第3話 森の中の家 前編


「お前さぁ。いい加減にしろよ」

 鬱蒼うっそうとした森の中で、男のうんざりした様な、あるいはゲンナリした声が響く。


 時刻は真昼。

 ポツポツと、木陰の隙間から差し込む日の光は、これでもかと言うほど強い。

 季節は夏。

 一歩でも森の外に出れば、だるような暑さが襲ってくるに違いない。

 だが、森の中は木々が生い茂り、木の葉が天幕の様に頭上をおおっている為、外と比べて体感温度は五度も下がっている。

 それでも、軽く動けば汗が滲む程度には暑いのに変わりはないのだが。


 そんな中、苔むした地面と、所々で思い出した様に突き出た木の根を踏みしめて、二人の男が並んで歩いていた。


 一人は、腰まである黒い長髪を後ろで一つに結んだ、紫色の眼を持つ絶世の美青年。

 線の細さと、透き通るような真っ白い肌から、黙っていれば女性と見間違われてもおかしくないが、れっきとした男である。

 歳は二十歳前後。

 首に黒いチョーカーを巻き、上から下まで、ほぼ黒一色の服を着ている。

 それが今は暑さの為、フード付きの黒い外套を腰に巻いて、その下に着た黒色のジャケットと濃灰色の半袖シャツを露わにしていた。

 外套の丈が長いおかげで、歩く度まるでマントの様にひるがえっている。

 その上から装備した黒い剣帯には、一振りの長剣が下がっていた。

 黒いズボンを履き、さらに上から履いた黒いミリタリーブーツが、地面から伸びていた草を踏みつけて進む。


 もう一人は十七、八歳の青年。

 ピンピン跳ねた金色の髪と、ガーネットの様な煌めく紅い眼をした、これまた美形の男だ。

 上半身に白い五分袖ののシャツを着用し、深緋こきひ色の外套と焦げ茶色の剣帯を腰に巻き、下は黒いズボンを履いていた。

 こちらも、先の青年と同様、外套をマントの如く翻して歩く。

 剣帯には何の飾り気も無い、シンプルな長剣があった。

 青年の茶色いミドルブーツが、目の前に転がっていた枝を跨ぐ。


 二人が歩いている道は、人の往来が途絶えて久しい。

 いわゆる獣道に近かった。

 太陽が滅多に差さない為か、真昼にも関わらず森は薄暗い。

 そんなわけで、雑草の類いは少なく、苔むした寂しい道が広がっていた。

 森の青々しい濃い匂いが、二人を取り巻いている。


 その瑞々しい匂いを感じながら、赤金の青年は紫黒の青年に目を向け、首を傾げた。

「突然どうした?イヴル」

 青年の、心底わからないと言った様子を見て、イヴルと呼ばれた紫黒の青年の表情が苦々しく歪む。

 そしてため息を吐いた。

「あのなぁルーク。お前が善性の塊だって言うのは、よく知っているつもりだ。なんせ勇者だからな」

 ふむ、と黙って言葉の先を待つ、赤金の青年ことルーク。

「だから、行く先々で人間の〝お願い″を聞くのも否定しない。それが無償であろうと有償であろうとな」

 そこで一度、言葉を区切る。

 地面から盛り上がった木の根を避けたからだ。

「だがな、その頼み事にいちいち俺を巻き込むのはやめろ。やれ消えた婆さんの捜索だの、産気づいた妊婦の為によぼよぼの産婆を運ぶだの、夫婦喧嘩の仲裁だの、果ては夕食の為の食材調達だのと、心底どうでもいい事に巻き込まれて、俺はもううんざりだ!頼まれたのはお前!引き受けたのもお前!なんで俺を巻き込むんだ、いい加減にしろ!!」

 途中からヒートアップしていったのか、徐々にイヴルの語気が強くなっていき、最終的に叩きつける様にルークへ叫ぶ。


 紅い眼をパチパチさせて、キョトンとするルーク。

「嫌だったのか?」

「当たり前だろ!そもそもが、お前と旅をしていること自体が嫌だ!」

「その割には、文句も無く手伝ってくれていたと思うが。こうして、なんだかんだ旅を続けているし」

「お前が!付き纏ってるだけだろ!それに、文句はその都度言っていた!お前のその筋肉の様な脳みそが忘れてるだけだ!」

「そうだったか?」

 頭上の木の葉を見ながら首を傾げるルーク。

 対して、もうヤダ!と顔を覆うイヴル。


 今でこそ、半ば諦めてルークと一緒に旅をしているイヴルだが、当初は頑張ってこうとしたのだ。

 気配を消して人混みにまぎれたり、入り組んだ路地裏で撒こうとしたり、全力で走ったり、転移魔法を使って飛びまくったりと、それはもう思いつく限りあらゆる手を使ったが、そのことごとくが無駄に終わった。

