた。

 オレは、毒の原液をそっと床に置いた。

 そして老婆の口をふさいだ。


 その瞬間、老婆が起きた。

 何が起きているのか理解できないらしく、目をせわしなく動かしているのが、月明かりで見えた。


 オレは老婆に、もう二度と猫に毒入りの餌を撒くなと言った。

 その事で、老婆はオレの正体に気が付いたらしく、敵意のこもった目で睨みながらモゴモゴと喋った。

 手を口から離す。

 途端に、老婆は臭いつばを飛ばして、オレを罵倒ばとうした。

 オレは再度、同じ事を言った。

 老婆は無視して叫ぼうとした。


 反省も改善の余地も無いと判断したオレは、老婆の口に老婆が作った毒入りの餌を突っ込んだ。

 吐き出さないように口を手で塞いだ。

 口に突っ込まれた物が何なのか、老婆は察したようだったが、吐き出したくても出来ない為、そのままゴクリと飲んだ。


 手を離すと、老婆は這いつくばってゲーゲー言っていた。

 オレは老婆の顎を掴んで、無理やり上に向かせると、追加で餌を突っ込んでやった。

 鼻をつまんで、飲まざるを得ない状況にしてから、毒の原液を水代わりに突っ込んで飲ませてやった。


 やがて老婆の身体は動かなくなった。

 まばたきも呼吸もしなくなった。

 ダランとした身体は重かった。


 オレは老婆の身体を床に放り捨てた。

 ドサッと重い音がした。

 ピクリとも動かない姿は、まるでゴミのようだった。


 オレは毒餌と毒の原液を老婆の家に放置して、家に帰った。


 ○月十五日


 今日も仕事は休みだ。

 久々にグッスリと寝た。

 昼を過ぎて起きた時、布団の、いや身体の上に子猫が乗って寝ているのを見て、多幸感でいっぱいになった。


 一階に下りてきたオレを見て、相方が険しい表情をした。

 やはり昼過ぎまで寝ているのはダメだったか。

 と思ったら、どうやらそうでは無いらしく、オレが仕事へ向かう途中にある家で、老婆が遺体で発見されたらしい、と言ってきた。

 この間の一家三人の殺人事件と言い物騒だね、と心配そうにしていたので、オレは平気だろ、と言ってやった。


 オレの緊張感の無い返事に、相方はむくれていたが、そんな事よりも朝飯、いやさ昼飯が欲しい所だった。


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 ○月二十五日


 今日は仕事だ。

 昼休み、公園で昼食を摂っていると、目の前に矢が突き刺さった鳥が通って行った。


 驚いて茶を吹いた。

 ついでに弁当をひっくり返した。


 どうやら内臓には刺さっていないらしく、鳥は矢が刺さったまま、悠々と空を飛んで行った。


 唖然とするオレの前に、あの鳥を追いかけて来たらしい十代後半の青年が滑り込んできた。

 その手には弓矢が握られていた。


 オレは青年に聞いた。

 もしかして、君がさっきの鳥に矢を放ったのか、と。

 青年はキョトンとした後、そうだと答えた。

 食べる為に殺そうとしたのかと聞くと、違うと答えた。

 では何の為に?と聞くと、青年は満面の笑みで楽しいから、と答えた。


 オレは二、三、青年と問答した後、別れた。

 昼休みはまだ残っている。

 オレは青年の後をつけ、家を特定した。


 深夜、オレは矢を片手に青年の家に行った。


 近くにあった木を足掛かりに、二階へ上がり、運良く開いていた窓から中へ入る。


 青年はベッドで大口を開けて、グースカ寝ていた。


 オレはその口目掛けて、持っていた矢を突き刺した。

 何が起きたのか分からないまま、青年は口から血を噴いた。

 青年が叫ぶ前に、追加の矢を二本、三本と連続で口、喉に突き立てていく。


 それほど間を置かずに絶命したらしい青年の口に、さらに矢をぶっ刺す。


 最終的に、花瓶よろしく、口から矢の花をこれでもかと咲かした青年を放置して、オレは家に帰った。


 あー、スッとした。


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 ○月三十日


 兎の惨殺事件が起こった。

 子供達の通う学校で、情操じょうそう教育の一環として飼われていた兎だった。


 生徒、教員全員で大切に飼っていたのに、夜何者かが侵入して、腹をさばいて殺したのだ。

 生き残ったのは、いなかったらしい。


 子供達がワンワン泣いていて、思わずオレも貰い泣きしてしまった。


 近くを通りがかった憲兵に、兎の事を聞いてみた。

 どうやら犯人の目星はついているみたいなのだが、決定的な証拠が無い為、捕まえるには至っていないと言っていた。


 オレはそれとなく自然に、その犯人の特徴と家を訪ねた。


 深夜、オレは犯人の家を訪れた。

 部屋の明かりは点いていた。


 正々堂々と乗り込んだ。

 犯人は中年の、太った男だった。

 突然訪問したオレに、男は驚いた様子だったが、時間も時間だった為、家へと上げてくれた。


 オレは単刀直入に聞いた。

 兎を殺したのはお前か、と。

 男は明らかに動揺していた。

 目がウロウロと彷徨さまよっていた。


 何故と問うたオレに、男は掴みかかってきた。

 オレはそれをヒラリとかわすと、隠し持っていたナイフで、男の背中を刺した。

 が、脂肪の壁が邪魔をして、上手く刺さらない。

 男は絶叫して、もんどりうって倒れた。


 オレはナイフを抜くのを諦めて、男がコレクションしていたらしい、壁に飾ってあったナイフを取って刺した。

 まだ死なない。

