第2話 邂逅 後編


「魔王、イヴル・ツェペリオン。……何故お前がここに……。お前は、封印されているはずだ」

「安心しろよ、勇者。俺はバッチリ封印されたままだ」


 目を見開いて驚愕している勇者に対して、魔王イヴルはあっけらかんとした態度だ。

 呆気にとられている勇者の背後で、相変わらず家々がパチパチと燃えていた。


 絶句する勇者に、イヴルはニコニコと楽しそうな笑顔を向ける。


 そんな二人の久々の邂逅に水を差すように、ワニ頭の魔族が下半身の尻尾をバシンッと地に叩きつけた。

「オイオイ!オレ様を忘れてもらっちゃあ困るぜ!」

 大声で自身の存在を主張する魔族に、イヴルは勇者の肩越しから覗き、フッと失笑した。

 取るに足らない、と顔に書いてある。

 そんなイヴルと、振り向きもしない勇者の態度に、魔族は額に青筋を浮かべ、再度指笛を吹く。

 ピィーッと高い音が鳴る。


 が、何も起こらない。

「?」

 もう一度吹く。

 やはり何も起こらない。


 諦めずに何度も指笛を吹く魔族に、イヴルはおずおずと口を開いた。

「あー、言いにくいんだが……。いくら仲間を呼んでも来ないと思うぞ?そこにいる勇者殿が残らず処理したはずだからな」

 先ほど教会方面から見えた白刃の光。

 あれが勇者の放った魔法なら、教会を取り巻いていたと言う獣人達の生存は絶望的だろう。

 今頃、サイコロみたいに地面に転がっているはずだ。

 なんだったら火に焼かれて、サイコロステーキになっているに違いない。

 ステーキかぁ、久々に食べたいなぁー。

 などと食い意地の張った事をイヴルが考えていると、自称竜種の魔族が吼えた。


「ふっ、ふざけるなぁぁぁ!!二十もの数の魔族を、そんな一瞬で倒せるものかぁぁ!!」

 魔族は顔を真っ赤にして怒り狂っている。

 その魔族に向けて、イヴルはニイッといやらしい笑みを浮かべると、

「フ……。こちらにおわす御方をどなたと心得る!畏れ多くも先の煌魔大戦にて魔王を封印せしめた勇者、ルーク・エスペランサなるぞ!控えおろー!」

 そう、勇者ルークを両手で指し示しながら、時代劇の様な大仰な口調で朗々と謳いあげた。

 その顔はとても、とても楽しそうだ。

 ドヤ顔である。

 一方のルークは、未だ目の前に封印したはずの魔王がいる事が信じられないのか、イヴルをガン見していた。


「ゆ、勇者ルーク・エスペランサだぁー?ほら吹くんじゃねぇ!煌魔大戦っていやぁ千年以上前の話だぞ!?ただの人間が千年も生きられるはずねぇだろ!!」

「甘いな、小僧。勇者殿は女神の加護によって不老不死と相成ったのよ。今ここにいても何ら不思議はあるまい?」

「不老不死だぁ?んな馬鹿な話があるかよ!なら、本当に不老不死なのか確かめてやるよぉ!」


 言うが早いか、魔族は巨体に見合わない素早さで、ルークに向かって掴みかかった。

 魔族の腕が風を切る。

 その殺気と風切り音でルークは正気に戻ると、あと数センチの所まで肉薄していた腕を、身を屈めて回避した。

 そして、屈んだまま腰の剣を抜き放ち、頭上にあった魔族の腕を斬り飛ばす。

 飛んで行った丸太の様な腕は、燃え盛る家の中に落下し、あっという間に炎のエサとなった。


「ギィアアアアァァ!!」

 周りの炎の大音声に負けないぐらい、大きな声で絶叫する魔族。

 切断された腕からは、真っ赤な血が噴水の様に噴き出る。

 ルークは血にまみれるのが嫌だったのか、血が噴出する瞬間、横に転がって避けた。

 それから、立ち上がって距離を取る。

「イデェ!イデェ!!チグジョオ!!」

 口からダラダラとよだれを垂らしながら、痛い痛いと喚く魔族を、イヴルは冷めた目で見た後、手にしていた剣を鞘に戻した。


「許さねぇ!許さねぇ!!」

 魔族は赤く血走った目でルークを見ると、覆い被さる様にルークに向かって突進する。

 その様子を冷静に眺めつつ、ルークは再度剣を振るう。

 狙いは残った片腕。

 剣を振り下ろして発生させた剣風は、スルリと魔族の肩に吸い込まれていく。

 そして、ズパッと飛んで行った腕は、相方の腕と同じように炎の中に消えた。

 腕を失くした痛みに叫びながらも、突進を止めない魔族は、顎を大きく開いてルークを噛み砕こうとする。

 ルークの目に、ノコギリの様なギザギザした黄色い歯と、先の割れた赤い舌が映った。


聖光穿ホーリーレイ


 ルークはその口目掛けて魔法を放つ。

 焼き付きほど眩い聖なる光は、稲妻の如く真っ直ぐ狙った場所へ着弾する。

 白く輝く光のレーザーを口、もとい頭部に受けた魔族は、下顎だけ残して頭の上半分が消し飛ぶが、走っていた勢いは急に無くなるものじゃない。

 そのまま、つんのめる様にルークへ倒れる。

 頭と腕からビュービュー血を噴き出しながら迫る死体を、ルークは背後に跳躍して躱す。

 ズズンッと重い音を立てて地面に転がる死体。

 倒れた死体から血は絶え間なく流れ出て、瞬く間に血だまりが出来上がった。


「お見事!さすが勇者だな!」

 パチパチと拍手するイヴル。

 周りの炎の音も相まって、まるで拍手喝采だ。


 もう動き出さない魔族を見た後、ルークは持っていた剣をイヴルに向ける。

「どういう事だ。魔王。何故、封印されているはずのお前がここにいる」

 少し前と同じ台詞を言いながら、厳しく詰問するルークの目には、ありありと敵意と殺意が渦巻いていた。

 イヴルはその目を真正面から受けつつも、しかし飄々とした態度は崩さない。

「何故って、俺に聞かれてもな。さっきも言ったが、俺の肉体身体はバッチリ封印されたままだ。千年経って、封印にほころびが生まれたのか、はたまた別の要因か、一年前に半分だけ解放されてな。今いる俺はただの魂。星幽アストラル体さ」