 ルークのしつこさを千年前から知っているイヴルだが、それでも改めて身に染みる。

 発泡スチロールのカス並みに離れない。

 その為、今ではもう諦めて、唯々諾々いいだくだくと一緒に旅をしている訳だ。


 千年前の勇者と魔王が、こうして(傍から見れば)仲良く共に旅をしているなど、普通であれば考えられない事である。

 知っている者が見れば卒倒するだろう。

 まあ千年経った今、そんな者はそうそう現れないが。


 そうして、イヴルは重いため息を吐き出す。

「今回だってそうだ。なんだってこんな、森の中の家を目指さなきゃいけないんだ……」

「嫌なら付き合わなくてもいいんだぞ。連れては行くが」

「それ、実質付き合わせてるのと変わらないだろ」

 何を言っても響かないルークに、イヴルは諦めた様に脱力してダラダラと歩く。


 そう。

 今、イヴルとルークは森の中にある一軒家を目指している。

 より正確に言うならば、そこで暮らしている一家の安否確認が目的だ。


 事の起こりは二日前。

 この森からほど近い町に立ち寄った時の話。


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「叔父一家を訪ねてほしい、ですか?」

 怪訝けげんそうな顔と声色で言ったのはルークだ。

 イヴルはルークの後ろで、退屈そうに家の中を見回している。


 赤レンガ造りの、何の変哲もない二階建ての一軒家。

 簡単な石壁に囲まれたこの町は、屋根から突き出た煙突付きの赤レンガの家が一般的だ。

 隙間なく敷き詰められた石畳の道に、赤レンガの家々。

 町の規模はそれほど大きくないものの、所々に花壇や道には街灯もある為、それなりに裕福な町であることは明白だ。


 その町の中心地に、依頼用の掲示板がある。

 掲示板には、報酬と引き換えに依頼をこなす、分かりやすく言えばクエスト、あるいは臨時バイトの貼り紙が貼られていた。

 イヴルとルークも、旅を続ける以上は先立つものが必要である。

 たとえ魔王、勇者と言えども、この枠組みから逃れる事は難しい。

 要は金が必要だった。


 時刻は夕方と夜の境。

 ひとまず、宿屋に向かう前にざっと見ておくか、と立ち寄った際に、ちょうど依頼を貼ろうとしていた中年の夫婦に声をかけられたのだ。

 依頼を受けてくれれば、報酬の他に家に泊まってもらっても構わない、と提案された為、とりあえず話だけでも聞く事になったのである。


 案内された家は、中心地からそれほど離れていない。

 歩いて十分ほどだろうか。

 屋内に入ってまず言われたのが、連絡の途絶えた叔父一家の安否を確かめて欲しい、だった。


「はい。毎月、必ず一度は近況を記した手紙が届いていたのですが、それがもう三ヶ月も連絡が無いのです。几帳面な叔父なので、突然連絡を絶つなど考えられず。しかし、かと言って叔父の家は深い森の中にある為、おいそれとたずねることも出来ません。それで依頼をと……」


 そう説明する男性の顔色はあまり良くない。

 きっと心労でよく眠れていないのだろう。

 男性の妻が、心配そうに背中に手を添えている。

「どうか、お願い出来ませんか?夫と叔父は兄弟の様に仲が良かったものですから。大金を用意する事は出来ませんが、それなりの報酬をお渡ししますので、どうか」

 女性はルークに懇願する。

 暇そうにあちこち見ているイヴルより、真摯しんしに聞いてくれているルークに頼むのは、当然と言えば当然の話。

 あるいはルークがリーダーだと判断したのだろうか。

 兎にも角にも、

「わかりました。僕達で良ければ、お引き受けします」

 人の良いルークは、当たり前の様にイヴルを巻き込んで引き受けた。

 イヴルは死んだような目で天を仰ぎ見る。


「あぁ!ありがとうございます!ありがとうございます!!」

「どうか、よろしくお願いします!」

 顔をぱあっと輝かせて、何度も礼を言う夫婦。

 男性の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 いえいえ、と微笑んで首を振るルークを見ながら、イヴルは唐突に夫婦に訊ねた。