 さらにナイフを取って刺す。

 まだ死なない。

 さらにナイフを取って刺す。

 まだ死なない。


 いい加減刺すのにも飽きた為、オレは新たに取ったナイフで、全力で男の腹を掻っ捌いた。

 脂肪と肉の他に内臓がデロリと出た。

 手に持ったナイフで心臓を裂いてやったら、男は絶叫をやめた。

 ようやく死んだ。


 オレは、男の身体を、男が兎にしたように、ズタズタに裂いてやった。


 因果応報だ。

 ざまあみろ。


 男の叫び声を聞いて、近所の人間が訪ねてきた。


 オレはこっそりと窓から出て、家へ帰った。


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 ×月十七日


 今日の夕方、仕事の帰り道で、珍しく旅人にあった。


 二人連れで、共に美形だったが、特に目を引いたのは、黒い髪を後ろで一つに結んだ、紫色の眼を持つ男だった。

 一瞬、女と見間違えたほどだ。

 首に黒いチョーカーを着けて、上から下まで黒い服を着ていた。


 もう一人は、金色の硬そうな髪質をした、宝石のように赤い目をした青年だった。

 こちらは深緋こきひ色の外套が目を引いた。


 どうやら今日の宿を探しているらしく、町の広場にある案内図を見ていた。

 この町には宿がいくつかあり、その内のどれにするか話しているようだった。


 オレは物珍しさもあり、思わずしげしげと眺めながら横を通過したら、それに気付いたらしい黒髪の男に声をかけられた。


 一瞬、見ていたことを怒られるのかな、と思ったが違った。

 旅人は、オレがこの町の住人である事を確かめた後、飯が美味くて、出来るだけ料金が安い宿はどこか、と聞いてきた。

 オレは案内板まで行き、それならココ、と指し示した。

 町の中央より少し離れた路地、入り組んだ道を抜けた先に該当の宿はある。

 この宿なら飯は申し分ないし、代金も比較的安い、と教えてやった。

 自宅へ帰る途中、ちょうどその路地近くを通るので、ついでだから宿まで案内する、と言ったら嬉しそうに礼を言われた。


 それから宿に到着して、旅人達に別れを言って立ち去ろうとすると、今度は金髪の旅人に呼び止められた。

 お礼に、夕飯をご馳走するとの事。

 大した事じゃないから、と断ったものの、旅人から、それでは我々の気が治まらないと強く言われ、仕方なく受け入れた。

 

 一度家に帰り、家族に「今日は外で食べる」と言い置いてから、オレは再度旅人と合流した。


 その後、旅人達と宿内で夕飯を摂る。

 酒も交えつつ、旅人達から様々な町や村の話、旅した場所の話を聞いた。

 危険な体験もあったそうだが、聞く話のどれもが面白く、飽きることなく聞いていると、あっという間に夜は更けていった。


 そろそろお開きにするか、と思い、オレは最後に旅人達に質問した。

 何故、あなた方は旅をしているのか、と。


 純粋な好奇心からだ。

 家族を捨て、故郷を捨て、一所ひとところに定住せず、町や国をあてもなく流される様に渡り歩くのはどんな気持ちなのか。

 それを、僅かでも知りたいと思った。


 最初に答えたのは金髪の旅人だった。

 だが、その内容は余りにも荒唐無稽で、ここに書く気にはなれない。

 くだらな過ぎて、思わず笑ってしまったほどだ。


 しかし、そんなオレとは反対に、黒髪の旅人は、驚いたように金髪の旅人を凝視していた。

 何にそんなに驚いているのか、オレには理解出来なかった。

 どうせ、ただの冗談だろうに。

 もしかして、二人はそれほど長い間、一緒に旅をしてきた訳じゃ無いのかもしれない。

 だから、黒髪の旅人も、こんな冗談を言う奴だったのか、と驚いているのやも。


 オレがそんな事を考えていると、束の間の後、我に返ったらしい黒髪の旅人が、今度は理由を話してくれた。

 だがそれは、オレが想像だにしていないものだった。


 黒髪の青年が旅をしている理由。

 それは、元いた国で大量の動物を殺して、お尋ね者になったからだそうだ。


 オレは、怒りで震える手を悟られないように聞いた。

 一体、何の動物を殺したのか。

 青年はヘラヘラしながら答えた。

 猿の一種だと。

 キーキーやかましい上に、害獣と化した猿。

 生きている理由も存在している価値も無い猿を、間引まびいてやったのだと、そう青年は美しい顔を酒で紅潮させながら言った。


 カッとなって怒鳴ろうとしたオレよりも早く、金髪の旅人がテーブルを強く叩いた。


 シンッとなる店内。


 店内にいた人全員が、オレ達を見ていた。

 すぐに黒髪の旅人が立ち上がり、周りの人に謝罪すると、じわじわと元の喧騒けんそうに戻っていった。

 オレにも謝ってきた。

 この話題になると、コイツ機嫌が悪くなるんですよ。

 そう言いながら、青年は着席して金髪の旅人を小突いた。

 金髪の旅人は不機嫌そうだった。


 話すことの無くなったオレは、二人に別れを告げ家へと帰った。


 今回の獲物は決まった。

 どんなに美しい姿をしていようと、その心がみにくければどうしようもない。

 人面獣心じんめんじゅうしんのケダモノに正義の鉄槌を下さねばならない。

 例えそれが旅人でも。

 いや、むしろ旅人で、己の罪から逃げ回っているのなら尚更だ。

 根無し草の彼を断罪出来るのは、オレしかいまい。


 オレは、鈍く輝く短剣を片手に、深夜を待って家を出た。


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