「魂?星幽アストラル体だと?その割には、実際の肉体と遜色ないようだが……」

「ま、封印されたとはいえ一応魔王だからな。これぐらい朝飯前よ」


 イヴルが両手を頭で組んで言った瞬間、ルークは剣を薙ぎ払う。


 発生した剣風が容赦なくイヴルを襲うが、イヴルはその剣風を吐息一つで消し去る。

「おいおい。酷いな」

「黙れ。魂だけとは言え魔王が復活したのなら、それを倒すのが僕の役目だ」

「……ご苦労なこって。俺だって好きで復活したわけじゃねぇっての」

 イヴルのうんざりした様な口ぶりを皮切りに、ルークが再度攻撃を仕掛けようとしたところで唐突に、

「おーい!おーい!!旅人さぁーん!!」

 と、遠くから声が掛けられた。


 出鼻をくじかれたルークは、何事かと背後を振り返る。

 同じようにイヴルも教会の方に目をやる。

 見れば、教会方面から燃える家の間を縫って、ハゲ頭の小太りな中年男性が、イヴル達に向かって走ってくる所だった。

 時折、ぜる火と火の粉に怯えつつも、足取りに迷いはない。


「っ!?危険です!こちらに来ないで下さい!」

 駆けてくる男性へ向けてルークがそう声を飛ばすが、炎の音がうるさいのか男性には届いていないらしく、走る速度は落ちない。

 そうこうしている内に、男性はルークとイヴルの元へ辿り着いてしまう。

 男性は、宿屋の主人であるカーターだった。

 カーターは頭から水を被って来たのか、全身ぐっしょりと濡れている。

 さらに、口には濡らした布を巻いてマスクの様にしていた。

 辛うじて残っている髪と顎から、雫がポタポタと地面に落ちる。

 それが水なのか汗なのかは不明。


「はぁ……へぇ……。良かった、旅人さんも無事だったんですね」

 膝に濡れた手を当て、マスクの下でぜぇぜぇと息を切らすカーター。

「やぁ、カーターさんも無事なようで何よりです」

 ほがらかにカーターと話し始めたイヴルを、ルークはギョッとして見る。

 人間の敵であるはずの魔王が、人間と親し気に会話しているのが信じられないのだろう。


「ははっ。家は焼けちゃいましたけどね」

 苦笑しながら言うカーターの身体には、至る所にすすやら擦り傷やら切り傷等がある。

「もしかして、カーターさんがコイ……この方に助けを求めたんですか?」

 カーターの傷を見て察したのか、イヴルが訊ねると、カーターはコクリと頷いた。

「えぇ。このまま教会に立てこもっていてもジリ貧だってんで、何人かで隠し通路から外に出たんです。まぁ、すぐにバレて襲われたんですけど。それで逃げ続けてたら、街道を行くそこの旅人さんに運良く出会いましてね、助けられたんですよ。で、事情を説明したらすっ飛んで行かれましてね。いやぁもう、追いつくのが大変で、はぁ……」

 早口でイヴルに説明すると、カーターはまたハァハァと荒く息を吐いた。

「なるほど。それで、教会の方は無事なんですか?」

「えぇ!取り巻いていた魔族共はバラバラになってますよ!今は生き残った村人全員、村の外の安全な場所に避難しています。それで、旅人さんにも伝えなきゃって思いましてね!いやぁ、無事で良かった!」

