後ろの席のヴァンパイア

立川マナ

プロローグ

 教室中の皆が息を呑む音が聞こえるようだった。

 それは、高校二年の春の終わり。空は朝からどんよりと曇り、梅雨の気配を感じさせる生ぬるい風が教室の中に吹き込んできていた。そんな陰鬱とした気分が蔓延する教室に、彼は颯爽と現れた。

 ふわりと揺れる茶色混じりの細い髪。透き通るような白い肌に、はっきりとした目鼻立ちは西洋の血を感じさせ、端正な顔立ちに浮かぶ笑みは愛くるしく、それでいて、ふっと目を細めるさまはぞくりとするほどなまめかしい。

 小柄ながらもその立ち姿は存在感があって、煌々と輝くオーラが目に見えるよう。

 まるで、天使みたいだ――と国見くにみ亜子は息をするのも忘れて見惚れた。

 流行りなんて完全無視の、一つに結んだ長い黒髪。細身で背は高いほうだが地味で華もなく、特徴といえば切れ長の鋭い目くらい。そんな自分とはまるで別世界の存在に思えた。

 黒板の前に佇み、「転入生だ」と担任に紹介された彼は、


栗栖くるすシオンです」


 ふわりと微笑み、そう名乗った。その瞬間、皆、一斉に我に返ったように教室がわっと沸き立った。


「ずっとマカオに暮らしてたんですけど、家庭の事情で日本の高校に通うことになりました」


 マカオ、マカオ、とお菓子の名前でもつぶやくように甘くとろけそうな女子の声が辺りに響く。

 そして――栗栖シオンは満面の笑みでこう締めくくった。


「一応、ヴァンパイアの第十二王子です」


 ぐらりと空気が揺れるような、そんな動揺を亜子ははっきりと感じ取った。不気味なほどに教室は静まり返って、「なんちゃって」とシオンが続けるのを、皆、一丸となって待ち構えているようだった。

 やがて、「アメリカンジョーク?」「マカオってアメリカだっけ?」と口々に困惑が囁かれ始め、騒めき出した教室の中で、ヴァンパイアの王子だ、ととんでもない設定をぶっこんできた栗栖シオンは、何を言うでもなく、やはり天使のような笑みを浮かべて立っていた。

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