「所で、なんでその叔父一家はそんな森の中に?この町に住めない理由でもあったんですか?」

 興味無さげだった青年が突然聞いてきた事に、夫婦は僅かに驚くが、すぐに答えてくれた。

「元々は町で暮らしていました。ですが、厭世家えんせいかと言うのでしょうか、叔父はあまり人付き合いが上手くない人でして。いや、人が嫌い、という訳では無いのですが、とにかく繊細な人で……。加えて娘さんが病弱で、森にはその病に効く薬草が多く生えていると。それもあって、町よりも森へ移り住んだ方が良いと判断して、十年前に町を出て行きました」

「なるほど」

 男性が話し終えると、イヴルは短くそう返した。


 それから口を開くことの無いイヴルをチラリと見たルークは、次いで質問をする。

「では、その叔父一家の家族構成と名前を伺ってもよろしいですか?あと、分かれば大体の家の場所と外観も」

 無いとは思うが、まかり間違って他人の家を訪ねる事が無いようにだ。


 その後、夫婦からある程度の情報を聞いた二人は、この家で一夜を明かし、翌朝早くに町を出発したのだった。


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 そして、森へと入り、丸一日経過して今に至る。


 気分を切り替える様に、イヴルは盛大なため息を吐いた後ルークに言う。

「それじゃ、情報の確認といこう」

 のがれられないなら受け入れてしまった方が早い。


「ああ。まず家族構成だが、叔父とその妻、アロスと言う名の息子と、その妹のフィオーナ……例の病弱な娘の四人家族」

「家は町にあるような赤レンガ造りの二階建て。場所はあくまで大体だが、森の奥深くにある湖のほとり近く、だったな」

「そうだ。自給自足の生活らしく、家の隣には畑があるらしい。手紙は配達人が取りに行く訳では無く、鳩が運んでいたそうだ」

 ルークがそう言った所で、イヴルはフッと笑った。

「まさか、手紙の伝達手段が伝書鳩とはな。聞いた時は耳を疑った」

「…………」

 否定をしない、という事は少なからずルークも同じように思っていたのだろう。


「さて、順調に進んでいるのなら、そろそろ目的地に着いてもおかしくないが……」

 ルークはおもむろに話を切り替えると、視線をイヴルから真正面へと戻し、その先にあるであろう湖を探す。

 それに合わせて、イヴルはうーんっと伸びをした後、手を頭で組む。

「出来れば夜になる前に着きたいな。野宿も悪くないが、やはりベッドで寝るのには敵わない」

 そしてふかふかのベッドへ思いを馳せる。

「否定はしない」

「という事は肯定だな?」

 楽しそうに横目でルークを窺うイヴルに、ルークは無言で答えた。


「そう言えばお前、その容姿にしてはあまり町で騒がれなかったな」

 ルークの露骨な話題替えに、思わず目をしばたたかせるイヴルだったが、まあいいかと応じる。

「ああ、コレのおかげだ」

 トントン、と首に着けてあるチョーカーを軽く叩く。

「チョーカー?」

 ルークは、視線をイヴルの首へ落とす。

「そ。行く先々でキャーキャーワーワー騒がれてたら鬱陶しいし、動き辛いからな。これで、常時軽い認識阻害を周りに与えているんだ。と言っても、顔見知りや、会話したりすると効果が薄れるんだが」