 カーターの言っている〝旅人″と言うのが、ルークを指すのか、それともイヴルなのか判断に迷うところだが、とりあえず両方という事にしておこう。

「そうですか。なら、我々も避難しましょうか」

「えぇ!こちらです、ついてきてください!」

 そう言って、ビタビタと足音を立てながら先導を始めるカーター。


 早速後を追おうとしたイヴルだったが、剣を片手に呆然と立ち尽くすルークをいぶかしげに見た。

「おい、何やってんだ?置いてくぞ」

 その声に、ようやく反応したルークが、

「わ、わかっている!」

 と、隠しきれない困惑と共に言い捨てた後、剣を鞘に納め、カーターの背中を追い始める。

 そのルークの背中を、イヴルがさらに追う形で走って行った。


-------------------


 教会の横を通り過ぎた際、その周りでおびただしい数の魔族の死体が転がっていた。

 案の定、一部は火に焼かれてステーキ状態だ。

 三人は、魔族の肉やら散らばった内臓やらを避けながら、一つの火炎と化した村を出る。


 背の低い雑草の生える、黒い平原。

 そこから少し先に行った所に小高い丘がある。

 後ろに小さい森を背負った丘だ。

 風上にあるその丘で、村の人達は全員が燃え落ちていく村を、なす術なく見入っていた。

 煌々と燃える村に、すでに無事な家屋は無く、全て赤い炎に呑まれている。

 立ち上る黒煙は空を汚し、本来なら静かに輝いているはずの星を塗り潰す。

 時折、炎は渦を巻き、空を焦がそうと大きな火柱を作った。


 この無慈悲な光景を眺める生き残った村人達。

 その反応は様々だ。

 途方に暮れる人もいれば、泣き崩れる人もいる。

 早々と、これからどうするかを別の村人と相談する人もいれば、家族がいないと半狂乱で叫ぶ人もいた。

 子供達は一所ひとところに固まり、無言のまま震えていた。


 そこに、カーター、ルーク、イヴルの三人が向かう。

 村人達が集まっている丘、その中腹。

 戻ってきたカーターをいち早く発見した、三十手前の女性が丘を駆け下りてくる。


「カーター!カーター!!ウチの子を見なかった!?教会に避難した時には確かにいたのに……いないの、いないのよぉ!!」

 髪を振り乱して、女性がカーターに掴みかかる。

「お、落ち着けよ!」

 頭突きでもされそうな勢いに、思わず仰け反る。

「失礼。お子さんの特徴は?」

 訊ねたのはルークだ。

「七歳の女の子で、髪を二つに結っているの!見たの!?」

「いえ、僕は……」

 物凄い剣幕で、カーターからルークに詰め寄る女性。

 ルークも言葉に詰まってしまう。

「七歳の女の子でツインテール……」


 ボソッと呟いたイヴルに、三人が一斉いっせいに視線を向ける。

「見たんですか!?あの子はどこに!?」

 女性は縋り付く様にイヴルの服を掴む。

「……残念ですが、魔族に殺されていました」

「え?」

「正確には、魔族に食べられてしまいました」

 淡々と事実を述べるイヴルに、女性はポカンとする。

 そして、徐々に言葉の意味が染み渡って来たのか、いやいやと首を振った。

「嘘、嘘よ……」

「本当です。彼女の中身は魔族に」

「おいっ!!」

 イヴルがそこまで言った所で、ルークが無理やり言葉を遮った。

「嫌、嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」

 女性は絶叫すると、ぷっつりと糸が切れた様に気を失い、地面に倒れ込んだ。

「あ、おい!」

 倒れた女性を、カーターは急いで助け起こすと、イヴルに目を向け改めて確認した。

「……旅人さん、今の話、本当なんですか?」

「はい。彼女の言っていた特徴とも一致します」

「……そうですか。とにかく、お二方には助けられました。ありがとうございました。私は彼女を介抱してきますので、旅人さん達もお体を休めて下さい。それじゃあ」

 そう言うと、カーターは気を失った女性を抱えて、丘を登って行った。

 丘の上では、女性の悲鳴を聞いた村人達が、何事かと下の様子をうかがっている。


「おい」

 ルークがイヴルに向かって顎をしゃくる。

 どうやら、あちらで話そう、という事らしい。

 話だけで済むのか、はなはだ疑問だが。

 黙って丘を降りていくルークの後ろを、イヴルも黙ってついて行った。


 さっきまでいた場所よりさらに戻った所でルークは立ち止まる。

 見上げれば、村人達の姿がパラパラと見える程度には離れていた。

 これならば、多少大声を出しても、二人の会話が聞かれる事はないだろう。


「何を企んでいる」

 ルークは開口一番、厳しい表情でそう詰問した。

「は?企む?」

 小首を捻るイヴル。

「魔族、ましてや魔王のお前が、人間を助けるなどありえない。一体何が狙いだ」

「勘弁してくれ」

 イヴルはウンザリした様に首を振る。

「そういう面倒な事は封印前にやり尽くした。今は何も考えずに、ダラダラと旅を楽しんでるだけだ。今回だって、降りかかる火の粉を払っただけに過ぎん」

「信じられないな」

「〝信じられない″んじゃなくて、信じるが無いだけだろ、お前は」

「…………」

 じっとイヴルを睨みつけるルーク。


 一気に、時間すら停止した様な緊迫感が辺りに満ちる。


 ピリピリとした空気の中、先に折れたのはルークの方だった。

 ため息と共に視線をらす。

「なら、その件はもういい」

 短く言い捨てる。

「あれ?」

 てっきり、ひと勝負あるのかと身構えていたイヴルは、肩透かしを食らった形だ。

 その為、間の抜けた声を上げてしまう。

「なんだ、ずいぶん丸くなったな」

うるさい。仮にお前が何か企んでいても、僕が必ず阻止してみせるだけの話だ。それより」

 ルークは一度言葉を区切る。


「……それより?」

 なかなか続かない台詞にしびれを切らして、思わず復唱するイヴル。

「……お前の封印は解けてない、と言うのは本当か?」

 わずかに躊躇ためらった後、言いにくそうにルークはそう訊ねた。

 封印された当人に聞くのもどうだろう……。と考えた末の逡巡だったようだ。

 千年経っても、根っこの人のさは変わらないらしい。

 イヴルはフッと笑う。

「?」

 訝しげに見てくるルークに、イヴルは首を振って返した。

 そして答える。


「本当に、封印されたままだ。が目覚めた時、目の前に水晶漬けの身体が居たからな。解ける気配も無かった。心配なら自分で確認してきたらどうだ?場所は知っているだろう?」