「魔法……なのか?」

 チラッと窺うように見ると、イヴルは少し迷った末に、そっと頷いた。

「……まあ、その様なものだ。本来メインは別の用途で使っているんだが……。認識阻害はその副次効果と言えるな」

「別の用途、と言うのは?」

「そこまで教えてやる義理は無い」

 突然、イヴルはそう言って、無理やり会話を打ち切る。

 あまりの唐突さに、まるで見えない壁にへだたれたようだ、とルークは感じながらも、確かにこれ以上は踏み込みすぎかと納得すると、以降何も話すことなく歩を進めた。


 それから歩く事しばし。

 イヴルとルークの目に、遠くでキラキラと光るものが映った。

 湖の水面が、太陽の光を眩く反射する光だ。

 徐々に木々が減っていく。


 やがて、目的の家に到着した。


 ぽっかりとくり抜かれた様に、その家の周りに樹木の類いは無い。

 それなりに傾いた太陽が、湖と家を燦々さんさんと照らしていた。

 事前に聞いていた通り、屋根から突き出た煙突が特徴的な、赤レンガ二階建ての家だ。

 ベランダには、小さな鳥小屋らしきものが見える。

 恐らく、あそこで鳩を飼っているのだろうが、今は姿が見えない。

 町にある家と外観に変わり映えは無いが、大きさが一回りほど大きい。

 家族四人で住むには十分な広さだ。

 家の隣には、確かに小さいながらも畑があったが、今はそこに何も植わっておらず、ただ焦げ茶色の土があるだけだった。

 家から少し歩いた所で、大きな湖が静かに水を湛えている。

 生活用水はここから得ているのだろう。


 早速家のドアノッカーを叩こうとするルーク。

 イヴルはそれを無視して、湖へと足早に歩を進める。

 そして覗く。

 湖の水は澄んでいた。

 青い水の中を悠々と泳ぐ魚が確認できるほどだ。

 次に、イヴルは湖の畔に群生している、あるものを見て目を細めた。


「どうした?」

 言いながら、ルークはゆっくりとイヴルに近づき、同じように湖を覗く。

 青い湖の底には、魚以外岩と水草ぐらいしかない。

 何の変哲もない、ただの湖だ。

 顔を上げ、イヴルが見ていたものを見る。

 そこには、見たことの無い鮮やかな青い植物が大量に生えていた。

 それは、鈴蘭によく似ていた。

「あれは?」

 ルークが怪訝そうな表情で、青い植物に近づこうとすると、

「近寄らん方がいい」

 そう、ピリッとした口調でイヴルが制止した。


 ピタッと素直に立ち止まるルーク。

「アレが何か知っているのか?」

「ルスト草だ」

 ぞんざいに植物の名前を言うイヴルは、微かに険しい顔をしている。

 その顔色を察して、ルークも自然と厳しい表情になる。

「毒か?」

「……まぁ、そのようなものだ。……あぁ、そう言えばお前は状態異常にならないんだったな。失念していた」

 それっきり、イヴルは眉根を寄せて黙り込んでしまう。

 難しい顔で考え込むイヴルに、詳しく話を聞いてみるかルークが迷っていると、不意に背後から怒鳴り声が飛んできた。


「誰だっ!!」

 振り向く。

 そこに居たのは、家から出てきたらしい十七歳ほどの青年だった。

 これから畑作業でもする気だったのか、肩にくわを担いでいる。

 この暑い季節にも関わらず、長袖のシャツとズボンを履き、汗一つかいていない。

 青い髪と青い眼をした青年は、イヴルとルークを強く睨み、鋭い口調で詰問してきた。

「お前ら誰だ!そこで何してる!」

 そのまま、ザクザクと二人に向かって歩いて行く。


 警戒心MAXで歩いてくる青年に、ルークは身体の前で手を振って、危害を加える気はない、敵ではないとアピールする。

「申し訳ありません。珍しい植物だったもので、つい」

 そう言い訳をする。

 嘘は言っていない。

「俺達は、町の人の依頼でここまで来た次第です。俺はイヴル。こっちはルークと言います。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 普段の口調とは打って変わって、丁寧に訊ねるイヴル。

 青年は警戒し、胡散臭そうにイヴルを見つつも、自らの名を名乗った。

「……アロス。……依頼ってなんだ」

 その名前を聞いて、イヴルとルークは顔を見合わせて頷く。


 実は……とルークが説明し始めた所で、家の扉がガチャリと開き、中からコソッと隠れる様にして、セミロングの青い髪と青い目が印象的な十五歳ほどの可愛らしい少女がこちらを窺い見た。