「……いや」

「まあ、確かに千年も経てば、いくら子孫とは言えほぼ他人だからな。訪ねにくいのはわかる」

「そういう事じゃない」

「違うのか?警備はそこそこ厳重だったが、忍び込めないほどじゃない。現に俺は出て来れたしな。こっそり見てくるぐらいなら余裕だぞ?」

「そうじゃない」

「じゃあ何なんだ?」

 先ほどから否定しかしないルークに、イヴルは半分面倒そうに聞く。


 すると、ルークはイヴルをすっと見据みすえた。


魔王お前を放っておくわけにはいかない。だから行かない。行けない」

「ん?」

「僕の目の届かない所で、また人を虐殺するかも知れないだろ?そんな危険人物を野放しに出来るか」

「え?」

「だから、魔王お前を僕の目の届く範囲に置く」

「は?」

「簡単に言うと、魔王お前の旅について行く」

「は!?」

「異論は認めない。嫌だと言っても強制的について行く」

「はあ!?」


 キッパリと言い放つルークの目に迷いは無い。


 絶対的な決意を秘めたルークの目を見て、イヴルの顔色はどんどん悪くなっていく。

 そして思った。

 これは、何があっても折れないヤツだ、と。

 大戦の時に散々、それこそ嫌になるほど見てきた目。

 どんな絶望を突き付けても、決して諦めない、輝く赤眼。


「ち、ちょちょちょ、ちょーーっと待った!」

「もちろん、お前が不穏な動きをしたら殺す。魂の状態なら、今度こそ倒しきれるかも知れないしな」

「殺すなら今試してみろよ!って、じゃなくて!俺は一人で旅をしたいんだ!わかる?ソロプレイが好きなの!パーティーとか組みたくないの!」

「ソロプレイ?パーティー?」

「ええい、クソ!分かんねぇか!」

 ぶんぶんと勢いよく首を振るイヴル。

 分からないと首を傾げるルーク。

「とにかく、ストーカー行為はやめろ!」

「ストーカー?」

「付き纏い行為の事だよ!」

「それなら安心しろ。付き纏いはしない。ただ後ろからついて行くだけだ」

「それを世間では〝付き纏い″って言うんだ!!」


 そんな事をギャーギャー言い合っていると、すっかり服の乾いたカーターが、丘の上から降りてくる。

「どうしたんですか?お二人とも。上の方こちらにまで声が聞こえてきましたよ?」

「あぁ、カーターさん!助けて下さい!そこの金髪赤眼の変態が付き纏ってくるんです!」

 指をビシィッとルークに突きつけ、ここぞとばかりにカーターに助けを求めるイヴル。

「え?はぁ、なんだか事情はよく分かりませんが、旅人さんは凄い美形ですからねぇ。仕方ないんじゃないですか?」

 が、速攻で裏切られる。

「えぇ~……」

 へなぁ~と、勢いと共に指も力なく垂れる。


「それよりも、カーターさん。何かあったんですか?」

 項垂うなだれるイヴルをよそに、ルークはカーターに訊ねた。

 言い合いが聞こえたからと言って、わざわざカーターがここまで降りてくるのは大袈裟だ。

 となると、それ以外にも理由があるんじゃないか、と予想した故の質問だった。

「ああ、それなんですがね。村がこんな事になってしまって、これからどうするか協議した結果、ひとまず近くの村まで避難する事に決まりまして」

「避難ですか」

 まあ当然だろうと、首を縦に振る。

「はい。そこで提案……というよりお願いなんですが、旅人さんにはその近くの村まで護衛をして頂けないかと。報酬は、すみません。こんな有様なので、ご用意は難しいのですが……。どうか、お願い出来ませんか?」

 上目遣いで懇願してくるカーターに、ルークは迷う。


 近くの村とは言っても、全員で歩くとなると半日以上は余裕でかかるだろう。

 今さっき、魔王について行くと決めたばかりだが、そうは言っても困っている村人達を放っておく事も出来ない。

 眉を下げて困りながら、ルークがチラリとイヴルを見ると、イヴルはニヤニヤとルークを見ていた。

 大方、人の頼みを断れないルークに村人を押し付けて、イヴル本人は気ままな一人旅に戻れると踏んでいるのだろう。

 はっきりと顔に書いてある。

 ルークはフッと微笑み、おもむろに口を開いた。


「ええ、カーターさん。いいですよ。僕で護衛します」

 〝達″を強調して、ルークは良い笑顔で快諾した。


 え!?と驚愕しているのはイヴルだ。

「本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!!」

 そう言って、カーターはルークに駆け寄り手を握った後、イヴルの手も掴んでブンブンと振りながら礼を述べる。

「え、いや、俺は」

 慌てて断ろうとするイヴルだったが、それに構わずカーターはダッシュで丘を駆け上がると、村人達に、旅人さん達が護衛してくれる!と殊更ことさら大声で報告し始めてしまう。

 もはや断れる雰囲気でもなく、イヴルは呆然と立ち尽くす。

 その後ろで、ルークは会心の笑みを浮かべていた。


-------------------


 夜は明けて、朝日の眩しい光が世界を照らす頃。

 青い草原の中、村人全員が黒く焼け落ちた村に黙祷を捧げる。


 村を包んでいた炎は、あの後イヴルとルークの二人で魔法を使い消火した。

 嫌々、もしくは渋々と言った様子のイヴルだったが、多数の村人の目もあった為、それなりに真面目に消火活動に当たっていたのは、なかなか微笑ましい光景だった。

 その後、村の中で運悪く亡くなっていた人達を丁重に埋葬する。

 黒焦げになっていた為、身元は分からずじまいだったが、恐らく消息不明の誰かだろうという結論に至り、やるせない気持ちで墓穴を掘る村人達の顔は一様に暗く沈んでいた。

 魔族達の遺体、と言うか残骸はそのままだ。

 獣か虫にでも食われてしまえ、との事で野ざらしのまま放置である。


 ツインテールの少女の母親は、精神的ショックが大きすぎたのか、未だ目覚めていない。

 その母親を、旦那らしき男が背負っている。


 長い黙祷が終わり、村人全員と旅人二人が避難していた丘を後にして、近くの村目指して出発した。


 現在地は、王国と聖教国の境にある辺境。

 ギリギリだが聖教国に属している。

 その為、村人達は聖教国の内側に向かって行くことになる。

 ずっしりと重い足取りで進む村人達の表情は、当然だがどれも暗く憔悴しきっていた。

 これから先の不安もあるのだろう。

 〝魔王なんて、やっつけてやる″と息巻いていたガキ大将も、気の毒なほどに消沈していて、憐れのなことこの上ないが、二人とも特にかける言葉も思いつかないのでそっとしておく。

 そんな村人達を眺めながら、イヴルも別の意味で重い足取りで進む。

 面倒くさげなため息が、朝の爽やかな風に流されていった。


 それからは、特に魔族に襲われることも無く平和に旅は続き、夕方になる前に目的の村へと辿り着いた。

 道中、子供や老人もいるおかげで頻繁に休憩を挟んだが、それでも夜になる前に着けたのは僥倖ぎょうこうだ。


 突然訪れた大勢の人に驚く村人達だったが、事の顛末を聞くと、快く村へと受け入れてくれた。

 ホッとしたか、目に涙を浮かべる人もいる。


 この村も、焼け落ちた村と構造に大差はない。

 木造平屋の家々が並び、畑があるだけ。

 余裕のある様子では無いが、それでも魔族に村を焼かれた人達となれば、同情心から一時的に受け入れてくれる。

 ひとまず村の集会所へと案内される村人達。

 その中からカーターが抜け出し、ルークとイヴルに向かって来る。


「旅人さん達!」

「カーターさん。道中、何事も無く村に辿り着けて何よりです」

 まず言葉をかけたのはイヴルだ。

「これから大変でしょうけど、頑張って下さい」

 次にルーク。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございました!旅人さん達がいなかったら、私達全員殺されていたでしょう。いくら感謝しても、し足りません」

 しきりに謝辞を述べるカーターに、ルークはゆっくりと首を振った。

「いえ。もっと早く着いていれば、村を焼かれる前に到着していれば、と悔やんでも悔やみきれません」

 沈痛な面持ちのルークに、カーターは泣きそうな苦笑を返す。

「そればかりは仕方のない事です。未来を知る事など、誰にも出来ないのですから。あまり気に病まれませんように。で、旅人さん達はもう出発されるんですか?お泊りにならないので?」

「ええ。この村に、これ以上負担はかけられませんから」

「野営には慣れてますからね。お気遣いなく」

 訊ねたカーターに、ルークとイヴルはそう答えた。

「そうですか。それでは、旅の無事を祈っています。この度は本当に、本当にありがとうございました」

 そう言って、深々と腰を折った後、カーターは集会所へ向かって走り去っていった。


 その後ろ姿を見送った後、イヴルはなるべく足音を立てないように、ルークにバレないようにゆっくりときびすを返して村を離れる。

 すぐに気づいたルークは、そんなコソコソと立ち去ろうとするイヴルの後ろを、逃がさないとばかりについて行く。

 やっぱダメかぁ~と、イヴルの疲れたため息が、風に流されて消えた。


 歩き出してしばらく。

 村の姿がずいぶんと小さくなった頃。


「そう言えばお前、なぜ旅なんかしているんだ?」

 イヴルの後ろを歩くルークが、唐突に訊ねた。

「あ?言ってなかったか?」

 振り返ったイヴルは不敵に嗤う。


「〝暇潰し″だよ。ただの」


 黄昏が迫る中、魔王と勇者。

 相反する二人の旅は、こうして始まったのだ。

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