「お兄ちゃん?」

 小鳥の様な声だった。

 青い少女は、兄を心配そうに見つめた後、イヴルとルークに視線を移す。

 そして目を見開いた。

 この森に移り住んで十年。

 恐らくは初めての訪問者であり、かつ絶世の美形と称してもいいほどに容姿の整った人間だ。

 驚くな、という方が無理な話だろう。

 少女は扉を開けた格好のまま固まっている。


「フィオーナ!家に入ってろっ!」

 兄、アロスがキツい口調で、妹であるフィオーナに怒鳴る。

 その剣幕に、一瞬フィオーナの身体がビクリと跳ねるが、構わず兄へ駆け寄った。

 フィオーナの服装は、兄と同じく季節感を無視した長袖のシャツと、足首まであるロングスカート。

 兄妹揃って暑くないのか、と素朴な疑問を抱かざるを得ない。

「あ、で、でも……お客様なんでしょう?お話なら、お家の中での方が良いんじゃないかな?」

 兄に縋り付き、怯えながらも、美形の客に興味津々と言った様子のフィオーナ。

 アロスの目が鋭く妹に突き刺さる。

「……」

「ね、お兄ちゃん」

 ダメ押しとばかりに、フィオーナは上目遣いで兄に言う。


 兄妹が見つめ合う事しばし。

 やがて根負けしたのか、アロスは視線をフィオーナからイヴルとルークへ移した。

「……来い」

 アロスは顎をしゃくり、二人を家へ案内する。

「ありがとうございます」

「お邪魔します」

 二人は礼を言って、アロスについて行った。


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 赤レンガの家の中は、外観と同じくカントリー調だった。

 玄関を潜って、まず目に入るのは居間である。

 壁には白い壁紙、床には木の板が敷き詰められ、全面フローリング。

 そこに白いラグが敷かれ、その上に木のテーブルとイスが四脚置かれてあった。

 奥には冬に使われると思われる暖炉があり、居間の左にレンガ造りのキッチン。

 右に、二階へ上がる為の木製の階段、といった配置だ。

 質素ながらも、温かみが感じられる。


「……」

「あ、あの、こちらにどうぞ」

 そう言って、フィオーナははにかみながら二人にイスを勧めてくる。

 無言で不愛想な兄とは対照的だ。

「ありがとう」

 イヴルがニコリと笑って礼を言うと、フィオーナは顔を真っ赤にして兄の背中に隠れてしまう。

 そんな様子を眺めて、ルークはイヴルにだけ聞こえる音量で、

「たらし……」

 ボソッと呟いた。

 それにイヴルは、フッと小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「あ、お茶!お茶入れますね!お兄ちゃんも座ってて!」

 フィオーナは思い出した様に、ワタワタとキッチンに向かって行き、ヤカンに汲んでおいた水を沸かし始める。


 楽しそうな妹を一度見た後、アロスはイスに腰掛ける。

 それに次いで、イヴル、ルークと反対側のイスに座った。

「それで、依頼って何なんだ。わざわざこんな森の奥地まで来て、そんなに重要な事なのか?」

 アロスはテーブルに肘を突き、そう口火を切った。

「まぁ、依頼をされた当人にとっては、重要な事でしょうね」

 ルークは背筋を伸ばし、依頼された内容を説明する。


「……父からしばらく手紙が来ないから心配になった、ね。たかがそんな事で……」

「あなたにとっては〝そんな事″でも、依頼主にとっては〝そんな事″じゃなかったんですよ」

 心底くだらない、といった態度のアロスに、ルークは僅かに、本当に僅かに眉をひそめてたしなめた。

「ハッ……」

 それでも、アロスの心には何も響かないらしく、つまらなそうに返す。

「それで、ご両親は今どちらに?」

 訊ねたのはイヴルだ。

 同時に、茶を入れたカップを四つ、お盆に乗せて持ってくるフィオーナが視界に入った。

「あの、お口に合うか分からないんですけど、どうぞ」

 そして、アロスが口を開く前に、フィオーナはそれぞれの前にカップを置いていく。

「ありがとうございます」

「ありがとう」

 ルークとイヴルが礼を言うと、フィオーナはえへへっと照れながら笑って、最後に自分のカップを置いて、アロスの隣のイスに腰を下ろした。

 美しい青い髪と青い眼、可憐な姿、控えめな態度も相まって、フィオーナには花のようなイメージを抱く。

 きっと町に行けば、さぞかしモテるだろう。

 そんな事をルークは考える。


「えっと、それで、父と母ですよね」

「今、親父とお袋は出かけてる」

 イヴルの質問に答えようとしたフィオーナを遮り、アロスが言う。

「どちらに?」

 穏やかに訊ねるイヴル。

「どこだっていいだろ」

 つっけんどんに答えるアロス。

「お兄ちゃん!そんな言い方ないでしょ?」

 兄を叱るフィオーナ。

「ああいえ、お気になさらず」

 苦笑しつつ仲裁するルーク。


「う~ん、困りましたねぇ。全員の安否を確かめない事には、我々も町に戻れないんですよ」

 イヴルが腕を組んで困ったように言うと、アロスは視線を逸らしたまま、面倒くさそうに口を開いた。

「……二人は新しい薬草を探しに出てる」

「新しい薬草……ですか」

「いつ頃お戻りに?」

 イヴルの次に訊ねたのはルークだ。

「さあ?明日か明後日か一週間後か。とにかく答えたんだ、これで満足だろ。さっさと町に戻って報酬でも貰っとけよ」

「そういう訳にはいきません。ちゃんとご本人に会って確かめませんと。それに、三ヶ月も前から手紙が滞っている理由も教えてもらっていません」

 ルークが真剣な表情で言うと、突然アロスがテーブルを叩いた。


 バンッと弾けるような音が室内に響く。


 カップがカチャカチャと揺れ、中に入っている茶がチャプチャプと揺れる。

 音にビックリしたフィオーナが、ビクッと身体を硬直させていた。

 イヴルとルークの表情は変わらない。静かなままだ。

 逆に、アロスの顔は憤怒で真っ赤だった。


「手紙なんて知らねぇよ!どうせ途中で面倒くさくなって出さなくなっただけだっての!!そんなん、適当にでっち上げて報告すりゃあいいだろ!!」

 怒鳴り散らすアロスに、ルークは冷静に反論する。

「それは出来ません。依頼主の方々は、本当にあなた方を案じています。その様な嘘は、僕達を信じて依頼して下さった、その方達を裏切ることに他なりません」

 真っ直ぐ見て言うルークに、アロスは拳を握りしめてギリッと歯ぎしりすると、再び怒りをテーブルにぶつけた後、足取り荒く二階へと消えて行った。

 上から、扉を閉めたらしい、猛々しい音が聞こえてくる。


 あとに残された三人に、気まずい雰囲気が漂う。

 そして、唐突にフィオーナは勢いよく立ち上がって、思い切り腰を折り二人に謝罪した。

「ご、ごめんなさい!お兄ちゃん、昔から気が短くて……。お父さんやお母さんともよく揉めてて、だから、その、お兄さん達が悪いんじゃなくて、ええと……」

 うつむき、震える声でそう言うフィオーナは、今にも泣きだしそうだ。

「気にしないで下さい」

 そんなフィオーナに最初に声を掛けたのはルークだ。

 席を立ち、フィオーナの肩に手を置いて、顔を上げるように言う。

 言う通りにおもてを上げた彼女が見たのは、いたずらっ子の様な笑顔を浮かべたイヴルだった。

「ええ、そうですよ。コイツの物言いはいつも人のかんに障るんです。原因はコイツにありますから、気に病まないで下さい」

「僕は間違ったことを言った覚えは無いぞ」

 即反論するルーク。

「いくら正論でも、言い方ってものがあるだろ?」

「言い方……」

 イヴルは悩み始めるルークを呆れたように見た後、フィオーナへと視線を移し、微笑みながら肩をすくめた。

「ね?コイツはちょっとズレてるんです」

 フィオーナは一瞬キョトンとした後、安心したように、ふふっと笑った。


 ふと、イヴルが窓の外を見ると、ずいぶんと世界は茜色に染まっていた。

 イヴルの視線を追ったフィオーナは、ハッと気が付いたのか、一度パンッと手を叩く。

 そして顔を輝かせて、二人に提案した。

「あの!よろしければ、今日は我が家に泊まっていって下さい!お兄ちゃんが言った通り、お父さんとお母さんはいつ帰ってくるか分からないですし、さっきのお兄ちゃんの態度のお詫びもしたいですから!」

「よろしいのですか?お兄さんは良い顔をしないのでは?」

 フィオーナを気遣い、ルークは首を軽く傾げながら訊ねる。

「大丈夫です!お兄ちゃんは、私が説得してきますから!お兄さん達は、ここで待っていて下さい!」

 フィオーナは力強く言うと、あっという間に二階へと駆け上がって行った。


 テーブルの上には、ぬるくなった茶の入ったカップが四つ、誰も口をつけないまま残されていた。

 ルークはカップを手にして口をつけ、飲み干す。

 せっかく入れてくれたフィオーナの好意を無駄にしない為に。

 至って普通の茶、ハーブティーだ。

 甘みと苦みが良い配分で抽出されていて美味しい。


 イヴルはカップを手にしてキッチンへ行き、流し台に茶を捨てた。

 つーっと液体が流れ落ちる様を、無表情で眺めていた。


 その光景を、ルークは何も言わずに見ていた。



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